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二十六話 報復の時①

「この国を、壊しに来ただと……? ふん。身の程知らずが。リストン」

「はっ! お前ら、そこの女をたたっ斬れ!!」


 リストンが言うと、謁見の間で待機していた剣狼達がヘルの前に立ちはだかる。

 その数およそ二十人。流石に城内だからか、弓矢を所持している者はいなかったため、全員、剣を抜き、構えた。

 そうして、一斉に取り押さえようと襲いかかる。

 しかし。


「がはっ!?」

「ごっ!?」

「う……がぁッ!?」


 一人ひとり、ヘルによってなぎ倒されていく。たった一人の女に、か細い腕と足の女に、けれども剣狼達は何もできない。

 腕を折られ、足を砕かれ、身体を一回転されながら、地面に叩きつけられる。

 ヘルはその場から全く動いてない。ただ、やってくる相手の攻撃を上半身だけで避け、流し、そしてその勢いを使って倍の痛みを与える。その姿はある種、踊っているようだった。演舞でも見ているかのような、流麗とした形だった。

 しかし、その実、剣狼達が受ける痛みは尋常ではなかった。

 骨は折れ、肺が破れ、顔面が崩壊している……いつぞやのゴリョー達を相手にした時とは、全く違う。手加減一切なしの攻撃に、剣狼達は、成すすべもなく、その場に血を吐きながら、あるいは流しながら次々と倒れていった。

 そうして、あっという間に、剣狼の山が出来上がった。


「……と、こんな具合に、ご自慢の剣狼は全員倒されましたが、どういたします?」


 その光景に、リストンは目を見開いたかと思うと、下唇を噛み締める。

 一方のカイニスもまた、怒りを顕にしながら、声を荒げて言う。


「くっ……!! 衛兵! 衛兵は何をやっている!! 今すぐこの愚か者を捕らえよ!!」

「ああ、呼んでも無駄ですわよ。ここに来るまでに、城内にいるわたくしに敵対する衛兵の方々は、動けなくしてきましたので」

「動けなく、だと……? 何を戯けたことを……」

「あら? 信じられないのでしたら、どうぞお呼び続けてくださいまし」


 その態度に、カイニスはさらに怒りを増すが、しかしそこで気づく。

 王宮の、しかも謁見の間にまで侵入者が来ているというのに、衛兵が誰一人として駆けつけようとしない。これはおかしい。例え、王宮の遠い場所にいたとしても、異変に気づき、早急に駆けつけるはずだ。そういう訓練をさせてきた。

 だというのに、今はご覧の通り。

 それはつまり、ヘルの言葉が真実であるという証拠でもあった。


「……貴様、一体何者だ。目的は何だ」

「これはおかしなことを。言ったではありませんか。わたくしはヘル。この国をぶっ壊しにきたのだ、と」

「それはつまり、私の命を取りにきた、とでも言うつもりか?」

「あら、察しがよろしいですわね。ええ、そうです。ああ、とは言っても陛下だけではありませんので、ご安心してくださいまし。ここにいる全員、地獄の底に落としてあげますから」


 その言葉に、貴族達は怯えた声を上げる。

 彼らは、結局のところ、金と欲にまみれた存在。剣狼が倒れ、衛兵が来ない今になっては、自分達を守る存在が誰もいなくなった。そして、それはカイニスも同じだ。

 しかし、だ。ここにはまだ、戦える人間がたった一人だけだが、いたのだった。


「そういうわけで、早速始めましょう……と言いたいところですが、どうやらまだ戦える人がいるようですが、あなたは戦わないのですか? 剣狼騎士団団長さん」


 呼ばれたリストンは、一歩後ろへと下がった。

 それは、間合いを取ったとか、相手の行動を読むためとかではない。

 ただ、目の前の女が恐ろしいから後ろに下がっただけなのだ。


「……どうして、貴様が生きている」

「おかしなことを聞くのですね。ああ、もしや部下の方にこんなことを言われたのですか? 団長を含め、厄介者達は、全員ちゃんと殺せた、と」


 その言葉に、どよめきが走る。

 それぞれの言葉は違うものの、しかし内容は全て同じものだった。

 即ち、やはりそうだったのか、と。


「ちゃんとした報告もできない部下を持つと大変ですわね。まぁ……ゼオン団長からしてみれば、あなたはその部下以下の使えない犬でしたが」

「てめぇ……!!」

「あらあら、皇帝陛下の前だというのに、随分荒げた口調ですわね。真芯を突かれて、本性が現れましたか?」


 動揺するリストン。余計なことを口にする前に、今すぐにでもその首を切り落としたいが、本能がそれを引き止めている。

 あれはダメだ。自分ではどうしようもない、と。

 今までこんなことは一度もなかった。力でねじ伏せれば、なんとでもなってきた。

 だというのに、その力を発揮できずにいた。


「今のは、どういう意味だ。リストン、貴様……!?」

「戯言です、陛下。ご安心ください。今から私が、あの狼藉者を成敗してさしあげます」


 恐怖を押さえつけ、リストンは自らの剣を抜いた。

 その姿に、ヘルは首を左右に振る。


「相変わらずできもしないことを口するとは。ですが、いいでしょう。もしもあなたが、わたくしを倒せたときは、殺すなりなんなり、好きにしてくださいまし……まぁそんなことは、不可能でしょうけど」

「黙れ、女狐っ!!」


 言いながら、リストンは本能に逆らいながら、特攻していく。

 鋭い刃が、ヘルの白肌を捉え、そのまま振り下ろす。その速さは尋常ではなく、先程襲いかかってきた連中とは全く違う代物だった。

 ヘルはそんなリストンの攻撃を次々とかわしていく。

 確かに、剣筋は良い。普通の人とは違う。副団長、と言われただけのことはある、ということか。

 しかし、結局はその程度でしかないことは変わらないが。


「そらそら、どうした!! 避けてばかりじゃ何も変わらないぞ!!」


 剣による連続攻撃。一見、それはリストンが優位に立っているようにも見えた。何せ、攻めているのだ。本人も自分が優勢であると思っていた。

 しかし、違う。

 よく見れば、リストンの攻撃は、一つも当たっていない。いや、当たっていないどころか、掠りもしていないのだ。ヘルはリストンの攻撃をギリギリのところで避けているのにも関わらず、だ。

 よって、削られるのは、リストンの体力のみ。

 彼は渾身の一擊を連続的に放った。それ故に、消耗は激しく、半々刻もしない内に、剣を杖としてその場で呼吸を整えていた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

「あら? どうしました? もしや、息が切れたと? まさかまさか。そんなはずはありませんわよね? 騎士団の団長になろうとしている方が、敵に切り傷一つもつけられないまま、ただ踊らされているなんて、そんなこと、ありえませんわよね?」

「て、めぇ……!?」


 吠えるリストンに、ヘルはスカートを少しだけたくし上げ、そして一礼しながら挑発を続ける。


「わたくしを斬るのでしょう? 成敗するのでしょう? でしたら、ほら。ここですわよ? さぁ、もう一度お試しくださいまし。もしかすれば、今度は掠り傷は与えられるかもしれませんわよ?」

「―――殺す!!」


 リストンは、剣先をヘルに向け、そして突っ込む。

 瞬時に間合いを詰め、勢いよく、そのまま彼女の顔面めがけて付きを放った。

 しかし、それもまたヘルの予想の範疇内。

 彼女は、ひらりとそれを避けると、人差し指をリストンの左目の前に突き出した。

 今、リストンは、自分から勢いよく突っ込んできた。それは、暴れる馬車が突撃してきたようなもの。故に、勢いは強く、そして途中で止められるものではない。

 結果。


「が、ぁ、あああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」


 まるで卵の黄身が潰れたかのような音とともに、リストンが絶叫を上げる。

 その、あまりにも凄惨な光景に、貴族達は勿論、カイニスさえ、口に手を当てる始末。

 けれども、ヘルは一向に態度を変えることはなかった。


「め、目が、俺の、俺の目がぁ!?」

「あらあら。これはまた、おかしな偶然もあったものですね。最初にあなたに会った時、片目をよこせ、などと口にしましたが、こういう形で実現するとは」

「てめぇ、てめぇ、てめぇ、てめぇ!!」

「そして、痛みのあまり、語彙力も少なくなってしまったようで。お可哀想に……ですが、一切の同情はいたしませんけど」


 片目を押さえ、その場に崩れているリストン。今の彼は、隙だらけ。蹴るなり殴りなり、どんな攻撃でも加えることができるだろう。

 しかし、ヘルは何もしない。

 ただ、彼の前に立ち、口を開くのみだった。


「しかし、そんなに慌てることではありませんわ。潰れたとは言っても、片目のみ。まだ、右目があるではありませんか。ならば、まだ戦えるはずですわ。まだ剣を持てるはずですわ。ならば、戦わないと」


 だってそうでしょう?


「あなたは剣狼騎士団の団長。この国の治安を守るのでしょう? そして、今、あなたの前には国を壊そうとする女がいる。皇帝陛下や貴族達を殺そうとしている不届き者がいる。それを倒すのが、あなたの役目。あなたの役割。それを果たす責務があるはずです」

「そ、そんなものは……!?」

「ない、と? いいえいいえ。あります。ありますとも。何故なら、あなたは今まで散々、多くの人をその手にかけてきた。力でねじ伏せてきた。自分の幼馴染である人までも殺そうとした。自分達の、いいえ、自分の傍若無人は絶対的なもので、許されるもので、他人はダメだが、自分は何をしてもいいと、そうやってきたのでしょう? ならば、それだけの自分勝手をしてきたのなら、自分の務めを果たさなければいけませんわ」


 それが、上に立つ者の役割であると。

 傍若無人。自己中心的な振る舞い。それが己が目指してきたものならば、それを貫き通せと。

 そんなヘルの言葉を、しかしリストンは否定する。


「知るか……知るか、そんなこと!! 俺は、ただ、騎士団を強くしたかっただけだ!! 俺達のような人間でも、上にいけると知らしめたかっただけで……!!」

「そして、あなた方は上へと上がってこられた。良かったじゃないですか。そして、ならば一層、放り出すわけにはいけませんね。人の上に立つということは、つまり責任を負うということなのですから」


 故に。


「だからさぁ、いつものように、以前のように、力でねじ伏せてみればいい。自分勝手な傲慢を振りかざせばいい。ここにいるのは、たった一人の女。あなたが傷つけてきた人達からみれば、なんとも華奢な存在。さぁ、ほら。もう一度かかってきなさい。もしかしたら、次こそは勝てるかもしれませんわよ?」


 だから、立て。

 だから、戦え。

 だから、務めを果たせ。

 そして、その上で死ね。

 ヘルの言葉は既に命令そのものだった。

 そして、今のリストンは、その命令に逆らえる状態になかった。


「あ、ぁ、がぁああああああああああああっ!!」


 そうして、リストンは狂乱状態で、剣を持ち、もう一度立ち向かう。

 ここから先は、敢えて割愛させてもらう。

 ただ、一つ言えることがあるとするのなら、ヘルは一切傷つくことなく、リストンを完膚無きまでに身体も心もへし折っていったのだった。

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