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十二話 責任と覚悟③

大変お待たせしました。

 パチンッ、と指が鳴る。

 その一動作だけで、ゲオルの目前で爆発が起きた。


「っ、」


 片目を瞑りながら、ゲオルは後ろに下がり、爆発の威力を軽減する。流石に目前で唐突に爆発されてしまうと、完全な回避は不可能だと理解した上での行動だ。そのおかげか、ゲオルが食らった痛みは、僅かなものである。

 いや……。


(思ったよりも威力が弱い……? 手加減しているのか、それとも別の……)


 などと考えていたが、しかしそれは愚行だった。

 これが、普通の魔術師ならば、問題はないだろう。ゲオルは抜けているところがあるとはいえ、それでも何百年も生きてきた魔術師。魔術に関して言えば、玄人であり、熟知している。故に、魔術師に殺されることはまずない。

 けれど、今、彼の目の前にいるのは、魔王。

 そう。世界を揺るがす程の実力を持つ、人類の敵なのだ。


「おいおい、考え事とは、またえらく余裕だな、ええ?」


 刹那、指が連続で鳴った。

 同時、その回数と同じだけの爆発が、ゲオルの周囲で巻き起こる。目の前は無論、脇腹、右肩、左足、背中等など……爆発は小規模ではあるが、確かな痛みが身体中に走った。一発の威力は然程ないが、それが五発、十発となると話は別である。


「貴様……」

「へぇ。今のでもあんまし効いてねぇみたいだな。なら、こいつはどうだ?」


 今度は大きな指鳴り。その言葉と動作に違和感を感じたゲオルは、右へと身体をずらす。直後、ゲオルがいた場所に雷が落ちてきた。

 言っておくが、この場では雨は降っておらず、雲すら空にはない状態。故に落雷が発生する要因は一切存在しない。にも関わらず、雷はゲオルの身体をかすめた。

 即ち、これも相手の魔術。

 などと思っていると。


「そら」


 言葉と同時にまた指が鳴る。

 するとゲオルの背後の地面がぐにゃりと動いたかと思うと、先端が鋭い槍へと形を変え、ゲオルに襲いかかってくる。


「阿呆がっ」


 苛立ちの言葉と一緒に出たのはゲオルの右拳。槍へと姿を変えた土に渾身の一擊を与え、そして壊す。確かに鋭いが、ゲオルの拳で壊せないものではなかった。当然、それが魔術での攻撃なのは明らか。

 火炎の爆発、天からの落雷、土で生成された槍。

 指先二本でこれらの事を成し遂げる目の前の男は、やはり異常であると言わざるを得ない。通常、魔術とは呪文を口にして、発動させるものだ。それを口にすることが、起動となるのだ。だというのに、この男は……。

 と、そこでゲオルはある事に気付く。


「……成程。指を鳴らす行為そのものが、貴様の呪文というわけか」


 その言葉に、魔王の口元が緩む。

 自分の表情だというのに、いいや自分の表情だからだろうか。彼の笑みに対し、苛立ちを覚えつつも、ゲオルは状況を整理する。

 魔術はその人間の想いを引き出す術。言ってしまえば想像を創造にする力だ。それは、想いが強ければ強いほど力は発揮する。

 だが、強い想像を持つということは、案外難しいものである。何せ、実態のないものなのだから、それを現実に引き出せる、などと普通の人間は思わない。そして、どれだけ想いが強くとも、それに見合った魔力がなければ話にならない。

 それを補うのが、呪文だ。呪文は云わば、自分への暗示。自分ならできる、これを言えば大丈夫、などといったように自分に自信を持たせるためのものだ。

 だが、それはあくまで補い。補強に過ぎない。同じことを繰り返すが、呪文を言ったところで魔力がなければ話にならない。

 しかし、逆に言えば、だ。補強のやり方は何も呪文しかないと言うわけではない。その行為をすれば、自分はできると確信しており、何より魔力があれば呪文無しでも魔術を使える。

 そう、例えば。指を鳴らす、などいった行為とか。


「指鳴り一つで魔術を行使する……魔王と呼ばれるだけの才はある、というわけか。……いや、逆に言えば動作をしなければ魔術を行使できない、ということでもあるか」

「いや、褒めるか貶すかどっちかにしろよ」


 知るか、と言葉を跳ね返しながら、ゲオルは考える。

 正直なところ、呪文を簡略化する魔術師は珍しくない。確かに指鳴り一つ、というのは今までになかったものだが、それでも似たようなものはいくつもあった。

 だが、今回の場合、指鳴りという行為が面倒なのだ。何せ、無駄な動作がなく、その場で行使できるのだ。しかも、連続的に使うことができる。それは先程の爆破からも理解できることだ。距離が開いていれば、遠距離で攻撃されるし、近づこうものならそこで餌食となる。しかも、攻撃の種類は分かっているだけでも爆破、落雷、土を利用した槍の攻撃。けれど、ゲオルは直感していた。魔王の攻撃の種類がこれだけなわけがない、と。加えて言うのなら、これはまだ、奴にとっての初歩の初歩。本気など一粒も見せていない。

 全くもって厄介であり、腸が煮えくり返りそうである。

 一方でそれはこちらを舐めきっているということであり、油断や隙がある、といつもなら考えていた。が、相手はあの魔王。常に飄々とした態度で、何を考えているのか分からないがために、普通に考えるのは危ないだろう。

 ならば、だ。

 結局のところ、どうするればいいのか。本来なら、こちらも魔術を使い、対処するのが定石。指を鳴らすことで起動するのなら、指先を封じるような魔術を使えばいい。

 だが、魔術は使わない。それは、この状況になっても変わらない。それは相手を舐めているとか、油断しているとかではない。そもそも、この男相手に余裕など、あるはずもない。

 そして、心のどこかで、何かが囁く。


 ―――魔術を使え。そうすれば、負けることはなく、確実に殺せる。


 しかし、ゲオルはそんな言葉を一蹴し、無視する。

 それはない。この状況は確かにまずいものであり、分が悪い。そもそも、魔王相手に素手でどうにかしようという方がおかしい。所持している魔道具はそこまで期待できるものではない。この状態で戦うなど、無茶で無謀なことなのは百も承知。

 けれどそれでも。

 ゲオルは魔術を使うわけにはいかないのだ。


「おいおいどうしたよ。まさか、この程度で降参とか言わないよな?」

「阿呆が。少し魔術が当たっただけだろうが」

「そうかい。そりゃ何よりだ。ああ、それからこういうのを隠しながらってのは、あんまり気乗りがしないから言うんだがよ……まさか、オレ様の指をどうにかすれば、何とかなるとか思ってないよな?」


 刹那、魔王は足を一歩前へと踏み込む。

 同時、ゲオルの頭上に、氷柱が無数に出現。そして矢の如き速さで落下していく。

 が、ゲオルはそれを回避せず、先程の土の槍と動揺に、右拳を突き出し、吹き飛ばした。

 その光景を前に、魔王は口笛を吹きながら、笑みを浮かべる。


「流石だな、今のはイケると思ったんだが」

「貴様……」

「そんな睨むなよ。別に指鳴りだけが、魔術を発動できる行為だなんて言ってないだろ。オレ様は魔王だぜ? 身体の動き一つで魔術を発動できても何もおかしくねぇだろが」


 動作一つで魔術を使えるよう設定できること事態が特殊だというのに、この男はそれを複数でもできるという。

 けれど一方で、確かにそのとおりだ、と思えてしまうのは、やはりこの男の異様な気配からだろうか。

 この男なら、それくらいのことをできて当然……そんな感想を抱いてしまうのだ。


(指だけではなく、他の動作でも魔術は使用可能。恐らくは、腕を上に上げただけでも魔術は発動する。そう考えると、魔術の種類や数などは把握することは不可能と考えるべきか)


 ゲオルは魔術に精通している。けれど、他人が設定した魔術を一瞬にして解析することは、今は不可能。魔術師が魔術を使う時、その者の癖などがあり、それを踏まえればどんな魔術を使うのかは分かるが、今回はそれは通用しない。何せ、先程からの攻撃は全て種類がバラバラ。予測できる方がおかしい。そもそも、この男のことだから、同じ動作でも違う種類の魔術を発動させることだって十分にありえる。

 ならば、どんな魔術を仕掛けてくるのか、予測することはやめだ。

 そもそも、魔術を使えないゲオルがやれることなど限られている。加えて、この飄々とした態度でありながら相応の実力を持つ相手ならば、さらに限られる。故に、その限られている中からできることをするしかない。

 幸か不幸か、その中で最も効果的な攻撃方法が、既に彼の中にはあった。

 魔術が使えない今の自分に、一番の方法。

 それは。


「―――っ」


 無言のまま、駆ける。

 無論、その先にいるのは、不敵な笑みを浮かべる魔王。


「おいおい。やけっぱちか?」


 言いながら、指を構えるのを確認すると同時、加速する。

 なっ、と驚くものの、魔王の指を既に止まらない。そのまま指が鳴るとゲオルの後方で爆発し、その爆風を利用し、さらに加速した。

 そうして。

 魔王の顔面に掌底打ちを突き出す。

 が。


「……おいおい。どういうつもりだ?」


 見ると、魔王は自らの掌を使い、受け止めていた。掌底打ちを掌底打ちで返すような形である。


「今のは驚いた。まさか、爆風を利用してくるとはな。肝が据わってるというか、考えなしというか」

「阿呆が。貴様の力を利用しただけだ。貴様の魔術は確かに優れている。動作一つで起動できる事は目を見張るものがある。が、しかしそれ故に欠点がいくつか存在している」

「欠点?」

「一つは少ない動作故の威力不足。貴様の爆発を連続的に受けても、ワレは死ななかった。こうして今も動けている。そのことから、威力が小さいことは明白。いくら使いやすいとはいえ、殺傷力が小さいのなら恐ることはない」

「おうおう言うねぇ。これでも、普通の人間に使ったら、重症モノなんだがな」

「次に、魔術を放つ場所。単純な攻撃故に、人やモノ自体を攻撃できず、狙いを定めなければならない。なら、話は簡単だ。相手の狙ってくる場所を予測すればいいだけの話。そうすれば、避けることは無論、利用することもできる」


 先程の爆風がその証拠だ。

 もしもこれが、ゲオルに直接狙いを定めた魔術なら厄介ではあった。が、追跡攻撃などが加わるとなれば、それこそもっと複雑な呪文やら動作が必要になる。故に一つの動作でどうこうはできない。

 実際、ゲオルを襲った爆破や雷は、ゲオルではなく、ゲオルがいた場所や空間を攻撃している。

 もしかすれば、ゲオル自身に狙いを定めた追跡攻撃魔術も使用できるかもしれないが、今となってはそれはもうどうでもいい。

 何故なら。


「ワレがいた場所や空間に対し、攻撃しているのなら、この間合いでは使用できまい。使えば必ず貴様ももろともに喰らう」


 爆破に落雷、土の槍に氷柱……もしもこの距離でそれらを使用すれば、必ずこの男も被害にあう。特に爆破と落雷はどれだけ威力が小さくとも、必ずだ。もしも自分にだけ被害を減らそうと考えれば、その程度の威力しか出せず、意味がない。


「なるほど。そりゃ確かにその通りなんだが……オレ様が聞きたいのは、何で拳を握らなかったってことなんだが。ああ、もしかしてこうしてお手てつないで逃がさないって作戦とか?」

「正解だ。半分だけな」


 刹那、ゲオルは懐から短剣を取り出した。

 そして。

 そのまま、何の躊躇も迷いもなく、自らの手と一緒に魔王の手に突き刺した。


「……へぇ。これでオレ様の動きを封じたってわけか」


 しかし、確実に突き刺さった刃に、しかして目の前の男は逆に笑みを浮かべるのみ。けれど、考えてみれば当然なのかもしれない。今更ではあるが、今ここにいる魔王はただの影法師。分身に過ぎない。そんなものに痛みなど存在しないし、もしも本体に痛覚が通じるようにしていても僅かなものだろう。

 一方のゲオルには無論痛みはある。が、この程度の怪我や痛みなど、彼にとっては無に等しい。


「確かにこの距離だと派手な魔術は使えねぇな。けどよ、短剣ブッ刺して身動き封じられてんのはお前さんも同じだろうが」


 そう。今、短剣が突き刺さっている右手は使い物にならない。それは、痛みや怪我で、というより、突き刺さされながらも魔王の手をぎっしりと掴んでいるからだ。この状態で、懐にある魔道具は使用できない。

 だが、それでいい。


「生憎だが……ワレは一度も、右利きだと口にした覚えはないぞ」


 言い終わると同時。

 ゲオルの左拳が、魔王の顔面に直撃する。

 普段、ゲオルは右拳で攻撃をしていることが多いが、しかしそれは右利きだからというわけではなく、実はそちらの方が威力が弱い。

 そして、左の方が威力は強く、且つ鋭いものだ。

 今放った一擊は、以前、勇者が放つ『聖剣』の光を吹き飛ばしたものの数倍の威力。普通の人間は無論、硬い皮膚を持つ魔物ですらまともに喰らえば骨を砕き、一擊で死ぬ。それを顔面に直撃させたのだ。手応えはあったし、それ故に魔王の頭は確実に吹き飛んだ。

 ……はずだった。


「かっ……流石に、効いたなオイ」


 その言葉に、思わずゲオルは目を見開いた。

 今のは本気の一発だった。そして狙いも的確だった。力の入りかた、角度、そして距離。これだけの好条件が整った状態ならば、絶対に殺せるはず。

 なのに。だというのに。

 魔王は未だ、笑みを浮かべていた。


「思ってたよりもいいのもってんじゃねぇか」

「貴様……」

「あ? 何だよ、目ん玉開いてよぉ。そんなに今の一擊喰らってオレ様が死んでないのが不思議か? いやはや、別に魔術だとかそういうんじゃねぇぞ。ただ単にこの分身はオレ様と同じような頑丈さでできてるんでな。一瞬脳天がくらっときたが、この程度じゃあオレ様は殺せねぇよ」


 それに。


「言っただろ……ステゴロとしゃれこもうじゃねぇかってなぁ!!」


 次の瞬間、声と共に、魔王の左拳がゲオルの腹にモロに入った。


「っ!?」


 放たれた一擊から身体全体に走る激痛。魔王と同じく、ゲオルも右手を封じられているために、防ぐことも回避することもできなかった。

 激痛が身体に伝わるものの、しかしそれで倒れるゲオルではない。


「魔王だなんだと言われちゃいるが、オレ様の本職はこっちでな。魔術を使うのも嫌いじゃないが、やっぱ喧嘩なら拳だろ」


 その言葉に、ゲオルの心の何かが揺さぶられる。

 喧嘩、と言った。

 殺し合いではなく、この男は喧嘩だと言い放った。しかし、言われてみれば、確かに魔王からは殺意は感じられなかった。どうしても倒したいという敵意もなかった。戦いたいから戦っている、そんな具合。それを一言で表現するのなら、確かに喧嘩と言えるだろう。

 その事実に苛立ちを覚えつつも、しかし現実は変わらない。

 魔王にとって、これはただの喧嘩でしかない。

 ならば、それはそれでいい。こちらとしては、やることは変わりないのだから。


「ふん……この程度でそんなことを言ったところで、全く説得力がないぞ」

「手厳しいなオイ。まぁ口だけじゃないってことを証明するためにも―――続き、やるとするか」


 その声と同時。

 二人の男の拳が交差し、強烈な一擊が放たれた。

ようやく再開です。

色々とごたついてしまい、一ヶ月以上もお待たせして申し訳ありませんでした。

更新速度ですが、一週間に一回くらいの頻度になるかと思います。

ノリが乗ったり、速くかければ、その都度早く更新します!

これからもどうか、よろしくお願いします!

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