六話 這いよる陰⑥
街から脱出し、ゲオル達は近くの森の中へと逃げ込んだ。
森の中へ逃げたとはいえ、もしかすれば追ってくるかもしれない。そんな疑念を抱きながら、彼は走り続けたものの、大勢の人間がやってくる気配はなく、取り敢えず一応の危機は脱したと結論づけ、森の中心で足を止め、休むこととなった。
が、しかし、だ。
気になること、というか、問題が一つあった。
「いや~何とか逃げ切れたみたいで。良かった良かった。全く、あのクソ野郎、人の姿を勝手に使いやがって、気持ち悪いったらありゃしなかったぜ。まぁ、脳天に一擊食らわしたから、一応気は晴れたから良しとするか……にしても、あれだな。さっきから滅茶苦茶視線が気になるんだが……」
「……、」
言われながらも、ゲオルは眉をひそめながら、男を睨む。ヘルについては、顔が見えないが、警戒しているのは同じだろう。
何せ、服装が違えど、目の前の男はルカードそっくり、というか瓜二つの顔をしている。そんな奴を怪しむな、という方が無理な話だ。
「貴様、何者だ?」
「おっと、自己紹介がまだだったな。俺はロイド。商国のギルドに所属してるモンだ」
「商国のギルドだと?」
商国ハングリ。その名の通り、商業が盛んな国であり、国のトップは王族や皇族ではなく、商業組合によって成り合っているという。そして何より、ギルドという組織を最初に結成させた国でもある。最初にギルドを作った国ということもあって、ギルドの規模は大陸一であり、戦闘系ギルドに関しては最強揃いと謳われている。
ここら一体は、確かに商国の領地であり、そこに商国のギルドがいるのは、何も問題ではない。
だが、ゲオルが気になるのは、そこではない。
「さっきの男との関係はなんだ?」
「関係って言われてもね。安心しろよ、兄妹とか親戚とか、そんなんじゃねぇよ。まぁ、話せば長くなるんだが、その前に一つ、言わせてもらいたいんだが……そろそろ、そのお嬢さん、降ろしてやったら? ほら、スカートも半分翻っちまってるし」
と、そこでゲオルはようやく、自分がエレナを担ぎっぱなしであることに気づく。
指摘されながらも、ゲオルはその場にエレナを下ろす。そして、彼女の顔を見ると、何やら言いたげな表情を浮かべていた。
「……ゲオルさん」
「な、なんだ」
「先程は緊急事態で、贅沢が言える状況ではなかったことは理解してます。私を担いだのも、走りながら戦うのに、両手が塞がらないようにするためだというのも、分かってます。そして、走りながら叩けば、激しく動くのも当然のことです。故に、私を担いで逃げてくれたことは、感謝しています。ありがとうございました」
「お、おう。そうか」
「けれど、できることなら、走り終わったのならすぐに下ろしてください。いつまでも担がれているのは、その……かなり恥ずかしいので」
と、エレナは頬を赤らめ、スカートを直しながら言う。
彼女も緊急事態のことだと理解しており、故に強く怒るつもりはないのだろう。それを察したゲオルは大きく頷きながら、口を開く。
「そうか。ならば次からは抱えて走るとしよう」
「……いいえ結構です。そっちの方が百倍恥ずかしいので、次もあるのなら、担いでくれて構いません。というか、担いでください」
まるで分かってないなこの男、と言わんばかりな呆れた口調と共に、エレナはため息を吐いた。
そんな彼女の言葉に、ゲオルは幾許かの間をあけながら、言葉を告げる。
「そうだな。想い人と同じ姿形とはいえ、別人に抱えられるというのは、確かに羞恥心に刺さるというものだ。いや、姿形が同じだからか? まぁ何はともあれ、善処してやろう」
「だからそういうこと言わないでくださいって、前に言ったじゃないですか!!」
ゲオルの言葉に、エレナが全力で突っ込む。
その様子を見ながら、ロイドは口元を抑えながら、笑っていた。
「……何がおかしい?」
「い、いや、何がって、そんなの見せられたら、誰だって笑うだろ。なぁ、そっちの喪服の人も、そう思うよな?」
「ええまぁ。しかし、わたくしは既に慣れましたので」
「そうかいそうかい。どうやら、あんたらは悪い奴じゃなさそうだ」
ニヤニヤと笑みを浮かべるその表情に、ゲオルは少々イラついた。
それ故に、彼はさっきの話へと軌道修正をかける。
「それで? 先程の返答はどうなのだ」
「まぁ、そう慌てるなって」
言うと、ロイドは近くにあった大きな木に背を向け、そのままもたれながら、話を始める。
「始まりは、そうだな。商国のギルドにある一つの依頼が入った。内容は最近横行している連続少女誘拐事件、並びに街や村の壊滅事件。商国のギルドは壊滅事件で生き残った連中から事情を聞き、犯人である連中の根城を見つけた。で、ちょっとした規模の戦力で攻め落とすことが決まって、複数のパーティーがその作戦に参加した」
「貴様もその中一人だったと?」
「ああ。こう見えて、結構上のパーティーの一員だったんだよ……だが、そのパーテーは、俺以外誰も残っちゃいねぇけどな。俺のパーティーだけじゃない。商国でも指折りのパーティーが、揃いも揃って一晩で壊滅しちまった」
それはまるで悪夢のような惨状だった、とロイドは言う。
「連中の根城は、地下迷宮だった。俺達は準備を整え、迷宮内へと足を踏み入れた……だが、そこからはもう地獄そのものだった。湧き出る魔物、容赦ない仕掛け。だが、そんなモノは序の口だ。最悪なのは、その階層にいた奴……あんたらがさっき話してた奴だ。さっきは俺の姿をしてたが、最初は別の格好をしてたのさ。そいつの手で、俺達は壊滅させられた……いいや、壊滅っていうのは正しくないな。ありゃ、紛れもない虐殺だ」
ロイドの仲間には剣士や弓兵、魔術師に拳法家、暗殺者等など、多岐に渡る技術を極めた者達が揃っていた。中には、とある国の将軍の首を獲った者や魔物の大群を退けた英雄さえいたという。
だが、そんな連中を、ルカードは一蹴に返したという。
「俺も瀕死状態になったんだが、何とか生き延びてな。こうして今も息をしてるってわけだ。んで、ギルドに戻って報告をしたわけだが、連中、この事実にビビっちまってな。今は様子見ってことで、何もしないと決め込んでんだわ」
「それはまぁ、何とも薄情ですわね」
「まぁ、命の危険なんて、この仕事やってればどこにでもついてくるし、危ないってんなら手を出さないのは常道だ。まして、商国なら尚更だ。わざわざ蜂の巣を自分から突く馬鹿はいねぇって話さ」
ヘルの言うとおりそれは薄情であるものの、ロイドの言うとおり危ないのならわざわざ首を突っ込む必要性はない。
故に、ゲオルは商国のやり方については、どうこういうつもりは無かった。
「貴様がギルドの人間であるという証拠は?」
「それなら、一応あるぜ。ほら、ギルド証明証」
と、ロイドが取り出したのは小さな木管。そこには、特殊な絵柄が描かれており、それを見て、ゲオルは納得する。
「なる程、確かに……それで? 何故貴様はここにいる?」
「あの男が、俺に化けているのを噂で聞いてな。どうやら、あいつ、俺の姿が気にいってて、人を騙す時によく使ってんだと。全く、腹の立つ奴だぜ……まぁ、仲間をやられたこともあって、ケジメをつけにきたってわけだ。とはいえ、これは完全な違反行為だから、ギルドにゃ戻れないだろうなぁ。今頃、俺の登録は抹消されてるだろうよ。だから、こいつが俺の無実を証明できるものってわけでもないんだわ」
などと、あっさりと自分の無実が証明できていないことを、ロイドは口にした。
その事に対し、ゲオルは眉をひそめ、
「まぁ無闇に信じろとは言わない。警戒してくれて結構だ。俺としちゃ、別にそっちを助けたから仇討ち手伝えとは言わねぇし、そんなつもりはさらさらねぇよ」
「ということはつまり、先程の矢は、やはりあなたが?」
「ああ。奴の脳天に直撃させてやったのは俺だ……が、あれのことだ。どうせ死んじゃいないだろうよ」
その意見に、ゲオルは同意する。街の連中の行動からして、あれはまだ術者が生きている証拠だ。ならば、危機は未だに去っていない、ということになる。
「取り敢えず、今日はここで休むってことで。怪しいと思うんなら、監視でもなんでもすりゃいいさ……さぁ、どうする?」
ロイドの発言にゲオルは、睨みながら口を開いた。
「……よかろう。ならば、ワレが貴様を見張る。女、貴様は小娘と休め」
「承知しましたわ」
と、ヘルはゲオルの言葉に返答する。
こうして、ゲオル達はロイドと一緒に森の中で一夜を過ごすことになったのだった。




