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三十三話 復讐の果てに④

 後の話をするとしよう。

 城の崩壊は、皇帝が帝国全土を自分の思うがままにしようと画策した魔術を使用しようとしたが、失敗した結果……と世間には発表された。そして、皇帝はその罪によって、その座から下ろされ、予てよりサシュト伯爵が提案していた議会制へと国の在り方は変わっていこうとしていた。

 しかし、物事はそう簡単に変わるものではない。今まで君主制時によって成り立ってきた国だ。議会制に反対する者はいる。今も、自分の領地から出てこなかったり、反対の書状を送りつけてきたりなど。ただ、戦をしかけようとする者はおらず、また皇帝を助けようとする者もいなかった。元々、綿密な計画を立てていたため、というのもあるが、それだけ皇帝を慕う気持ちは既になくなっていたということだ。

 皇帝はというと。


「違う、私は無実だ。私は、ただ騙されていただけだ!! そうだ、私は悪くない。悪くない。悪くないはずなのだ!! なのに、何故、何故、何故―――!?」


 そんな言葉を毎日のように繰り返しているという。

 今までの罰が下されるまで投獄されていた。無論、それは皇帝だけではなく、彼を支持してきた貴族も同じである。

 そして、剣狼騎士団もまた、同様だった。

 今日という日まで彼らが犯してきた悪逆非道に対し、擁護する者は誰一人としていなかった。街の人々はもちろん、貴族の中ですら、彼らはとっくの昔に見放されていたのだ。帝都の人々を守ると言いつつ、内情は彼らに暴力を振るい、脅しをかけ、時には死者すら出していた有様。故にこの結果は、妥当なものだろう。

 剣狼騎士団は解散し、全員捕縛される形となった。

 彼らのことなので、武力を持って抵抗するかと思われたが、そのほとんどの人員は、城の崩壊の時に謁見の間におり、そして全員再起不能となっていた。残った人員だけで抵抗しても意味はないと悟った彼らは、素直に投降したという。

 ただ一人を除いて。


「くそ、くそ、クソクソクソクソクソクソクソクソっ……」


 まるで、負けたくないが、認めざるを得ない子供のように、そんな言葉を吐いているという。

 しかし、彼は両手両足ともに再起不能であり、二度と剣を握れないどころか、まともに立つことすらままならないだろう。もしも、奇跡的に罪が軽くなったとしても、一人で生活することは叶わず、その未来は惨め以外の何者でもない。

 彼の仲間であり、剣狼騎士団一番隊隊長のスロットも同様なざまである。特に彼の場合は、己の剣を折られ、さらには二度と剣が使えないという事実が、心身共に大きな影響を与え、まともに喋ることすら叶わなくなった。

 そして。

 元剣狼騎士団団長、ゼオンもまた自ら出頭した。

 彼は、五年前の事件や今回の騒動については、利用され、ある意味においては被害者ではあるが、しかし帝都で剣狼騎士団が起こしてきた数々の横行を止められなかったのは自分に非があるということで、一切の言い訳をせず、罰を受けるつもりでいるという。

 これによって、剣狼騎士団は完全な解散となり、その団員は全て処罰されることとなった。


 しかし、それによって生じる問題もある。

 剣狼騎士団は、帝都を守る、という体裁を整えていた。彼らがいなくなる、ということは帝都を守る者がいなくなる、ということでもある。今回の騒動で、人数不足となった国が取ったのは、帝都を守る新たな組織を作ること。

 その名も『真労騎士団』。真の意味を持って、人々を労わり、守る騎士団という意味である。

 そして、その団長はゴリョーになることが決まった。

 元々、帝都の人々に慕われていた彼が団長になることに反対する声はなく、上の者もそれを見越しての采配であった。

 彼と一緒にいた者達は無論、ケリィもまた、その一人として加わっていた。そして、一人、また一人とゴリョーの下に志願する者は続出したのだった。

 ただ。


「あの人、馬鹿だからそこら辺は大丈夫なのかねぇ」

「そうだねぇ。あの人、馬鹿だからなぁ」

「良い人だし、多分大丈夫だけど……馬鹿なのがちょっとねぇ」


 などというやり取りもあったが、しかしそれだけ人々に愛されているという意味もあるのだろう。

 そんな声に、ゴリョーはというと。


「心配するなっ! 俺は馬鹿だってのは自覚済みだ!! 頭が足りないんなら、補えばいい。剣狼騎士団から離れていった連中に声かけて、色々と手伝ってもらうつもりだから、そこら辺は安心しろ!!」


 そんな言葉を口にしながら、彼は人々を笑わせた。

 これから、ゴリョー達や帝都の人々には、多くの災難が降りかかるだろう。国の在り方が変わる時というのは、嫌でも混乱が生じるものだ。

 それでも、彼らならなんとかなるだろう。

 本当の意味で、人々と一緒になり、守ろうというゴリョーの意思は、本物なのだから。


 *


 帝都から少し離れた丘の上。そこは、帝都の街を一望できる。

 そんな場所で、一人の女が座りながら、その光景を眺めていた。


「―――ヘルさん」


 女―――ヘルの後ろから、彼女の名前を呼ぶ声がした。同時に、彼女は後ろへと振り向く。


「エレナさん」

「あの、隣、いいですか?」


 ええどうぞ、と言ってヘルは隣を空け、エレナは座る。

 今のエレナには、ヘルの先にある帝都の様子は見えない。その手には、ゲオルに作ってもらった杖があるが、しかしそれでも町並みの輪郭が綺麗に見えるほどの精度はない。


「ゲオルさんは、今何を?」

「森で使った魔道具の処理と、木々の後片付けを。それから、黒のシャーフから色々と剥ぎ取っているそうです」

「まぁ、まだ続けていらしたのですか? あれからもう一週間も経っているというのに」

「それだけ、処理に困っているらしいです。本人も『くっ、こんなことなら、もっと片付けが簡単な方法にするべきだった……!!』って嘆いてましたから」


 黒のシャーフを倒したのはゲオルだが、それによって使った魔道具もゲオルのもの。故に、それを片付けるのも彼の仕事の内である。

 そんなもの放っておけばいいのに、と思うものだが、ゲオル曰く「あんな危険なものを放っておけるか!?」らしい。何だかんだ言いつつも、責任というものを彼も感じているのだ。

 エレナの言葉に、微笑んだヘルだったが、しばらくすると自嘲のような言葉を零す。


「情けないですわね」


 唐突な言葉に、エレナは「え?」と呟いた。


「わたくしは、この国を壊すつもりで来ました。そして、それは成就したと言っていいでしょう。この身体を使い、サシュト伯爵と通じ、各地の領主達に代理として話をつけ、結果剣狼騎士団や帝国そのものが無くなった。だというのに……わたくし自身は、こうして今ものうのうと生きている。復讐を果たしたというのに……」

「でも、それは……私のせいでもありますし」

「ええ。聞きましたわ。あなたがゲオルさんに言って、わたくしが死ぬのを止めるよう、説得してくれと頼んだらしいですわね」


 そう。ゲオルがあの謁見の間に来たのは、ただの気まぐれだけではなく、エレナに言われてのものでもあった。


「……すみません」

「いいのですわ。それ自体は何の問題もありません。むしろ、嬉しく思います。こんなわたくしにも、心配してくださる誰かがいると分かったのですから。その点については、感謝してます」

「感謝だなんて、そんな言葉を言われる権利、私にはありません。……本当なら、私自身が説得しなきゃいけなかったのに、またゲオルさんに頼んで、自分は安全な場所で待ってて……それに、ヘルさんの覚悟とか、決意とか、結局台無しにしてしまって……」


 エレナの言葉に、しかしヘルは首を横に振った。


「それは違いますわ。確かにゲオルさんの言葉がきっかけになったのは事実です。けれど、彼は言いました。勝手にすればいい、と」


 そう。あの時、ゲオルはどうしても死ぬな、生きろ、とは言わなかった。貴様がそうしたいのなら、好きにすればいい……そんな感じの言葉しか、ヘルには言わなかった。

 だから、彼女の後押しになったのは、別の言葉。


「どうする? と言われた時、わたくしはどうしたらいいのか、分からなくなりました。今までは復讐のことばかり考えてきて、それが終われば自分は死ぬべきだ……そう考えて、生きてきました。けど、ゲオルさんに言われて、心が揺れてしまい、結果わたくしはここにいる。結局のところ、怖かったのでしょう。自分が死ぬことが。そして、それを認め、生きることを選択したのはわたくし。あなたやゲオルさんのせいではありませんわ」


 死ぬことを拒否し、生きることを選んだのはヘルだ。誰かに言われたから、という言い訳をするつもりは毛頭なかった。

 そして。


「そうだぞ、小娘。それはその女が決めたことだ。一々貴様が気にするようなことではない」


 それを肯定するかのような第三者の言葉が、どこからか聞こえてきた。

 振り向くと、そこにはゲオルが立っていた。

 ……なにやら服装が色々とボロボロであり、髪の毛がこれでもかというくらい、逆だっていたが。


「えっと……ゲオルさん、その姿は……?」

「ええい、変なものを見るような目はやめろ!! 仕方ないだろう!! あの怪物、死んだ癖に未だ毛に微弱な電気を残していたのだ!! おかげで静電気のせいで、髪の毛が逆立つわ、電流が身体に流れるわ、色々と面倒だったのだ!!」


 理由という名の言い訳を述べるゲオル。しかし、その姿で何を言われても、説得力はなく、笑いがこみ上げてくるのみだった。


「それに、格好云々の話をするのなら、貴様はどうなのだ、女。その顔は、一体なんのつもりだ?」


 その顔、と言われたヘル。

 彼女の顔は、今までのものとはまるで違っていた。半分は己の、もう半分は妹のものだったそれは、今やそのどちらでもない、別人の顔となっていた。

 成熟しきっていない、しかし少女とも言えない、その中間のような小顔。マリアとはまた違った、触れれば汚れてしまいそうな、儚さを持つ少女、と言えばよいのか。何とも例えにしがたい表情が、そこにあった。


「それが、あの女の本当の顔だった、というわけか……本当にあの女の魂を食らったのだな」


 ゲオルの言葉に、ヘルは頷く。


「ええ。あのまま、あの女を生かしたまま、法の裁きに任せるわけにはいきませんでした。もしかすれば、どこかで誰かと身体を入れ替える可能性もありましたし。ならば、殺すのが一番手っ取り早かったのですが……それではわたくしの気が済みませんから。そして考えた結果、あの女の顔で生きていく、それこそが一番の復讐になるのではないか、という結論に至ったわけです」


 自分の本当の素顔を、誰かに使われる……美貌を自負していた悪女にとってこれ以上の屈辱はないだろう。故に魂を喰らい、その全てを奪った。それに、この方法ならば、実はあの悪女は生き延びていた……という間抜けな結果を防ぐこともできる。

 けれども、これもまた、ヘルが死ぬという選択肢を捨てたからこそのもの。そこについては、同じくヘルが決めたことだ。彼らのせいではない。


「ただ、困ったことがありまして……これから、何をすればいいのか、全く見当がつかないのです。そこで……」


 と、その言葉にゲオルは何やら嫌な予感がした。


「一つ、思いついたのですが……ゲオルさん達と一緒に旅をさせてもらえませんでしょうか?」

「断る」


 ヘルの提案を、ゲオルは即座に切り捨てた。


「何を馬鹿なことを……生きると決めたのは、貴様自身だろうがっ。何故それで我々と旅をするという結論に至る!?」

「ええ。ですから、ゲオルさん達と一緒に旅をしたい、というのもわたくしが決めたことですわ。今回の事件で、お二人には多大な迷惑をかけてしまいましたし、その恩返し、ということでここはどうか一つ手を打ってもらえれば」

「喧しい! 何が、恩返し、だ。貴様の言い訳にこちらを巻き込むな!! 大体、こっちには何の利点もないではないか!?」

「あら? これでもわたくし、腕には自信ありますわよ? それはゲオルさんもご存知のはず。それに、エレナさんは目が不自由です。いくらゲオルさんの道具が優秀とはいえ、女のわたくしの方が色々とお役に立てることは多いと思いますわよ?」


 その言葉に、ゲオルは迷いが生じる。

 確かに、ヘルは腕が立つ。それはゲオルも知っている。体術においては、ゲオルと同等か、それ以上……六体の怪物はともかく、並みの魔物なら、任せてもいいだろう。それに、エレナのこともある。魔道具を渡しているとはいえ、彼女が目が見えないことに変わりない。その点、女のヘルなら色々と補助してやることもできるだろう。

 だが、しかし、けれど……。

 などと逡巡した結果。


「……小娘」

「は、はい」

「貴様は……どう思う?」


 彼が出した結論は、他人に答えを求める、というものだった。

 ゲオルのその言葉に、エレナは少し考え、そして。


「私は、その……いいと思います。ゲオルさんが、その、嫌じゃなかったら、の話ですけど……それに」

「それに?」

「こんなことは不謹慎で、私が言う資格ないかもですけど……旅は、仲間が多い方が、楽しいですし」


 その言葉に。

 ゲオルは大きなため息を吐きながら、けれど仕方ないという意味を込めて、彼は言う。


「……だそうだ。女。あとは貴様の勝手にするがいい」

「そうですか。では……」


 と言いつつ、ヘルはスカートの裾を手に取り、頭を下げて、一礼する。


「ゲオルさん、そしてエレナさん。不束者ですが、どうかよろしくお願いしますわ」


 こうして、ゲオル達は、復讐を成し遂げた女と共に旅をすることになったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 復讐を果たしたのに、なぜか清々しくて…。 いいですね。
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