二十五話 反撃の兆し③
帝都周辺を荒らしていた怪物が倒されたことは、一日にして、帝都中に知れ渡った。
怪物を倒したのは剣狼騎士団だということも。
被害は甚大で、討伐に参加した者がほとんど死んだことも。
そして、その中に剣狼騎士団団長のゼオンが含まれていることも。
全て、帝都中に噂が流れ、皆が知ることとなった。
確かに、怪物が倒されたことに安堵する者もいた。何せ、周辺の森や山などの落雷で死んだ者も多くおり、また帝都の流通を邪魔されていたりもしたのだ。それがいなくなったことは、素直に良かったと言えるだろう。
だが、同時に別の不安の種……いいや、大樹が現れた。
「聞いた? 剣狼の団長さん、亡くなったんですって」
「ええ。何でも怪物と相討ちになったとか……何だかんだで、話が分かる人だったから、悲しいわね」
「同感。ん? でも待てよ。それじゃあ、騎士団の団長は、どうなるんだよ。まさか……」
「そのまさかだよ。あの副団長が、団長に昇格するんだと。今日、その勅令をもらうために、王宮に行ってるんだとよ」
「おいおい、まじかよ……」
副団長のリストンが団長になる。これは、帝都に住む人間として、無視できないことだった。
今まで、剣狼騎士団は多くの問題を起こしてきた。犯罪者を捕まえるためといって、金を毟り、人を脅し、剣を振るってきた。確かに、強引なやり口でしか解決できないこともある。それは分かる。だが、連中の場合、それが度を過ぎているのだ。いいや、過ぎている、などでは片付けられない。奴らの所業こそ、犯罪であると思っている者達は一人二人ではない。
その最たる原因が、リストンだった。
あの傲慢且つ、全てを力でねじ伏せようとするやり方が、元凶なのだ。それでも筋が通っていれば、まだマシだったかもしれないが、彼の場合は筋もへったくれもない。騎士団の面子を何よりも気にする男であり、それを下げるようなら女であろうが子供だろうが関係なく切り捨てられる。
その彼の上にいたゼオンがいなくなった。
今までも、リストンの暴走をゼオンは止めきれてはいなかった。しかし、それでも彼が最後の砦であったのは事実だ。
最早、騎士団の中にリストンを止められるものはおらず、彼の天下であるのは明白。
そして、今回の怪物討伐の実績によって、騎士団の力は益々強くなるだろう。
「帝都は一体、どうなっちまうんだ……」
その言葉は、帝都の人々の心を代表したかのような一言であった。
*
王宮内の謁見の間。
そこでは、多くの貴族達が集められ、列を成していた。今日、ここに集まっている理由は他でもない。帝都周辺を騒がせていた怪物を剣狼騎士団が退治したことについてだ。
密集している貴族たちは、各々、今回の件についてはひそひそと話あっていた。
「剣狼共が、あの怪物を倒したというのは、本当なのか」
「ええ。事実、森には怪物の死骸が転がっているとか」
「ただの人斬り集団の連中が、どうしてそんな芸当ができるのだ?」
「さぁ。噂では、通りすがりの魔術師の力を借りたとか。ただ、副団長であるリストンはそれを全面的に否定し、自分達が全てを取り仕切ったと言っているようですが」
「はんっ。そんな能力、彼奴らにあるわけがなかろうに。大方、自分の手柄にしたいがために、消したのだろう。団長と同じようにな」
「では、やはりあの噂は本当で?」
「恐らくは……しかし、証拠がない故に誰もそれを咎められずにいるというわけだ。クラウディア公爵令嬢の時と同じようにな」
貴族達の言葉は、大半が剣狼騎士団、特にリストンへの批判だった。剣狼騎士団は、既に帝都の街の人々だけではなく、貴族達からも疎まれ、挙句がこの有様だ。以前は、ゼオンがいたためまだよかったものの、リストンが団長となると、話はまた別。彼らも騎士団の有り様はよくよく知っている。無論、リストンの所業の数々も。
だが今回、怪物退治という勅命を見事果たした、いや、果たしてしまった。それにリストンが関わっているかどうかは関係なく、剣狼騎士団が成功を収めたという事実が、リストンを守っている。
そして何より、証拠がない。クラウディアの時もそうだし、今回の時もそう。リストンが裏で糸を引いていたとか、悪事を働いていたとか、そういった証拠を提示できない。
だから、彼らは何もしない。
だから、誰も何もできない。
その事実が、どんなに歪であっても、どんなにおかしくても、まるで、誰かの都合の良いように事が進められていても、その事実を気づけない彼らは、何もできない。
故に、リストンは何もしない。
負け犬共の声を聞き、心の中であざけ笑いながら、玉座に座る皇帝に頭をたれていた。
「面をあげよ」
「はっ」
言われて、リストンは顔を上げる。
彼の視線の先にいるのは、現皇帝・カイニスと皇后であるマリアの二人。
カイニスは肘をつきながら、リストンに対し、続けて言う。
「今回の討伐、見事だった。あの怪物は、帝都周辺において、大きな被害を出していた。人身は無論、奴がいるせいで、流通経路もだいぶやられたからな。おかげで帝都の損失は、かなりのものだった。それを討ち果たしたこと、帝都の民、そしてここにいる者達を代表して、礼を言うぞ」
「滅相もない。我々は、職務を全うしたまでです」
ぬけぬけとどの口がいうか……貴族達の心中は、そんな言葉で一杯だった。そもそも、今回の討伐にリストンは参加していない。そんな彼が、王宮に呼ばれること自体がおかしな話である。
だが、現実とは非情なものである。
「しかし、災難だったな。まさか、討伐に向かった者達のほとんどが、死亡。その中にあのゼオンも含まれているとは……残念でならない。あれは、私、ひいては帝国によく仕えてくれた。礼をいくつ述べても、足りないくらいだ」
「そのお言葉だけで、団長も喜んでいることでしょう」
淡々と、リストンは言葉を告げる。
罪悪感を隠しているのか、それともただ単にそんなものはないのか。いずれにしても、今この場で余計なことをできないため、彼の表情には何も浮かばず、ただ淡々と言葉を口にするのみだった。
その理由はたった一つ。
「そうか……それで、だ。今後の剣狼騎士団についてなのだが、新たな騎士団長として、私はお前を任命したいと思う。マリアはどう思う?」
「はい。それがよろしいかと。今の騎士団をまとめあげられるのは、リストン様しかいないと思います。ゼオン団長のことは、悲しいことですが、いつまでもそれを引きずっている場合ではありません。帝都は未だ、不安に満ちています。それを正せる人は、彼以外にはいないかと」
「うむ。私も同意見だ。そういうわけで、リストン。この勅命を受けてくれるか?」
来た。思わず、そんな言葉を心の中で叫ぶ。
リストンは、今までゼオンを団長として、ここまでやってきた。
貴族でもない自分達が、騎士となり、街の治安を守るようになった。そこで、彼は手柄をあげようと必死になった。当然だ。自分たちは、所詮ゴロツキ集団。手柄を上げる以外に、力を示す方法はなかった。そのために、様々なものを犠牲にしてきた。そして、それは全て仕方のないことだった……そう彼は信じている。
そして、それはゼオンのことも同じであった。
(あんたには感謝しているし、今でもその気持ちは変わらない……けど、だからこそ、許せねぇんだよ。勝手に騎士団を解散させようとしたあんたがな)
折角ここまできたというのに、折角ここまで手柄をあげたというのに。
ゼオンはそれを全て台無しにしようとしていた。だから、止めたのだ。
故に、仕方がなかった。故に、自分は間違っていない。
これが正しいのだと、リストンは本気で思っているのだ。
(あんたはこうして王宮に呼ばれた時に、解散を告げようとしたが、これでそれもおじゃんだ。手柄を上げた俺達に、文句を言う奴は誰もいない。あんたの死をうまく使わせてもらう)
感謝している。尊敬している。そんなことを思いながらも、彼は一切、自責の念を抱いていない。
これがリストンという男なのだ。
自分の思い通りにならないものは、例え幼馴染でも、恩人でも切り捨てる。その罪悪感など微塵も感じず、先へと進む。そんな男が街を守る騎士団の団長になれば、帝都は今よりさらに悪化するだろう。それは、誰の目から見ても明らかだ。
けれど、ここには彼を止める者は誰もいない。
けれど、ここには彼を咎める者は誰もいない。
このおかしな状況下で、しかし誰も口を挟まない。
故に、悪漢は再び頭を下げ、そして口を開く。
「その勅命、謹んでお受け―――」
「あらあら。それはいけませんわ。流石にその勅命、看過できないでしょう。だってそうでしょう? 駄犬が街の治安を守るなど、笑い話にもなりませんもの」
どこからともなく聞こえてきたのは女の声。唐突な出来事に、一同はざわめく。
と、次の瞬間、謁見の間にある大きな扉が、ゆっくりと開かれる。
今は謁見中。本来ならば、誰も入ることは許されず、故に扉が開くことも有り得ない。それが、ここにいる全員の考えだろう。
そうして。
完全に開ききった扉の向こうにいたのは、一人の女だった。
その姿は露出のある喪服であり、全員が黒一色。顔もヴェールで隠れており、表情を見ることは誰にも叶わない。
恐らく、ここにいる者達は、色々な事を思っただろう。
衛兵はどうした、どこから入ってきた、目的は何だ……そういった疑問を抱いただろう。そして、それは当然ではあるが、しかし最も重要なことがあった。
「……貴様、何者だ?」
カイニスの疑念の言葉に、喪服の女―――ヘルはスカートを少しつまみ上げ、頭を下げながら告げる。
「ご機嫌麗しゅう、皇帝陛下。わたくしはヘル。少々この国をぶっ壊しにきた、ただの通りすがりですわ」
言葉とは裏腹な宣戦布告をするヘル。
さぁ剣狼よ、そしてそこでふんぞり返っている怨敵よ、覚悟しろ。
ここからは、死神による復讐劇の幕開けだ。




