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幕間 女と少女

 地下迷宮、最深部。

 その一つの部屋では、晩餐会が行われていた。

 長い長いテーブルの上には蝋燭立てが置いてあり、それを覆い尽くさんばかりの料理が並べられていた。しかし、テーブルについているのは二人だけ。しかも、どちらの一番端に座っており、両者の距離は少なく見積もっても五メートルはある。

 そして、テーブルの周りには楽器を持った者達が音を奏でる。弦楽器、打楽器、管楽器……様々な音色が部屋一帯を包み込んでいる。

 言葉だけでは、豪勢な晩餐だろう。贅沢というものを体現した光景だ。

 しかし、それはあくまで言葉の上での話。

 例えば、周りで演奏しているのが、首から上がない死体だったり、首はあるが手や脚が獣のものになっていたり、挙句は人間という枠組みを越えた『ナニカ』であったり、など。

 そう。ここにはまともな人間は二人しかいなかった。

 いいや、まとも、という括りにおいては、エレナだけというべきだろう。


「あら? 食べないのですか? 折角作らせたのに」


 エリザベートの声に、エレナは応えない。

 彼女は視界が見えない状態ではあるものの、しかし状況は把握している。気配から周りにいるのが、人間ではないことも、そして、目の前にいる女性がとてつもなく危険であるということも。

 そんな彼女の前で気を緩めるなどできるわけがない。


「ふふ。そんなに身構えなくても大丈夫よ。毒なんて入ってないから」

「……けれど、殺すつもりなのでしょう?」


 今度は返し刀の如き言葉を放つ。

 エリザベートが自分の血を抜こうとしている、ということは既に理解していた。


「ええまぁ。その点については、否定しないわ。私が欲しいのは貴女の血だけど、人間って血を全部摂っちゃうと死んじゃうでしょ? 血を全部抜きながら殺さないなんて事は簡単だけど、それってとても鮮度も落ちるの。だから、活き活きとしている状態で一気に飲みたいのよ」


 狂った言葉を女は平然と語る。まるで、大好きな料理のこだわりの食べ方を説明するように。嬉しそうに、自慢げに。

 エレナには見えないが、理解できる。

 今、この女性は笑みを浮かべているのだと。


「美味しい血を飲みたいがために、私を肥え太らせようと?」

「別に、太らせようとなんて思ってないわ。ただ、健康的な血を飲みたいのは確かね。貴女、私好みの顔だけど、ちょっと血が足りないと思うの」

「ご心配どうも。でも、私は自分の身体に満足してますので」


 心配そうに言葉をかけるエリザベートの言葉を、エレナはばっさりと切り捨てる。けれど、エリザベートは笑みを浮かべたまま、続けて言う。


「ま、安心していいわよ。この食事を食べたからって、すぐに血を抜こうなんて考えてないから。貴女は彼を呼び寄せる餌になってもらわないといけないから」


 その言葉に、エレナは反応せざるを得なかった。


「……貴女はゲオルさんを知っているんですか?」

「ゲオル……そう。今はそう名乗っているのね、あの盗人は」

「盗人……?」

「ええ。部下からの報告で聞いているわ。私の名前を聞いて、ずっと前に死んでいると言っていたと。そして魔力を探知されないようにしていることも。それらから考えて、そのゲオルというのが、私の知っている盗人なのは確かでしょうね。私が会った時は、確か……えっと、なんて名前だったかしら?」


 小首を傾げながら、エリザベートは言う。しかし、それも少しの間だけ。

 そんなものはどうでもいい。

 名前など、この際意味をなさないのだから。


「とはいえ、あの盗人には私の大事なものを返してもらわないと」

「大事なもの……?」

「そう。私の大事な大事な大事な人の、魂」


 言われ、エレナは肩を少し震わせた。

 そして、それをエリザベートは見逃さない。


「あら。その反応だとやっぱり知っているようね。あの男が、人の身体と魂を喰らい、生きながらえているということを。なら、私が言った意味が分かるでしょう?」


 言われ、エレナは理解する。彼女はゲオルの事を盗人だと言った。そして、ゲオルが他人から何かを奪うとなれば、やはりその身体の特性に関するものだろう。


「そう。彼は私の大事な大事な大事な人の身体を喰らったの。そして魂までも奪っていった。これを盗人と言わず、なんて言うの? 私は必死になってあの人を取り戻そうとしたけれど、あの男には敵わなかった。何度立ち向かってもその度に殺された。何度挑戦してもその度に死んだ」


 ふとエレナはエリザベートの口調に違和感を感じた。

 唐突に、何故か生気が抜けているというか、あまりにも冷たくなっているというか。だというのに、言葉の底には何かしらの憤怒を感じてしまうのだ。


「殴られて、蹴られて、焼かれて、潰されて、細切れにされて、溶かされて、そして殺された。何度も。何度も何度も何度も。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……」


 執拗なまでの言葉。繰り返される単語にはある種の恐怖を感じざるを得なかった。

 殺された、というのは本当なのだろう。事実かどうかは別として、少なくともそういったことをされたと考えるべきだ。でなければ、ここまでの反応はしない。

 しかし、それでも。


「それでも私は諦められなかった。だって、このまま死んだら、奪われたままだもの。いつかきっとお互いに生まれ変わってもう一度再会することだってできないじゃない」


 それは何とも夢見がちな話である。生まれ変わりという話は聞いたことはあるが、彼女は自分やその大切な人が死んだ後にも再会することができると言っている。いいや、信じているのだ。

 馬鹿馬鹿しいと切って捨てるのは簡単だ。愚かしいと罵倒するのは難しくない。

 しかし。

 そんな言葉は言わせないという空気が、彼女の周りに漂っている。


「私とあの人は両想いだったの。色んな障害があったけど、それも何とか乗り越えて、ようやく二人で一緒に幸せになってたのに。その絶頂に、あの盗人がやって来て、全部を奪っていった。私の目の前で、私の大事な人を喰らったの。あの人を、大事な人を、愛していた人を……」

「……、」

「でも勝てなかった。だから私は考えたの。今のままじゃダメなら、もっと力をつければいいって。そのためにもまず、あの盗人には私が死んだと思わせる必要があったの。まぁ実際に死んだのだけれど。そして、私は力を蓄えてきた。大勢の人間の血を飲んで、魔力を高めていったわ。そしてこの地下迷宮を作った。その後はもっと簡単だったわ。だって、向こうから勝手に侵入してくるんですもの。これ以上に効率的なことはないでしょう?」


 地下迷宮の探索は、ギルドにとっても重要な仕事だ。いいや、ギルドだけではない。無所属の探検家やら盗賊やらがここに何人も来たのだろう。そして、その全てが、エリザベートないしは彼女の部下に殺され、そしてその血は彼女に捧げられた。

 あまりにもおぞましく、あまりにも凄惨な女の言葉に、しかしエレナは顔色を変えない。ここで動揺すれば、相手の思う壺だ。だから、彼女はじっと我慢をする他なかった。

 なかったのだが。


「そして私は力を蓄え切った。今ならあの卑劣漢にも必ず勝てるわ。それだけの努力をしてきたもの。たくさん人を殺して強くなったし、たくさん人の血を飲んで魔力も高めた。殺して潰して喰らってきたもの。頑張って頑張って頑張ってきたんだから、きっと倒せる。だってそうじゃない。最後に勝つのは愛と正義だって。自分の愛した人を取り戻そうとしてるんだから、私は正しく、そしてあの人の事を愛してるんだから。そして絶対に幸せになるのっ。いいえ、あの幸せの絶頂に戻るのよっ!」

「―――それはどうでしょうか」


 刹那。

 人外達の演奏が一斉に止んだ。まるで世界が止まったかのような状況。

 その中で、エリザベートは首をほぼ横に曲げた状態でエレナに向かって問いを投げかける。


「……今、なんていった?」

「それはどうでしょうか、と言ったんです。貴女がその人の事を愛しているのはとても分かりました。ですが……その人はどうなんでしょうか? 本当に、貴女のことを愛していたんですか?」

「何を馬鹿なことを……ええ、愛してくれていましたよ。当然じゃあないですか」

「では、その根拠は何ですか?」


 その問いはあまりにも大雑把なものだった。

 人が人を愛している根拠など、言葉で説明できるものではない。ましてや自分から相手ならまだしも、相手が自分を愛していたかなど、本来ならば証明しようがない。

 とはいえ、愛しているとか好きだとか、贈り物をするとか、真実はともかく、言葉やモノで示すことは一応可能ではある。

 故にそういう答えが返ってくるのが当然なのだが……。


「変な事を言うのね……私が愛して(・・・・・)いたんだから(・・・・・・)向こうも(・・・・)愛していたに(・・・・・・)決まっているでしょう(・・・・・・・・・)?」


 その返答で、エレナは確信した。


「そうですか……今の言葉で、あなたが大体どういう人なのか、分かりました」

「あら。そう? 嬉しいわ」

「ええ―――貴女の想いが、自己中心的で一方通行であるということが」


 言った途端。

 周りにいた全ての人外が動く。その手にはもはや楽器ではなく武器。槍や剣、斧やら鎌など、ありとあらゆる武器の先端が、エレナの首元までやってきていた。少しでも動けば刃が突き刺さるという距離。それはエレナも把握していた。無数の気配、殺気が自分に向けられているのだと。

 しかし、彼女は全く動じず、一切動くことはなかった。

 そんな彼女に、エリザベートは机の上を歩きながら、近づいていく。並べられた料理を踏み潰し、皿を割りながら、彼女の目の前までやってくると、しゃがみながら、言葉を投げかける。


「―――本当に。本当に、おかしな事をいうのね? 私のどこが、自己中心的で一方通行なのかしら?」

「全てです。先程からの貴女の言葉は全てが自分の想い、気持ちの話ばかり。私が聞くまで相手が自分のことをどう思っているのか、口にすることさえしなかったのが、その証拠です」


 武器を向けられ、殺意を向けられ、しかしエレナは態度を一変しない。むしろ、逆だ。強気な態度がより一層固くなっている。


「そもそも、おかしいと思ったんです。あのゲオルさんが、人の身体を無理やり奪うことなんてするはずないのに」


 ゲオルは確かに態度は大きく、あまり人と関わるのが得意ではない。だが、それだけだ。彼はエレナを何度も助けてくれた。ジグルだってある意味助けてくれている立場だ。それだけじゃない。彼は毒で侵されていた村人のために薬を作ったり、復讐を果たそうとしていた女性を助けた。それ以外にもここまで何人もの人を助けてきたのだ。

 そんな彼が、そんなお人好しが、無理やり身体を奪うという手段を取るわけがない。あったとしても、何かしらの条件や契約を結ぶはず。今のエレナやジグルと同じ様に。

 だとするのなら、考えられるのはただ一つ。


「貴女は、本当にその想い人と両想いだったんですか?」

「……よく口が回るのね。この状況で大したものだわ。それにあの盗人のこともよく知っているようね。そう言えば聞いていなかったけれど、貴女、あれとどういう関係なのかしら? もしかして、恋人か何か?」


 質問を質問で返されたエレナは、その答えに一瞬の間をあけながら、口を開く。


「あの人は、ゲオルさんは……私のもう一人の恩人です。私に大事な人を助ける機会をくれた、ここまでずっと助けてくれた人です。私がこんな事をいうのはおこがましいとは分かっています。けど、敢えて言います。あの人は私の大切な友人で仲間です。だから、ゲオルさんを盗人呼ばわりするのは、やめてください」


 エレナはエリザベートの顔が見えない。しかし、顔がどこにあるのかは分かる。だから、そちらに自分の顔を向けた。

 その表情に迷いはなく。

 その表情に恐怖はなく。

 あるのは少しの怒りだけ。

 そんなエレナに対し、エリザベートは言い放つ。


「そう……なら、そんな貴女に朗報。どうやら、その大切な友人さんが来たようよ?」


 次の瞬間。

 地下迷宮全体が爆音と共に揺れたのだった。

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