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五話 這いよる陰⑤

 窓ガラスが割れたと同時、ゲオル達は無論、ルカードもまた、そちらの方に気を取られた。当然だ。この緊迫した状況下の中で、窓が割れる、などという異常事態に敏感になってしまうのは仕方がないことだ。

 そして、気を取られる、ということは、つまりほかのことには気が回らなくなる、ということ。そこから生じるのは、油断や隙といったものだ。そして、そこを見逃すゲオルではない。

 すかさず、机ごと目の前の男を蹴り飛ばそうとしたその時。

 ルカードの頭に、勢いよく矢が突き刺さり、鮮血が飛んだ。


「っ!?」


 これには、流石のゲオルも驚きを隠せなかった。

 自分が攻撃を仕掛けようとした相手の頭に、唐突に矢が突き刺さり、そして血を流して倒れた。動揺するなという方が無理があるというものだ。

 しかし、現状に限っては、いつまでも惚けている場合ではない。


「っ、行くぞ!!」


 言いながら、ゲオルはエレナを引っ張り、走って店の外へと出て行く。その後ろに、ヘルもすかさずついていく。

 外へ出ると人だかりができていた。今は深夜。既に多くの人は、寝静まっているはずだというのに、まるで待ち伏せていたかのように、大勢が店を囲んでいた。

 そして、その全員の瞳に光はなく、全員がまるで死人のような面構えをしている。


「ちっ……!!」


 舌打ちをしながら、ゲオルは唐突にエレナをまるでモノを肩に乗せるかのように、左肩で担いだ。


「え、ちょ、げ、ゲオルさん!? な、何を……」

「ええい、黙っていろ!! 文句、苦情は後でいくらでも聞いてやる!! 今は口を閉じていろ!! でなければ舌を噛むぞ!!」

「いや、それは、どういう……」


 疑問を投げかかるエレナの言葉を無視しながら、ゲオルはその場で拳を握り、静止する。

 そして、いくらかの間をあけながら、その場で拳を前へと突き出した。

 刹那、拳から放たれた衝撃が空気を伝わり、真正面にいる街の人間たちを一気に吹き飛ばした。突風とも言える一擊に、成すすべはなかった。

 その光景を前に、ヘルは一言。


「……ゲオルさん。わたくしも大概ですが、あなたは本当に規格外ですわね」

「喧しいっ。そんなことを言っている間にさっさと行くぞ!!」


 言いながらゲオルは、空いた道筋をそのまま進んでいく。その後ろから、ヘルはやれやれと言った具合でついていった。

 街の中を進んでいくにつれ、ゲオルはこの街の様子を観察していく。

 窓という窓から見える視線。それは、男女問わず、多くの視線がゲオル達に眼光を送っていた。それは、こちらを観察している……いいや、監視している、という代物だ。敵意しか感じられない。

 そして、それはどうやら間違っていないようで、街道を駆け抜けるゲオル達の前に、別の街の住人達が立ちはだかった。

 その瞳は、やはり先程の連中と同じで、生気が感じられなかった。


「女っ、突っ切るぞ!!」

「ええ、わかっていますわ!!」


 ゲオルとヘルは足を止めるどころか、逆に加速させた。そして、住人の壁を前に彼らが取った行動は至って単純なもの。

 目の前に壁があるのなら、その壁を飛び越えればいい。

 そんな発想、普通なら考えても実行しようとしない。というか、できるわけがなかった。しかも、壁と言っても、十人、二十人の壁ではない。少なく見積もっても、五十人はいる。最前を飛び越えたところで、落下地点には、後ろの人間にぶち当たるのは確実。

 だというのに、ゲオルとヘルは跳躍した。

 人間離れした二人の跳躍は凄まじく、最前どころか、そのさらに三つ程の列を飛び越えた。

 しかし、それでも落下地点には、やはり人がおり、激突するのは必至。

 故に、彼らが取った行動は、激突する前に、その人間の頭を地面の代わりとして、その場でもう一度跳躍する、という離れ業だった。

 無論、そんなことをすれば、踏まれた人間はただでは済まないが、しかし今はそんなことに気を配っている暇はない。

 そうして、人間を使った連続跳躍を一度も失敗せずに成功させた二人は、街の人間壁を通り超え、そして再び街道を駆け抜けていく。

 けれども危機を脱した、というわけではない。

 ふと後ろを振り向くと、街の住民が揃いも揃ってこちらへと向かって走ってきていた。それは、狼が集団で獲物を追いかける様に似ていた。


「しつこい連中だな!!」

「ええ、全くですわ」


 言いながら、二人の脚は止まらず、走り続ける。すると、街道の脇道や店や家々から、どんどんと人が出てきては、二人の後ろに回り、同じく追いかけてくる。その数は増加の一途を辿り続け、今では数を数えるのすら、億劫な程だった。


「どうやら、この街全体がさっきの方に支配されているというのは、本当らしいですわね」


 その意見に、ゲオルは同意する。ここまでの異常事態を前にすれば、流石に信じないわけにはいかないだろう。街の全ての住人を支配下に置く、というのは、ゲオルも言っていたがかなり面倒で手間がかかる。それをルカードはやってのけ、そして現実としてゲオル達に襲いかかっていた。


(とはいえ、全員ただの人間だ。何かしらの訓練を受けているようには見えない。一応、全員を倒すことは可能だが……)


 そう。支配されているとはいえ、元になっているのはただの人間だ。洗脳されたとしても、その肉体的能力が向上するわけではない。というか、操られている人間程、動きが読めるので、正直なところそこまで脅威ではない。加えてそれが五百人だろうと、ゲオルにとっては全く問題がない。しかも、今はヘルもいる。それを考えれば、逃げずに撃退することもできるのだが……。


(だが、相手の正体が掴めていないというのに、真正面からやるのは、あまりにも愚行だ。それに……)


 などと思いつつ、ゲオルは周りを見渡す。

 未だ増え続ける追っ手。その勢いは弱まることはなく、むしろ強くなっていると言ってもいい。そこから考えられる可能性に対し、ゲオルは大きな舌打ちをする。


「とにかく走れ!! これだけの人数を操るには、それ相応の条件と対価がいる!! 無限にどこまでも操れるわけではない!! 取り敢えず、街の外の森まで走り続けるぞ!!」

「承知しましたわっ」


 ゲオルの言葉に、ヘルは大声で応える。

 その後も立ちふさがる街の住人を殴り、蹴り、なぎ倒しながら、彼らは進んでいった。

 そして。


「見えましたわ。あの門の外を出れば、街の外ですわ!!」


 見えてきたのは閉ざされた大きな門。夜ということもあってか、その巨大な扉は閉ざされている。いいや、もしかすれば、ゲオル達を逃がさないために閉ざされたのかもしれない。


「しかし、どうしましょう。門は閉じてしまってますわ……」

「問題ない、ワレが拳でこじ開けてやるわ!!」

「え、ちょ、ゲオルさん、それ本気で言ってます!?」


 つまり、正面突破で吹き飛ばす。

 その宣言に対し、エレナが何か言っているようにも聞こえたが、ゲオルは無視する。恐らく、大扉は仕掛けによって開閉するようになっているのだろうが、その仕掛けを今から探して開けようなどとは思えないし、そもそもそんなことをさせてくれる程、後ろの連中は穏やかではない。

 そうして、扉の前へとやってきたゲオルは拳を握り、真正面に放とうとした。

 その時である。

 唐突に、巨大な扉が、ゆっくりとだが、その口を開いたのだった。


「何……?」

「これは……」

「何だよ、意外と早かったな。もうちょっと遅れるものだと思っていたんだが」


 それは、先程まで聞いていた声だった。

 ふと後ろを振り向くと、そこには、ルカードが立っていた。


「貴様……」

「おおっと、そんな敵意むき出しにしないでくれ。言いたいことは分かるが、取り敢えず、言っとくぞ。おれはさっき、お前さん達と話してた奴じゃあないぞ。ほら、その証拠に、さっきの奴よりかなりイケてる顔してるだろ?」


 くだらない言葉を並べる男。しかし、よくよく見てみると服装なども違い、かなりボロボロの状態だった。顔については、ほとんど同じではあるが、こちらも傷がいくつか目立っていた。何というか、九死に一生を得たと言わんばかりな雰囲気である。

 纏う空気は確かに違う。

 が、それで信用するほど、ゲオルも馬鹿ではない。

 すると。


「あの、ゲオルさん……その人が言っていることは、多分間違ってないです。声は一緒ですけど、さっきの人とは別の気配を感じます」


 エレナの言葉に、ゲオルはムッとなる。彼女の第六感は、ずば抜けている。何せ、自分とジグルの違いに気づいた程だ。そんな彼女が、別の気配を感じる、というのなら、目の前にいる男は、ルカードとは別人という可能性が高い。


「ほら、そこお嬢さんもそう言っていることだし。なっ? 事情は後で説明するって。今は取り敢えず、一緒に逃げることをおすすめするけど?」


 飄々とした態度と口調。道化の如き様を前に、ゲオルは幾許か間をあけてながら、答える。


「……仕方ない。行くぞ」


 しぶしぶと言わんばかりな態度を取りながら、ゲオルは先頭に立ち、扉を抜けて、街の外へと出て行ったのだった。


 *


「どうやら、逃げられたようですね」


 開いた街の大扉を前にしながら、ルカードは呟いた。

 その後ろには、この街の住人達がおり、全員が死人のような顔をしながら、立っている。


「しかし、まぁ問題はないでしょう。この街から逃げられても、私から逃げられるわけではないのですから」


 ルカードは不敵な笑みを浮かべながら、夜の街へと消えていったのだった。

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