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二十四話 反撃の兆し②

 ここで一つ、説明をしておこう。

 ゲオルが言っていた、今のエレナは誰にも捕まえられん、という言葉。あれは嘘偽りでも、見栄でもなく、真実だった。

 ゲオルは彼女に魔術の杖を渡した。しかし、それだけで安心できる程、今の帝都は安全ではない。むしろ、ゲオルがいない間に、剣狼騎士団が何かしでかしてくる可能性は大いに有り得た。

 現に、彼らは団長であるゼオンを裏切った。そこから考えられるのは、団長が推薦してきた者達の排除。それは、エレナも例外ではない。

 しかし、だ。彼らにエレナを捕まえるどころか、見つけることすらできない。

 何故なら、今の彼女は、この世のどこにもいないのだから。


「……、」


 エレナは椅子に座りながら、ゲオルからもらった杖を抱きしめるかのように強く握りしめていた。

 彼女は今、杖の力によって、周りの風景……というよりは輪郭か。それを把握できている。

 ここは彼女達が泊まっていた宿ではなく、別の場所。

 ゲオルの古い馴染みが営んでいる店の中であった。


「これこれ。何をそんなに緊張しとるか。まるで借りてきた猫のようではないか。何をそんなに怖がっておる?」

「いえ、そんな。怖がっては……」

「どうせ、あの大馬鹿者に余計なことでも吹き込まれたのじゃろう? 安心せい。ワシも客人に手を出したりはせんよ。ほれ、菓子でも食べ落ち着くが良い」


 言いながら、店の主であるウムルが取り出したのは、皿の上に乗っている四角い何か。

 エレナは、ゲオルの杖の力によって物の姿形を正確に捉えるようになった。が、色彩に関しては、判別がつかない。何せ、未だ彼女の世界は白黒の世界。だから、取り出されたそれが何なのか、分からなかった。

 しかし、だ。食べ物を出されて食べないというのは、失礼に値する。ここに匿われている身で、それはできないと判断したエレナは、フォークを使って、その何かを口に入れる。

 すると。


「おいしい……」


 口にいれた瞬間、甘味が彼女の口内を支配した。


「そりゃそうじゃろうて。何せ、有名どころの『ようかん』じゃからのう。口にあったのなら、何よりじゃ」


 彼女が言う『ようかん』とやらが何なのか、エレナは分からなかったが、しかしこれが高級品なのは、何となく理解できた。


「すみません。こんな美味しいものまでいただいて」

「構わん、構わん。あの小僧からは、ヌシを一時的に預かるという名目で、それなりの額をもらってるからのう。これくらいのサービスは当然じゃろうて」


 サービス、という意味が分からなかったエレナであったが、取り敢えず「そ、そうですか」と相槌を打つ。

 エレナは今、ゲオルから借りたこの「どこにもない店」の鍵によって、ここにいる。そういう指示を、彼から受けていたのだ。自分が離れている際、騎士団の連中が来るかもしれない。だから、店にいろ、と。

 この「どこにもない店」は鍵を持っていなければ、自発的に来れない場所だ。故に、ある意味において、この場所程、安全なところはないだろう。

 などと考えていると、エレナは自分をじーっと見ているウムルの視線に気がついた。


「な、なんでしょう?」

「いんや。ヌシがあの小僧の連れか、と思ってのう……不思議なこともあったものじゃ」

「不思議、ですか……」

「不思議も不思議、あの中途半端に自己中な男に、ヌシのような可愛らしいおなごが一緒だというのは、正直納得がいかん。あれに弱みを握られている……とは思わんが、しかし何かしらの事情があると見た。そこのところ、どうなのじゃ?」

「それは、まぁ、色々ありまして……」

「色々、のう」


 机に肘をつき、頬に手をあてながらの言葉にエレナは渇いた笑みを返すしかなかった。

 流石にジグルのことや、ゲオルの身体のことまでしゃべるわけにはいかない。

 そう思いながら、残りの『ようかん』を口に入れると。


「で、小僧とは何度寝た?」

「ごほっ、ごほっ!?」


 唐突な、思いもかけない言葉に、エレナは思わず咳き込んだ。

 ウムルの言葉が、一緒にベッドで寝た、とかそういう意味で言ったわけではないことは、エレナにも分かる。分かるからこそ、彼女は頬を赤らめ、立ち上がりながら、ウムルに言う。


「な、なんでそういう話になるんですかっ!?」

「いや、どう考えてもそういう話になるじゃろ? あの馬鹿だぞ? あの阿呆だぞ? 何百年も女をつくらず、魔術の事ばかり考えてきたロクでなしだぞ? それが年若いおなごと一緒にいるとなれば、考えられる可能性は、それくらいしかあるまい」


 いや、その発想はおかしい、と考えた自分は間違いではないとエレナは思う。

 出されていた水を飲み、呼吸を整えた後、エレナはごっほん、と一度咳をつき、続けて言う。 


「げ、ゲオルさんとは、その、そういう仲じゃありません。力もあって、魔術の知識が豊富で、頼りになる方で、目が見えない私にもなんだかんだいいながら、色々気を回してくれる人ですけど……男と女の関係とかではないです」


 エレナの言葉に、「むー」と唸りながら、ウムルは腕を組んだ。


「確かにのぉ……。あれは傲慢なくせに微妙に力があるせいで調子に乗りやすく、所々で間抜けを晒して、色々と問題を起こして、最後はほとんど力任せに解決するド阿呆じゃからのう。考えてみれば、恋人としては最悪の類じゃな、うん」

「そ、そこまでひどいく言わなくても……確かに、ゲオルさんは間が抜けてるところがあって、負けん気が強くて、一度言いだしたら結構な割合で止まりませんけど……」


 いや、ヌシの言い分も相当ひどいと思うぞ……というウムルの言葉を聞いた上で、エレナは告げる。


「けど、悪い人じゃありません。何だかんだ文句言いつつも、面倒みてくれる、良い人です……でも」

「でも?」

「その……私には、好きな人がいるので……」


 気まずい表情を浮かべるエレナ。その言葉に、ウムルは一瞬、驚きながら目を閉じた。

 そして、笑みを浮かべながら、エレナに言う。


「そうか……何とまぁ、厄介なことじゃのう」

「ウムルさん……?」

「いや、何でもない。あれは、やはり馬鹿で阿呆で間抜けだと思っただけじゃ」


 ウムルは、きょとんとした顔を浮かべるエレナを見ながら、苦笑する。

 すると、エレナは思い出したかのように、口を開いた。


「あの、ウムルさん。一つ聞いてもいいですか?」

「ん? なんじゃ」

「ゲオルさんから聞いてんですけど、ここは色々な道具を売っているんですよね。その……その中に、魔術の気配を消しながら、魔術を使える道具とかって、ありますか?」


 その言葉に、ウムルは目を細めた。


「……その口ぶりから察するに、どうやらヌシも小僧の事情を知っているようじゃの。ならば、言っておこう。あるにはある。魔術を使用する際に気づかれないよう阻害する道具がの。じゃが、今のあれには使うことはできん」


 きっぱりと言い放たれた言葉に、エレナは動揺を隠せなかった。


「ど、どうしてですか?」

「小僧を追っている男のことは知っているな? 奴に追跡の魔術道具を渡したのは、ワシじゃ。ウチも商売をやっているからの。じゃが、問題はそこからでの。あの男、ワシが渡した道具を改造に改造を重ねおった。今では元の原型を留めておらん。おかげで小僧が魔術を使えば、阻害道具を使っていても、必ず見つけ出せるようになってしまったというわけじゃ」

「でも、ゲオルさんも道具を改造するの、得意ですよね? 前に言ってました。なら、阻害の魔術道具を改造すれば……」

「じゃが、それは魔力を必要としないものに限る。そして、それには限度がある。魔力を必要とするかしないか……連中の差はそれだけじゃ。じゃが、これが致命的な差になっておってのう。それを小僧も理解して逃げの一手、というわけじゃ」


 その言葉に、エレナはある種納得していた。あのゲオルが、なぜ頑なに魔術を使用しないのか、それが今やっと分かった気がした。


「小僧が魔術を使えるとすれば、それこそ別世界にいくか、はたまた異界魔術の中で使用する他ないじゃろうな」

「異界、魔術……?」

「結界魔術のさらに上の代物。魔術の究極の形、その一つじゃ。自分の思い描く世界を作り出す魔術での。色々と制約はあるが、中に入ればそこは正しく異界そのもの。そこで魔術を使ったとしても、あの男ですら、それを探知することはできん。阻害どころの話ではないからの」


 なる程、と思いつつ、そこでまた疑問が生まれる。

 ゲオルは魔術師だ。それも何百年も生きた程の実力者。魔術の知識を持っている彼なら、当然異界魔術についても知っているはず。

 ならば、何故その方法を使わないのか……その理由を、ウムルが語る。


「とはいえ、小僧自らが異界魔術を使用するのは意味がない。その時点で、魔術を使用した、とバレるからの」

「つまり、他の誰かが異界魔術を使って、その中で魔術を使用しなければならない、というわけですね」

「最低条件として、の。じゃが、その最低条件が何より厳しい。そもそも、異界魔術を使える者はそうそうおらん。いたとしても、協力してくれるかどうか、怪しいものじゃ」


 厳しい条件。それはつまり、ゲオルが魔術を使えないことをさらに強める証拠でもあった。

 そして、今、彼はそんな状態で、『六体の怪物』と戦っているのだ。


「……ゲオルさん、大丈夫でしょうか」

「何、心配はいらん。怪物退治など、あの小僧は何度もやってきたことじゃ」

「そうなんでしょうけど……」

「安心せい。確かに、あれはとんでもない間抜けを晒すが、結局それを乗り越えて、今に至っているのじゃ。ワシもこの店を開いて長くなるが、あれほど悪運が強い者は、そうおらんよ」


 故にあれは必ず帰ってくる。ウムルはそう断言した。

 自信満々に言う彼女の姿に、ふとエレナは思う。彼女もまた、ゲオルのことをよく知っている人物なのだと。いいや、よくよく考えれば、長く付き合いのあるウムルの方が、ゲオルのことを知っているのは当然のことだろう。


「ウムルさんは、ゲオルさんを信じてるんですね」

「信じるというか、今までの経験から、そう思うだけじゃがの。そういうヌシは、随分と小僧に信頼されておるのだな」


 その言葉に、え? とエレナは思わず奇妙な声を出してしまう。


「貴様がここに来る時に使った鍵。あれは数がごく少数であり、限られている。故に狙う者は多く、使うのも自分だけというやつがほとんどじゃ。信頼していなければ、渡すことなどまずできない。そして、小僧はヌシに鍵を貸した。それが何よりの証拠じゃよ」


 エレナはおもむろにゲオルから貸してもらった鍵を取り出す。これが、そんなに貴重なものだとは思ってもいなかったし、ゲオルも言っていなかった。

 これを貸したことが信頼されている証拠だと、ウムルは言った。

 それがエレナには嬉しく思えたのと同時、申し訳ない気持ちにもなった。

 今回、彼女は何も『六体の怪物』退治については、何もできていない。

 いいや、それ以前に、自分はこの旅において、彼の足手まといになっている。

 本当なら、ゲオル一人で行けば、もっと楽だというのに、自分という足かせがいることで、彼の邪魔になっているのは、エレナも理解していた。きっと、迷惑に思っているに違いない、と心の奥底で呟いているのだと思っていた。

 しかし、彼が、自分を信頼してくれている。

 その事実に、エレナは思わず、鍵を強く握り締めた。

 ……などとしていると、鍵から熱を感じ取り、思わず、机の上に投げてしまう。 


「あ、熱っ!?」

「大丈夫か? ……と、これは小僧からの合図じゃの。鍵の色が赤に変わっておる……しかし、赤とは。どうやら、向こうで何かあったらしいのう」

「っ!? それって……!?」

「安心せい。これを送ってきたということは、まだ生きておるということ。死んではおらん」


 しかし。


「まぁ、面倒なことに巻き込まれたことには、変わらんだろうがな」


 慌てるエレナに対し、ウムルは思わず、苦笑するのだった。



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