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幕間 魔術師の後悔③

 傷は完全に癒えた。

 魔術が使えなかったために、思った以上に長くかかってしまったが、しかしどこの不調もなく、『魔術師』は全快になった。

 そして、それは『魔術師』がフーケ達の家から旅立つということでもあった。

 その点について、『魔術師』は惜しむことはない。

 自分は流浪の身。自らの身体を探す旅をしているに過ぎない。故にいつまでも同じ場所にいつづけるわけにはいかない。だから、これは必然の別れなのだが……。


「忘れ物ない? 身体の調子とか大丈夫? お腹とか本当にすいてない? はいこれ。昨日作ったご飯の残りを包んだから……」

「ええい、喧しい!! 貴様はワレの母親のつもりか!! しかし飯はもったいないので貰っていくがな!!」


 思わず叫びながら、出された包みを荷物にしまう。

 この家で声を荒げたのは何度目だろうか。

 フィリアは何度『魔術師』が拒否をしても、それを女とは思えない根気で何度も覆されてきた。おかげで慣れないことも色々させられた上、何度も屈辱的な目にも遭わされた。


「こら、フィリア。『魔術師』さんも子供じゃないんだから……あ、そうだ。昨日の狩りでいい鳥があったら捌いて包んだから、これも……」

「言った傍から貴様もか!! 夫婦揃って余計な世話だ!! しかしありがたいのは事実ゆえ貰っていくがな!!」


 続けて叫びながら、やはりこちらの包みを荷物にしまった。

 このように、フーケに関しても、『魔術師』は今日までその性格に翻弄され続けてきた。 

 それから解放される、という点では清々している、とも言えるだろう。

 大きなため息を吐きながら、『魔術師』は続けて言う。


「……こんなこと、ワレが言える立場ではないが……お人好しも大概にするべきだ。こんなこと、何度もしていては、いつかひどい目に遭うことになるぞ」


 人間は誰しもが善人というわけではない。むしろ、その善人を利用し、陥れ、甘い汁を啜ろうとする方が多い。それが現実だ。

『魔術師』は今、子供の姿をしている。無論、これも喰らった者の姿だ。生まれつき病弱だからと言って、村を襲う魔物への生贄にされそうになっていた。それを助け、契約し、そしてそれを果たして上でこの姿をしているのだ。

 二人がこんなにも親身になるのは、もしかすれば『魔術師』が子供の姿をしているからかもしれない。

 けれど、命の危機を感じれば、子供に対してすら平然と行ってしまえる……この世界はそういう風な作りでできているのだ。


「ん~……かもしれないな。でも、その時はその時だ。それが怖くて人を助けることをやめたら、それこそ俺は自分を殺すことになるからな」


 などと言い放つフーケから視線を変え、フィリアに向かって『魔術師』は言う。


「貴様の夫はこんな事を言っているのだが、それでいいのか?」

「まぁね。そういうどうしようもなくお人好しなところに惚れたんだから、仕方ないって思ってるよ」


 ダメだこの夫婦、と思った『魔術師』は自分が間違っていないと確信していた。

 先程も言ったが、世の中というのは、そんなに甘くない。弱い者、隙がある者は排除される傾向にある。今、姿にしている子供もそうだが、『魔術師』は何度も何度もそんな悲劇を目撃してきた。そして、その中で人間は争い、憎しみ合い、挙句殺し合う。そういったどうしようもない存在なのだ。

 その点からみれば、この夫婦は明らかに弱者であり、隙だらけだ。

 自分のような者をここまで介抱し、心配するなど普通の人間ならやらない。愚の骨頂だ。結局、事の経緯を話してもいないというのに、彼らは何も言わず、聞かず、ただ『魔術師』の傷が治るまで面倒を見てくれたのだ。

 本当に、どこまでも救いようがないほど……お人好しな連中である。


「ふん。夫婦揃っておかしな連中だ。こんな男を助けたところで、何の見返りもないというのに」


 けれど。


「しかしそれでも、貴様らに助けられたのは事実であり、ここまで傷が癒えたのも真実だ。故に、その礼は言う……感謝している」


 何気ない一言。

 しかし、何故だか、その言葉を口にすると二人揃って目を丸くさせていた。


「……何だその顔は。ワレが礼を言うことが、そんなにおかしなことなのか?」

「いや~、だって、ねぇ?」

「うん。『魔術師』さん、そういうの照れくさくてしない性格だから、驚いちゃって」

「いい加減にしろ貴様ら!! ワレをなんだと思っているのだ!! というか、あれか、舐めているな? そうだな? そういうことだと解釈していいんだな!? もういい、ワレは行くからな!!」


 怒号を浴びせると、『魔術師』は彼らに背中を向け、歩き出そうとすると、後ろから呼び止められた。


「あっ、最後に一つ、いいか?」

「何だ」

「その……近くに寄ったらでいいから、また来てくれよ」

「その時は、おいしいご飯、たくさん作ってあげるからさ」


 言われて、もう一度思う。

 この二人は、どこまでも突き抜けたお人好しである、と。

 そんな彼らの方を向かないまま、『魔術師』は言う。


「ふん……気が向いたらな」


 それだけ言い残し、その場を去ったのだった。


 *


 それから、五年後。

『魔術師』の身体は一向に見つかる気配はなく、また手がかりすら掴めていない状況にあった。

 しばしば、他の有名な魔術師や強力な魔術師の下へと訪れたが、厄介事に巻き込まれただけで、結局は何も収穫はなかった。

 身体探しから、もう二百年以上は経っている。

 そこから考えられるのは、もう自分の身体はないのではないか、という予想だった。


「……、」


 夜の洞窟内で一人焚き火を見ながら、そんなことことが頭をよぎった自分に嫌気がさす。いや、それもそうか。一週間程前に『あの男』と一戦やらかしたのだ。戦い自体には勝利したが、殺すことはできず、そのまま逃げられてしまった。そして、顔が割れてしまったがために、不安要素ができてしまったのだ。

 以前戦った借りは、その時に返せたが、またいつどこで仕掛けてくるか分からない。


「奴め……以前よりも妙な技を覚えよって……しかも、扱う『剣』の数も増えていたのではないか? 一体どこから搾取しているのやら……」


 はっきり言おう。『あの男』は、『魔術師』にとって驚異であり、ある種の天敵だ。今までも多くの強敵を倒してきたものの、相性としては最悪の部類に入るだろう。そして何より、執着が底深い。戦う度に強く、そして厄介になっている。こちらもその対処を取ってはいるものの、絶対というわけではない。

 そのことを考えると共に、何度目か分からないため息を吐きながら、ふと思い出す。


「……そう言えば、ここの近くには、あの夫婦が住んでいたな……」


 五年前に自分を助け、全快になるまで介抱していた夫婦。彼らが住んでいるところは、ここから山を一つ程越えた森にあったはずだった。

 人の五年というのは長い。もしかすれば、彼らは自分のことなど、忘れているかもしれない。また来てくれ、と言ったことさえ覚えていないかもしれない。それくらい、人間の記憶というのは曖昧なのだ。

 それを理解した上で。


「……会いに行ってみるか」


 そんな、らしくもないことを口にしたのだった。


 *


 別段、『魔術師』が会いたいと思っているわけではない。

 ただ、近くに寄ったらまた来てくれ、と言われたからなのであって、久しぶりに顔だけでも見に行こうとか、あの赤ん坊はどれだけ大きくなっているのだろうか、などとは全く、絶対、これっぽっちも考えていない。


「とはいえ、だ。何の土産も無し、というのが味気ないのは流石のワレでも理解しているしな。何かしらの食い物くらいは持参してくべきか」


 そう思い、買い物をするために森近くの街までやってきていた。

 あまり活気はない街ではあったが、品揃えはそれなりに整っていたため、買い物するのもそこまで困ることはなかった。


(しかし、こういう時は何を持っていったらいいものか……果物だけ、というのは味気ない。酒も持っていくにしても、子供も少しは大きくなっているしな。その点も含めて、リンゴの果汁も持っていくか……)


 などと、らしくないことを考えながら、買い物を済ませていく『魔術師』。

 しかし、だ。その中で不意に感じたことがあった。

 この街には何かが足りない。

 活気がない街。それは確かにそうだ。しかし、そういった抽象的なものではなく、もっとこう、具体的な何かが見えないというべきか。

 そして、理解する。

 この街には、若い娘の姿が一切ないことに。


「店主。一つ聞きたんだが、この街は若い娘が少ないのは何故だ?」


『魔術師』の何気ない一言に、果物を袋につめていた店主の手が止まる。そして、『魔術師』の方を死んだ魚のような目で見てきた。


「あんた、旅の人かい。なら、知らないのも当然だろうけど、この街でその話題はしない方がいい」

「……何かあったのか?」


 その質問に、店主は大きな息を吐いた後、口を開いた。


「数ヵ月前にある貴族の手下連中がやってきてな。若い娘を皆攫って行ったんだよ。おかげでこの街には若くて綺麗な娘は誰一人としていないんだよ。しかも、その連中、ただの人間じゃなかった。獣と人間が合わさったような姿をしていたのさ。思い出しただけでも怖気が走るよ」


 獣と人間が合わさった姿……それは獣人型の魔物だろう。確かに、慣れていない人間からすれば、連中の姿は恐怖の対象になりやすい。

 しかし、疑問は未だつきない。


「誰も、抵抗しなかったのか?」

「抵抗したさ。攫われた時も、その後も。若い男衆が力を合わせて娘達を取り戻そうとしたんだが、全員未だに帰ってこない。ギルドの方にも依頼はして、何組かの連中が行ってはくれたけど……その連中も帰ってきてないのさ」


 その情報が確かなら、その連中はそれなりの数と力を持っているのだろう。ギルドの人間を何組も返り討ちにしているのなら、ただの雑魚、というわけではないらしい。

 そして、『魔術師』の疑問はまだ続く。


「少し思うんだが……何故、その連中が貴族の手下と分かった?」

「そいつらを率いていた娘が、自分の事を貴族だって言ってたからさ。どこの貴族かは知らんが、確かに気品はあったよ。人間の姿もしてた……まぁ、頭の方はかなりイカれた奴ではあったが」


 確かに、それは間違いないと『魔術師』も同意する。

 話から察するに、その娘とやらは魔術師だ。それも、魔物を従えている程の実力者と見るべき。いいや、娘といいつつ、実年齢はもっと上なのかもしれない。

 だとするのなら、その若さを保つために、若い女の血や肉を欲している、という可能性もある。


「その娘の目的は、娘達を攫うことだった、というわけか?」

「……いや、本当の目的は別にあったらしい」

「別の目的?」


『魔術師』は何気ない言葉で返す。

 だが、店主から返ってきた言葉が、彼にとって最悪なものだった。



「何でも、森に住んでいる自分の兄を取り戻しに来たんだとよ」



 刹那。

『魔術師』の中で、何かがざわめいた。

 それが何なのか、理解する前に、店主の言葉は続く。


「この森の近くに住んでいる狩人の男がいたんだが、どうやらそいつの妹だったらしい。その男はいい奴だったんだ。気さくで優しくて、困った奴を放っておけない……嫁さんもそんな感じの良い女だった。なのに……連中は、二人共々、無理やり連れて行っちまったんだよ」


 その言葉を聞いたや否や、いつの間にか『魔術師』は走り出していた。果実や酒などの土産は既に手にはなく、ただ彼は森に向かって駆け抜けて行く。

 そんなはずはない。

 そんなはずはない。

 そんはこと、あるはずがない。

 単なる間違い。勘違い。『魔術師』が時折よくやるうっかりな思い違い。そうだ。そのはずだ。そうでなければならないのだ。

 なのに、だというのに……世界は『魔術師』に厳しい真実を突きつけてくる。


 一時間後。

『魔術師』が目にしたのは、かつてあのお人好しな夫婦が住んでいたはずだった家の、焼け跡だった。

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