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二十三話 かつての契約、今の契約②

 土煙が舞う中、無数の刃が四方から襲いかかる。

 剣が、斧が、槍が、牙が、ありとあらゆる脅威がゲオルに向かってきていた。


「―――っ」


 ゲオルは無言で捌き、回避する。一本一本が凶器であり、下手に攻撃を喰らうわけにもいかない。本来なら、身体に傷ができれば速攻で治すのだが、その分の魔力を使うわけにはいかないのだ。

 かといって、現在の状況は悪いのは事実。

 これが、投げられた剣や、放たれた弓ならば別段問題はない。捌き、回避し続ければ、いずれ数が底をつく。そして、そこが攻撃への好機。

 しかし、ゲオルが相手にしているのは、武器を形どった触手に過ぎない。無論、ただの触手ではなく、壊れようが潰れようが、それこそ消滅させようが、意味はない。

 何故なら。


「【消えろ】」


 正面から襲ってくる、おそよ五十の触手がその言葉によって、消滅した。

 が、それも一瞬の話。

 まるで消えたことが無かったかと言わんばかりに、すぐさまその場に再生され、そして再び牙を向く。

 先程から、これの連続だ。引きちぎろうが、消し炭にしようが、再生し、そして襲う。新しい触手が生えたというわけではない。無になってももう一度、蘇ってきているのだ。

 これではどれだけ魔術を行使しようと無意味。逆に魔力の無駄遣いでしかない。

 以前ならともかく、今のゲオルに魔術の無駄打ちは許されない。

 故に防御。故に回避。

 その姿を見て、エリザベートは不敵な笑みを見せる。


「やっぱりそうなのね」


 何かを納得したかのような言葉を口にしながらも、触手の猛攻は続く。


「侵入してきた時からちょっとおかしいと思っていたのよ。使用する魔術が弱いってね。前はもっと苛烈に、それこそ相手を一擊で消し炭にするような魔術を使っていた。けど、今はどう? 一言魔術。ええ、便利ね。けれど、その出力は大したものじゃない。さっきのだってそう。貴方の本当の実力なら、千本くらいの触手は消し飛ばしていたはずなのに」


 確かにそうだ。以前ならば、一言魔術でもゲオル程の魔術ならば、エリザベートの言う通り、触手の千本は軽く消滅させていただろう。いいや、それ以前にもっと高度な魔術でこの部屋もろとも吹き飛ばしていたはず。

 それをしない、いいやできないことに、エリザベートは理解する。


「貴方は以前と違って大きな魔術が使えない。理由は……この子かしら?」


 エレナの頬をねっとりと悪女の手が触れる。

 刹那、一気に距離をつめたゲオルは、エリザベート目掛けて拳を放つ。

 ……が、それも地面から生え出た無数の触手の壁に阻まれる。


「あはは! 図星なのね! どうやら正解みたいね……けれど、それだけではないのでしょう? だって、貴方ならこの子を巻き込まず、それ以外を吹き飛ばす魔術くらい使えるものね。だとするのなら、他の理由……それはわからないけど、魔術があまり使えないのは事実。そして、だとするのなら、今の貴方は私にとって、とても倒しやすいということになるわね」

「くだらんな。自らの手で行わず、魔物に攻撃させている分際が、よく吠える」

「よく吠えているのはどちらかしら? 先程から、動きがあまりよくないように見えるわよ? 右足をずっと引きずっているじゃない。それに動きもおかしい。足を負傷したのかしら?」


 言われたように、ゲオルは先程から跳んで避ける、といいうことをしていない。移動する際も右足を引きずり、地面を抉るかのようにして動いている。そのため、動きは遅く、故に避けきれないものは、両手でさばいているのだ。


(敵の攻撃を捌くのは、あの女の方が得意なのだがな……)


 ヘルならば、恐らくは触手の攻撃を全て動かずにも対処できるだろう。魔術ではなく、あくまで物理的な攻撃ならば、彼女に対応できないものはない。

 が、その彼女はおらず、それを心の中で呟いたところで意味はない。


「ふふ。いい様ね。さっきあれだけ大口を叩いたくせに、今では私の攻撃を避けるので精一杯。見ているだけで、気分がすっきりするわ」

「阿呆が。何度も言わせるな。これは貴様の攻撃ではなく、タルタロスとかいう魔物の攻撃だろうが」

「けれど、この子の主は私なのだから、同じことでしょうに」


 平然とした会話。まるで悪口を言い合っているかのように見えるが、しかし実際はそれどころの話ではない。剣を払い、斧を潰し、槍を壊し、牙を折る……エリザベートと会話をしつつも、ゲオルの身体は動きを止めない。人間離れした腕力と速度で次々をなぎ払っていく。

 だが、倒した連中は即座に復活するため、キリがない。魔術を使って一掃したくても、無駄になると分かっているため、使えない。だから拳と脚で対処する他ない。それでも無理な時は最小限の魔術を行使する……悪循環だ。

 しかし、そんな中でもゲオルは汗一つかいておらず、落ち着いた様子であった。

 先程、見ていてすっきりすると言った矢先にこの態度。それはエリザベートの顔を曇らせるのに、十分な材料だった。


「……しつこい男ね。いい加減諦めたら?」

「貴様に言われる筋合いはない。しつこさで言うのなら、それこそ貴様の右に出る者はいないだろうからな」

「それって褒め言葉?」

「無論、皮肉だ」


 無駄口を叩くゲオル。手を休ませず、脚を止めず、動き続ける。しかし、先程エリザベートの指摘通り、どことなくおかしな動きが見受けられる。脚を引きずっているのもそうだが、まるで、エリザベートの周りを一周するかのように動き続けるのは、距離を図ってか、それとも様子見のためか。

 意図はわからない。だが、それでもエリザベートは自分が有利であることを確信していた。

 だからこそ、だろうか。圧倒的有利なのにも拘らず、未だ憎き男を殺せないがために、苛立ちが募るのは。


「本当に腹立たしい男ね。私をここまで怒らせて、未だ生き残っているのは貴方くらいのものよ」

「そうか。ならば、ワレはそれ以上に貴様を嫌悪している。【名誉は霧 人望は稀事 確実なのは忘却なり】……昔、とある男が言っていた言葉だ。どんなに何かを積み上げたところで、それは一瞬の事。確実に言えるのは、誰も彼も、必ず何かしらの忘却はする……だが、それでも忘れられないものがある。特に貴様の所業を、犯した罪を、ワレは忘れることなどできん」

「あら? それを貴方がいうの? 私からお兄様を奪った貴方が。いいえ、それ以前に、貴方は人でなしのはず。何人もの人間を殺し、血を浴びてきた。そういう匂いがするのよ」


 それは同じ外道故の勘、というべきものだろうか。

 そして、ゲオルの答えは早かった。


「その点については否定せん。ワレはどうしようもない人でなし。クズであり、外道だ。言い訳などするつもりはない。だからといって、貴様を見逃す理由も理屈も存在しない。同族嫌悪とは言わんが、それでも貴様をこの世に生かしてはおけん。だから殺す、いいや消す。それだけだ」


 結局のところ、そこなのだ。

 もしもここで第三者が見ていれば、同じ外道なのだから、お前にエリザベートを殺す資格などない……そう言う者もいるかもしれない。その指摘は合っている。そして、間違っていた。

 資格云々の話など、どうでもいい。

 ゲオルはただ、恩人を殺され、守ると契約した少女を奪われた。

 その怒りによって行動している。

 ただ、それだけなのだから。


「―――そう言えば、知っているか? 月は太陽からの光によって輝いているのだと」


 唐突なゲオルの言葉に、エリザベートは眉を顰める。


「それがどうしたの? 何? ここで天体の講義でも始めようとでも言うつもり?」

「いや、何。天体ではなく、魔術の講義だ。太陽と月は対となる存在とされているが、実際は太陽が月に光を与えている、というのが事実だ。そして、これを魔術的な意味に置き換えれば、太陽に置き換えられた物は、月に置き換えられた物にその力を吸収される、というものだ」


 昼と夜。それと同じ意味合いで対となるのは太陽と月だ。しかし、月は太陽の光があって初めて光輝ける。乱暴な言い方をすれば、太陽の光を奪っているともとれる、というわけだ。

 その理屈はエリザベートにも分かる。

 だが、それ以前に何故そんな話をする必要があるのか。


「だから、それがどうし―――――」


 と。

 一歩前へと踏み出した瞬間、気付く。

 それは一種の陣。エリザベートを中心とした円。しかし、描かれているのは円だけではなく、幾つかの呪文と、いくつもの線。それらを上から見ると、太陽の形をなしていた。

 魔術陣。

 大魔術を使用する際に必要とされる陣が、既に完成されていたのだ。


「これは……!?」

「貴様は本当に阿呆だな。まさか、ワレが本当にただ足を引きずっているとでも思っていたのか? まぁ、目くらましに土煙を上げていたが、それでも陣を書いていることに気がつかないとはな」


 言われ、悪女は奥歯を噛み締める。

 つまり、目の前の男が跳躍せず、足を引きずりながら動いていたのは、地面に魔法陣を描いていたため。そして、それならばゲオルが奇妙な動きをして、さらにはエリザベートの周りを囲うように動いていたのも理解できる。

 してやられた。目の前でこんな巨大な魔術陣を描かれていたのに、気づかないとは。

 けれど、それでもエリザベートは毅然とした態度を保っていた。


「……ふん。だからどうしたの? これが何だっていうの。もしかしてあれかしら? 巨大な爆発魔術でも見せてくれるの?」


 恐らくではあるが、これは巨大な攻撃的な魔術を使用するための陣。それこそ爆発魔術や消滅魔術といったエリザベートを身体ごと一瞬で吹き飛ばす代物。けれど、そんなものは彼女にとって意味をなさない。何故なら、身体を一瞬にして消し去られても、今の彼女ならば、蘇ることができる。

 たとえ魂そのものを消されても、それを治す能力を持っているのだ。

 故に無駄。故に無意味

 そのはずだったのだが……。


「そしてつくづく学習しないな。何のために、ワレが先程、魔術の講義をしてやったと思う?」


 ゲオルの言葉は、エリザベートの上を行くものだった。


「これは太陽。そして中心にいるのは貴様。つまり、貴様は太陽に置き換えられている。そして、太陽は月に光を与え、月は太陽からの光を吸収する。そして、今回の場合、光とは力……つまり、魔力だ」

「……つまり太陽の私から魔力を吸い取り、自分のものにすると」

「生憎と、その役目は別の物だ。そもそも、貴様のような下衆からの魔力などワレは求めておらん」


 吐き捨てるゲオル。だが、彼は彼女の言葉が間違っているとは言っていない。

 エリザベートの推測は当たっている。彼女の膨大な魔力を消費させ、枯渇させるのが目的。しかし、ゲオルは吸収するのは自分ではないという。

 ならば一体誰が?


「ワレが何のために、部屋の隅々から一つひとつ潰して回っていたと思う?」


 そう。ゲオルはここに来るまでわざわざ他の部屋を全て確認していた。部屋だけではない。ここに仕掛けられた罠なども一切合切だ。

 それは何のためか。

 不意打ちを防ぐため? それもあるだろう。だが、本来の目的はそこではない。


「貴様は言ったな? ここは自分が生み出した魔物の腹の中だと……阿呆が。そんなもの、最初から気づいていたわ。そして、ならばそれを利用した仕掛けを施すのは当然だろうが」

「まさか……貴方っ!?」


 ゲオルは自分に向けて吸収しないと言った。そして、こうも言った。別の物に、と。物とはつまり、人ではなく魔物。そして彼は迷宮に仕掛けを施したと断言した。

 これらの要素からようやく気付くエリザベートだったが、無駄である。

 もう遅い。何もかもが、遅い。

 数えるのも馬鹿らしい程の触手が全てゲオルに向かっていくものの、もはや止めることは不可能。

 そして。


「【陽から陰へ 陽から月へ 光を奪い 喰らい尽くせ】」


 ゲオルが呪文を唱え終わった刹那。


「が、ぁぁぁ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 絶叫と共に、魔女の身体から魔力が一気に取り除かれていく。

 同時、迷宮がうねり声をあげる。

 さぁ―――蹂躙を始めよう。

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