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七話 愚かな選択①

 夜明け前。

 他の者が未だ夢の中にいる時、ゲオルは一人、番をしていた。無論、それはルカード達の追っ手や森にいるであろう魔物が襲ってこないか、見張るという意味もあったが、ロイドが妙なことをしないか監視するためでもある。何せ、会ったばかりであり、ルカードと同じ顔をしているのだ。信用しろという方が無理な話だ。

 が、そのロイドはというと、ゲオルの前で平然と爆睡していた。


「ちっ。呑気に爆睡しおって。緊張感のないやつめ」


 自分に疑いの目を持たれているということは、命の危機にあるということでもある。ならば普通、怯えたり、神経を研ぎ澄ませたりと、身を守ろうとするはず。だというのに、ロイドは全くその気がなかった。それだけゲオル達のことを信用しているのか、それとも自分は強いから殺されないと思っているのか、はたまたただの無神経な馬鹿なのか……どれにしても、ただ者ではないのは明らかだ。


「……それにしても、まさかあの女の名前を聞くことになるとはな」


 苦虫を噛むような表情を浮かべながら、ゲオルは呟く。

 エリザベート・ベアトリー。

 その名は、ゲオルにとって、二度と聞きたくない女の名前だった。

 今まで、ゲオルが殺したいと思った連中は何人もいる。そして、実際何人もの人間をあの世に送った。

 けれども、だ。

 ゲオルが、この世に生かしておけない、とまで思った者は、エリザベートただ一人だけ。

 彼女が何をしたのか……その所業を思い出すことすら億劫であり、あまりしたくはない。はっきりと言えることがあるとすれば、彼女はゲオルの逆鱗に触れ、何百回も殺され、最期には細切れにして息絶えた。だから、もう二度とエリザベートのことを耳にすることはないと思っていたのだ。

 だというのに、その名前が『怪人』とやらの口から出て来た。


「あの女は生きていた……ということか」


 有り得ない話……だと思いたい。ゲオルはエレナからも言われるように、時折、やらかしてしまうことがある。けれども、エリザベートの時は、そんなことがないように、念入りに、潰し、砕き、殺し続けた。彼女の肉体の破片、血液の一滴すら残さないように、跡形もなく消し炭にしたのだ。

 故に、別人という可能性の方が高い。同姓同名の赤の他人、という考えの方がしっくりくるだろう。

 しかし、とゲオルは思う。

 年若い少女を攫い、村や街を潰し、挙句その部下である『怪人』は強力で、しかもやり口の趣味が悪い……その条件が、あの女にぴったりと一致するのだ。


「確かめる必要がある、か……」


 証拠は少なく、可能性は低い。そもそもエリザベートが生きていたのは、何百年も前の話だ。別件であり、ゲオルとは関わりのないことだと考えるのが普通だろう。

 だが、僅かでも可能性があるのなら、調べなければならないだろう。

 そして、もしも。もしも、だ。エリザベート・ベアトリーが何らかの方法を用いて生きているのだとすれば、ゲオルは彼女を、今度こそ確実に殺さなければならない。

 例え、それが今、彼と共に旅をしている少女との約束を後回しにすることになったとしても。

 それが、彼がかつて交わした、絶対に叶えると言った『契約』なのだから。


「……、」


 ふと、ゲオルは立ち上がり、歩き出す。

 彼が向かう先には、上着を毛布替わりにして寝ているエレナの姿があった。

 まだ夜明け前ということもあってか、エレナが起きる気配はなく、小さく寝息をたてながら、夢の中にいたのだった。

 すると、寝返りを打った彼女から、上着が落ちる。それを見たゲオルは、ため息を吐きながら上着を取り、彼女にかぶせようとした。

 その時である。


「……………………ジグルさん」


 その言葉に、その名前に、ゲオルは雷でも打たれたかのように、身体が固まってしまった。

 ジグル・フリドー。エレナを守るという約束で、自分に身体を提供した青年。その魂は未だ自分と交わっておらず、この身体に生きている。彼女はその魂を解放するために、ゲオルと共に旅をしているのだ。

 彼女にとって、ゲオルは云わば、仇のようなものに近い。自分の大切な人間を、愛している男を奪ったのだから。

 契約? 条件? そんなもの、ただの言い訳に過ぎない。ゲオルはジグルの身体が欲しいがために、甘い誘いをかけた。云わば、悪魔だ。彼の死に際を利用し、自分の都合の良いように事を運んだ。結果的にはジグルが助かった形にはなっているが、それは結果論でしかなく、厳密には自分勝手な行為にすぎない。

 本当ならば、ゲオルはエレナに恨まれても仕方のない人間だ。殺してやりたいと憎まれても文句は言えない男だ。それが一緒になって旅ができているのは、いくつもの偶然が重なってのものであり、ある種の奇跡に近い状況と言えるだろう。

 そして、それ故に脆いとも言える。

 ちょっとしたいざこざやすれ違いで、簡単に糸は切れてしまうだろう。

 そう。例えば、ゲオルがエレナに隠していることがバレてしまったりなど。


「……全く。厄介な話だ」


 ゲオルは本当に、面倒臭そうに、そんな言葉を呟いたのだった。


 *


「昨日の連中とケリをつける」


 朝食を終えた後、ゲオルは唐突にそんな言葉で会話を切り出した。

 いきなりの言葉に、エレナやロイドは驚く一方、ヘルは右手を上げながら、質問を飛ばした。


「少し、よろしいでしょうか? ゲオルさん。それは、昨日襲われたから、やり返す、というのが目的でしょうか?」

「その理由がないとは言わん。が、それ以上に連中が再び襲ってくる可能性も踏まえてのこともある。粘着質な性格をしていたからな。一度逃げたところで、諦めるとは思えん」


 確かに、ルカードはそんな性格であるとここにいる誰もが見受けられた。それは偏見かもしれないが、けれども外れていると、誰も口にはしなかった。


「それに、奴は小娘に向けてこういった。自分の主が求める条件を揃えている、そして条件を揃えた者は今までにいなかった、と」

「つまり、エレナさんがあの男の主が所望する条件を満たしているから、必ず狙ってくると?」

「そうだ。昨日、奴の力の一端はこの目でみれた。倒せない、とは言わん。厄介ではあるが、その気になれば、ワレが消すこともできる。が、奴以外にも『怪人』とやらはいるのは明白。あの男一人を倒しても、また襲ってくる可能性が高い。それを一々待っていられるほど、ワレは気長な性格はしておらん。故に元を叩く」


 つまり、根城を潰すとゲオルは言うのだ。

 彼の言い分にも、一応の筋は通っている。蜂は襲ってきた一匹二匹を倒しても、意味はなく、本当の意味で倒したいのなら、その巣ごと無くしてしまう必要がある。


「幸い、こちらには連中の根城である地下迷宮の場所を知っている者がいる。そうだな?」

「あ、ああ。まぁ。そりゃ一度入ったからな。場所くらいは覚えているが……けど、マジで行くつもりか、あんた」

「当然だ。貴様とて、そのつもりだったのだろう?」

「いやそうだけど、そうなんだけどな? そりゃこっちの理由だし、一人で何とかするつもりだったし、というかほぼやけっぱちというか、特攻みたいなものというか」

「ならば問題ない。貴様が根城に行く後ろを、ワレがついていく。それだけだ。文句はあるまい」

「そりゃ、文句は勿論ないが……」

「ちょっと待ってください」


 と、そこへ。

 エレナがゲオルの会話に割って入った。


「さっきから聞いて思ったんですけど……ゲオルさん、もしかして一人で行こうとしてますか?」

「ああ、無論だ」


 少女の疑問に、ゲオルは速攻で返した。

 彼女の言おうとしていることを、ゲオルは即座に理解した。

 何故? どうして? ……そんな疑問が投げかけられるのは明白だった。今のゲオルは明らかに奇妙であり、いつもと違う。ゲオル自身がそう思えるのだから、周りはとっくに気づいているはず。特に、勘のいいエレナは特にだ。

 けれど、ダメだ。今回ばかりは、彼女に反論されることも、指摘されることも許されない。例え、それがこちらを心配するような言葉であったとしてもだ。

 故に、彼はエレナの言葉を待つことなく、続けて言う。


「連中の狙いは貴様だ。その貴様がおめおめと連中の下に行く道理がどこにある? 貴様は喪服女と一緒にどこか別の街に言って待機していろ。異論は認めん。貴様が一緒に来たところで、何もできないというのは、貴様自身がよく理解していることだろう。目の見えない、ロクに戦えもしない貴様が、足手まというになるのは、目に見えて……」

「そこまでにしてくださいまし。流石にそれ以上は、わたくし看過できませんわよ」


 と。

 そこで、ヘルが制止に入る。その言葉は、いつにも増して強気であった。

 そして、気づいた。

 目の前にいる小さな少女が、杖を握り締め、顔を伏せていることに。身体を強ばらせるその姿は、どこか悲しげであった。

 言いすぎた……エレナがしたことは、ただ単に少し質問しただけ。だというのに、ゲオルが返した言葉は、彼女を傷つけるような代物ばかり。人でなしのろくでなしであるゲオルでも、それがまずいことであり、過剰であることが、分からないわけではなかった。


「………今のは言いすぎた」

「い、いえ……その、ゲオルさんが言ってることは、間違ってませんから」


 乾いた笑みを浮かべる彼女に、ゲオルは何か言葉を紡ごうとしたものの、しかし何も出てこなかった。

 故に、彼は別の言葉でこの場の会話を打ち切る。 


「……話は以上だ。各自、準備をしておけ」


 言って、ゲオルはその場を後にする。

 それは今後の準備のため、ではなく、ただ単にその場に、エレナの前にいたくないと思ったから。

 彼は思う。別に、自分の言ったことに間違いはなく、言い過ぎた部分もあるが、しかし正論だったはずだ。

 だから。だから、だ。

 自分が今、感じているこの感情は、罪悪感などではない、と……そう、心の中でつぶやくのだった。

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