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三十二話 復讐の果てに③

 目が覚めた。その時点で、自分が生きているのだとカイニスは理解した。

 上半身を起こし、周りを見渡す。謁見の間である。天井やら壁やらには、多少ヒビが入っているようだが、どうやら、部屋そのものは壊れなかったようだ。 


「お目覚めになりましたか」


 覚醒したカイニスの隣には、兵士を連れた一人の男がいた。


「サシュトか……」


 そこにいたのは、最近、カイニスが目をかけていたサシュト伯爵だった。

 今日の謁見には何かしらの事情があって参加しなかったのだが、それが功を奏し、どうやらカイニスを助ける形となったらしい。


「被害状況は、どうなっている」

「城はほぼ全壊の状態です。ここが崩れていないのは、ほぼ奇跡に近いといっていいでしょう」

「そうか……サシュト。今回の事件は、国家反逆罪の出来事だ。国の威信に賭けて、犯人を捕まえろ」

「それには心配及びません。何故なら……今回の事件の首謀者は、ここに既に捕らえてありますから」


 その言葉に、カイニスは奇妙な違和感に襲われた。

 首謀者は既に捕らえてある。その言葉だったのなら、別段問題はない。だが、彼はここに既に捕らえているといった。しかし、見渡したところ、あの女はどこにもいない。それどころか、マリア……いいや、その身体を使っていた女の姿も見当たらなかった。


「サシュト、貴様、何を言って……」

「何をもなにも、そのままですよ。皇帝陛下。いいえ、元皇帝陛下と呼んだ方が正しいでしょうか。あなたが、皇后様と一緒になり、剣狼騎士団を使って、帝都を恐怖で支配しようとしていたことは分かっています。さらに今回、帝国全土を巻き込んだ魔術を行使したことも。しかし、それはどうやら失敗したようですが」

「い、意味が分からん。貴様は、本当に何を言っているのだ……?」

「言い訳は無用です。自分が犯した過ちを認めないとは、元とはいえ、皇帝の座についていた方として、あまりにも見苦しい限りですよ」


 彼が口を開けば開くほど、分からなくなっていく。

 魔術の行使、という点もそうだが、元皇帝などという言葉は、カイニスにとって聞き捨てならなかった。


「どういうことだ。元皇帝とは……」

「そのままの意味です。あなたは、既にこの国皇帝ではないのですよ」


 言うと、サシュトは懐から何枚かの書状を取り出した。


「ここには、帝国全土領主、そのほとんどからの書状があります。内容は、貴方を皇帝から退位させて欲しい、というものです」

「なん、だと……?」

「貴方は帝都の発展のみに着手し、それ以外のことを怠ってきた。他の地域の人々が困っていたというのに、あなたは一切聞き入れなかった。飢餓に困り、農作物は育たず、魔物の襲来に際し、貴方は兵を送るどころか、知らぬ存ぜぬを突き通してきた……その精算をするときが、ようやく来たというわけです」


 確かに、そのとおりだ。カイニスは帝都を発展させることを強く押していた。それは、帝都こそが帝国の中心であり、帝国そのものであると考えたため。実際の話、それによって帝国の帝都は他の国々よりも煌びやかで進んでいると言われるようになった。

 しかし、彼はその裏で、他の領土の事を軽視していた。

 その領土のことは、そこの領主が何とかする……その考えの結果が今、返ってきたらしい。


「まて……待て!! そんな書状一つで、私を皇帝の座から引きずり下ろせるとでも思っているのか? ふざけるな!! そんな紙切れ如きで、皇帝の有無を決めるなど、言語道断だ!!」

「ええ。本来なら、そうなのでしょう。しかし、貴方は国に対して、大罪を犯した。それは失敗に終わったようですが、しかし実行したことには変わりません。皇后様……いいえ、その身体を使っていた魔女は、既に死亡を確認しました。しかし問題はないでしょう。残る貴方と、この場にいた貴族達を捕らえればいいだけの話なのですから」

「だから、貴様は先程から何を言っている!? 大罪だと!? 魔術の施行だと? そんなものをした覚えはない!!」

「覚えはない、と申されても、この現状が何よりの証拠です。調べによれば、魔術を使用した痕跡があるとのことです。状況から考えて、貴方がたが魔術を行使し、それに失敗したがために城がこのような形になってしまった、そして貴方がたは万が一に失敗した時、自分達が助かるようにここだけは頑丈に守っていた。だから死んでいない。そうとしか思えません」


 確かに、現状だけを見るのなら、そうなのかもしれない。

 城のほとんどが崩れたというのに、ここだけ崩壊していないのは、奇妙であり、おかしい。故に、元々ここは破壊されないようにしてあったと考えるのは自然な話。

 けれども、それが魔術の行使だの、大罪だのと、謂れもないことをしでかしたと言われれば、カイニスは黙っていられない。


「馬鹿馬鹿しい!! それのどこか証拠だ!! そもそも、王宮を破壊したのは我々ではなく、妙な女の仕業だ!! そいつは全ての元凶なのだ!!」

「しかしながら、その者は一体どこへ行ったのですか?」


 叫ぶカイニスに対し、サシュトは冷静な言葉で返していく。


「ええ、確かに。城内に侵入した喪服の女性がいたのは確かです。しかし、彼女は貴方がたを止めるために自らの命をも危険に晒して、城に入ったと衛兵から聞きました。実際、彼女に抵抗した衛兵達は誰一人として死んではおらず、城の外に避難させられていました。恐らく、魔術を止められなかった彼女は、衛兵達を守るために外へと連れ出したのでしょう。本来ならば、礼を言うべきでしょうが、しかし当の本人がいないのであれば、それも叶いませんが」


 それに、とサシュトは間をあけながら、続けていく。


「証拠証拠といいますが、それもこれから調べれば色々と出てくると思いますよ? 加えて、状況証拠のみでも、大罪人を捕まることは、前例があるじゃないですか。そう……五年前のクラウディア様の事件のように」


 刹那、サシュトの視線が冷たいものとなる。

 それは憎悪と殺意に満ちた何かがそこにあったのだった。


「き、さま……」

「ああ、それからこれからのことですが、心配は無用です。今後は、新たな体制を作り、政治を行っていきます。そこには皇帝という座はもうありません。一人を頂点に置くのではなく、代表者が集まり、事を決めていく。そんな政治を執り行っていきますなので、安心してください」

「そ、そんな事、他の貴族達が黙って……」

「ええ。黙っていない貴族達もいるでしょう。ただ、大半の者からは既に了承を得てます。先程の書状には、その旨の返答も書かれてありますので」


 有り得ない。カイニスはあまりにも強引な、けれども手際の良すぎるサシュトの策略に納得がいかなかった。

 こんなこと、可能なわけがない。できたとしても、短い期間でなど不可能だ。

 ならば、いつから。

 いつから、彼はこんなことを企んでいた?


「この時を、私は五年待ちました」


 五年。その年数でカイニスが思い当たるのは、一つのことしかなかった。


「五年前、私は力がなかった。だから尊敬する『彼女』を守ることができなかった。けれど、貴方にはできたはずだ。皇子としての地位、そして力。それさえあれば、きっと彼女を助けることだってできたはずだ。なのに、貴方は彼女を助けるどころか、守ることすらせず、ただ見捨てた。それが、私には許せなかった」


 サシュトは今回の事件の顛末を『協力者』から既に聞かされていた。

 カイニスは、今回の事件、そして五年前の事件ではただ使われていただけに過ぎない。

 しかし、ならば彼は一切何も悪くなく、故に罪はないと言えるのだろうか?

 答えは否、否である。

 確かに、使われていた、利用されていたという点においては、一部同情できることもあるかもしれない。しかし、それでも彼の行いは、あまりにも杜撰であり、考えなしだったと言わざるを得ない。

 あの悪女の能力は、あくまで魅了であり、洗脳でも催眠でもない。故に、彼がいくらかクラウディアの事を思っていれば、彼女を追放に見せかけて、殺そうとすることはなかった。その点については、ゼオンが証明している。彼は、真相にたどり着くことはなかったが、何かがおかしいと思い、結果クラウディアを逃がしたのだ。そして、カイニスはそれをしなかった。これが何よりの結果だ。

 加えて、彼は自分が大切だと思っている人物の中身が入れ替わっていることにすら、気づくことは無かった。その程度の愛であり、そして何より、彼が中身を見ていない証拠でもある。

 自分は知らなかった? 利用されていただけ?

 馬鹿か、阿呆か、どこまでも愚か者か。

 無知とは時に、どんな事よりも大罪になることを、彼は思いもしなかったのだろう。

 彼が少しでもクラウディアの事を想っていれば、恋人ではなくとも、許嫁として、大切な友人くらいにさえ思っていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。

 彼が本当にマリアの事を愛していれば、身体を取り替えられ、別人となった彼女に気づいてさえいれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。

 いいや、そもそも、傀儡としてでも、彼が帝都だけではなく、帝国全域を見据えた政治を行ってさえいれば、こんなことにはならかったのかもしれない。

 しかし、遅い。もう遅い。


「さようなら。この国最後の皇帝陛下。貴方に相応しい地獄へと送って差し上げますよ」


 冷徹に、冷酷に、サシュトは言い放ったのだった。

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