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二十話 反撃は嵐の如く⑤

 時は、少し遡る。

 迷宮に入る直前、ゲオルはロイドに対して、自分の『紫色の短剣』を渡していた。


「旦那、これは?」

「見ての通り、短剣だ。だが、ただの短剣ではない。以前倒した巨大な毒蛇の牙から作ったものだ。強力な魔毒が染みこんである。それで刺してしまえば、相手は確実に死ぬだろう。ま、我はその解毒剤を既に飲んでいるので効果はないがな」


 巨大な毒蛇……シュランゲの毒は、強力だ。それはゲオルが一番よく知っている。何せ、本来なら毒に耐性があるゲオルの身体を侵したのだから。その効果をさらに増大させたものなのだ。人間なら、まず間違いなく即死だろう。

 だが、ここで疑問が頭をよぎったヘルが口を挟む。


「しかし、ゲオルさん。確か魔物には魔毒は通用しないのでは?」

「その点を考慮しないとでも思っていたか? それは強力な魔毒が染み込んであると同時、魔毒を増幅させる機能もついている。魔物は多かれ少なかれ、体内に魔毒を持っている。故に耐性を持っているから、他の魔物の魔毒でも死なないようになっているのだ。それどころか、魔毒によって傷の治癒を早めることもある」

「つまり、これはそれを増幅させる効果があると?」

「ああ。魔物にとって、魔毒はある種の薬だ。だが、薬というものは適正な量が絶対条件。それを過剰摂取すれば、もはやそれは薬ではなく、毒となる。つまり、その短剣は薬の過剰摂取を魔物に対して引き起こす作用があるというわけだ」


 薬も過ぎれば毒となる、とは誰が言った言葉か。

 何はともあれ、ゲオルが渡した短剣は、人間だけではなく、魔物にとっても猛毒の武器と言えるだろう。


「まぁ短剣であるために、至近距離からの攻撃を余儀なくされる。基本的に不意打ちという形でしか使用できないだろうな」

「そうっすか。でもいいんですかい? こんな切り札、俺なんかに渡して」

「構わん。今回は魔術が使える。我にはそれだけで十分だ。そのくらいの短剣を貸すくらい、何でもない」

「そりゃありがたい……ところで旦那。もしもの話ですけどね。これを驚異的な回復力がある魔物に使えば、どうなるんですかね」


 ゲオルには、それが誰のことなのか、容易に想像できた。

 そして、理解した上で、ロイドに言う。


「さてな。実際に試したことがないため、はっきりしたことはないが……」


 だが。


「そいつは死と同類の苦痛を、精神が崩壊するまで味わうことになるだろうな」


 *


 絶叫が、響き渡る。


「あ、あああ、あああああああああっ!?」


 ルカードは、これでもかと言わんばかりに叫びまくる。

 彼の声にあるのは恐怖だけではない。何故という疑問と、有り得ないという驚愕も含まれていた。

 ルカードはロイドに短剣を刺された。それだけだ。たったそれだけ。人間ならともかく、ヴァンパイアの自分には意味のない行為。刺されたからどうした。治せばいい。それだけの、他愛のないこと。

 そのはずだ。

 そのはずなのに。


「何だ、何故、なぜ、ナゼ……!? 傷が治らない!! この激痛は何だ!! ああ、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い……!!」


 短剣が右目に刺さったまま、ルカードはその場でのたうち回りながら、声を上げる。

 いや、実際は右目に刺さった短剣を抜こうとするも、それができないのだ。抜こうとする手が溶けては再生し、溶けては再生しの繰り返し。崩れ続ける腕では物を掴むことなど不可能。

 片腕だけではない。両腕両足、胴体ともに泥のように形を崩したかと思えば、元の形に一瞬戻り、けれどもそれがまたぐにゃりと溶ける。

 立つことすらままならず、動けば必ず身体が壊れる。

 しかし、それ以上に悶える程の苦しみが、ルカードの身体に走っているため、彼は身体を動かすことをやめられない。


「ああ、ああ……身体が、おかしい。元に戻らない。なぜだ、どうして……!!」


 激痛という激痛に喘ぐルカード。

 その姿を見て、ロイドは小さく言葉を零す。


「へっ。ようやく、お前の泣きっ面をおがめ、た……ぜ……」


 言いながら、ふらりと体勢を崩す。しかし、その身体は地面に倒れることはなく、何かに支えられた感触がした。

 ふと見てみるとそこにはヘルの姿があった。


「姉さん……」

「無茶しすぎですわよ」

「ははっ……すまねぇな。返す言葉もねぇ。だが……それに見合ったもんは見れた」

「……そうですか。とにかく、治療しますわ。さ、そこに横になって……」

「なぜだっ!!」


 ヘルの言葉を遮るかのように、ルカードの声が響き渡る。

 見るとそこには、ドロドロになった液体状の何かがあった。顔は原型をとどめておらず、目と口がある程度。指先は存在せず、腕の肘から先も無くなっていた。それは下半身も同じような状況であり、膝からは液体が次々と流れ出している。

 普通の人間なら、こんな姿になる前に死んでいる。不死に近い存在故の苦痛が、ルカードを襲っているのだ。


「何故身体が元に戻らない。治らない。回復しない!! こんな、こんなことなど……」

「阿呆。そんなもの、言うまでもないだろうが」


 声を荒げ続けるルカードに対し、言葉を返したゲオル。

 もはや人間の姿をほとんど保っていないルカードの目の前に立ちながら、言い放つ。


「確かに貴様の回復は尋常ならざるもの。有り得ん程の治癒能力だ。が、言ってしまえば、それだけのことだ。回復や治癒、それに伴った応用の攻撃を加えればいいだけの話。今、貴様に起きている現象もそう。貴様はただ、回復し続けているだけに過ぎん」

「回復、し続けている、だと……!?」

「そうだ。貴様の能力は驚異的な回復。が、その回復が今の貴様の状況を作り出している。つまり、貴様の能力そのものが、貴様の毒になっているというわけだ。それを『治す』など不可能。何せ、貴様の身体は今も、治り続けているのだからな」


 回復してしまうが故の弱点。ならば、その回復をやめればいい、というそんな簡単な話ではない。今のルカードは回復し続けているからこそ、かろうじて死んでいないのだ。それを止める、ということは即ち死を受け入れるということ。そんなことは絶対にできない。

 その意思を捨てられないために、彼の身体は壊れ続け、そして治り続ける。


「こんな……こんなことが!! 私が、たった一擊で、それも短剣の一刺しで、こんな風になるなど……!! しかも、しかもしかもしかも!! それが、ただの人間の手によるものなど……!!」

「つくづく貴様は救えんな。そのただの人間だからこそ、貴様を殺すことができたのだろが」


 意味が分からないと言わんばかりな視線を向けているルカードに対し、ゲオルは呆れた口調で言う。


「貴様の高慢な性格。人間を見下した言動。それらをあの男が利用したのだと分からんのか? 相手が人間ならば、本気を出す必要はない……その油断をついた。これは、それだけのことだ」


 ゲオルは思う。もしかすれば、自分が相手だったならばルカードはもう少し警戒していたのではないか、と。

 ルカードの実力は、本来ならこの程度のものではない。それは彼がゲオルの油断をつき、エレナを攫っていったことからも分かる。超高速な移動と驚異的な破壊力。それらを純然に、初めから使っていれば、ロイドは手も足も出なかっただろう。事実、彼の攻撃は、最後のもの以外、一切合切通用していなかったのが、その証拠だ。

 だが、結果はご覧の通り。

 思い上がった過信、力がある故の傲慢。隙があるのは当然だった。

 恐らく、彼もまた他の連中と同じく、本気で戦ったことがなかったのだろう。蹂躙や殺戮といった一方的な虐殺しかやってこなかった。だから、隙を生じさせてしまった。


「戦いの最中に隙を見せるな……そんな当たり前のことができていなかった。そんなつまらないものが、貴様の敗因だ。はっきり言って、話にならん。命を賭した相手程、油断ならんというのにな」

「な……が……」

「本当の実力がどれだけのものだろうが関係ない。戦いとは結果が全て。貴様は負け、奴は勝った。だから、貴様は苦しみ、そして死んでいく。それだけの簡単なことだ」


 余裕の勝利? 強者の威厳? なんだそれは。そんなものを持っているから足を掬われるのだ。そして、それで敗けては話にならないし、意味がない。やるならば確実に、徹底的に。それを怠った結果をゲオルはよく知っている。

 つまり、この結末は、そういうものであり、一言で表すのなら、下らない、だろう。

 だが、それが相応しいとも言えるかもしれない。人間を見下し、嘲笑って生きてきた者が、その人間のたった一刺しという攻撃で死ぬ。そう考えれば、納得のいく最期と言えるだろう。

 だが、ここまできて、未だにその愚か者は自分の敗北を受け入れようとはしなかった。


「ああ……エリザベート様、エリザベート様!! どうかお助けを……!! このルカードにどうか慈悲を……!!」

「ここに来てあの女へ助力を求めるか。惨めを通り越して哀れだな」

「何、を……!!」

「では一つ聞く。貴様、もしやあの女に、お前になら我を倒せる、などと言う妄言を聞かされたのではないか?」


 目を見開いたルカードに、ゲオルは「図星か」と言いながら、ため息を吐く。予想通り過ぎて馬鹿馬鹿しく思えてしまう。


「あの女め。どうやら悪趣味は変わっていないらしい……ああ、どうして、と言いたげな顔だな? 何、不思議なことではない。数百年程前にも、そう言われてワレを殺しにきた連中がいた。それだけだ。あの女にとって、貴様は特別でも何でもなかった、というわけだ」

「そ、んな、ことは……!!」

「丁度いい。最後に一つ、教えてやろう。あの女の脳裏にいるのはただ一人の男。それ以外の者は全て平等に無価値。どれだけの言葉を並べられようと、それらは全て嘘八百だ。故に、あの女が、貴様を助けるわけがない。貴様も気づいているはずだ。あの女の異界魔術の補助を受けられていないということに」


 その言葉通り、ルカードは今、エリザベートの異界魔術の影響を受けていなかった。

 事実を突きつけられ、唖然とするヴァンパイアに、ゲオルは追い打ちをかける。


「それが全てだ。あの女にとって貴様は、いいやここにいる怪人やら魔物は全て『玩具』でしかない。思い入れなどなく、換えが効く。だから用済みは即座に廃棄。そして貴様は用無しと判断された。そら、簡単な話だ」


 ルカードは見捨てられたわけではない。ただ捨てられたのだ。そもそも、エリザベートはルカードを見てすらいなかっただろう。あの女はそういう女なのだから。

 しかし、同情などは一切ない。ルカードやここにいた魔物、怪人達は多くの人間を殺してきたのだ。その報いを受ける時がきたのだ。


「受け入れろ。貴様の末路は、敗北であり死だ。そして自らの主に捨てられた……その絶望を抱きながら無へと還れ」


 死の宣告を言い放ったゲオル。

 だが、最早その言葉はルカードには届いていなかった。

 いや、届いていたからこそ、だからか。それを覆そうと言わんばかりに声を張り上げる。


「エリザベート様、エリザベート様、エリザベート様、エリザベート様、エリザベート様、エリザベート様、エリザベート様、エリザベート様、エリザベート様、エリザベート様、エリザベート様、エリザベート様、エリザベート様、エリザベート様、エリザベート様、エリザベート様ぁぁぁぁぁぁぁぁ―――」


 何度も何度も主の名を呼び、最後には断末魔の如く響き渡るものの、その返答に応じる者は誰もいなかった。

 そして、ゲオルがいったようにルカードは全てに絶望したと同時、諦めてしまったのだろう。動きが止まったかと思うと、彼の身体から排出していた液体は灰へと変化し、少しずつ風に飛ばされ、形を失っていく。

 そして、全てが灰と化し、ルカードという存在がいなくなったと同時、ゲオルは呟く。


「捨てられても尚、最期の最後まで己の主にすがるとは……ヴァンパイア、ルカード。本当に、つまらん男だったな」


 冷たく言い放つその言葉にはもはや怒りもなく。

 あるのただ、侮蔑と呆れのみだった。

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