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二十三話 反撃の兆し①

 ゴリョー達と出会ったゲオル達は、彼らの拠点へと同行した。

 拠点、と言っても、森の中にある簡易的な野営地だ。いくつものテントがあり、ゴリョーの仲間たちが各々、作業をしている。武器の手入れ、道具の確認、夕飯の支度等など。それは、盗賊というよりも遠征に出ている騎士団そのものの光景だった。

 そのテントの一つで、ゲオルとヘルはゴリョーから話を聞いていた。


「いやー、あんたらにやられてから、俺達も色々と考えよぉ。やっぱり盗賊なんて、慣れないことするべきじゃねぇってことになって、一丁傭兵集団としてやっていこうってなったわけ。そんで、名前を売るためにも帝都周辺にいるあの怪物を倒そうって話になったんだわ」


 その説明に、ゲオルは納得した。

 一人の傭兵ならともかく、集団の傭兵とするのなら、報酬はそれなりに必要となる。そして、そんな集団を雇ってもらうためにも名を上げる必要があるというのも頷ける。加えて、そのために黒のシャーフを目標にしたのも、理にかなっていた。

 しかし、だ。一つここで疑問が出てくる。


「貴様らは、あの怪物を雲だと思っていたのだろう? ならば、どうやって倒そうと思ったのだ?」

「そりゃ色々だよ。弓矢とか、弩とか、投石器とか、結構用意してんたんだぜ?」

「……貴様、天災相手に、それで何とかなるとでも思っていたのか?」

「そこらへんは、気合と根性だよ」


 ここで頭をかかえたゲオルは、恐らく間違っていないのだろう。

 それは、ゴリョー自身も自覚していたのか、苦笑しながら、言葉を続けた。


「そう呆れんなって。大体、怪物怪物って言われてんだ。見た目は雲でも中になんかいるんじゃないかって思ってよ。それを確かめるために、今回は様子見で探ってたんだよ。そしたら、その怪物が落っこちてきたもんだから、近くに行ったら、あんた達がいたってわけだ」


 その言葉で、彼らがあの場所にやってきたのも納得がいく。


「……それにしても、まさかあの連中がゼオン団長に謀反を起こすとはなぁ。リストンの馬鹿も、ここまで墜ちたってわけか。あれだけ団長のため団長のためだっつってた奴が、団長を殺そうとするとはな……全く、話にならねぇにも程があるぞ」

「所詮、あれはその程度の男でしかない。それを分かっていたから、貴様は騎士団を抜けたのだろう?」

「まぁな。とはいえ、俺も団長には色々と世話になった身だ。確かに他の連中を抑えられなかったり、色々と問題はあって最終的には決裂したが、それでも恩人には変わりねぇ。俺がいれば、こんなことにはさせてなかった……っていいたいところだが、んなもんもう後の祭りだ」


 自嘲するゴリョーに、ゲオルは何も言わない。それを言うのなら、ゲオルとて、ゼオンを守れなかったのは同じ。それをここで言い合ったところで、彼の言うとおり、後の祭りなのだ。

 と、そこへ一人の男が入ってくる。彼は、ゴリョーの仲間であり、医療に通じた者だ。

 服にはべっとりと血がついており、手を手ぬぐいで拭きながらその男はふぅ、と息を吐きながら口を開いた。


「ふぅ。カシラー、治療終わったっすよー」

「おお、そうか。で、具合はどんなだ」

「まぁぼちぼちってところですかね。普通なら、あれだけの傷受けたら出血多量で死ぬんすけど、そっちの旦那の塗り薬のおかげで、出血が少なくて助かったって感じっすね」

「それは何よりですわ……あの、すみません。団長さんと、お話はできるでしょうか」

「ええ。話くらいなら。ただ、あんまし興奮させるのはおすすめしないっす。傷口が開いちまうかもしれないっすから」


 男の言葉に頷きながら、ゲオル達は、ゼオンがいるテントへと向かった。

 中に入ると、簡易式のベッドの上に寝かされているゼオンと、その隣で布を絞っているケリィの姿があった。


「ゲオル殿、ヘル殿、それにゴリョー……」

「って、団長、だめですって起き上がっちゃ!! 傷口開きますよ!!」

「いや、しかし……」

「気にするな。けが人に気を遣われようなどと思わん。そのままでいろ」


 ゲオルの言葉に「申し訳ない……」と口にしながら、ゼオンは身体を横に戻した。


「お加減はいかがですか?」

「はい……皆さんのおかげで、どうにか。感謝しても、しきれません……そして、今回の不手際は全て私にあります。スロットやリストンに騎士団解散を嗅ぎつけられ、お二人に多大なご迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ない」


 謝罪の言葉を述べるゼオンに、ヘルは首を横に振った。


「構いませんわ。今回の騒動は、別に団長さんが悪いわけではありませんし」

「そうだぜ、ゼオン団長。あんたは抜けてるが、悪いことしたわけじゃねぇんだ。自分なりにケジメつけようとしただけで、誰にも文句言われる筋合いはねぇ。特にリストンのクソ馬鹿は、口を挟む余地なんかねぇよ。大体、あんたが騎士団を解散させようと思ったのも、あの馬鹿の所業に耐えかねてのことだろう? だったらあいつにだけは、何も言う資格はねぇよ」

「ゴリョー……」


 ゼオンはかつての部下の言葉を聞き、思わず視線を逸してしまった。


「すまん……私は、結局のところ、君たちを見捨てたというのに……」

「何言ってやがる。あれはあんたに見捨てられたんじゃなくて、俺らが勝手に出て行っただけのことだよ。あんたが責任を感じる必要はねぇし、背負うこともねぇ。それよりも、これからのことを話す方が重要だろう」

「……ああ。そうだな」


 ゼオンの言葉に、ゴリョーは笑みを浮かべる。その態度に、ゲオルは、この男が街の人間たちに好かれていた理由が、何となく分かったような気がした。


「とはいえ……あれだな。これからどうすりゃいいんだろうな?」


 しかし、直後の言葉に、ゲオルは再び顔に手を当ててしまう。


「貴様……今、自分からこれからのことを話すと言って、その体たらくは何だ」

「いやだってよぉ。俺は頭はよくねぇから、考えられるのっつったら、今すぐリストンのところに殴り込みかけるくらいしか思いつかねぇよ」


 それについては、ゲオルは何とも言えなかった。何せ、彼もできることなら、それで解決したいと思っているのだから。

 けれども同時に、殴り込みというのが最悪の手段であることも理解している。

 それは、殴り込み自体が悪い云々ではなく、今はまだ、その時ではない、ということ。ゼオンが生きており、スロットが率いていた連中は全員捕まている。この状態では、どの道連中とは、全面的にぶつかるのは必至だろう。

 だが、最初の頃とは違い、ゼオンではなく、リストンが実質的な騎士団の長となっている。故に、何をしでかすか、分からない。

 周りに余計な被害が出ては、ゲオルも夢見が悪い。


「……それについてですが、わたくしに任せてはもらえませんでしょうか」


 だからこそ、ヘルの言葉は意外なものでもあった。


「ヘル殿。何か、策がおありでも?」

「はい。恐らく、これがうまくいけば、余計な被害を出さずに、騎士団を壊滅できるでしょう」

「本当か、お嬢さんっ」

「すごいですね、ヘルさん!! で、その作戦というのは?」

「それはお教えできません」


 きっぱりと告げるヘルの言葉に、男一同は言葉を失った。

 その中で、しかめっ面をしていたゲオルは、睨みを利かせながら、ヘルに問いかける。


「……どういうつもりだ、女」

「どうもこうもありませんわ。この作戦は、わたくしが一人でやることで意味を成しますの。安心してくださいまし。既に種は蒔いてありますわ……ですので、団長さん達は、ここで待機していてください」

「何を仰っているのですかっ!!」


 ヘルの言葉に、怒号を放ったのは、ゼオンだった。

 勢いよく身体を起き上がらせようとしたせいか、背中の傷が開きかけ、うめき声を上げる。


「だ、団長……!!」


 ケリィは止めようとするも、ゼオンはその手を振り払い、ヘルに向かって言い放つ。


「ヘル殿。これは、我ら騎士団の問題。身内の問題を、他人に任せていいはずがないっ。ここまで迷惑をかけてしまった。この上で、貴女一人に全ての責任を押し付けるような真似はできないっ!!」

「その傷で何ができるというのです? それに、今までだって、騎士団の問題を解決できなかったではありませんか」


 辛辣且つ的を射ているヘルの言葉に、ゼオンは言葉を失った。


「……申し訳ありません。意地悪なことを口にして。あなたの気持ちもわかりますわ。仲間であった彼を止めたい。止めなければならない……その気持ちは、お察しします」


 ですが。


「わたくしは、あなたの気持ちを踏みにじってでもやり遂げなければならないことがありますので……ええ、これは我が儘です。自分勝手な言い分。あなた方の気持ちなど一切考慮しない、浅はかな女の執念。けれど、だからこそ……そんなものに、あなた方が付き合う必要などないのです」


 彼女の顔は未だに見えない。笑っているのか、悲しんでいるのか、それともただただ無表情を浮かべているのか、分からない。

 けれども、だ。ここにいる男たちは皆、理解する。

 彼女は、死地へ向かおうとしているのだと。


「ケリィさん。その方のこと、しっかりと見張っててくださいね」

「え、あ、はい……って、今、自分のこと、名前で……」

「当然ですわ。仲間であった方を名前で呼ぶのは、当たり前のことですから……ゴリョーさんも。団長さん達をよろしくお願いしますね。後、捕らえた人たちの処遇は、そちらにお任せしますわ」

「……どうしても、いくのかい」

「ええ」


 決意が変わらないヘルの言葉にゴリョーは「けっ」と言葉を吐く。


「わーったよ。任されてやるよ。代わりといっちゃ何だが、最後にその顔を見せてもらいたいんだが……」

「申し訳ありません。それは、できませんわ」

「だろうな。いいさいいさ。顔を見なくたって分かる。あんたはいい女だ。だから……死ぬんじゃねぇぞ」


 その言葉に、ヘルは返答しない。

 ただ、小さく小首を傾けるだけだった。

 そして。


「それでは皆様。短い間でしたが、お世話になりました」


 それだけを言い残し、彼女はテントを去っていったのだった。 


 *


「どういうおつもりですか?」


 テントを去ってしばらくした後、ヘルは自分の後をついてくるゲオルにそんな言葉を呟く。


「どうもこうもない。ワレも騎士団には色々と貸しがある。それを返しにいくだけ。貴様と行くべき方向が一緒なだけだ。何、気にすることではない」

「気にすることなのですけれど。そもそも、あなたが一番、この件には関係ないでしょうに。本当に、死ぬかもしれませんよ?」

「なるほど。今ので理解した。貴様、騎士団を潰すつもりではないな? それ以上のことをやらかそうとしていると見た」

「……、」


 自らの失言に、ヘルはしばらく沈黙した後、言葉を続けた。


「だとしたら、どうなんでしょうか?」

「何。ついでだ。付き合ってやろうと思ってな」

「……正気ですか? 相手が誰なのかも分かっていないというのに」

「大体の見当はついている。その上での発言だ」

「なら、尚更狂気の沙汰ですね。そもそも、あなたにはエレナさんがいるでしょう? 彼女まで巻き込むつもりですか?」


 そう。ゲオルにはエレナがいる。ヘルが今から相手にしようとしている者と敵対すれば、彼女だって無事ではすまないだろう。

 だというのに、ゲオルは言う。


「何、どうせワレらは流れ者だ。もう帝都にいる必要などない。もしもの場合は、そのまま逃げればいい」


 それに、だ。


「今の彼奴は誰にも捕まえられん。そういう保険を、かけてきたからな」


 言いながら、ゲオルは不敵に嗤うのだった。

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