十八話 反撃は嵐の如く③
エリザベートの言葉は真実だった。
ゲオルの快進撃は一層では止まらず、そのまま二層、三層と突破されていった。階層を守っている者、つまりは番人はそれぞれ特殊な能力、特殊な姿をしている。それは全て人外のものであり、力も人間のそれを超えていた。
一層は『スカルナイト』のレイモンド。
二層は『マミー』のライミー。
三層は『フライイーター』のベルゼ。
四層は『ミノタウロス』のアステリオス。
五層は『ハーピー』のピュイラ。
六層は『ホムンクルス』のフラン。
七層は『ライカン』のウォルフ。
それぞれが通常の魔物よりも遥かに能力が高く、またその上で迷宮の影響によってさらに力が強くなっていた。
例えば『マミー』は刺しても斬っても殴ってもまるで痛みなど感じないように動き回る死体だが、ライミーの場合はそれだけではなく、触れただけで、相手を腐敗させる能力を持っていた。
例えば『ハーピー』は歌を聴かせることで、相手を誘惑し、幻術に陥れたり操ったりする鳥人間だが、ピュイラの場合、声を一言かけるだけで、相手は自分の思うようにすることができ、死ねと言えば相手は確実に死ぬ。
そして他の怪人達も同様に凶悪な力を持っており、一体で街一つは落とせる実力は確かに持っていた。
しかし。
ゲオルはそんな連中を、一つ残さず粉砕していった。
レイモンドは踏み潰し、ライミーは粉々にし、ベルゼは燃やし尽くし、アステリオスは内臓全てをぶちまけ、ピュイラは首をひねり潰し、フランは身体を百八に分け、ウォルフに至っては塵も残さず消し飛ばした。
その光景を一つの言葉で表すのなら、まさに圧倒。彼らはまるで相手になっていなかった。どんな強力な一擊も、どんな凶悪な魔術も、受け止められるか跳ね返させるかだけ。そして、恐らく彼らは自分の攻撃が通用しないとは考えてこなかったのだろう。故に隙が生じ、そしてゲオルはそこを必殺の一擊で突く。
「いや……まじ信じられないっすわ、ホント……」
九層への階段。そこを降りていた途中で、ロイドはそんなことをつぶやいていた。
「旦那、アンタまじで強すぎだろ。何度も言うけど、人間の域を超えちまってるって」
「おかげでわたくし達の出番がなくなってしまいましたわ」
「喧しい。雑魚に構っている暇などないだろうが」
「それはまぁ、確かにそうですわね。ですけど、宜しいのですか? 魔術を使いすぎるわけにはいかないのでしょう?」
確かにその通り。
あまり魔術を使い過ぎれば、本命との戦いで使える回数が減ってしまう。それを考えて、なるべく使用しないようにはしていたが、そうも言っていられない相手もいた。特に二層のライミー、三層のベルゼ、七層のウォルフは魔術がなければ倒せない相手だった。
そして、恐らく次の階層の番人も。
「確かに回数は限られている。が、今は時間がない。故に最短の方法でカタを付ける。それだけの話だ」
「そうですかい……確かに旦那の言うとおりだ。一番手っ取り早いし、俺も楽が出来るんで、あんまり口出しはしませんがね」
ただ。
「俺は俺の目的でここに来てるんで、その点については譲れないんで」
「……あの男か」
ゲオルの頭によぎったのは、ルカードだった。
ロイドの仲間はルカードに虐殺されたという。そして、彼はその仇討ちのためにここ来ているのだ。それは最初から分かっていたことではある。が、しかしゲオルは敢えて問いを投げかける。
「貴様に、あれが倒せると?」
「さぁ。どうでしょうね。ただ、勝とうが負けようが、落とし前はつけなきゃいけないでしょ。大丈夫だって。別に無策で飛び込むわけじゃない。色々と策は用意してあるし、旦那から貰ったものもあるしな」
その瞳に迷いはない。
飄々としていながらも、どこか怒りに近いものを感じた。いいや、近いというより怒りそのものか。表に出さないだけで、彼の中には憤怒の炎が燃え滾っているのだろう。
何度も何度も見てきたものだからこそ、ゲオルは見間違えようがない。そういった者達の末路も、無論知っている。
そして、例え何があったとしても、止まることはしないということも。
故に、ゲオルが返す言葉は決まっていた。
「……いいだろう。あれの相手は、貴様に任せるとしよう」
正直なところ、ゲオル自身もルカードにはやられている。だからこそ、借りは返さなければならない、と今でも思ってはいる。というか、エリザベートの次に倒したいと思っている存在なのだ。
けれども。
いくらゲオルがどうしようもない人間であったとしても、他人の獲物を横取りするような真似はしない。それが自分よりも先に目をつけていた者ならば、なおさらだ。
「すまねぇな、旦那」
苦笑しながら、申し訳なさそうにするロイドに対し、ゲオルはただ、いつものように鼻を鳴らすだけだった。
*
快進撃は続いていった。
九層にたどり着いたゲオル達を待っていたのは、今まで以上の罠と敵。一歩踏み込むだけでも死んでしまうような正しく魔窟を、しかしゲオルは今までどおり、油断も隙も一切見せず、ただただ作業的に対処していく。
そして、たどり着いた、番人がいる間にやってくると。
「―――まさか、本当にここまで来るとは」
ふと、聞き覚えのある声が耳に入ってくる。
振り返るものの、しかしそこには誰もいない。部屋はどこぞの城の大広間のような造りになっており、人が隠れるような場所はない。
と、そこで気付く。
「上か」
「ご名答」
言葉を口にしたと同時、返答が返ってくる。見ると、確かに天井にまるで蝙蝠のように張り付いているルカードの姿があった。
こちらが気づいたと理解すると、ルカードは天井から落下し、そしてゲオル達の数メートル前で着地した。
「お久しぶりです。皆様。お変わりないようで何より」
「口を閉ざせ。貴様の声を聞くだけで、吐き気がする」
「随分な言われようだ。しかし、こちらとしては驚きが隠せません。人間が、九層までたどり着くなどとは……」
ルカードの表情は確かにどこか、驚愕しているものがあった。信じられないものでも見ているかのような視線を向けながら、言葉を続ける。
「どうやらエリザベート様が仰っていたように、貴方はただ者ではない。その点についてだけは、賞賛の言葉を送りましょう」
言われるものの、ゲオルは全く嬉しくなく、ただただ苛立ちが募るだけであった。
それは恐らくゲオルの隣にいる男も同様だろう。
そして。
「けれどもそれもここまで。我が主の領域内でこれ以上の狼藉は認められません。故に、ここで全員葬らせてもらいます。安心してください。ただでは殺しません。苦しみも痛みも絶望も、通常の百倍にして味わってもらった上で、最も恐ろしい死を―――」
刹那。
ルカードの顔面に矢がぶち込まれた。
それが誰によるものなのかは、言うまでもないだろう。
「……どういうつもりですか?」
ルカードは矢が突き刺さった状態のまま、問いを投げかける。
それに対し、弓を構えたロイドが言葉を返した。
「どういうつもり? そりゃこっちの台詞だって。俺の仲間をぶち殺した相手を目の前にして何もしないとか、ありえないでしょ」
「どうやら言葉の意味を理解していないようですね。この際だ。はっきり言いましょう。貴方はただの雑魚だ。そこの彼と、それから後ろのお嬢さんとは実力も経験も浅い、ただの人間だ。ここまで来れたのも、全てゲオルさんのおかげ。貴方は全く何の役にも立っていない。そんな下の下な人間が、私にこのような真似をするとは、どういうつもりかと聞いているのです」
冷たい視線と言葉。
普通の人間が聞けば、凍りついてしまうかのようなそれらを前に、しかしロイドはいつもの調子で口を開く。
「いやいや。そりゃそうなんですけどね。ここに来たときから、そこの旦那の活躍には圧倒されっぱなしだ。この人と比べられりゃ、そりゃあ俺は雑魚だろうよ。そいつは事実だし、否定はしないさ。だが……」
言いながら、ロイドは弓を持つ手に力を入れる。
「自分の獲物は自分で仕留めるってことだけは変わっちゃいねぇんだよ」
確固たる意思による言葉。
先程、ルカードの冷たい視線と言葉に物怖じしなかったロイドだが、それは当然のことだった。
彼はただ、冷たい視線と言葉を凌駕する憤怒の炎を胸の中で燃やしているのだから。
「旦那。さっきの約束、忘れてねぇよな?」
「……ああ。好きに暴れろ。こっちのことは気にするな」
「そうかい。ってなわけだ。お前の相手は俺だ。分かったらさっさとかかってきな、蝙蝠野郎」
「……いいでしょう。ならば、貴方からさっさと処理していきましょう。時間はそんなにかからないでしょうし」
「そうかい。やれるもんなら、やってみな!!」
怒号を口にした刹那。
怒りが篭った矢が放たれたのだった。




