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五話 ゲーゲラの街②

 最悪だ。まったくもって最悪である。

 それはゲオルの言葉でもあり、恐らくはジグルも同じ気持ちだろう。

 ジグルの記憶の中で何度も見た、黒髪黒目の長身。平たい顔をしていながら、どことなく挑発的なつり目。そして、腰に携えているのは勇者のみしか使うことが許されない聖剣。

 タツミ ユウヤがそこにいた。

 

「……ゲオルさん、知り合いですか?」

「いいや、識ってはいるが、知らん。ワレは初対面だ」

「ということは、つまり……」

「おい、何無視してんだよ。随分と偉そうな態度とるようになったじゃねぇか、えぇ?」


 相変わらず、というべきか。何とも横柄で上から目線な言葉だ。どうやらユウヤはジグルが身体を乗っ取られたという事情に気づいていないらしい。当然と言えば当然なのだが、しかして勇者なのだから、それくらい見抜けるだろう、というのは言いすぎか。

 と、ここでゲオルは迫らせる。

 ジグルとして振舞うか、それともゲオルとして対応するか。

 正直、ジグルになりきるのは既に失敗はしているものの、それはエレナ相手だったからだ。他の人間、特に目の前にいる男に対しては通用するはずだ。それはとてつもなく面倒なことであるし、ゲオルとしてはやりたくないことだが、しかしゲオルとして対応すれば厄介なことになるのは明白。

 さて、どうしたものか。


「おい、何とか言えよクズが……って、何だお前。女連れてるのかよ」


 ふと、そこでユウヤはエレナの存在に気がつく。視線を向けれことに気がついたのか、エレナは少し身体を強ばらせた。

 そんな彼女を見て「へぇ」と呟きながら、ユウヤは続ける。


「ホント、随分なご身分になったらしいな。俺達のパーティーを抜けて女連れて旅してるとか。生意気にも程があるだろ。しかも結構可愛いじゃねぇか。っつーか、その子、どうしたわけ? ああ、言うな言うな。どうせお前のことだ。嘘八百並べて抱きかかえたんだろ? 相変わらず、クソみてぇなところは変わってねぇのな」


 こちらが言葉を発する前に自分で自己完結しながら話を進めていく。

 やはり、というべきか。記憶の通りの人間性だ。人の話を全く聞こうとせず、自分の言い分をただ口にして、それが正しいと信じている。故に他人の言葉は無視。というより、耳に入ってこないのだろう。だから、ここでゲオルが何を言おうと無意味。例え、自分はジグル・フリドーではないと言っても、この男にとてはどうでもいい。ユウヤにとってみればかつて自分が追い出した人間がそこにいる。ならば貶そう、傷つけよう、踏みつぶそう……そんな具合でしかない。

 今更ながら、こんな奴と一緒に旅をしていたであろうジグルの精神力はかなり強いのだと思う。

 そんなジグルが見知っているであろう人物はしかして一人ではなかった。


「ちょっとユウヤ。そんなとこで何油売ってんのよ。ルインやアンナがあんたを探して……」

「おお、ちょうど良かった。見てみろよ、メリサ。珍しい奴がいるぜ」

「……ええ。そうらしいわね」


 桃色の髪を二つにまとめた少女がユウヤの後ろから現れる。

 勇者パーティーの一人であり、かつてはジグルと共に競い合ったメリサがそこにいた。

 メリサはこちらをじろり、とまるで観察するような視線を向けていた。


「アンタ雰囲気変わったわね」

「だろ? お前もそう思うだろ? しかも女まで連れてんだぜ?」

「女……?」


 訝しめな表情を浮かべながらもう一度こちらを見る。そしてようやくエレナの存在を認識したのか、彼女の方を見て目を見開いていた。

 そして、その瞳はどこか冷たいものへと変わる。


「ふーん……そうなんだ。で? その子何?」

「おいおい、聞いてやんなよ。どうせどこぞの村か街で騙して連れて回ってる子供だろ? 何か弱みでも握ってんじゃねぇの? でなきゃ、コイツが女を連れてるわけねぇじゃん」


 矢の如く暴言を吐くユウヤ。その言葉を聞いているのか聞いていないのか、返答せずにこちらをじっと睨んでくるメリサ。

 目の前の二人を前にして、ゲオルはふと、隣にいるエレナを見る。

 その表情は変わっていない。だが、いつの間にか左手が握りこぶしを作って、震えていた。


「おいお嬢ちゃん、一体そいつに何を握られてんだ? まぁ何でもいいけどよ、脅されてんなら俺が助けてやるよ。俺はそいつよりもずっと強いからな。だから名前を教えてくれねぇか?」

「……私のですか?」

「そうだ、そうだよ。今から助ける女の子の名前くらい、教えてもらってもいいだろ?」


 ユウヤの中では完全にエレナは騙されているか、それとも脅されているかのどちらかになっているらしい。何も言っていないというのに、自己完結した言葉は当事者ではないゲオルからしても何ともいらつく物言いだった。

 そして。

 それが当事者ならば、尚更であることは言うまでもない。


「結構です。何を勘違いされているかは知りませんが、私は自分の意思でジグルさんの傍にいるんです。貴方のいうようなことは一切ありませんから、心配は無用です。さ、行きましょうジグルさん」


 そう言って、ゲオルの事をジグルだと思わせながらエレナは手を引っ張る。どうやら彼女もまたこの場を早く去りたいらしい。

 色々と言いたいことはあるが、今回はそれに乗ることにして、ゲオルはそのまま裏路地を出ていく。

 が、そう簡単にはいかないのが、現実というものだ。


「ひどい奴だな。そういう風に言わせるようにしてるなんて、全くもってクズだな、お前。ホント生きている価値あんの?」


 ふいに、真後ろから声がする。

 振り返らずともゲオルはそこに剣をこちらに向けているユウヤがいることをなんとはなしに理解していた。


「大丈夫だ、心配ない。君が無理やりそんな心にもないことを言わされているのは分かるし、本当は助けて欲しいんだってことも理解している。だってそうだろ? 俺が助けてあげるって言って、断るなんて普通ありえないんだから。こんな奴の傍に自分の意思で一緒にいるなんて、そんな馬鹿なことあるはずがないんだから」

「貴方、何を言って―――」

「いいっていいって。ここでこいつをボコボコにしちまえば、君があとで怖い目に遭うことはない。だから演技はやめて、素直に言えばいいんだ。どうかお願いします助けてくださいってね」


 ゲオルは再度に渡って思う。この男、本当に勇者なのだろうか、と。

 別に実力をこの目で見たわけではない。聖剣に選ばれる程だ。もしかすれば、本当に凄い実力を持っている可能性だってある。それ故のこの傲慢な態度、なのかもしれない。しかし、それらを含めてもやはり言動の一つひとつや態度が全くもって常識外。人の話をこれでもかと無視しながら話すその様は、恐らく自分の世界で全て完結しているのだろう。

 だから思う。思ってしまう。

 これが勇者か。

 これがジグル・フリドーが夢見た存在の成れの果てか。


「まぁこいつの目の前だからね、怖くてそんなことも言えなんだろう。大丈夫、俺は君の気持ちをきちんと分かってあげているから……そういうわけで、ほら、さっさと両手をあげてこっち向けよ、無能。有り金置いて、身ぐるみを全部おいて泣いて叫んで許してって言うんなら、まぁちょっと痛めつけるだけで許してやるからよ」


 余裕の言葉をつらつらと述べるユウヤ。彼の中ではジグルに負ける未来などないのだろう。自分は勇者でジグルはオマケ、格下、クズ……そういう枠組にハマっている。それはかつての仲間に対して告げる言葉ではないし、態度ではない。そして、今ここではっきりと理解する。彼は本当にジグルという存在を毛嫌いしているのだと。邪魔でいらなくて、自分の視界に入らないようにしたかったのだと。だから彼を追放し、自分だけのパーティーを作った。

 そして今なお、ジグルという青年から、この男は奪おうとしている。


「ちょっとユウヤ。あんた、度が過ぎてるわよ」


 その時、思わぬ助け舟が出た。


「ああん? 何だよ、メリサ。こいつのかたを持つのかよ」

「そうじゃないけど、アンタが言ってること、結構滅茶苦茶よ。そういう性格だって知ってるけど、今のは流石にどうかと思う。勝手に決め付けすぎでしょ」

「決めつけも何も、事実だから仕方ない。考えても見ろ、こいつの近くに女がいるなんて、ありえないだろ? ただちょっと剣術が仕える程度のやつに、あんな可愛い子がいるとか、どう考えても何か裏があるに決まってる。それに、お前も知ってるだろ? こいつは俺達の前から逃げたんだ。戦いが怖くて、びびって、唐突に姿を消した、弱虫のクソ野郎だって」


 ユウヤの言葉に、メリサは黙り込んだ。


「前は勇者になれる男だのなんだの言われて周りからちやほやされてたから、その時のことがまだ忘れられないんだろうよ。ほんと、ムカつくわ、お前。生きてる価値、ないんじゃねの?」


 言いたい放題なユウヤの言葉に、けれどもゲオルは何も言わない。

 そう。彼が言っているのはジグルに対しての言葉。ゲオルに向けてではない。いうなれば、人違いを勝手にしていて、本人だと思い込んだまましゃべり続けている哀れな男でしかない。暴言も悪口も全て他人に向けられたものだから、ゲオルにとっては痛くも痒くもない。

 エレナはというと、握り締めた拳の震えが先ほどよりも大きくなっていた。この少女のことだ、いつユウヤに向かって殴りかかってもおかしくはない。それで問題が起こったとしても、それは彼女自身のもの。そしてジグルのもの。ゆえにゲオルにとっては全く、これっぽっちも関係はなく、問題ではない。

 だから。


「そういうわけで、害虫と同じうざったくて卑劣で卑怯でクソなお前を正義の味方である俺が成敗してやる。だから、いい加減こっちむきやが―――」


 だから、ユウヤの顔面に向かって自らの拳を叩き込んだのは、ただ単純にこの男が煩かっただけであり、それ以外の他意はない。

 殴られたユウヤはそのまま十メートル以上吹き飛び、地面に何回かぶつかりながら裏通りで地面へと崩れ落ちた。

 その光景を前に、ゲオルは一言。


「喧しいぞ、虫が」


 冷たい殺気を放ちながら、そんな言葉を告げたのだった。

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