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幕間 小さな疑問

 さて。

『六体の怪物』の一体を倒し、剣狼騎士団とのケリをつけ、帝国は崩壊し、ヘルの復讐も成し遂げられた。故に決着はつき、物語は大団円と相成った……確かに、そう言われれば、そのとおりだ。誰も彼もが笑える……わけではないが、しかし良き方向へ向かうはずだ。

 けれども、だ。

 そんな中、エレナは一つの疑問をゲオルに向かって口にした。


「あの、ゲオルさん。一つ聞いてもいいですか?」

「ん? 何だ。今、魔道具を作っている。手短に言え」


 などと、言うゲオル。

 彼らは未だ帝都の宿におり、その中でゲオルは採取した大量の羊の毛を使い、魔道具を作っていた。

 ……とは言うものの、その姿はどう見ても仏頂面の男が、手袋を編んでいるようにしか見えないが。

 あまりにもズレた姿だったが、残念ながらエレナには見えてない。だからこそ、彼女は言われたように、手短に質問を口にした。


「ウムルさんが言っていたんですけど、ゲオルさんは異界魔術の中でなら、魔術を使っても大丈夫だと聞きました。なのに、どうして今回は使わなかったんですか?」


 刹那。

 ゲオルの手は、その言葉によって止められた。

 恐らく、ここに第三者がいれば、明らかに彼の様子がおかしいことに気づいただろう。その瞼が少しだけ開いた顔は、どうして知っている、と言わんばかりなものだった。

 けれど、ここには二人以外に誰もおらず、故にゲオルは何事も無かったかのように、続けた。


「……別に大した意味はない。ただ単純にあの程度の相手、ワレが魔術を使うまでもない。そう思ったまでだ」

「そうなんですか……あっ、でも魔術を使ったらもっと効率がよかったじゃ。一々、『爆石』を設置したり、城内の衛兵さん達を外に運んだり、大変だったんじゃないですか?」


 言ったと同時、エレナはしまった、と心の中で吐露する。

 ゲオルのことだ。いつものように「ふん、その程度のこと、ワレにとっては造作もない」とか、「分かったような口で魔術を語るな、小娘が」などと罵倒されるのは、目に見えていた。実際、魔術のことなど知らない自分が、何を偉そうに、と言ったそばから後悔している。

 今回は、怒られても仕方ない……そう、思っていたのだが。


「……そうだな。ああ、考えてみれば、確かにそうだ。失念していた」


 などと、思いもしない言葉が返ってきた。

 呆気ない……いつもの彼なら使わなかった理由をいうか、本当に忘れていたとしても大見栄を張った言葉を吐くはず。

 なのに、今のはどうだ? 自分が忘れていたと言いながら、非を認めたのだ。

 有り得ない、などという言葉を使っては、ゲオルに対し、失礼に値することだが、しかし現に今のゲオルは、エレナからしてもおかしいと思ってしまう。


「……なぁ。小娘」

「? はい。何ですか」


 ゲオルの呼びかけに、エレナは応えた。

 それから、幾ばくかの時が流れながら、無言の間が続く。長い長い沈黙。まるで、何かを覚悟するかのような、そんな間だった。

 けれども。


「―――いいや。何でもない」


 そんな言葉で会話は流れた。


「そう、ですか……」


 エレナもまた、ゲオルの言葉に、相槌を打って返す。

 彼女は、ゲオルが何かを話そうとしていたことを理解していた。しかし、敢えて何も聞かない。彼が話しづらいことなら、無理やり聞き出そうとは思わないし、そんな権利は自分にはないと思っていたから。何せ、自分は彼に守られている側の人間だ。そこは変わらないし、だからこそ、超えてはならない一線というものがある。

 けれど、後に彼女は思う。

 この時、自分は何が何でも、彼の言葉を聞いておくべきだった、と。

 何故なら、自分の疑問が、ゲオルが話そうとしたことが、後に自分達に多大な影響を及ぼすことだったのだから。


 *


 紅のフェニカス。

 それは、『六体の怪物』の一体であり、ゲオル達が探し、そして倒そうとしているモノである。

 さらにいえば、現在確認できている『六体の怪物』の中で、最も目撃情報が多い怪物であった。

 その姿は、全身が紅の大鳥。いいや、もっと詳しく言うのなら、全身が赤い炎で包まれている、というべきだろう。口からは、強大な炎が吐かれ、巻き込まれた者は灰燼と化す。また、身体全てが炎に包まているため、触れれば無論、焼け死ぬ。通常の矢など身体に突き刺さる前に燃え尽きてしまう。さらに言えば、大鳥であるため、飛行能力を有していた。黒のシャーフは浮遊の力を持っていたが、こちらは飛行。空を自由自在に飛ぶことができるため、ただ浮かんでいるシャーフよりも、狙いが定まらないと言える。


 だが、フェニカスの真に恐ろしい点は、別にあった。

 その能力とは『蘇生』。つまり、蘇るということだ。

『六体の怪物』の中で、治癒能力を持つ者は、他にもいるが、完全な死から蘇るのは、紅のフェニカスのみだ。というより、蘇生などという魔術は、超一流の魔術師でも使用することは叶わず、使えても様々な条件が必須の最高級魔術。無論、普通の魔物の中で、蘇生が使えるものは存在しない。

 だが、このフェニカスは条件はとても緩く、そして、まずその条件を突破することは不可能。加えて、蘇生に限度はなく、故にフェニカスは物理的には何度でも蘇る、というわけだ。

 火炎を放ち、火炎を纏い、飛ぶことができ、さらには『蘇生』の能力を携えている。

 これだけの能力を持った怪物を、普通の人間が倒せるわけがない。魔術師ですら、敵にすらならないだろう。


 けれど、その命を狙う者は、多かった。

 それというのも、フェニカスの特性に原因があった。フェニカスが蘇生の特性を持っていることは、誰もが知るもの。そして、その肉や血、羽根を使用すれば、蘇生の魔道具を作れる。そう考えて、魔術師がそれを求めた。そして、その価値を知った傭兵や剣士、腕に自信がある者達もまた、フェニカスを殺そうとやっきになった。時には、千もの部隊が大掛かりな作戦によって、倒そうとまでしたものだ。

 死にたくない、誰かを死なせたくない、蘇らせたい……そんな様々な願いを持っていた者達が、怪物に挑んでいった。


 その尽くを、フェニカスは燃え滓へと変えた。

 剣士が、魔術師が、傭兵が、軍隊が、装備を揃え、魔道具を作り、作戦を考えたが、どれもこれも全て意味をなさなかった。しかし、それはフェニカスを相手にした者が全て、弱かった、というわけではない。中にはある国で一番の剣士もいれば、最強の軍隊とも呼ばれてた部隊もあった。そんな連中が相手にならない程、フェニカスは驚異であり、脅威なのだ。


 そもそも、相手が飛行できるだけでも、人間にとっては不利。だというのに、火炎を吐き、纏い、さらには蘇生までする……はっきり言って、理不尽すぎる。だが、それが当然なのだ。『六体の怪物』とは、元来そういう存在。自然災害に近い生き物だ。地中から獲物を喰らう紫のシュランゲ然り、空中から雷を落とす黒のシャーフ然り、近くにいる生物を昏倒させる臭いを放つ緑のシュバイン然り。

 その三つよりも、紅のフェニカスは何も用意していなければ、倒すどころか、傷つけることすら無理な話だ。初見でこれを倒せる者がいれば、それこそ怪物を越えた化物だ。


 まぁ、つまり、何が言いたいかというと、だ。

 そんな紅のフェニカスを、何百という剣で串刺しにした上で倒した『その男』は、正真正銘の化物というわけだ。


「……この程度、か」


 男は、フェニカスの死体を見ながら、そんな言葉を吐き捨てた。

 フェニカスは、完全に死んでおり、その全身には、剣……というより、柄や鍔がない刀身がハリネズミのように突き刺さっていた。


「あの『魔術師』との戦いに備えて、腕試しにと思ってやってきたが……全くもって話にならん」


 落胆の言葉を口にしながら、男はため息を吐く。

 ここで、一つ、種明かしをする。紅のフェニカスを倒す方法。それは蘇生の条件を突破することだ。その条件というのは、フェニカスが纏っている炎をかき消した上で、止めをさす、というものだ。しかし、この方法の難易度は高く、ほぼ不可能だ。相手は飛行ができ、さらには口から炎を吐く大鳥だ。けれど、それがフェニカスを倒せる正規の方法だ。

 しかし、何事にも裏というものがあるように、フェニカスを倒す方法は別にもう一つ存在した。


「『六体の怪物』? 蘇生? くだらん。たかが三日三晩、殺し続けただけで死ぬ(・・・・・・・・・・)とは、何とも情けない」


 そう。

 蘇生するフェニカスに対し、男が取った行動は至極単純なもの。

 ただ、蘇るフェニカスを、死ぬまで殺し尽くす。それだけだった。

 紅のフェニカスの蘇生は、肉体的に蘇るというもの。傷はなくなり、元通りになる。が、その分精神までは治ることはない。人間が激しく動けば体力が無くなり、魔術師が魔術を使えば魔力を消耗するのと同じ様に、フェニカスは蘇生する度に精神を削っていたのだ。

 だが、それも一回や二回程度などたかが知れている。十回、二十回にしても、少々疲れた程度のもの。

 けれど、これが百回、二百回ともなれば話は別であり、精神や気力はほぼないに等しい。そして、蘇生する気力と精神が無ければ、いくらフェニカスでも生き返ることはない。

 結果。

 三百二十六回目の死によって、全ての力を使い果たし、紅のフェニカスは、その生命活動を完全に停止した。

 本来の方法でも不可能に近いというのに、別の方法で男は無理やりフェニカスを殺しきったのだ。

 だというのに、その表情には全く達成感というものはなく、眉にシワを寄せるのみ。

 まるで自分の敵は、この程度ではない、と。そんな事を言いたげな表情を浮かべていた。


「それにしても、あの『魔術師』め。未だ魔術を使わないとは。まぁ、某と戦ってから一年も経っておらんのだから、当然と言えば当然か」


 男と『魔術師』が街を全壊させる程の戦いをしてから、一年……いいや、半年すら経っていない。

 あの戦いでは、男は重症を負い、そのせいで『魔術師』とは痛み分けになってしまった。今度こそ、目的を果たせると思っていたため、歯がゆさはいつもの倍であったのは、未だ覚えている。

 しかし、重症を負ったのは、何も男だけではない。


「あの『魔術師』のことだ。今頃、別の姿へと変わっているのだろう」


 そして、魔術を封じ、男から逃げている……いつものことだ。あの『魔術師』は変わらない。成長しない。だから男を倒すことができず、そしてだからこそ、男は絶望していなかった。


「さて、今回はどれくらい魔術を使わずに済むか。一年? 十年? 五十年? もしかすれば、百年ということもある……が、それがどうした。その程度の歳月くらい、いくらでも待ってやる」


 そうだとも。ここに来るまで、一体何百年が経ったことだろうか。それを考えれば、もう百年、二百年くらい、いくらでも待てる。

 そして、断言できるが一つあった。


「お前は必ず、魔術を使う。どれだけ誤魔化そうが、お前は根っからの魔術師だ。お前以上の存在など、この世に五万と存在する。そんな存在と対峙した時、必ず魔術を使う。それを捨てられないのが、お前だ。そして、次に魔術を使ったその時こそ―――お前の最期だ、『魔術師』」


 その瞬間を楽しみにしている、と男は嗤いながら呟く。

 故にさぁ、早く使え。魔術を使え。

 今度は逃がさん、止めをさす。そして、全てを終わらしてやろう。

 それこそが、我が望みであり、成すべき使命。

 そうして、執念の刃は、未だに彷徨い続けるのだった。

これにて二章終了。

たくさんの感想・ブクマ・評価ありがとうございます!

次からは、いよいよ三章突入。

これからもどうかよろしくお願いします!


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