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二十六話 かつての契約、今の契約⑤

 エリザベートがいなくなったことにより、迷宮魔物・タルタロスは崩壊を始めた。

 先程まで無理やり魔力を注がれていたと思いきや、その供給源が唐突にいなくなり、急激な変化が生じたのだろう。そして、タルタロスはあくまで迷宮の魔物。自ら動くことはできない、巨大な食虫植物のような存在だ。

 その怪物の絶叫を、ゲオル達は迷宮入口の少し離れた場所から聞いていると、ふとヘルが口を開く。


「ゲオルさん……本当に放っておいても大丈夫なのでしょうか?」

「無論だ。魔力供給の暴走で、既に奴は崩壊していた。そして、その供給源であるあの女もいなくなったわけだが、それは即ち、奴の再生能力を受けられなくなったということでもある。ならば、もうあれが助かることはない……が、もしもということもある。だから、こうして最期を見届けている」


 何事にも絶対はない。かつてエリザベートを逃してしまった前科があるゲオルは、それをよく知っている。この迷宮の魔物も、取り逃してしまったゲオルの責任であり、故にその死を自分の目で見るのは当然だった。

 迷宮の入口から聞こえてくる悲鳴を聞きながら、横たわるロイドはふと言葉を零す。


「これで、全部終わり……って言いたいとこなんですけどね。自分的には一つ、気になることがあるんすけど……」

「貴様がしぶとく生き残った理由か?」

「いや旦那。そりゃ事実ですけど、言い方ってもんがあるだろう。人をまるで虫みたく言わないでくれよ……で、どうなんだ? 何か知ってるんだろ?」


 問いを口にするロイドに、ゲオルは少しの間を空けながら、答える。


「……かつて、エリザベート・ベアトリーには愛する男がいた。そして、その男には他のものよりも死ににくくする魔術をかけていた。それこそ、外に逃げても死なないようにな。自分の傍から逃げて死なれて元も子もないからな」


 他の人間ならともかく、エリザベートにとって一番怖いのは、フーケの死。それを防ぐためにも、捕らえた女たちとは違い、自分の魔術の外に出ても死なないようにしていた、というわけだ。それを理解していたからこそ、ゲオルはフーケの身体を乗っ取る方法を取ったのだ。


「そして、貴様はその血を受け継いでいる。それだけの話だ」


 さらり、と。

 ゲオルは、本当に短い言葉で重要なことを言い放ったのだった。


「……いや、旦那。そんなとんでもないことをさらりと言われても、俺反応に困るんだけど!?」

「知るか。それが事実なのだから、受け入れろ」


 端的に言葉を返しながら、思い出す。

 かつて、エリザベートを倒し、フーケの身体を乗っ取った際、その記憶を垣間見た。彼とフィリアが、自分達の子供を逃がしたことを。そして、ゲオルは数年かけてその足跡を追い、彼がとある行商人の下で働いていたことを知っていたのだ。

 とはいえ、まさかその子孫とこういう形で対面するとは思っていなかったが。


「でもゲオルさん。それじゃあ、ロイドさんは……」


 心配そうな表情を浮かべるエレナ。エリザベートはもう既に死んでいる。ならば、タルタロスと同様に、ロイドも彼女の魔術を受けなくなる。

 彼は二度程即死してもおかしくない状況下にあった。それが全てエリザベートの魔術のおかげ、というのなら納得がいく。しかし、その彼女がいなくなったのならば……。


「安心しろ。恐らくは迷宮内に入ったことで、魔術が発動したのだろう。しかし、血を受け継いでいるだけで、本人ではない。その奇妙な縁が魔術にも影響され、中途半端な状況になっている。たとえ、奴の領域から出たとしても、死なないようにな」


 思えば、答えの欠片は散りばめられていたのだ。

 例えば、ルカードの顔。エリザベートがその顔が気にっているからと言っていた時、疑問に思うべきだった。フーケしか眼中にないあの女が、そんなことを言うとなれば、それはフーケに似ているからだろう。言われて見れば、確かにほんの少しだが、面影はある。

 が、その点についてはあまり触れないでおく。


(自分が使っていた顔を覚えていなかったとなれば、小娘にまた小言を言われるからな……)


 考えるまでもなく、当然だろう。何せ、ゲオルでさえ、流石にどうかと思ったくらいだ。

 それはさておき、ゲオルが確信したのは、フーケが目の前で即死の攻撃を受けながらも生き延びた時のことだった。

 あの時、ゲオルはフーケが第三者の魔術によって傷が癒えているのに気がついた。そして、ロイドがフーケの子孫であり、その血筋の影響を受けているのだと理解したわけだ。


「何はともあれ、あの女はもういなくなった。故に、貴様ももう不死身の身体ではない。先程から傷口が少し開いてるはずだ。まぁ、そこはワレが作った傷薬で手当しているため、問題はないだろう。が、もう無茶な真似はできんというわけだ」

「言われなくても、あんな博打、もう二度とやらねぇっての……でもまぁ、旦那には感謝してるよ。あんたがいなかったら、俺は無駄死にしてたからな。ほんと、ありがとよ」


 その言葉に、ゲオルはふん、と鼻を鳴らしながら言う。


「……あれは貴様がしたことだ。ワレはただ少し武器を与えただけに過ぎん。礼を言われる程のことはしておらん。故に……」

「素直じゃありませんわね。流石というか、何というか」


 などと言うヘルに対し、ゲオルはムッと視線を寄せる。表情は見えないが、絶対に笑っているに違いないが、しかしここで何を言っても墓穴を掘りそうだったので、無言で返す他なかった。

 そもそも、彼には別にやることがあるのだから。


「小娘」

「? はい。何ですか」


 声をかけると同時にエレナがこちらを振り返る。何も知らない彼女は、いつもの調子だった。そして、それが逆にゲオルの何かに引っかかったが、しかし彼はそれを振り払い、続けて言う。


「……今回の件は、全面的にワレの不始末が原因だ。そして、そのせいで貴様にも迷惑をかけた」

「い、いえ。大丈夫ですよ。むしろ、敵に捕まった私の方こそ謝らないといけないわけですし……」

「いや。その点も含めて、貴様を守るというのが、ジグル・フリドーとの契約だ。故に、今回の失態は全てワレの責任だ。貴様に落ち度はない……すまなかった」


 謝罪を口にするゲオルに、エレナは少々戸惑いを隠せない。


「そして、もう一つ。貴様に言わなければならないことがある……ジグル・フリドーの魂の期限についてだ」


 刹那、彼女の肩が一瞬だけ動く。

 その様子を見逃さず、理解した上でゲオルは言い放つ。


「貴様には話していなかったが、魔術と魂というのは直結している。どんな魔術を使おうとも、必ず魂に影響がでるのだ。そして、それはジグル・フリドーの魂も例外ではない。今回、ワレが魔術を使用したことによって、奴とワレの魂の融合は加速し、貴様に告げた期限は短くなった」


 ここに来てようやく口にした真実。

 それは、エレナにとっては寝耳に水であり、そしてゲオルが今まで黙っていたことだ。その事実を聞き、ヘルとロイドは口を閉ざしている。

 今、ここで言葉を発していいのは、エレナだと理解しているのだ。


「……その、残りは、どれくらいですか?」

「……今回、約二ヶ月分を使用した。故に、単純計算で、七ヶ月、といったところだろう」

「そう、ですか……」


 呟き、顔を少し伏せるエレナ。その姿から感じられるのは、落胆か、それとも絶望か。顔を伏せているためか、ゲオルも読み取れなかった。

 しかし、何にしろ、これでゲオルとエレナは今までの関係に亀裂が入ったのは言うまでもない。

 この情報は、そもそも最初に言うべき事柄。それを、こんな状況になってまで言わず、そして彼女がいないところで勝手に決めて、勝ってに魔術を使い、そして勝手に残り時間を短くしたのだ。いくらお人好しのエレナでも、これに思うところがないわけがない。

 罵倒か、怒号か。それとも悲しみの声か。

 しかし、そのどれを言われようとも、ゲオルは受け止める義務があった。自分はそれだけのことをし、そして彼女を傷つけたのだから。

 だから。


「じゃあ、その分、早くゲオルさんの身体を取り戻さないといけませんね」


 などと。

 目の前にいる少女は、苦笑しながら、そんなことを口にしたのだ。

 その言葉に、魔術師は唖然とする他なかった。


「…………それだけか?」

「? それだけ、というのは?」

「ワレに言うべきことはそれだけなのかと聞いている」


 若干苛立ちが交じる問い。当然だ。彼女の言葉はゲオルの斜め上を行くどころの話ではない。普通、想い人の大事な情報をここまで黙っていられれば、怒り心頭になるはずだ。たとえ、それがどんな善良な人間であってもそのはず。

 だというのに、エレナは言うのだ。


「さっきも言いましたけど、今回私は敵に捕まってしまいました。ゲオルさんは自分の責任だと言いましたけど、それでも私が足を引っ張ったことには変わりありません。ゲオルさんが魔術を使ったのだってそうです。そもそも私が捕まらなければゲオルさんだって魔術を使うことなんて無かった。だから……」

「そうではない。そうではないだろうっ」


 少女の言葉に、ゲオルは逆に荒立っていた。自分が声を張り上げる資格などないと自覚しながらも、それでも彼は心の言葉を口にする。


「そんなことを聞きたいのではない。もっとあるだろう? 怒るべきだろう? 何故黙っていた、どうして言わなかった、大事なことだろう馬鹿なのかお前は、と。罵るべきだ。叫ぶべきだ。憤慨するべきだ! 貴様はそれをする資格があるし、そうするべきなのだ!! だというのに……!!」


 なぜ、そうも簡単に切り替えることができるのか。

 今のゲオルに、エレナの心中は分からない。分かるはずがない。彼女は平然としているわけではない。それは理解できる。だが、それでもこの返しは予測不能だ。

 自分が彼女ならば、まず先のような言葉を返すなど有り得ない。不可能だ。場合によっては殺し合いにすら発展するだろう。そういうものだとゲオルは思っていた。

 そして不意に。


「だって……」


 ゲオルの疑問に答えるかのように、少女は言う。


「ゲオルさん、とても辛そうじゃないですか」


 思わず、言葉を失った。

 これまた意外と言わんばかりな答えに、ゲオルは何も言えなかった。

 自分が? 辛そうにしている? 何だそれは。

 他人からそう見られていたことに、驚きを隠せない彼に、エレナは言う。


「明らかに反省してるって人を、どうしてこれ以上怒れるんですか? そりゃあ、色々と思うところはありますけど、それでも反省している人に追い打ちをかけるほど、私、嫌な性格はしてないですよ。それにゲオルさん、少し前から何か話そうとしてくれてたじゃないですか。私が捕まる直前、話そうとしていたのも、そのことだったんでしょう?」

「それは……そうだが……」

「だったらいいです。ちゃんと言おうとしてくれてて、そしてちゃんと私に言ってくれた。なら、それでいいじゃないですか。まだジグルさんの魂が消えたわけじゃないですし、残りの月日だってある。だったら、やれることをやりましょう」


 それはあまりにも……この上なく前向きすぎる発言。

 少なくとも、大事な事を黙っていた相手に言う台詞ではない。

 しかし、エレナは、この少女は、それを本心から言っているのだ。それが分かるゲオルだからこそ、信じられなかった。


「だが、それでは……」

「だがも、それではも無しです。もしかして、ゲオルさんは私に怒られたいんですか?」

「ワレにそんな趣味はない。ただ……本当に貴様はそれでいいのか?」


 未だゲオルは信じられなかった。目の前の少女の言葉を。

 けれど、それを確固たるものだと言わんばかりに、エレナは言うのだ。


「言ったはずですよ。今回ゲオルさんに魔術を使わせたのは、私のせいでもあるって。それに、大事な事を黙ってたって言ってましたけど、それ以上に私はゲオルさんに助けられてきましたから。逆に感謝してもしきれません。そして……多分、これからも助けてもらうことがあると思います。だから……こんなこというのはおこがましいかもしれませんが、これからもよろしくお願いしますね」


 言い終わると同時に差し出された少女の右手。それに対し、どうしていいか分からず、ゲオルはしばらくその右手を見る他なかった。

 しかし、それもいつまでもは続かない。


「ゲオルさん。ここで何もしないのは、男性としてどうかと思いますわ」

「そうっすよ、旦那。女の子がよろしくって言ってんだ。男なら、決める時はきっちり決めねぇとな」


 そんな外野の声に「喧しいっ」と一喝しつつも、それは意味をなさなかった。無論、二人とてこれが男女の関係だとか、そういうものではないと理解している。当然、ゲオルとエレナもだ。しかし、だからこそ、共に旅をする者同士のケジメはしなくてはならない。

 そして。

 ようやく観念したかのように、ゲオルは手を差し出し――――――。




「ほほう。これはまた、珍しい光景だな」




 刹那、ゲオルの五感がざわめいた。

 その声、そして同時に感じた空気。それらを感じただけで、もう十二分に、全てを理解する。

 それが一体誰の声なのか。

 後ろにいるのが誰なのか。

 そんなもの、確認するまでもなかった。なぜならば、ゲオルはこの感覚を何度も味わってきたのだから。

 何度も何度も何度も。

 ここ数百年、幾度となく繰り返された闘争がやってきたのだという証。

 他の者は皆、身体が動かない状態に陥っていた。


「こ、れは……一体、なん、ですの……」

「おいおい……冗談だろ」

「ゲオル、さん……」


 エレナやロイドは無論、ヘルでさえ、まるで何かに押しつぶされているかのように身体が震えていた。当たり前だ。初めて彼に対面するのなら、誰も彼もがこのような状態に陥るのだから。

 だからこそ、何度も味わい、そして耐性があるゲオルが振り向きながら、問を投げかけた。


「なぜ……貴様が、ここにいる……!!」


 そこにいたのは一人の男。

 逆だった黒髪。背丈は高く、恐らく二メートルはあるだろう。一方そこまで筋肉質ではなく、けれども身体が引き締まっているのは一見にして明らか。そして、凶悪なまでなその表情。まるで獲物をようやく見つけたかのような獣の如き有様。

 ああ知っている。知っているとも。

 この男をゲオルが、『魔術師』が忘れられるわけがない。

 何故なら、この男こそ、彼が身体を変え、そして魔術が使えない一端を担う存在。

 即ち。

 

「こうして会うのは数ヵ月振りだが、それでも挨拶というものは大事なことだ。故に―――久しいな、魔術師。今度こそ、我が悲願を叶えにやってきたぞ」


『あの男』―――ダインテイル・レヴァムンクが、不敵な笑みを浮かべながら立っていたのだった。

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