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三十話 復讐の果てに①

 少し、時間を巻き戻す。

 そこは、宿屋『オーミー』のゲオルの部屋。

 剣狼達の目を盗み、『オーミー』の女主人等の手を借りながら、戻ってきたゲオルとヘルは、何とか無事にエレナと合流することができた。


「―――以上が、わたくしからの説明ですわ。何か、質問がある方はいらっしゃりますでしょうか?」


 素顔を晒したヘルから、事の真相、そして彼女がやろうとしていることを聞いたゲオルは、表情を変えず、無言のままだった。

 五年前の事件、クラウディアやマリアのこと、そして彼女達の生みの親である女……それらを踏まえて、彼女がやろうとしていることについて、ゲオルは何もいう事がない……いいや、言えない、というべきか。

 その女……ここでは敢えて、エレノアを称しよう。その彼女がやっていることは、ゲオルとやっていることと何も変わらない。何せ、ゲオルも人の身体を喰らい、姿形を己のモノとして生きながらえているのだ。過程や経緯、理由が違うとしても、ゲオルにはエレノアを責める資格はないし、ヘルにしては尚更だ。

 だから、クラウディアやマリアの魂を食べた礼に復讐を代行する……そんな嘘(・・・・)を口にする彼女に、ゲオルは何も言わなかった。

 故に。


「あの……ヘルさんは、それでいいんですか?」


 ここで、口を開いたのはゲオルではなくエレナだった。

 エレナの言葉に、ヘルは大きく頷き、肯定の言葉を述べる。


「無論ですわ。わたくしは、そのためにここまできたのですから……もしや、エレナさんは、こう仰いたいので? ただ、魂を食べたからといって、復讐を代行するのは、おかしい、と」


 ヘルの予想は正しかった。その証拠にエレナはヘルの方を向きながら、言葉を返す。


「……失礼な話だとは分かってます。私なんかが口を挟む道理もないのも分かってます。それでも、言わせてください……ヘルさんは、それでいいんですか? だって、今の話が本当で、もしも全部成功したとしても……ヘルさんは、死ぬんですよ?」


 ヘルの実力や作戦を疑っているわけではない。ゲオルの魔術の知識や能力を心配しているわけでもない。

 ただ、全て事が運んだとしても、その先に待っている結果が、あまりにも残酷すぎるのだ。

 代行の復讐を果たしたとしても、訪れるのは己の死。それを承知の上で、彼女がこの作戦に臨んでいることも理解している。そして、それに対し、自分は言っていることが余計なことであることも。

 けれども、けれども、だ。

 それはあまりにも悲しすぎる結末ではないか。


「……ええ確かに。その疑念は普通なら当然のものでしょう。しかし、わたくしにとっては重要なことなのです。わたくしにとって、魂を喰らうことは、その人の人生を引き継ぐようなもの。記憶を垣間見ることもあれば、その時に感じた感情も共有できる……だから、分かるのですよ。彼女達の悲痛な叫びが。どうしようもない憤怒が。そして……それを晴らしたい、と思ってしまう。わたくしは、そういう生き物なのです」


 そして、と言いながら、彼女は続ける。


「わたくしがやろうとしていることは、国を相手取った犯罪ですわ。皇帝を殺し、皇后を殺し、貴族達を殺す……その上、国の象徴たる城までも破壊すれば、これはもう個人の復讐の範囲を超えている。それだけのことをやって、自分は生きながらえる、などというのは、あまりにも自分勝手すぎるではありませんか」


 確かに、原因は連中にあるのだろう。そして、クラウディアとマリアには、そんな連中に報復する権利がある。そして、それを任されたのが、ヘルだ。

 しかし、復讐は復讐。その行為は人間社会には認められることではなく、そして彼女がしようとしていることは、そんな復讐の中でも最も過激で苛烈な方法。

 関係のない人間を全て場外で出せたとしても、彼らを傷つけることには変わりない。いいや、そもそもどんなクズであったとしても、国の中心人物達を皆殺しにするのだ。それだけでも、この国に生きる人々に多大なる迷惑をかけるのは明白だ。

 その上で生き続けるつもりはない、と。

 ヘルはそう断言していた。


「今回の作戦、ゲオルさんにも協力してもらう形になりますが、あなた方には迷惑が及ばないよう『あの方』には伝えておきますわ。城を破壊したのは、全て狂った女の仕業……そう世間に公表されるはずです。お二人がこの件に関わっていることは、誰も知ることはありませんわ」


 だから安心して欲しい、と。心配する必要はない、と。

 死を覚悟した女は、盲目の少女と仏頂面の青年に対し、笑って告げるのだった。


 *


 そして、時は元に戻る。


「……ふふ。本当に、優しい方々でしたわね」


 一日前の出来事を思い出しながら、ヘルは微笑んだ。

 彼女の前にはうめき声を上げ、血を吐きながら、その場に倒れる人々の光景があった。全員どこかしらの骨が折れており、まともに歩ける状態ではない。痛い、苦しい、助けて……そんな言葉をそれぞれに口にしていた。

 しかし、驚くべきことに、誰一人として死んでいなかった。

 それは何度も言うように、温情などというものではない。ただ、苦しさを感じながら、最期の瞬間まで恐怖を与えるため。それだけだった。

 もしも、ヘルがここから去ったとしても、彼らは誰一人として、逃げることはできない。それだけの負傷を確実に全員に与えたのだ。

 よって、ヘルが彼らを逃がさない、という名目は無くなった。

 けれど、それでも彼女はこの場から離れるつもりは毛頭なかった。


「それにしても、妙な巡り合わせもあったものですわ」


 ゲオルとエレナ。二人は、ヘルにとっては全くの予想外の出会いだった。

 馬車での出会い、そして同じ宿に泊まったこと、挙句はゲオルとは剣狼騎士団に殴り込みに行ったり、エレナとは夜に女子会を開いたり等……今までの人生の中でも、相当おかしな縁であるとヘルは自覚していた。

 しかし、それは彼女に幸運だったのだろう。

 ゲオルがいたからこそ、想像以上に事を運ぶことができた。エレナに関しては、こちらを心配してくれた。それについては、感謝の言葉しか出てこない。

 故に。


「けれど……いいえ、だからこそ、心苦しかったですわね。あのような方々にも、最期の最後まで、嘘を付き続けたことは」


 ヘルには色々と秘密があった。

 クラウディアのこと、マリアのこと、顔のこと、ヴェールや服のこと、そして復讐のこと……そういったものは、全て話すことができた。

 けれども、最後の秘密だけはどうしても言えなかった。

 当然である。

 何せ―――


「その嘘というのは、自分の本当の正体について、ということか?」


 ふと、ヘルの後ろから声がする。

 自分の聞き知った声に、ヘルは驚きながらも振り向いた。

 そして、そこにいたのは。


「ゲオル、さん……?」


 やはり、というべきか。

 今回の協力者であり、迷惑をかけたであろうゲオルが、難しい顔を晒しながらそこに立っていた。


「何をそんな驚いている。そんなにワレがここにいることがおかしいか」

「ええ。かなりおかしいかと」

「……まぁその点については、否定せん。ワレ自身、自分がここにいることが、正直信じられんからな。思いつきの行動とは、恐ろしいものだ」

「思いつきって……いいえ、そんなことを言ってる場合ではありませんわ。早く逃げませんと、ゲオルさんも死んでしまいますわよ……!?」

「喚くな。それくらいの計算はできている。流石のワレも、貴様と心中するつもりはないからな……逃げる時間くらいは用意してある」


 つまり、まだ大丈夫だと、そういうことか。

 ならば安心……などというつもりはない。というか、できない。今もこうしている間に爆発は続いているのだ。安堵できるわけがなかった。

 自分も相当アレな部類だが、ゲオルはその上をさらにいく者だと、ヘルはここでもう一度理解した。


「……はぁ。分かりましたわ。それで? その思いつきとやらは、一体何なのでしょうか」

「何。そんな難しいことではない。『自分』の復讐を果たした感想を聞きにきただけだ」


 その言葉に、ヘルは思わず、言葉を詰まらせた。

 それ幸いと思いながら、ゲオルは続ける。


「あのヴェールが邪魔で分からなかったが、貴様の素顔を見た時、身体と中身が一致していないことに気がついた。そして、そこに転がっている皇后を見た時にも同じような感覚に襲われた。そして、理解した。貴様もまた、身体と魂が別々のものだとな」

「……、」

「加えて貴様の動機は矛盾すぎる。いくら魂を食べ、礼を尽くさなければならんと言っても、ここまでする必要などない」


 などと、ジグルの件があるゲオルが一番そんな口が言えた義理ではないと分かっているのだが、しかし、それでも彼女の場合はあまりにも無謀すぎる。

 相手は国そのものといってもいい。そして、自らの命を彼女は賭け金としていた。エレナも感じていたが、普通はそこまでしないし、故に疑念を感じた。

 しかし、これにある仮定を入れると納得できるようになる。


「これが、自分の復讐となれば、話は別だ。そして、それなら全て理解できる。貴様が復讐しようとする理由も、己の全てを賭けて成そうとするのも、そしてその全ての責任を負おうとするのも」


 そう。それならば、おおよその矛盾は無くなる。

 誰かの復讐ではなく、自らの復讐ならば、彼女が必死になって、そして死を覚悟してまで臨むのも頷ける。

 今回、それが当てはまる者と言えば、二人しかいない。

 そして。


「そうだろう? ―――元公爵令嬢、クラウディア・フロウレンス」


 ゲオルは、目の前にいる女の、本当の名前を口にしたのだった。

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