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第五話 ハーレムを描く理由

 こっちを立てればあちらが立たず、あちらを立てればこちらが立たず。彼女たちの顔色ばかりを窺う毎日では疲れてしまう。そこで僕は今の状況を抜本的に見直し改革しようと思った次第だ。

 チョコを描いてからのミッチはダラダラしすぎている。ベロの散歩どころかエサもあげようとしない。キッチンに立とうともしないので僕が三人分の食事を作るしかなかった。このままでは、もう二度とミッチの焼いてくれた卵焼きを口にすることはできないだろう。

 だからといってチョコが悪いとも思わない。彼女が料理をしないのは彼女の自由だからだ。なにしろチョコの手は包丁を握るためではなくネイルをするためにあるので仕方ない。そういう風に描いたのが僕自身なのだ。

 僕は料理が好きなので他人にも「好きだから料理をする」というスタンスを求めてしまう。母さんが死んで父さんに自炊することを約束したため、他人に作って欲しいという考えはなくなった。

 それでも不満に感じてしまうのは、僕が流し素麺を食べていないことに二人とも気がついてくれなかったからだ。ミッチと二人きりならそんなことにはならなかっただろうし、チョコと二人きりでも同じはずだ。これはバランスの問題だということがすぐに分かった。

 偉大なる先人は教えてくれた。それは三角関係では角が立つが、三人以上のハーレムを形成すれば角が取れて丸くなるという教えだ。そこで僕は新しいキャラクターを生み出そうと思い立ったわけである。

 しかし新キャラなど簡単に思いつくはずもなく、今の僕の実力では身近な人をモデルにして描くことしかできなかった。それもパッと思いついたのが石川さんで、名前も安直に本名の結愛をカタカナ読みの「ユア」にした。

 石川さんは中学時代のクラスメイトなのでよく知っており、学級委員長をしていたという分かりやすい属性がある。頭も良く、容姿も黒髪ロングの清楚系なので元気なタイプのミッチやチョコと差別化できるのも好条件だ。

 何より僕を含めた四人で話し合えば、間違いなくユアがリーダーになってくれるだろうし、僕が彼女を支持すれば他の二人も従ってくれるはずだ。これでベロの世話や食事や掃除だって全員で平等に負担することができるはずである。

「ハーレム、万歳!」

 心の中で何度も叫びながら、僕はユアを描き上げた。


 翌朝、目を覚ますとチョコが見たこともないような怖い顔をして僕を見下ろしていた。

「……おはよう」

「リビングにいる女、だれ?」

 チョコは挨拶もせずに訊ねた。

「ん? ああ、そうか、ちゃんと出現したんだね。それは良かった」

「なにがいいの?」

 チョコの口調が怒りを帯びているため、少し落ち着かせる必要があると思った。

「今日の服が、これまでで一番似合ってるね」

「ハナシ変えんなよ」

「ああ、ごめん」

 どうやら逆効果だったようだ。

「ちょっと座ろうか」

「このままでいい」

 チョコをベッドに座らせて、ゆっくり話そうと思ったが叶わなかった。見下ろされては叱られているように感じるため、僕も立ち上がろうと思ったが、立ち上がるきっかけが思いつかなかった。

「だから誰だって訊いてんの」

「ああ、あの子はユアって言って、昨日描いたんだよ」

「なんのために?」

「いや、多い方が楽しいと思って」

「楽しそうにするタイプに見えないけど」

 チョコが腕を組んでいる。

「どういう関係?」

「え?」

「だから、そのユアっていう女だよ」

「いや、べつに深い関係があるわけじゃないんだ」

「だったらわざわざ描く必要ないよね?」

「でも変化が必要だと思ったんだ」

「だったら相談してよ。なんで黙ってたの?」

 相談したら反対されるから、とは言えなかった。

「サプライズになると思って」

「ハッ?」

 案の定、チョコは僕の苦し紛れの嘘に目を見開いた。

 でもこの場合は正直に言っても同じ結果になるので嵐が過ぎ去るのを待つしかなかった。

「全然なってないし、やるならハッピーサプライズにしなきゃダメでしょ?」

「賑やかな方が楽しいだろう?」

「だから楽しくないんだって。ミッチは家を出ちゃったよ」

「ええっ?」

「自分で仕掛けたサプライズに、自分で驚いてどうすんの?」

「いや、だって――」

「ほら、さっさと立ちなよ」

 そう言って、チョコが僕の腕を掴む。

「家を出たって聞いたらフツー慌てて捜しに行くよね?」

「そうだけど」

「だったら、さっさと行く」

 僕はチョコに背中を押されるように部屋を出た。本当はリビングに行ってユアの具現化された姿を確認しておきたかったが、そんなことをするとチョコを本気で怒らせることになるので、先にミッチを捜しに行くことにした。

 しかし捜すまでもなく、小川のほとりでベロを散歩させているミッチをすぐに発見できたので心配して損をした気分になった。走ることもないので歩いて追いつき、背中に向かって「おはよう」と声を掛けると、ミッチもすぐに「おはよう」と返してくれた。

 その反応を見る限り心配をする必要はない様子だ。そこにいるのは家出少女ではなく、愛犬を散歩させている普通の高校生だ。これはチョコが大袈裟に騒ぎすぎたというか、そこまでいくと騙された気分である。

「そのワンピース、よく似合ってるね」

「ありがとう」

 もっと喜んでくれるかと思ったが、あっさりとした返事に終わった。

「色で悩んだんだけど、水色で良かったかな?」

「いいと思うよ」

 これも簡単な感想だ。

「今度は靴も勉強して可愛いのをプレゼントしたいと思ってるんだ」

「がんばって」

 まるで他人事のようだ。

「先にバッグやアクセサリーについて勉強した方がいいのかな?」

「どっちでもいいんじゃない」

 ミッチの穏やかな表情を見て安心しきっていたが、この投げやりな感じは只事ではないと、いくら僕が鈍感でも気がつくことができた。静かな怒りとでもいうのだろうか? 感情を見せてくれないので心が読めないという怖さがある。

「新しい子なんだけど『ユア』っていうんだ。相談しないで描いてごめん」

 先に謝るのが吉だ。

「それはケンジ君の好きにすればいいよ」

「別に自分のためというわけではないんだよ? みんなで楽しくできればいいと思って」

「だから好きにすればいいんだよ」

 肯定してくれているが、まずい兆候なのはヒシヒシと伝わる。

「ミッチが嫌なら、もう描かないよ」

「そんな軽い気持ちで描いたの?」

「いや、そういうわけじゃないけど」

「だったら責任持とうよ」

「うん。それはそうだね」

 ベロも僕たちの気まずい雰囲気を察してか元気がない。

「キレイな人だよね、ユアさんって言ったっけ?」

「うん。大人っぽいけど僕らと同級生だよ」

「本当はああいう人がタイプなんじゃない?」

「いや、そういうんじゃないから」

 ミッチは淡々としていたが、それがかえって怖かった。

「どこかで見掛けたことがあると思ってずっと考えていたんだけど、同級生って聞いて分かった。あの子夏期講習を受けていた教室にいた女の子にそっくり。ほら、ケンジ君がずっとチラチラ見てた子」

「え?」

「とぼけなくてもいいよ。あれだけキレイな人なんだから、みとれるのは仕方ないって」

「そういうんじゃないって。石川さんを見てたのはお礼を言いたかったからで」

「認めた」

「え? なにが?」

「その石川さんっていう人がユアさんのモデルなんだ?」

「いや、そうだけど、だからなに? っていう感じなんだけど」

「ケンジ君は隠し事が多すぎるよ」

「隠し事なんてしてない」

「してるよ。元ちゃんのことは話したのに、石川さんのことは一言も言わなかったよね?」

「それはどうでもいいと思ったからだろう? 話すまでもないっていうことなんだ」

「それなのに描いたんだ? その、どうでもいいと思ってる人を」

 女の子に口ゲンカで勝てない感は異常だ。どうしてそうなるかというと、今回の場合はユアに二人の生活態度を改めるように指導してもらうという目的があり、その部分をミッチに隠しているからである。

 つまり嘘をついた状態で、その嘘を隠すために嘘をついているので、もう真実が言えない口になっているからだ。本当のことを言うには遅すぎるので、ここは流れに身を任せて乗り切るしかないだろう。

「まぁ、もうどっちでもいいんだけどね」

「どっちでも良くないよ。石川さんはタイプじゃないし、本当はミッチだけを描いていたいんだ。でもそれだけだとミッチの人生が豊かにならないだろう? だから今日もチョコちゃんを描くけど、本当はミッチと二人きりがいいんだよ。でも今日からユアもいるから、僕たちが二人きりになってもチョコちゃんが寂しい思いをすることはなくなる。ユアを描いたのはチョコちゃんを一人にさせないためでもあるんだ。ユアのモデルが石川さんだったのは、それこそどうでも良くて、引き出しがないから実際に会ったことのある人をモデルにしたんだ」

 ミッチが黙って僕を見ている。

 ここで目を逸らしてはいけないと思った。

 語ったセリフはその場の思いつきもあったが、ミッチへの気持ちは揺るがない。

 この瞬間はミッチのことだけを考えれば良いのだ。

 ミッチは僕が目を逸らすことを待っているようだが、僕も負けるわけにはいかない。

 するとミッチが先に視線を逸らした。

「まだ何か隠してるような気がするけど、お腹が空いたから許してあげようかな」

 鋭い読みだが、どうやら勝ったようだ。

「あれ? いまホッとしなかった?」

「いや、してない」

 正直あぶなかった。終了宣言からの大逆転負けを喫するところだった。ともあれ、これでミッチとの間にわだかまりはなくなった。ミッチに問題がなければチョコもユアを受け入れてくれるはずである。

 まずはユアとの対面だ。石川さんがモデルなので初対面という感じはしない。会話は盛り上がらないかもしれないが仕事さえしてくれればそれでいい。ミッチと一緒にリビングに入ると、すでにチョコとユアがソファで談笑していた。

「ねぇ、ミッチも聞いて」

 とチョコが手招きする。

「中学時代のケンジって坊主だったんだって。運動部じゃないのに坊主ってすごくない? それとね、学生服の襟をフックで止めてたらしいんけど、三年生でそれをしてるのがケンジだけだったみたい」

 ネタ元はユアだろう。石川さんがモデルなので僕の中学時代のことを覚えているようだ。

「他にもないの?」

 チョコが催促するが、ユアは困った様子だ。

「一緒のクラスだったけど、ほとんど話したことがないから、それだけかな」

「もう終わり? 中学時代のエピソード少なすぎ」

 そう言って、チョコが笑う。

 これはどういうことかというと、僕が石川さんをイメージしてユアを描いて、そのユアから印象が薄いイメージを持たれているということは、僕自身が石川さんから薄いイメージを持たれていると思い込んでいるということだ。

「だったら、今度はユアさんの印象を聞かせてよ」

 ミッチが僕を試すように尋ねた。


   ※    ※     ※


 同じ幼稚園に通っていたのは覚えている。

 でもそれだけだ。

 強いていえば、お遊戯でかぐや姫を演じていたのが記憶にあるくらいだ。

 小学校時代は四年生の時に一緒のクラスになった。

 でもそれだけだ。

 会話をした記憶は一切ない。

 目が合った記憶もないので、正面を向いた顔が思い出すこともできなかった。

 石川さんも同じような感覚だと思う。

 中学校で二年間も同じ教室にいたのに話をすることができなかった。

 でも一度だけ放課後の教室で二人きりになったことがある。

 あれは僕が生徒会の雑用をやらされていた時だ。

 絵が得意という理由だけで、なぜか先生から書記に立候補するように頼まれたんだっけ。

 頼まれたら断れないのでそのまま立候補して当選した。

 でも生徒会の仕事は集会の準備をするだけ。

 大きな模造紙に集会の進行を書く、それだけだった。

 進行表の左隅に校長先生の似顔絵を描いて怒られたこともある。

 あとは修学旅行の旅のしおりや運動会のパンフレットも作った。

 自分が描いたイラストが印刷されて在校生や保護者に配られたのは素直に嬉しかった。

 その僕の描いたイラストを褒めてくれたのが石川さんだった。

 他の人は僕がイラストを描いていることすら知らないのに石川さんだけが知っていた。

 僕はそれがすごく恥ずかしかった。

 人前で歌うことや、朗読することや、プールで溺れることよりも恥ずかしかった。

 絵を描くことは両親にも言えないくらい恥ずかしいことだった。

 未だに、なぜ石川さんがイラストを描いたのが僕だと分かったのか謎だ。

 こうして思い出しただけでも恥ずかしくなる。

 その時も、きっと真っ赤な顔をしていたことだろう。

 できれば石川さんがそのことを忘れてくれていることを祈るばかりだ。

 なぜ絵を描いていることを知られると恥ずかしいのか、それは自分でも分からないままだ。


   ※    ※     ※


「なんか顔が赤くなってない?」

 チョコが僕をからかった。

 みんなの視線が僕に集まる。

「いや、違うことを考えてたんだ」

「ひょっとして、好きだったんじゃない? じゃなくて今も好きとか?」

 チョコだけが楽しそうだ。

「それはない」

 そう断言した後でユアに失礼な発言をしたことに気がついた。

「あっ、ごめん。告白されたわけじゃないのに振ったみたいになって」

「別に気にしてないけど」

 ユアの言葉だが石川さん本人が言っても違和感のない言葉だ。

「ユアちゃんって、ほんとケンジに興味ないみたいだね」

 そう言って、チョコが笑った。

「そりゃそうだろう。別に好かれようと思って描いたわけじゃないんだから」

「だったら、何のために描いたの?」

 ミッチの目が僕を疑っている。

「それは勉強を教えてもらおうと思って描いたんだ。なにしろ石川さんは学年で一番頭が良かったからね。そうすれば夏休みの宿題も早めに片付けられると思ってさ」

 そう言うと、チョコがバカ笑いした。

「その石川さんだっけ? その人は頭がいいかもしれないけど、ユアちゃんを描いたのはケンジなんだよ? だったらケンジより頭がいいわけないじゃん」

「それは分かんないよ。ミッチもチョコも僕が知らないようなことを口にするし、だったらユアも僕が知らないことを知っていてもおかしくないんだ」

 これは僕も本当に分からないことだった。おそらくではあるが人間は見聞きしたモノを全て引き出せるわけではないので、自分が思う以上に脳には色んな情報が蓄積されているのだろう。つまり彼女たちは僕の無意識の集合体ということになる。

「というわけで、今からユアと勉強してくるから絶対に邪魔しないこと」

 二人にクギを刺してからユアを連れて自分の部屋に籠った。

 ここからが大事な作戦会議だ。

 しかしユアと部屋で二人きりというのも妙な気分だ。石川さんと再会したばかりということもあり細部までそっくりだった。これだけリアルに再現できたということは自分の観察眼が優れているということでもあるので、かなりの自信になる。

「宿題なら私がやっておこうか? その方が教えるより早いと思うし」

 辛辣だが、ユアにとっては毒舌ではなく優しさだったりするのだろう。

「いや、いいよ。やってもらうと明日の朝には白紙に戻ってる可能性があるからね」

「それは成瀬君がやっても頭の中は同じように白紙に戻るんじゃない?」

 僕はどれだけ石川さんに劣等感を抱いているのだろう?

「そうかもしれないけど勉強は自分でやるよ。それより大事な話があるんだ」

「勉強よりも大事なこと?」

「うん」

「それは本当に大事みたいね」

「実はさ、少し前からミッチやチョコと一緒に共同生活をしているんだけど、ルールが一切ないんだよ。それで困ってユアを描いたんだ」

「私がリーダーになってルールを作ってほしいってこと?」

 流石は石川さんをモデルにしただけあり理解の早さが尋常じゃない。

「そうなんだ。食材は描けばいいから買い物はしなくていい。でも料理は当番制にしたいんだ。ベロの散歩も代わってほしいし、家の掃除もしなくちゃダメだ。一緒に住んでいるんだから、それくらいは当たり前だろう? 描いた絵だから放っておけば消えてなくなるかもしれないけど、食事の後片付けも出来ないようだと生活が堕落するよ」

「いい心掛けだと思う」

「だろう? ユアも含めて四人だから、料理と食事の後片付けと掃除とベロの世話を一日ごとにローテーションするのはどうかな?」

「いいと思う」

「よし、決まりだ。だったら僕が勉強をしている間に、みんなに提案してきてくれないか? ローテーションの順番はみんなに任せるよ。とりあえず昨日は僕がみんなの食事を作ったから、今日は他の人が作るようにしてほしい。ミッチはベロを散歩させてたから、料理当番はチョコちゃんかユアさんかな?」

「話し合ってみる」

「いや、話し合いは必要ない。ユアに決めてほしいんだよ。僕の言っている意味分かるよね?」

「……なんとなく」

「じゃあ、後はお願いするよ」

「わかった」

 そう言って、ユアが部屋を出て行った。頭の回転もそうだが行動も早い。当たり前ではあるが、まさに石川さんのイメージそのものだ。しかも僕が望むことをしっかりと理解してくれている。やはりユアを描いて正解だった。

 ただし私服姿を見たことがないので制服姿以外を想像できないのがマイナスだ。今日も制服姿だが明日以降も同じになりそうである。それでも服装に文句を言う姿は想像できないので、面倒なことが起こることはないだろう。その優等生な感じも石川さんそのものである。

 僕に対しては口がうまいミッチやチョコも、ユアが相手なら太刀打ちできないはずだ。僕がいれば話はこじれるが不在ならばすんなり決まるだろう。ちょうどいい機会なので夏休みの宿題に手を付けよう。ひと段落すれば廊下から料理のいい匂いが漂ってくるはずである。

 ところが、そううまくはいかなかった。

「ちょっといい」

 ノックもせずにチョコがドアを開けた。

 嫌な予感がして冷汗が滲む。

「はい?」

 チョコは何も言わずにアゴで「リビングに来い」と指示を出した。

 素直に従ったが、そこはリビングではなく取調室だった。

 ダイニングテーブルの席に座らされて自白を求められている。

「ユアから聞いたけど、どういうこと?」

 口調は穏やかだが、チョコの目は笑っていなかった。

「聞いたって、なにを?」

「とぼけてもムダだよ」

 ミッチは腕を組んで早くも説教モードだ。

 チョコが僕の背後に立つ。

「当番制って、なに?」

 ユアの方を見るが、彼女は我関せずといった感じでソファに座って本を読んでいる。

「はい、よそ見しない」

 と、チョコに首の位置を戻された。

「説明してくれない?」

 僕がバカだった。所詮は僕が描いた石川さんなのだから、石川さん本人のようには振る舞うわけないのだ。本当はユアが提案したことにしてほしかったが、そこまで僕の意図を汲んではくれなかったわけである。

「説明して」

 正面には怖い顔をしたミッチが座っている。

「いや、その、人数も増えたことだしルールを作った方がいいと思って」

「人数を増やしたのはケンジ君でしょ?」

「そうだけど、料理をするにせよ、人数が増えれば一人頭の負担は減るだろう?」

「負担に感じてたんだ?」

「え?」

「そういうことでしょう? 料理をすることやベロの世話が嫌で嫌で仕方ないわけだ」

 ミッチの口調は穏やかだが失望していることは明らかだ。

 チョコも加勢する。

「っていうかさ、最初は『みんなで楽しく』とか言っておきながら、本当はウチらに雑用させるためにユアを描いたっていうことだよね?」

「ケンジ君は嘘ばっかりなんだよ」

「それも、すぐバレる嘘ね」

 ミッチが身を乗り出し、テーブルの上で両肘をつく。両手を組んで祈るようなポーズだ。

「今から大事なことを話すね。単刀直入に言うと、自分が描いたキャラクターの食事のことも考えられないようならマンガは描かない方がいい。厳しいことを言っているように聞こえるかもしれないけど、そこを面倒に感じる人って才能以前の問題なんだよ。人間は生きていく上で、食べなければいけないわけだよね? そこが行動原理にも繋がっているわけなんだ。そこを手間に感じる人のマンガはキャラクターに生命力を感じないのもあるけど、描かれる世界そのものが無味無臭になっちゃうんだよ。それが徹底しているならいいかもしれないけど、ケンジ君の描くマンガは違うでしょう? だったらちゃんと責任持たないと。マンガを描く作者は時として『作品の生みの親』って呼ばれることがあるの。それは全てにおいて責任を負うということなんだよ。それは現実世界の問題だけではなく作品世界の中にも言えることなんだよ。それらが煩わしいと思うなら、もう私たちのことは描かなくてもいい。私たちだって責任が取れない親に描いてほしいと思わないからね」

 結局、ユアを描いて変わったのは、用意する食事が三人分から四人分になっただけだった。


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