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四話 這いよる陰④

 正体を見破れたルカード。

 しかし、その表情に焦りは一切なく、未だ涼しげな態度のままだった。


「一つ、聞いても? そんなに自分は焦っているように見えましたか?」

「ああ」


 即答するゲオル。色々と間抜けな彼だが、そんな彼にもわかってしまう程、ルカードの演技はくさかった。いいや、というより、演技をするつもりなど無かったのでは、と思えるくらいだった。


「これはまた、お恥ずかしいところをおみせしました。何せ、いつまで経っても薬が効かないので、時間稼ぎのために自分が話かけたのですが、そこからボロが出るとは。自分もまだまだ未熟者、というわけですか」


 変わらず笑みを浮かべる姿に、やはり動揺というものはない。いいや、そもそも彼は最初から演技などするつもりなど、なかったのだろう。彼自身が言っていたように、薬の効果を発揮させるために足止めをしていたに過ぎない。それが意味がないと分かった時点で、ルカードはあっさりと演技をやめたのだ。

 しかし、それは観念したとか、諦めたとか、そういう類のものではない。彼にとってみれば、気づかれたところで何の支障もないのだ。

 そして、それだけの実力を持っている。


「それともう一つ。どうして自分が『怪人』だと思われたので?」

「直感だ。貴様は色々としゃべりすぎた。だが、それは内容云々というより、喋り方そのものだ。まるで、自分達がやってきたことを自慢するそうな口調。そして、村や街を襲い、若い女を攫っている張本人となれば、それは『怪人』とやらだと思うのが当然だろう」


 ゲオルの答えに、しかしルカードはどこか納得がいかない表情を浮かべる。


「ふむ……その答えは些か強引だ。貴方も自分で仰っているように、勘に近いものでしかない。が……実際にその勘が当たっているのだから、馬鹿にはできませんね」


 理路整然とした理由ではなく、単なる勘で『怪人』だと見破れたことについては、ルカードも不満があったらしい。が、しかし見破れた事実は事実。変えられないがために、彼は受け入れながらも話を続ける。


「どうやら、貴方がたはただ者ではなさそうだ。特に、そちらの貴方……ゲオルさん、と呼ばれてましたね。貴方は相当お強い。そして、これは自分の予想なのですが、貴方は魔術師、もしくは魔術に精通している人ですね? そうでなければ、自分が用意した薬に対処できるとは思えない」

「だとしたら、何だ?」

「いえ。今時、貴方程の魔術師は珍しいと思いまして。何せ、私が倒してきた魔術師は、このやり口にひっかかり、そして最期を迎えましたので」


 それはそうだろう、とゲオルは呟く。それは、自分が強いとか以前に、この罠はあまりにも不意打ちすぎる。初めて寄った街の酒場で薬を盛られてしまっても、普通は気づかないものだ。ゲオルとて、実際は酒を飲んで、初めて気づいたのだから。耐性がなければ、どうにもできないのは当然であり、罠に引っかかった魔術師が実力不足、というわけでは断じてない。

 まぁ、つまり簡潔に言うと、だ。


「何とも姑息な手だな」

「ええ、ええ、そうでしょう。しかし、この策は以外とハマるもので。効率を考えれば、とても安上がりな作戦と言えるでしょう。それは、ゲオルさんもお分かりのはずです」


 そこは否定しない。罠にはまりやすいというのは、事実であり、それ故に効率がいいと言われれば、確かにそうだ。

 だが、邪道であり、外道なやり方ということに変わりはない。


「それで、これからワレらをどうするつもりだ? まさか、薬が効かず、正体もバレた故に見逃す、というわけではあるまい」

「ええまぁ。半ば自業自得とはいえ、流石に正体を知った人間を逃がすわけにはいきません。特に、エレナさんは、是非とも私と一緒に来てもらいたいので」

「私、ですか……?」


 唐突に指名されたエレナの身体に、さらに力が入る。


「私達の主は、若い女性、特にエレナさんのような方をご所望でして。ああ、勘違いしてもらいたくはないのですが、無論ヘルさんもお美しいだろうとは思います。顔は見えませんが、貴方の所作には気品が感じられますから」

「あら。それはどうも」

「私が言いたいのは、あくまで主の趣向、ということです。しかもエレナさん。貴方から感じる魔力には強い気配を感じる。その顔にその魔力。主が喜ぶ条件をここまで揃えた方は今までにいなかったものでしてね。故に一緒に来ていただきたいのですよ」


 その言葉に、しかしエレナは最大限の警戒を解かない。

 当然だ。ルカードは笑みを浮かべているものの、その瞳は一切笑っていない。それは獲物を捕らえる肉食獣の瞳そのものである。

 そして、その視線はゲオルに移った。


「そして、それはとは別にゲオルさん。貴方にも一緒に来て欲しいと考えています」

「……理由はなんだ」

「簡単ですよ。貴方は私の主の名前を知っていた。だからです。ちょっとした理由で、主は自分を知っている者も探しておりまして。まぁ、恐らくは人違いだとは思いますが、しかし貴方が名前を知っていたことは事実。念には念を、というやつです」


 つまり、ゲオルは完全にオマケ、ということか。


「それは何とも舐められた話だ。そもそも、ワレらが貴様の言葉に従うと、何故思う?」


 相手は未知の敵。しかし、だからといって相手の言葉通りに動く必要性などどこにもない。そして、ゲオル達には以前と違い、ヘルがいる。彼女の実力は相当なものであり、普通の人間など相手にならない。故に数で言うのなら二対一。その点から言っても、こちらが有利なことなのは明白だった。


「確かに。私は一人、貴方がたは三人。数でいうのなら、不利でしょう」


 しかし。


「この街全体が相手になれば、どうでしょうか」


 刹那。

 先程まで歓談していた客の声が一斉に止んだ。

 いいや、それだけではない。彼らの動きが一切合切止まったのだ。ある者は口を大きくあけながら、ある者は椅子から転げ落ちた状態で、ある者はコップに酒を注ぎながら。

 店の中にいたありとあらゆる男達が、まるで時が止まったかのように、静止していた。


「これは……」

「洗脳……それもかなり強い精神操作だな。それもこの人数を一斉に、か。かなり手間がかかっていると見える」

「はい。彼らには、私の血を飲んでもらっていますから。ある種、彼らは私そのものだ。私が命じればどんなことでもする。逆立ちを命じれば逆立ちをし、殴りあえと言えば殴り合う。そして、死ねと言えば、その場で首をかききって死ぬでしょう」


 さも当然かの如く言い放つルカード。

 そして、ゲオルは理解する。つまり、この街はとっくの昔に壊滅していたのだ。今はただ、彼が操る能力によって、人々が壊滅した事実にすら気づいていないだけなのだ。

 その精神の異常さを問うことは無意味と知っていたゲオルは、別の問いを投げかける。


「貴様、自分の血を、ワレの酒にもいれていたな?」

「はい。それが薬でした。が、その効果がないのは、本当に驚きました。普通の人間でも、抵抗することはできず、できたとしても精神崩壊を起こすのが常だというのに。ゲオルさん、貴方、本当に何者ですか?」

「それはこちらの台詞だ。悪趣味ここに極まれりとは、まさにこのことだな。『怪人』とはよく言ったものだ。人の皮を被った外道というのは、今までも多く見てきたが、貴様のような者はひさかたぶりだ」

「お褒めに預かり、光栄です」


 皮肉の篭ったゲオルの言葉に、しかしルカードは逆に微笑みで返してきた。


「さて……勘の良い皆さんのことです。私が、自分の血を飲ませたのが、この店の者達だけではないのは既に理解していると思います。そして、それら全てを操れる、ということも。そこから考えて、数の条件は逆転しています。ああちなみに、この街の総人口は約五百人。そのほんとんどが、自分が操られていることすら理解していない、善良な一般市民です。そんな彼らを貴方がたは敵に回す、ということを申し上げておきますね」


 ここに来て、これまた外道な言い分が出てきた。

 ゲオルは理解していた。ルカードの洗脳は強いが故に、操られている方はそのことに気づいていない。そして、その全員が自分がルカードに使われていることも知らずにゲオル達と敵対するというのだ。

 その大多数が罪もない、善良な市民だと言い放つルカードは、やはり畜生なのだとゲオルは思う。

 その上で、彼は言う。


「それがどうした?」


 まるで、そんなことなど、どうでもいいと言わんばかりに、彼は続けて言う。


「操られていることを理解していない? 善良な市民? だからどうした。ワレに敵対するのなら、誰であろうとなぎ倒すだけだ。殺しにかかってくるのなら、殺す。それだけだ。加えて言わせてもらうのなら、ただの一般人がどれだけ襲ってきても、脅威ではない。故に脅しにはならん。そもそも、赤の他人が操られているからといって、それが弱みになる程、ワレはお人好しではない」


 言い放つ、ゲオル。

 対するルカードは、そんな彼に目線を飛ばし続ける。

 そうして、彼らが長い間、にらみ合い、探り合いをしていた、次の瞬間。

 唐突に、酒場の窓ガラスが割る音が響いたのだった。

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