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幕間 魔術師の後悔②

 かつての話をしよう。

 その時、『魔術師』は追い詰められていた。


「……ふん。何度も同じことを言わせるな。貴様の要望にワレが応じるつもりはない。そもそも、貴様の提案に乗る義理も責務もワレにはなく、貴様の言う事を聞く必要はないのだ。ワレは貴様の部下でも下僕でもなく、ただの他人。故に、貴様に命令されるいわれはどこにも―――ぐごおっ!?」


『魔術師』の言葉は、しかし虚しくも遮られた。

 それは相手からの暴力……ではなく、唐突に口の中に突っ込まれたスプーンによって、だった。

 いきなりの攻撃に、『魔術師』は目をかっと開きながら、目の前にいる長い茶髪の女に向かって言い放つ。


「き、貴様!? 人が話している途中だというのに、何をする!? 」

「はいはい。ぐだぐだ言わない。そうやっていつもいつも食べ残してるじゃない。今日という今日は、しっかり完食してもらうから。ほら、口開けて。あーん」

「喧しい!! 誰が貴様などの手など借りるか!? っというか、いい加減ワレに構うな!!」

「いや、構うなって言われても、無理でしょそれ。あんたはウチの旦那が拾ってきて、それで看病しているんだから。あんたの面倒見るのは、あたしの仕事みたいなもんよ。そういうわけで、一生懸命構わせてもらいます。なので、無駄な抵抗はやめて、さっさと口開ける」

「だからやめろと言って、なっ、きさ、やめ……!?」


 突き出されるスプーンを、『魔術師』は必死で避けていく。いつもなら、女一人など相手にならないのだが、今の彼は、彼女が言っていたように怪我人なのだ。それも、ベッドの上で寝たきり状態という、かなりの重症患者であった。

 身体全体に包帯が巻かれており、肌が見えている部分がほとんどない。先程からやけに口が回るものの、身体に至っては未だ回復しておらず、腕一本を動かすだけでも大変なのだ。

 故に、女の提案は尤もだし、手を貸そうとするのは、看病する人間としては当然の行為だろう。

 しかし、その善意を、『魔術師』は頑なに拒み続けていた。

 そして、突き出されるスプーンを回避し続けていると、家のドアが開き、家主が帰ったことを知らせる。


「ただいまー……って。ああ、こらフィリア、魔術師さんに乱暴しない。怪我人なんだから、そっとしてあげなよ」

「何言ってるの、フーケ。怪我人だからこそ、しっかり食べて、栄養とらないと治るものも治らないわよ。なのにこの人、きのこが食べれないだなんて文句言って、口にしようとしないのよ?」

「喧しい!! 誰がいつ、そんなことを言った!? ワレがそんな子供のような言い訳を、いつ、どこでした!?」

「え? 違うの? てっきりきのこが嫌いだから食べないとばかり……そっか。つまり、ニンジンがだめなのか」

「よし、貴様が阿呆なのは、よく分かった。そして、取り敢えずワレが好き嫌いをしているという認識を改めよ」


 フィリアの言葉に、『魔術師』はため息を吐きながら、言葉を告げる。

 すると、廊下の先から、泣き声が聞こえてきた。


「ああ、起きちゃったかっ。ごめんフーケ、あの人にご飯あげといてっ」

「何だその、犬に餌をやっておけ的な言い草はっ。って、おいこら聞けぇ!!」


『魔術師』の言葉は、しかしフェリアには一切通じず、彼女はお椀をフーケに預け、そのまま廊下の奥へと消えていった。


「あはは……悪いね。うちの家内が色々と」

「……そう思うのなら、ワレに構うなと貴様からも言っておけ」

「あー、それは無駄だと思うよ? 彼女、そういうことは誰の言葉でも聞く耳持たないし。というか、俺もその点については、彼女に賛成かな」


 言いながら、フーケはベッドの隣の椅子に腰をかけた。


「そんなに、俺らが信用できない?」

「……、」


 その言葉に、『魔術師』は無言で返すと、フーケは困ったように苦笑した。


「まぁ、無理もないと思うよ。あの状況から、何か事情を抱えているのはわかってるし、だからこそ他人に心を開けないってのは、何となく理解できる。だから、無理に俺達のことを信用しろとは言わないし、事情を話せとも言わない……ただ、飯くらいはちゃんと食べてくれ。飢え死にされちゃ、助けた意味がないしな」


 その言葉に、『魔術師』は嘘偽りを感じない。そう装っているかもしれないが、しかし彼やフェリアからは、一切敵意や殺意といった悪意を感じない。

 故に、『魔術師』はフーケに問いを投げかけた。


「……一つ聞く。貴様は何故、ワレを助けた?」


『魔術師』が口にしたことは、そんな疑念だった。

 フーケにとって、『魔術師』は初対面の人間。本当の意味で、赤の他人だ。しかも、身体中傷だらけであり、瀕死の状態。はっきり言って、心配するよりもまず、どうしてそんな状態になっているのか、疑いの目を向けるのが自然だろう。

 そして、見て見ぬふりをして、見捨てる……人間とは、そういう生き物だ。自分の身に危険が及ぶかもしれないことに、わざわざ首を突っ込むなど、愚の骨頂。

 だからこそ、『魔術師』はその愚行をした男に対し、問いを投げかけたのだ。


「うーん。何故って言われてもなぁ……目の前に死にそうになってる人間がいたら、助けるのって、そんなに不思議なことか?」

「無論だ。死にそうになっている……つまり、それだけの何かを抱えているということに他ならない。そんな者を助けるということは、一種の関係を持つということ。そうなれば、自分を身の危険に晒すことになるかもしれないのだぞ?」


『魔術師』の言葉に、フーケはうーんと唸った後、口を開いた。


「そう言われてもなぁ。俺にとっちゃ、森で困っている奴を助けることは、何の不思議なことでもないんだよ。何せ、仕事場で倒れられてるようなもんだ。だから、関係なくはないし、見殺しにしちまったら色々と後悔しそうだからな。だから、なるべく手助けをするようにしてんのさ」


 理由はそんなもんんだ、とフーケは言う。

 その答えに、『魔術師』はむっとした表情を浮かべ、間をあけながら、再び言う。


「ふん。全くもって、くだらん答えだ……だが、それが貴様の答えならば、それで納得する他あるまい」

「そっか。納得してくれたなら、良かった」

「それから、言っておくが、飢え死になどするつもりは毛頭ない。そんな下らんことで死ぬなど、笑い話にもならんわ」

「そっか。なら安心だ……あー、でもそれじゃ何で飯をあんまり食べないんだ? もしかして、毒でも入ってるとか思ってる?」

「別に、毒程度であれば、この身体であればどうにでもできる。ワレが食事をしないのは、ただ……それをした途端、あの女に負けを認めたような気がしてならん。それだけだ」


 フェリアの行為は、全て善意からのものだというのは『魔術師』も分かっている。そこに悪意はなく、こちらのことを想っての行動だというのも、重々理解している。

 故に、彼がそれを拒むのは、ただ『善意』に慣れていないだけだ。それを認めれば、今までの自分が負けていることを認める……そんなひねくれた性格をしているからにすぎなかった。


「なる程。魔術師さんって、案外子供っぽい性格してるな」

「誰が子供だ、誰が」


 笑みを浮かべるフーケに、『魔術師』は睨みを利かせるものの、その効果は一切出なかった。


「でもあれだな。そういうところ、家に残してきた妹にちょっと似てるかもしれないな」

「何だ、貴様。妹がいるのか」

「ああ……とは言っても、もう何年も会ってないけど。まぁ会いたいと思っても、会えるわけじゃないしな。何せ俺、家を出て来た身だからな」


 家を出て来た、という言葉に『魔術師』は少々ひっかかりを覚えた。


「……もしや貴様、貴族の出なのか?」

「当たり。こう見えて、結構位が高かった身分だったんだよ……まぁ、色々あって、その身分とか地位とか、全部捨てて、ここにいるんだけどな」


 などと言うフーケ。

 それに対して、『魔術師』は、一つの答えを口にする。


「あの女か」


 刹那、フーケは大きく目を見開いた。


「……察しがいいな。その通り。フェリアも貴族だったんだが、俺とは位も違って、結婚できる立場じゃなかったんだ。けど、俺が一目惚れして、何度も告白して、了承を貰ったんだ。けどまぁ、それは彼女からの了承だけで、彼女の家とか俺の家は勿論、猛反対。けど、俺とフェリアは頑なになってそれを拒んで、家を出て来たってわけ。おかげで彼女には色々と迷惑をかけっぱなしで、頭が上がらないよ」


 自嘲を浮かべるものの、おの表情には後悔の色だけがあるのではなかった。

 だからだろうか。


「……後悔はしていないのか?」


 不意に、そんな言葉が口から出ていた。

 何故、どうしてそんな言葉を口にしたのか、『魔術師』には分からなかった。自然と出た疑問。そして、その疑問に、フーケは困った表情を浮かべながらも、言葉を紡ぐ。


「ああ、確かに色々大変だった。ここまで来るのに、相当な苦労もしたし、いろんなものを捨てるハメにもなった。何度涙を流したか、彼女を泣かせたのか、分からない。だから、一概に良かった、とは口が裂けても言えないさ」


 けれど。


「それでも……俺は今、幸せだと胸を張って言えるよ」


 その表情に曇りはなく。

 その言葉に迷いはなく。

 目の前の男は、本当に幸せだと宣言したのだ。

 その姿に。

『魔術師』は、自分が持ち得ないモノを持つ彼に対し、ほんの少し、僅かではあるものの……羨ましい、と思ったのだった。

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