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三話 這いよる陰③

「ゲオルさん、どうしました?」


 視界が見えないエレナであったが、ゲオルの口調が明らかに動揺しているものというのは分かった。


「……いいや。昔、同じ名前をした女がいたのでな。だが、別人のはずだ。何故なら奴はとっくの昔に死んでいる」


 死んでいる、とゲオルは断言した。

 彼は、何百年も生きてきた魔術師である。その時間の感覚というのは、通常の人間と比べて大雑把となっている。彼が昔と言ってしまえば、それは百年二百年前の話ともとれるわけだ。だとするのなら、その時代の人間が、今も生きているはずはないため、全く問題はない。

 が、今回のゲオルの発言。彼は、死んでいるだろう、ではなく、死んでいる、と言った。まるで、その死を自分の目で見たかのような、そんな口調に、エレナは少々違和感を覚えたものの、口を挟まむことはなかった。


「それで? 貴様が知っていることは、それだけか?」

「ええまぁ。あとはそうですね、『怪人』達は三人いるらしく、それぞれが全く異なる姿を持っているのだとか。それぞれの力の詳細は分かりませんが、やり口から考えて、普通の連中ではないでしょう。何せ、相手の舌やら目やら耳を送りつけてくるような連中ですからね」


 苦笑するルカード。それに対し、ゲオルは「ふん……」と言いながら、指で机を四回、軽く叩いた。

 すると、まるで交代するかのように、ヘルが代わりに会話に入る。


「それにしても、その連中の目的は、一体何なのでしょうか。若い女性、というのは確かですが、しかし、その目的が分かりませんわ」


 これが、ただの人間を食べる怪物なら、まだ話は簡単だった。しかし、聞いたところだと、相手はどうやら人の形をしており、思考もしている。そして、若い女を狙っており、それ以外を駆逐しているように見えた。これらから分かるように、ただ闇雲に襲っていると断ずることはできない。


「相手が男性の方ならば、色々と予想がつくのですが……いいえ、もしかすれば、そういった趣味を持った方なのでしょうか、その女の主とやらは。まぁ人の好みは人それぞれですから、頭ごなしに否定するつもりはございませんが、けれど人里を襲ってまでやるとなると、悪趣味以外の何者でもありませんわね」


 言いながら、ヘルは机の上で両手を重ね、四回ほどその場でこすった。


「ふん。その可能性はなくはないが、しかし他の可能性がない、というわけでもない」

「と、いいますと?」

「若い女の身体は、魔術の材料として、極上のものだ。血肉に骨、内蔵に目玉、髪の毛……至るところ、新鮮なものになればなるほど、その価値は高い。魔道具を作るのもそうだが、魔術を仕様する際の贄としても最高のものだ……まぁ、ワレは好かんし、使いたいとは思わんが」


 魔道具で使えるものは、何も魔物の肉体だけではない。人間の肉体からでも作ることは可能だ。加えて、贄を使って発動する魔術に関しても同じであり、一応は禁忌とされており、忌諱されている。だが、魔術師というのは誰も彼もが人でなしだ。中にはその禁忌を平気で破るものだっているし、そもそも破ったところで誰かに裁かれることもない。

 今回の件。若い少女達のみをわざわざ攫っているという点からして、食料を調達している、というのはどうもしっくりこない。


「つまり、相手の女は魔術師である、と?」

「その可能性も低くはない、というだけだ。何にしろ、『怪人』などと自称している連中だ。ロクでもないのは確かだろう」


 若い少女を攫い、その上街や村を全滅させている……それが本当ならば、それだけでもう、その連中が外道であることは言うまでもない。

 同時に考える。その連中は、自分達が探している『六体の怪物』とは、関係はないのだろうか、と。

 今までの怪物の傾向からして、連中の身体は巨体だ。そして、それぞれが動物の形をしている。分かっているものだけでも、豚、蛇、羊、そして鳥……そういったものだ。一方、今、話の中に出てきている『怪人』は、その言葉通り、人の姿もしているという。ならば、普通に考えて、『怪人』と『六体の怪物』には接点がないと思うのが普通だ。

 けれど、今までもそうだったが、『六体の怪物』というものは、規格外であり例外が多い怪物だ。もしかすれば、何かしらの接点がある、という可能性も僅かではあるが存在する。

 ……いいや。これは、ただ単に手がかりがあまりにもないからこその、願望なのかもしれない。

 こうしている間にも、期限は刻々と近づいている。そして、それを過ぎればジグルはゲオルの魂に吸収され、二度と元に戻ることはない。これは別段、ゲオルにとって悪いことではない。しかし、元の身体に戻る方法を見つけた関係上、そうも言っていられない。元の身体に戻って、余計なわだかまりがあっても困る。故にゲオルはより早く『六体の怪物』を倒したい。それだけだ。

 故に、それは決して、想いがあるわけでも、ましてや他人のためなどでは、決してない。

 などと心の中で呟きながらも、今はそれに関しては、放置ということにする。

 何せ、目の前に片付けなければならない問題があるのだから。


「それで、皆さんはこれからどこへ向かわれるのでしょうか?」

「ここよりもっと西に行こうと思っておりますわ。そこにある街に少々、用事がありまして」

「そうですか……皆さんは、一緒に旅をして長いのですか? よければ、話を聞かせてはもえませんか? 一人での調査で、正直退屈してましてね。誰かと無償に話がしたいと思っていたのです。無論、こちらがおごらせてもらいますよ。なので―――」

「―――何をそんなに焦っている?」


 ふと。

 ゲオルはそんな事を口にした。それは、今までの空気を一変させ、断ち切るものであった。

 そして、彼の言葉に、ルカードは首をかしげた。


「? 何を言って……」

「未だ恍けるか、阿呆が。いくら、酒に混ぜてあった薬がいつまで経っても効かないとはいえ、そんなに動揺する必要はなかろうに。いいや、動揺や焦りというより、苛立ちといったほうがいいか?」

「だから、どういう……」

「ワレも先程気づいたのだがな。この酒に薬らしきものを入れているな? 相手を麻痺させるものか、それとも眠らせるものか……どっちでも構わん。しかし悪いが、この身体にはそういった類の毒や薬は効かんでな。残念だったな」


 加えて言うのなら、ゲオルはエレナが一切酒を飲んでいないことは確認済みだ。元々、まだ子供である彼女が酒を飲むことはなかったのが幸いした。

 ならば、ヘルはどうかというと、彼女も酒を口にしてはいなかった。何でも下戸ということだが、これもまた奇跡といえるのだろう。

 そして、先程ゲオルが机を四回指で叩いたのは、二人に対しての合図。そして、ヘルはそれに答えて手をこすり、エレナに至っては、先程からずっと警戒体勢にあり、一言も言葉を発していない。


「何を言っているのですか。意味が分からないことをもうさないでいただきたい。大体、貴方の飲んだ酒に薬が入っていたとして、どうして私と関係があるというのです?」

「そうか。では、一つ聞く。先程、貴様はここら一帯の若い女はさらわれ、そしてそういった街や村はほぼ壊滅していると言った―――ならば、既に若い女がいないこの街は、何故壊滅していないのだ?」


 ルカードの話を信じるのならば、若い少女達が攫われた後、街や村は壊滅しているという。けれど、この街はどう考えてもそんな痕跡はないものの、しかし少女の姿を見かけなかった。

 この明らかな矛盾を前に、ルカードは口を閉ざしている。

 そんな彼に対し、ゲオルは追撃の言葉を放った。


「ふん。そもそも、調査云々をべらべらを口にした時点で、怪しいとは思っていたわ。大事な仕事の話を、今日会った人間にするなど、論外中の論外だ。加えて言うのなら、それだけ危ない場所だと理解しているというのに、何故貴様一人が調査に来ている?」


 確かに、隠密な行動を取るためなら、少数になるのは理解できる。が、それが一人というのは、あまりにも少なすぎる。しかも、先程ルカードはこう言った。一人での調査で、退屈している、と。人が大勢死んでおり、多くの少女達が攫われている中、早く情報を伝えなければならないという状況で、この男は退屈などという言葉を口にしたのだ。それはあまりにも不適切というか、違和感を感じざるを得ないものだった。

 まるで、そんなことなどどうでもいいかのように。

 つまり、ルカードは自分達に嘘をついていることになる。

 ならば、その理由は一体何だ?

 この状況下で、女を二人連れているゲオルに近づく者。

 それに当てはまる存在が、一つだけ存在した。

 

「無駄な探り合いは好かん。さっさと正体を現せ、『怪人』」


 それは、確証のない、単なる勘のようなもの。

 けれど、ゲオルは自分の言葉が当たっていると確信しており、そして事実。


「―――どうやら、一本取られてしまったらしいですね」


 ルカードは不敵な笑みを浮かべ、そんな言葉を口にしたのだった。

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