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二十二話 かつての契約、今の契約①

「―――そして、私からお兄様を奪った貴方は、私を何度も殺し続けた。何度も何度も何度も……私が何度再生しても、その上で殺し尽くす。本当、貴方以上に厄介な魔術師はいなかった。私からお兄様を奪い取っただけではなく、殺し尽くすなんて……思い出しただけでも腹立たしい。本当にやってくれたわ、盗人風情が」


 過去の話が終わった途端、エリザベートが口にしたのは、そんな罵倒だった。

 その言葉をそっくりそのまま返したかったが、やめた。そんなものに意味はない。言ったところで何になるというのか。

 自業自得……そう言っても、目の前の女は聞く耳を持たない。そんな性格ならば、とっくの昔にこの世にはいないのだから。

 だから、ゲオルが気になっていたのは、別のことだ。


「御託はいい。それよりも答えよ……貴様、どうやって生き残った? あの時、貴様の身体は完全に消滅させた」


 エリザベートの死。いや、身体の消失。

 それを見届けたからこそ、ゲオルは戦いは終わったものだと思っていたのだ。もしかすれば、数時間、数日経った後で自動的に再生する可能性も考慮し、三ヶ月、ずっと見張っていたのだ。結果、エリザベートは再生することはなく、故に彼女の死は確しかなものだと断じた。

 しかし今、それが間違いだったと突きつけられている。


「ふふ。そうね。そうよね。いくら貴方が魔術に精通した者であったとしても、分からないわよね。まぁ、それも当然よね。私にとっても、あれは奥の手中の奥の手だったから。貴方が理解できないのも無理ないわ」


 まるで得意げに、勝ち誇るかの如くほくそ笑むエリザベートを、ゲオルは睨む。

 苛立ちはあるものの、しかし実際、彼女がどうやって生き残ったのか、分からないのも事実であり、故に言葉は挟まない。


「いいわ。教えてあげる。今更だけど、魔術師にはそれぞれ個々の特性があるのは知ってるわよね?」


 ゲオルにとっては、本当に今更な話だった。

 大雑把に言ってしまえば、魔術師は大抵の魔術が使える。しかし、それでも得意なもの、というものがある。炎の魔術が得意な者、氷の魔術が得意な者、回復の魔術が得意な者など。そして、その得意なものこそがその魔術師の魂に刻まれている魔術であり、才能であり、特性だ。


「私の場合、それは『生』。つまり、生きるということが、私が尤も得意とする魔術。傷を瞬時に直す『再生』、死んだとしても蘇る『蘇生』、魔物などを創りだす『誕生』……そういった力が、私の魔術。それは、貴方も知っているでしょう? あの時、使った力もその一つ、というわけ」


 エリザベートが生を司る、というのは何となく理解していた。何せ、何度も何度も殺し滅しても彼女は蘇るのだ。それは回復、というより生きることそのものが彼女の特性であるのなら、納得がいく。

 そして。

 生が彼女の特性だというのなら、あの時使ったのは何か。

 再生ではない。蘇生でもないだろ。ましてや誕生でも……。

 ……誕生?


「……まさか、貴様」

「ようやく理解してくれたようね。そう、あの時私が使ったのは、自分の魂をもう一度誕生させる力、つまり、『転生』よ」


 転生魔術。それは異界魔術と同じく、魔術の究極の形、その一つだ。

 死ぬことによって発動する魔術であり、その名の通り、誰かの体内に宿り、赤ん坊としてこの世にもう一度、誕生することができる。

 それは不老不死と同格の所業であり、たどり着く者は千年に一人、いるかいないか、というところ。しかも、使えたところで、大抵の者は魔力が失われ、知識も欠けてしまい、成人になるまでには前世の記憶をほとんど失う、というのが一般的だ。

 だが、この女は違う。

 前世のことをはっきりと覚えており、しかもこれほどの地下迷宮を生み出す程の魔力を有している。


「貴様の魔術が、その域に達しているとはな。驚きを通り越して、呆れるわ」

「あら失礼ね。誰のせいだと思っているの? 私だって正直、あの力は使いたくはなかったわ。どこに生まれるのか分からないし、転生するのが何年先かも分からない上、男か女かすら定かじゃあない。運良く女ではあったけれど、この姿に戻るまで、どれだけの時間と血が必要だったことか」


 その言葉で、ゲオルは納得した。そういうことか、と。


「……本来、転生魔術は使えたところで大きな障害が発生する。が、貴様は以前と同じ、いいやそれ以上の魔力を所持している。血を飲んだと言ったな? 察するにその量は、街一つ……いや、国一つ分か? そして、その血をもって力を取り戻しただけではなく、蓄え続けた、と……そこまでして、そうまでして生きたいのか、貴様は」


 魔術師というのは、ロクでもない連中が多い。自分ならできる、自分になら可能だ……そういう想いが魔術の基。故に、自然と自信過剰な性格ばかり。自己中心的な考え方や他人を顧みない者も少なくない。

 だが、それでもだ。

 そんな者達の中でも、目の前の女程、下劣な者はそうはいないだろう。

 そして何より。


「ええそうよ。あのまま死ねるわけないじゃない。大事な人を取られて、そのまま死ぬなんて、そんなの認められるわけがない。だって、私は奪われ、殺され、全てを失ったのよ? こんな悪逆がそのままにされるなんて、許されるとでも? 有り得ないわ。貴方を倒して、私が味わった苦しみと絶望を返して、その上でお兄様を取り戻して、大団円。その結末こそが、絶対なんだから」


 こんなことを未だ口にしているのだから、最早同情の余地はない。


「本当に貴様の頭は花畑のようだな。ま、それを指摘したところで意味はないだろう。だが、貴様の言葉は現実には到底ならん。ワレを倒す? 苦しみと絶望を返す? ほざくな。そもそも、貴様の兄をどうやって取り戻すというのだ。奴の魂は既にワレに溶けたというのに」

「ええ。普通は無理でしょうね。でも、私の『生』の力さえあれば、問題ないわ。『再生』と『蘇生』の力を使えば、貴方の中で溶けてしまったお兄様の魂は元通りになるはずだもの。ま、その変わりに、貴方の魂は壊れてしまうかもしれないけれど」


 そんなことできるわけがない……と断言はできなかった。

 確かに、フーケの魂は完全にゲオルの物となり、溶けてしまった。だが、それはフーケという魂が完全に亡くなった、というわけでもない。ゲオルの魂の一部となっているのだ。無論、そこには既にフーケの意識はなく、消滅している。もしも残っていたとしても、ほんの僅かな残りカス程度。

 だが、それだけあれば、彼女の『生』の力があれば、確かに魂を元に戻すことは可能かもしれない。

 無論、失敗の可能性は大いにある。というよりも、成功確率は、零ではない、というだけであり、限りなく零に近い所業だ。

 そして、それはエリザベートも理解しているはず。

 その上で、この女ではできると確信……いや、盲信していた。自分の力があれば、愛があれば、不可能などないと言わんばかりに。

 故に、ゲオルはそれを否定する。


「それは不可能だ。ああ、無論成功するしないの話ではない。貴様がワレに勝てると思っているのか、という話だ」

「勿論、可能だと思っているわ」


 即答。それもかないの自信に満ち溢れていた。


「私だって、以前のことは覚えている。ええ、貴方の魔術に私は敗れた。それは事実よ。そして、それを考慮した対策をしていないとでも思った?」


 一度戦い、負けた相手には対策を講じる。当然の考えであり、口調からして、エリザベートはその対策ができていると言いたげだった。


「私の能力は『生』。それ以外の魔術は使えるけど、貴方に比べれば威力は弱いし、意味がない。言ってしまえば、私自身の戦闘能力は低いわ。だから、魔物や怪人達を作り出した。けれど、その魔物の大半は消え去り、怪人達も全員倒された。今の私は無防備な女……とでも? ふふ。甘いわ。甘い甘い、大甘よ。私にはまだとっておきが残っているのも」


 刹那、全てが動き出す。

 壊れたパイプオルガン、そこらに散らかっている机や椅子、豪勢な彩の絨毯に、青空を写し出す窓、その他もろもろ……。

 ありとあらゆるものが、ひとりでに動き、捻れ、蠢く。

 まるで、生き物のごとく。

 即ち、これが、彼女の言うとっておき。


「そう! この迷宮こそ、私が『誕生』させた魔物そのもの。今までは他の魔物や怪人に魔力を回していたけど、貴方がそれを全部倒してくれたおかげで、この地下迷宮……タルタロスは完全なものとなったの!!」


 エリザベートの声と共に、天井、壁、床から触手のようなものが出現してきた。それもただの触手ではない。その先端は槍や斧、剣や挟といった形になっているものもあれば、牙を持った蛇や触手が合わさりあい、巨大な熊の形になってるものもいる。

 その数は百や二百ではない。千や二千……下手をすれば、五千を超えるか?

 それだけの殺意が、ゲオルという男に集中していた。


「……迷宮を作るのではなく、魔物として『誕生』させた、か。しかも、その中を自分の異界魔術で異界化した、と。成程確かに、貴様ならではの奥の手というやつか」


 無数の刃と牙を前に、ゲオルは呟く。

 しかし、そこに焦りはなかった。

 地下迷宮・タルタロス。それは正しく、怪物であり、化物だ。その脅威は攻撃的な意味だけではない。ここは敵の腹の中。そして異界魔術の中でもある。故に、敵の思い通りの現象が起きるのは目に見えていた。

 恐らくだが、この触手を一本一本潰していっても、すぐに再生され、意味はなくなるだろう。まさに、不死身の怪物を相手取ることになる。

 だが。


「で? それがどうかしたか?」


 ゲオルは、全く動じる様子もなく、淡々と言葉を口にする。


「地下迷宮が魔物? 異界魔術の中? だからワレに勝てる? ふん、それこそ甘く見られたものだな」

「……へぇ。余裕じゃない。貴方は今、魔物の腹の中にいるっていうのに。自分なら、地下迷宮ごと倒せる、とでも思っているわけ? どこまでも傲慢な男ね」


 面白くないと言いたげな表情を浮かべながら、エリザベートは続ける。


「でも、他の人はどうかしら。例えば、貴方が残してきた二人は無事でいられるかしら? 見たところ、そこまで人間離れしているとは思えなかったけど」

「ああ、無事だろうな」


 即答。

 これもエリザベートは予測していなかったのだろう。

 眉を寄せ、しかめっ面で疑問を吐く。


「……その根拠は何?」

「根拠も何もあるものか。連中は強い。特に、女の方は、魔術なしではワレが勝てるかどうか、怪しいものだしな。ちょっとやそっと、それこそ地下迷宮が相手だろうが、生き残るだろうさ」


 ゲオルはあの二人の実力を理解している。ヘルに関しては、まともな勝負はしたくないと思うほどに。何せ、彼女の体術はゲオルの喧嘩殺法とは相性最悪なのだから。

 そんな彼女が、怪我人が一人いるとはいえ、それで後れを取るような女ではないと、よく知っている。

 そして、それを知らずに挑発してきたエリザベートに向かって苦笑を漏らした。


「この程度で動揺すると思ったか? 阿呆が。どうやら、貴様は血と魔力を蓄えるばかりで、頭の方は全く進歩していないらしい」

「言わせておけば……貴方、状況が分かっているの?」

「小娘が人質で、だから動くなとでも言うまいな」


 これまた馬鹿げたことを言うと理解したゲオルは、その前に言葉を封じ、言い放つ。


「貴様はワレの前で小娘を奪う、などと言っていたが、実際は血を抜き取れなかったがために、何もできなかっただけなのだろう?」

「……っ!?」


 虚を突かれ、目を見開く女の姿に、ゲオルは確信を持った。


「その娘は特殊な『杖』を持っていてな。ワレが作ったもので、感覚を研ぎ澄ませる効果がある。が……それには別の効果もあってな。所持者を殺害、または傷つける者を猛毒で侵す、というものだ。一種の防御魔術だ。それは『杖』が所持者から離れている場合でも発動するようになってある……そして、それが、この杖だ」


 どこからともなく取り出した『杖』。それは、ゲオルが以前エレナに渡したもの。

 彼女が攫われた時、この杖は彼女の元から離れ、置き去りにされていた。恐らく、攫ったルカードはこれが魔道具だと理解し、敢えて置いていったのだろう。

 だが、それが幸いした。


「貴様は小娘が防御魔術にかかっていることに気がついた。だから手が出せなかった。それだけの話だ。苦しみを返す? 絶望を与える? 都合のいい言い訳をするな。自分ができなかったことを別の理由をつけるなど、どうやら貴様には恥というものがないらしい」

「この……!!」

「文句なら、この杖も一緒に持って行かなかった、貴様の部下に言うんだな」


 言いながら、ゲオルは杖をしまう。


「貴様には一切の容赦はしない。情けもかけない。我の契約はその娘を守ること。故に貴様を殺し、潰し、滅する」


 そして。


「我が恩人達、フーケとその妻フィリアの仇、ここで果たさせてもらうぞ。覚悟はいいか? エリザベート・ベアトリー」


 過去と現在。二つの契約を果たすために。

 そして今度こそ、恩人達への手向けとして。

 魔術師は拳を握る。

 同時。

 怒りを込めた拳と共に、戦いが始まったのだった。

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