十七話 反撃は嵐の如く②
レイモンドは、今まで幾人もの人間を蹂躙してきた。
どんな敵も、どんな相手も、自分の配下である無数のスカルナイト、ひいては自分の魔術によって粉砕してきた。どれだけ強かろうが、数で圧倒してしまえば、人間は殺せてしまう。そして、もし殺せなかったとしても消耗は激しいはずであり、弱っているのは必定。そこを自分の魔術でなぶり殺しにする。
潰し、削り、抉る……そうやると、人間は必ず悲鳴をあげる。それはまるで一種の音楽。レイモンドは、絶叫という名の音色を奏でる演奏者であったのだ。
そう。自分は強者だ。強い者なのだ。故に弱者を蹂躙することを許されており、苦痛を与えることが使命なのである。そして、多くの血を撒き散らし、肉を切り刻み、その全てを己が主に捧げる。
それが自分の役割だ。
だから殺し、潰し、嬲る……そうやってきた。そしてこれからも人間を殺戮していくのだ。
そのはず。そのはずなのに。
しかし、今の彼は地面に這い蹲ることしかできなかった。
「かっ……!?」
苦痛を口にしながら、しかしレイモンドは立つことができない。
それもそのはず。彼の両手は既に砕かれており、両足も膝から下が消し炭になっていた。それは、正しく四肢を無くした虫の如き姿。屈辱を感じながらも、足も手もない彼には無様に動く他なかった。
どうして、こんなことになったのか。
確かに、レイモンドの配下はこの部屋に入ってこられないようになっていた。レイモンド自身の力も大幅に激減されていた。それは事実だ。
だが、それだけだ。自分の力が大幅に使えない状態になっていたとしても、人間など相手にならないはずなのだ。それだけの魔力を彼は持っていたし、実力もあるはずなのだ。
肉を腐らせる魔術、相手の骨をへし折る魔術、相手に恐怖を植え付ける魔術など……他にも、腕力は通常の人間の数百倍もの力があり、何よりレイモンドの骨は鉱石よりも硬い代物。
だから負けるはずはない。
だから敗けるはずはない。
だというのに、だというのに、だというのに!!
「何故、この、ような、有様、に、なっているのだ……!!」
自分の状態に苛立ちを隠せず、また自分の身に起こったことが未だ信じられなかった。
あらゆる魔術は効果がなく、レイモンドの拳や剣は一切届かないどころか指で止められる始末。挙句、頑丈であるはずの骨も次々と拳や魔術で粉砕されていった。
その結果が現状である。
「ありえん、有り得ん、アリエン、ありえ……」
「喧しい」
言いながら。
ゲオルはレイモンドの右肩を踏み潰した。
「ぎゃああああああああああああああああっ!?」
「喚くな。鬱陶しい。たかが肩を潰されただけだろうが」
どう考えてもたかがでは済まないことを、ゲオルはさも当然の如く口にする。
反撃したいレイモンドだったが、両手両足がない状況では何かができるわけもなく、ただ苦痛を口にすることしかできなかった。
呪文を詠唱することもできなくはないが、しかしそれらも意味がないというのも理解している。否、理解する他なかった。
苦悶の表情を浮かべるレイモンドに、ゲオルは言い放つ。
「有り得ん、と貴様は言ったな。しかし、それはこちらの台詞だ。貴様如きが本当にワレに勝てると思っていたのか?」
「なん、だと……!?」
意味が分からんと言わんばかりな口調に、ゲオルは淡々と告げる。
「貴様は人を殺す事だけをしてきたのだろう。だが、戦ったことは一度もないのではないか? 隙は多く、無駄も多い。魔術を発動する時間も遅ければ、使いどころも間違っている……救いようがない程の愚鈍さだ。恐らく後ろにいるワレの連れでも貴様は相手にならんぞ?」
その言葉に、レイモンドは反論したかったが、事実自分は敗れているので何も言えない。
そして、ゲオルの言っていることは正しい。レイモンドは今まで人間を蹂躙してきた。圧倒的な数と魔術で、押しつぶしてきたのだ。
しかし、こうして一人で戦うことは今までなかった。必ず傍には強力なスカルナイトがいたし、一人で戦う理由もなかった。
そう。彼は人を殺してきたが、戦って倒したことは一度もなかった。
そのツケが、今になって自分に降りかかってきた。
これは、それだけの話である。
「しかし、いくら弱体化しているとはいえ、この程度とは。前回に比べ、手を抜いているのか……? いや、違うか。あの女のことだ。どうせよからぬ事に力を注いでいると見るべきか」
「なん、の、話を……」
「貴様が知る必要はない。これから死ぬ貴様にはな」
言いながら、ゲオルは右足をあげた。
その後の行動を察したレイモンドは目を見開きながら、懇願する。
「や、やめろ!! やめてくれ!! やめてください!! い、今、その足で頭を潰されれば、私は……!!」
「悪いが聞く耳は持たん。貴様も今まで、同じようなことをしてきたのだろう? その清算の時がきた。それだけの話だ」
「そんな!! 嫌だ!! 私はまだ、死にたく―――」
その先の言葉は続かなかった。
代わりにゲオルの耳に入ってきたのは、頭蓋骨が砕ける破裂音のみだった。
*
地下迷宮最下層。
その一室において、ルカードはエリザベートに報告をしに来ていた。
「―――ご報告申し上げます。侵入者の三人についてですが、先程一層を突破したようです」
ルカードの言葉に焦りはない。
一層を突破した程度、慌てふためくことではないと思っているのだ。
この地下迷宮が誕生してからというもの、一層を越えた者は誰一人としていなかった。その点からすれば、彼らは実力があると判断すべきだろう。だが、それが危険かどうかはまた別の話だ。
この地下迷宮は十層まで存在している。そして、下に行けば行くほど、強さは増して行くようになっており、ここにいるルカードは九層を任されているのだ。そして、彼らがそこまでたどり着くとは到底思えないし、不可能だ。
今回、報告しに来たのは、あくまで経過を伝えるためだけ。不安があるわけでも、危険があるわけでもない。ただ、それが務めだから果たしているに過ぎない。
しかし。
「そう。なら、ルカードも準備をしなきゃね。貴方のところに来るのもそんなに長くはかからないだろうし」
「……はい?」
思わず、そんな言葉が出てしまった。その事実にルカード自身も驚いていた。
まさか自分の主に向かって疑問の言葉を投げかけるとは思ってもみなかった。
しかし、それだけにエリザベートの言葉が信じられなかったのだ。
「? どうかしたの?」
「いえ、その……申し訳ありません。エリザベート様。言葉を繰り返すようですが、私のところに来ると仰いましたか?」
「ええ。そうよ」
きっぱりと。
ルカードの言葉にエリザベートは即答した。
「……誠に恐れながら申し上げます。彼らは人間です。確かにゲオルなる者はただ者ではありませんが、しかしこの地下迷宮を踏破し、私の下へとやってこれる程の実力があるとは思えません。もしも強者だったとしても、私の前には私と同じ怪人の『フラン』と『ウォルフ』がいます。ただの人間に、あの二人が突破されることがあるとはとても……」
「ふふふ……」
「? どうかなされましたか? まさか、私の言葉でお気を悪くさせてしまったのなら……」
「いいえ、いいえ。そうじゃないの。そうじゃないのよ」
首を横に振ったエリザベートは言葉を続ける。
「ええそうね。確かにそう。何人もの強力な人間の部分で作られた人造人間のフランや音をも超える速度で駆ける人狼のウォルフが敗けるわけがない。そう思うのは当然で、自然なことよ。何も貴方が悪いというわけではないの」
七層のフランは怪力の持ち主であり、細身な身体をしているものの、城壁を一擊で破壊できる程の力を持っている。人間が束になってもその拳一発で粉々に砕かれる。
八層のウォルフは音すら超える速度で走る抜ける。その脚に勝てる人間はおらず、追いつける人間もまたいない。人間がどれだけいたところで彼を捕らえることはできず、回避不能の攻撃で殺される。
彼らに勝てる人間は存在しない。実際、彼らはルカードと同じく外に出てとある国の騎士団を一つ壊滅させたり、有名なギルドの者を何人も殺してきた。
故に無敵。故に不敗。
敗ける要素などどこにもありはしない。
そう……普通の人間相手なら。
「ルカード。貴方も言ったじゃない。ゲオルという人間はただ者ではないって。そうその通り、もしも……というか、十中八九私の知っている男なのだろうけど。彼が相手なら、常識は通用しないわよ? 私たちも常識外の存在だけれど、彼はそれを倒す程の力を持っている。実際、私はかつて、彼に殺されたわけだし」
「っ!?」
その言葉に、ルカードは思わず息を飲んだ。
「本当、なのですか……?」
「ええ勿論。何度も何度も何度も何度も、念入りに、潰され、砕かれ、殺され続けた。私の肉体の破片、血液の一滴すら残さないように、跡形もなく消し炭にしたの……今でも忘れられないわ。あの痛みを」
自らの主の言葉に、ルカードは口が開けなかった。
彼女が嘘をついているとは思えない。思えるわけがなかった。自分がかつて、殺された……そんな嘘をつく理由はないのだから。
だから余計に戸惑いを隠せなかったのだ。
「人間は弱い。ええそうね。それは確かだわ。けれど、彼は別。油断をしているそばから足元どころか、身体そのものを壊しにくる。そういう男なのよ」
だからね。
「ルカード。お願いだから、私を守ってね。貴方にはその力がある。そしてここは私の領域。今の貴方なら、きっと彼を倒せるわ。そして、どうか彼の死体を私の前に持ってきて頂戴ね」
「勿論でございます」
エリザベートの言葉にルカードは深く頭を下げ、了承の言葉を告げる。
それと同時。
再び大きな爆発音が迷宮内に響き渡ったのであった。




