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二十四話 かつての契約、今の契約③

 エリザベートから魔力を吸い上げ、枯渇させる。

 それが、ゲオルがここに来るまでに考えた彼女への対策だった。


 彼女の魔術が再生や治癒に特化しているのは以前の戦いで学んでいる。そして、多くの血をかき集めた彼女は、恐らく、魂ごと消し炭にしても元に戻ってくるだろう。無意味、とまでは言わないが、しかし確実に殺すためには、強力な魔術を何度も使わなければならないのは必至。

 そして、魔力を吸い上げるということも、ゲオル自身には無理だった。

 魔術と魂は直結している。もしも、魔術でエリザベートから魔力を吸い上げる行為をすれば、その分ジグルの魂が溶けてしまう。


 ならばどうするか?

 答えは単純明快。エリザベートの魔力を、自分ではなく別の物に吸収させればいい。


「あ、がぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……!!」


 魔女の絶叫は続く。

 まるで何かに喰らいつかれているかのような有様。

 否、いるかのような、ではなく、彼女は実際に喰らいつかれているのだ。


「タルタロスが、私の魔力を……食い荒らしてる……!? 」


 エリザベートの言葉に、ようやく気づいたかと言わんばかりにゲオルは言葉を返す。


「この馬鹿でかい迷宮が魔物だとするのなら、それを維持するだけの魔力が必要だ。貴様はそれを今まで殺してきた人間の血や魂で補い、魔力を注いできたのだろう。ワレがしたのは、魔力を注ぐ速さを強制的に加速させたというわけだ」


 エリザベートは迷宮魔物・タルタロスに魔力を注いでいる。当然だ。自分が生み出したとはいえ、魔物なのだから、餌を与える必要があるわけであり、この場合、餌とは魔力。つまり、彼らは魔力というものでつながっているのだ。

 ゲオルがしたことは、その流れる魔力を暴走させた。言ってしまえば湖から川へと流れる水の速度を無理やり加速させたのだ。

 本来なら、調整されている魔力の流れを数十倍、数百倍にしたことで、湖の水がなくなるように、エリザベートの魔力も一気に消失しているわけだ。


「こ、の……!?」

「魔術陣を破壊したところで無駄だ。それは発動するために使用しただけだ。止めたければ、ワレが迷宮内に刻みこんだ術式を全て破壊しなければならないが、そんな時間も、貴様にはもうないだろう。溜め込んだという魔力も、半分も残っていないのだろう?」


 それは事実であり、エリザベートが溜め込んだ魔力は半分も残ってはいない。魔力の放出を抑えようとはしているが、それもほとんど意味はない。そして、魔力を元に戻すのも、一度川へ流れ出た水が再び湖に戻ることがないように、それは不可能。

 理解しながら、けれども未だに納得してない点があった。


「くっ……でも、どうして、どうしてこの子は吸われていないの!?」

「当たり前だ。その小娘は魔物との繋がりは一切ない。繋がりがある貴様だけに効果が発動するようしたのだからな」


 エレナを助けに来たというのに、彼女を巻き込む魔術など、使用するわけがない。それくらいの配慮はゲオルとてできている。そもそも、エリザベート自身、ゲオルならエレナを巻き込まない魔術を使える、と言ったのだ。

 だというのに、予測をしておきながらこの有様だ。

 膨大な魔力とタルタロスという強大な魔物。それを手にしていたからこその油断が、彼女を今の現状にいざなっていた。

 しかし、エリザベートは未だ敗北を認めてはおらず、逆に笑みを浮かべる。


「あは、はははっ!! 馬鹿ね!! こんなことしたところで、私の魔力は削れても、タルタロスに魔力が注がれてるだけ!! そうすれば……」

「そうすれば、注いだ分だけ、魔物の力が跳ね上がる、と……貴様は本当に魔術の知識が乏しいと見える」


 確かに、操っている魔物に魔力を注ぎ込めば、それだけ強くなる。それこそ、街一つ分どころか、国一つ分の人間の血と魂から奪い取った魔力だ。膨大な量だろう。

 しかし、今回の場合は違う。


「薬もそうだが、魔力にも適量というものがある。その限度を超え、無理やり吸収すれば身体に異常をきたす。それは魔物とて例外ではない」


 これがもしも、エリザベートが自発的に行う魔力供給なら別かもしれない。だが、今回はゲオルが強制的に起こしているものであり、暴発だ。他人に無理やり料理や水をぶち込まれれば、腹も下すし、最悪死に直結する。

 そんな状態で注がれた魔力がまともな機能を果たすわけがない。

 見ると、先程までゲオルを襲っていた触手達は、矛先を見失ったかのように暴れまわり、挙句溶けては再生し、砕けては再生しと奇妙な光景を繰り返していた。

 それは先程、ロイドに倒されたルカードを彷彿させるものだった。

 しかし、それでもエリザベートは未だ折れない。


「これしきのことで……」


 言いながら、右手を前にかざす。

 しかし、その時には既にゲオルの姿はなかった。


「っ!? どこに……」

「ここだ阿呆」


 振り返ると同時に放たれた裏拳。回避も防御も不可能な一擊。

 その一発はエリザベートの頭を破壊し、残った身体を壁まで吹き飛ばした。血まみれになったエリザベートを余所に、ゲオルは椅子に縛られていたエレナを解放する。


「無事か……と聞くのは野暮というものか」

「えっと……はい。大丈夫です。問題ありません」


 解放されたエレナが口にしたのはそんな言葉。

 彼女は怯えているわけでも、震えているわけでもなかった。普通、こんな状況下ならば正気を保っていられるわけがないというのに。

 何というか、肝が据わっているにも程がある。


「……? あの、私、何か変なこと言いましたか?」

「……いや。何でもない。貴様もやはり普通ではないと思ったまでだ」

「それって……もしかして、私馬鹿にされてます?」

「褒めているのだ。察しろ。というか、話は後だ。文句と苦情が山程あるだろうが、今は片付けるべき問題が目の前にある。それが終われば、いくらでも聞いてやる。罵倒も甘んじて受けよう。当然謝罪もする。故に―――もう少し我慢してもらえると助かる」


 ゲオルの言葉を聞いて、エレナは少しだけ目を見開く。

 そして、小さく頷きながら、笑みを浮かべて言葉を返した。


「分かりました。後でちゃんと話をしましょう。だから……絶対に勝ってください」

「ああ。無論だ」


 エレナに背を向けながら、ゲオルは言い放つ。

 そして、その視線の先にあるのは、頭部を再生しようとしていたエリザベート。しかし、どうにも上手く再生できないようで、顔の部分がぐにゃりと動き続けていた。


「ふん。いつまで無様を晒すつもりだ。そら、さっさと身体を再生したらどうだ?」


 言われてか、ようやくエリザベートは先程と同じ顔となり、傷も癒えた状態に戻る。

 だが、その表情には未だ曇りが消えていない。


「はぁ、はぁ……魔術陣の、外に出ても……未だ吸収されてる……。ってことは、貴方の言っていたことは、本当だってことね……」


 ゲオルが先程言ったように、魔術陣は発動させるためのものであり、エリザベートを標的にする装置に過ぎない。そして、その役目は果たされた。故に、エリザベートが陣の外に出ようと、陣を破壊しようともう意味はないのだ。


「でも、でもまだよ……!! まだ負けたわけじゃない、死んだわけじゃない、倒されたわけじゃない!! 私の異界魔術は持続しているわ!! つまり、ここは私の世界で私が全て!! そんな私が、こんなことで、こんな盗人風情にやられるわけが……!!」

「【突き砕き 抉り尽くし 屍体を晒せ】」


 刹那、エリザベートの周りの空間から何十本もの槍が出現した。上下左右、四方八方からの刃。元々『生』に関する以外の魔術は得意ではない彼女は身体能力は然程高くない。しかも、今は弱っている状態であり、そんな彼女が何もできず、串刺しになるのは自然な流れだろう。


「が、あぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 絶叫を上げる魔女。それはある種の磔であり、拷問。何せ、彼女は死なない。再生するのだ。即死させるという意味でなら、この攻撃は無駄に終わっただろうが、無論そんなことなどどうでもいい。

 ゲオルがしたかったのは、串刺しにした状態で動きを封じることなのだから。


「【荒れろ疾風 落ちろ迅雷 燃えろ豪炎】」


 次の魔術が発動する。

 最初に出て来たのは三つの竜巻。それらはまるで蛇のように動き、エリザベートへと襲いかかる。肉が削がれ、骨が切り刻まれ、原型はとどまっていない。

 次に出て来たのは、雷。上からやってくる雷撃は、まるで避雷針に当たるが如く、エリザベートに目掛けて落ちていく。無論、全て的中であり、エリザベートであろう物体は丸焦げ。

 そして最後は業火が彼女の身体を包み込む。動けずとも必死に炎を振り払おうとするも、無論炎は一切消えず、むしろ勢いが増すのみ。


「あああああああああああああああああああああああああああああっ!! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い熱い熱い熱い痛い痛い痛い痛い痛い熱い熱い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い、痛痛痛熱熱熱痛痛痛痛痛痛痛痛熱熱熱熱熱熱痛痛痛痛痛痛痛痛っっっっっっっっ!!」


 絶叫も、もはや聞き取れない状況になってきた。しかし、彼女が苦しんでいることだけは理解できる。

 同時に、それはつまり、彼女が未だ存在していることを意味していた。

 ならば、ゲオルがやることは決まっている。


「【夜よ明けろ 魔は消えよ 七つの光 朝日となりて 闇を照らせ――――――悪鬼即滅】」


 刹那、ゲオルの背後に七つの光の玉が出現する。そして、光り輝くと同時に、七つ全てから光の波動が放たれた。

 悪鬼即滅。それがゲオルが放った魔術の呼称。

 ゲオルは魔術にあまり名前を付けない。つけるとするのなら、それこそ上級の魔術のみであり、今のはその一つ。能力としては、術者が『悪』だと認識した存在を滅する術であり、身体は無論、魂すらも殺し尽くす絶技。

 そして言うまでもなく、ゲオルにとって、エリザベートは『悪』である。


「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――っ」


 もはや、絶叫は声なきものへと変わっていた。

 七つの光の波動はエリザベートに集中し、彼女どころか、串刺しにしている無数の槍や地面ごと粉々に砕き、消滅させた。

 跡形もなく、塵一つ残すことなく。

 何もない状態になった。

 しかし。


「――――――――――――がっ、は」


 何もないところから、声がする。途端、肉らしき物体が少しずつ出現し、それらは混ざり合っていく。最初は掌に乗るくらいの大きさだったものが、徐々に大きくなっていき、やがては人間の形へと変化する。ぐにゃりと変形しながらも、肉の塊は女になる。

 そしてそれがエリザベートだというのは、言うまでもないだろう。

 身体は無論、魂ごと消し去った魔女の復活に、しかしゲオルは驚かない。逆に納得している。目の前の女が魂を消しても戻れる程の『再生』ができるというのは予想していたのだから。


「ふん。相変わらずの意地汚さだ。そして全く学習していない。生き返ったところで貴様に勝機はないと言うのにな」

「ほざくな盗人!! 貴方こそ、忘れてないかしら? どれだけ私を殺したところで、意味なんかないってことを……!!」

「それは自分が再生し続けるからという意味か? 阿呆が。それは今の内の話だろう。貴様の膨大な魔力は今も減り続けている。魔力がなければ貴様は魔術を行使できない。無論、『再生』もな」


 魔力が無くても魔術を行使できるのは、それこそゲオルのように魔道具を使ったり、改造したりしなければ不可能。そして無論、魔力を貯めることだけしか考えてこなかったエリザベートにそんな魔道具はない。

 加えて。


「もし、別の意味……つまり、自分には転生の魔術があるからと思っているのなら、それこそ笑い話だ。救いようがない。転生魔術は膨大な魔力を必要とする。以前の貴様ならともかく、魔力を奪われている貴様に施行できるわけがない。できたとしても、魔力不十分で今度こそ障害が発生し、魂ごと消え去るだろうな」


 転生魔術の存在をゲオルは知っていた。しかし、彼は一度もそれを利用したことがない。あまりにも危険度が高すぎるからだ。

 成功率は一割程。そしてもしできたとしても、生まれて五年か十年も経てば以前の記憶と知識は完全に消失し、術者の存在は消えてなくなる。

 エリザベートはそれを乗り越えたが、それは奇跡であり、二度も同じことができるわけがない。ましてや、今の不完全な彼女には。

 そして、最もな理由はもう一つある。


「もしも、それでも転生するというのなら、止めはささん。勝手にしろ。だが、その前に一つ聞く」

「何を……」

「貴様が愛しているという兄。その名を口にしてみよ」


 唐突な問い。

 しかし、それはエリザベートにとって不思議なものだった。当たり前に答えれるものだったからだ。

 自分が愛した男。自分から逃げた男。自分が取り戻し、そして奪われた男。

 そんな男の名前を口にするなど。


「馬鹿なことを。そんなの簡単――――――――――――え?」


 けれど現実は違った。

 簡単なはずなのに。当たり前のことのはずなのに。

 彼女は、エリザベート・ベアトリーは答えることができなかった。


「なん……で……?」


 身体が震える。魂が叫ぶ。

 その名前は『   』。彼の名前は『   』。

 けれど、けれど、けれど。


「なんで……何で何で何でなんで!! どうして!! どうしてよ!! どうしてお兄様の名前が、名前が出てこないのよぉぉぉぉおおおおおおおおお!!」


 言えるはずだ。口にできるはずだ。覚えているはずだ。

 なのに、彼女はその名を呼ぶことができない。そんなことは有り得ないのに。

 だとするのなら、考えられるのはただ一つ。


「……し……た」


 狂気と殺気が入り混じった瞳でゲオルを睨みつけ、彼女は言う。


「何をした何をした何をした!! 私の私だけのお兄様に、お兄様との記憶に、何をしたああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 ボロボロの状態になりながら、叫び、喚き、怒り狂いながら、エリザベートは特攻する。

 しかし。


「ふん」


 そんなものは意味などないと言わんばかりに、ゲオルの拳が炸裂した。

 胴体に叩き込まれた一擊によって、魔女は破裂し、肉片が飛び散る。無論、それは徐々に一つに戻るものの、その速度は先程よりも遅い。

 魔力が少なくなっている。それもそうだろう。

 だが、無論それだけではなかった。


「【名誉は霧 人望は稀事 確実なのは忘却なり】」

「……あ、ああ」


 言われて理解する。その言葉が魔術の呪文であったのだと。

 会話に混ぜ込みながら、呪文を唱えることは魔術師の常套手段。それはエリザベートも知っていた。けれど、あの時、あの瞬間、その言葉を聞いても彼女には何も変化が無かった。故に気づかなかったのだ。

 しかし、今になって、その魔術の効果は理解できる。


「忘却魔術。対象の記憶を消し去るものだが、これは魂の記憶は無論、身体の記憶も全て消し去るものだ。即効性はないが、しかし効果はかなりのものだ。何せ思い出は勿論、身体の動かし方や魔術の使い方など身体が無意識に覚えているものまでも消し去るのだからな」


 それは事実だった。

 エリザベートには既に自分以外の名前というものが思い出せない。愛していた男は無論、その男を奪った女も自分を殺した男も自分に付き従ってきた魔物や怪人達も、何もかも、全て思い出せない。

 そして、ゲオルの言うように、思い出せないのは名前だけではない。


「とはいえ、対抗する魔術を行使すれば対処できるが、今の貴様にそれは不可能だろう。既に魔術に関することまで失いつつある。先程から再生が遅くなっているのがその証拠。そして当然、転生魔術などという高度な魔術は使うことなどできるはずはない」


 これがゲオルが考えたもう一つのエリザベート対策。

 最後にまた逃げられては意味がない。確実に殺すにはまず魔術を使えなくする必要がある。それこそ、使用するのを忘れさせるくらいにしなくては、この魔女は必ずまた生き残る。

 だが、その芽も今、この場で潰えた。


「あ、あああ、ああああああ…………」


 人間の身体に戻りつつも、頭を抱え、その場に蹲るエリザベート。

 その姿は何とも情けなく、愚かであり、そして哀れだ。

 けれどそんなものはどうでもいい。

 容赦はしない。情けもかけない。

 目の前の女は、それだけのことをしでかしたのだから。

 たとえ、自分が愛した男の名さえ思い出せなくなっていたとしても。

 ゲオルが手を止める理由は、どこにもない。


「詰みだ。今度こそ諦めろ。そして死ね。エリザベート・ベアトリー……ここが貴様の墓場だ」


 そうして。

 ゲオルは拳を振りかざしたのだった。

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