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十七話 黒のシャーフ③

 閃光が視界を塞ぎ、轟雷が襲いかかる。


「ようやく来たか」


 次々と落ちてくる雷、その発生源たる頭上の怪物を見上げながら、ゲオルは呟いた。

 本来ならば、今すぐにでも木の上からでも跳躍し、拳や蹴りでの一擊で倒したい。現に彼は、ウムルからもらった防雷服を着用している。恐らく、突っ込んでいったところで、即死することはない。が、成功する見込みが薄いのは、事実だ。

 だからこそ、彼はこんな手の込んだ作戦をせざるを得なかった。


「状況はどうなっている!?」


 雷鳴が鳴り響く中、ゲオルは大声でゼオンに対し、確認をとる。


「今、部下から確認がありました!! 全員、言われたように、例の種を各地に埋め、ゲオル殿が調合した水を撒いてあります!!」

「水の量は間違えていないだろうな!!」

「はいっ!! 仰られた通り、各自、樽の三分の一だけを与えています!!」

「よしっ、ならば準備は整った!! 合図を待て!!」

「承知!!」


 言いながら、ゲオルはもう一度、黒のシャーフを見上げた。

 雷を落としながらも、あの怪物は未だ移動している。そして、雷を落とし続けていた。だが、その一つひとつが的外れであり、ゲオル達には当たっていない。恐らく、こちらの場所を特定できていないのだろう。それもそのはず。今回、ゲオルは自分はもちろん、騎士団全員に魔物の臭いがする香水―――魔香水をかけさせている。人間の臭いを消し、誤魔化すためのものだ。

 恐らく、あの怪物は嗅覚などでこちらの居場所を察知しているに違いない。無論、それだけではないだろうが、しかし、場所を特定されにくくせるには、この香水がうってつけなのだ。


(魔香水のおかげで居場所はバレていないだろうが、それもいつまでも持つわけではない……)


 それに、自分達はこのままやり過ごすためにここにきたわけではない。あの怪物を倒しに来たのだ。

 そのために、機会を待つ。

 移動し続けるシャーフが、ゲオルが予想した位置に来るまで、じっと我慢を続ける。

 ゆっくりと流れるような動きに、苛立ちを覚えつつ、ゲオルは眉を顰めた。

 そして、まだかまだかと焦っているのは、彼だけではない。


「ゲオル殿、まだですかっ!!」

「まだだ、まだ動くなっ!!」


 ゼオンの言葉に、ゲオルは怒鳴るように返す。同時に近くに飛来した雷、その後にやってくる轟音。それに、ゼオンは思わず腕で顔を塞ぐ一方で、ゲオルは一切ぶれることなく、怪物を見続けていた。

 ここではない。今、この瞬間、動いてしまえば、完全に的がずれてしまう。そうなれば、待っているのは最悪の事態。こちらが動き、失敗をするということは、相手に居場所を教えるようなものだ。

 紫のシュランゲの時もそうだが、『六体の怪物』は他の魔物と違い、少しは頭がきく。そして、それを甘く見た結果、どういうことになるのか、ゲオルは身に染みて理解している。

 今回、ゲオルはあの雷を一度も食らってはいない。だが、その威力から察するに、当たればゲオルの身体ですら、無事ではすまないだろう。そんな相手に、魔術を使えないゲオルが勝つには、今のところ、今回の作戦しかない。

 だから待て。

 だから押さえろ。

 今、ここで飛び出せば、自分で自分の苦労を水の泡にすしてしまう。

 故に、我慢するしかない。

 そう、自らに言い訳やら理由やらを並べて、じっと堪える。

 しかし、そんなゲオルを、まるで煽るかのように、彼の周りに連続的に雷が落とされていく。

 抉れる地面、燃え始める木々、そして騎士団の連中の悲鳴。雷はここだけに落ちているわけではない。他の場所でも落ちているはずなのだ。


「ゲオル殿っ!!」

「まだだっ!!」


 ゼオンの言葉に、しかしゲオルは待てを言い放つ。

 万が一の時のために、各地には、作戦実行が不可能になった場合、大笛で合図するということになっている。だが、もしも雷の一擊によって、笛すら吹けなくなっていたら? 全員が行動不能になっているにもかかわらず、それを伝える手段を失っていたら? 

 それらの可能性を考えれば、急ぎたくなるのも当然だ。

 だが、それでもゲオルは合図を出さない。

 彼は、エレナに何度も抜けていると言われてきた。いいや、彼女だけではない。他の人間にもだ。忌々しい話だが、そうと認めざるを得ないことは何度もあった。それを否定するつもりはない。それは以前の『六体の怪物』の時も同じ。

 もしも、ここで焦って事を仕損じれば、また同じ様に言われてしまう。それは、かなり格好が悪いし、魔術師としても威厳がない。

 だからこそ、彼は待つ。

 待って、待って、待って、待って、待って―――そして。

 その時はやってきた。

 ゲオルが予測した場所に、黒のシャーフがやってきた途端、彼は今まで溜め込んだ声量で、ゼオンに言い放つ。


「―――今だ、やれっ!!」

「こちらの大笛を吹け!!」


 刹那、近くにいた剣狼が、大笛を吹く。それも、ただ吹くのではなく、一定間隔の間をあけつつ。それは、作戦の合図であり、敵が位置についたという知らせ。さらに、もう一つの意味もあった。それは、樽に残ってあった水を一気にぶちまけろ、というもの。

 大笛が何度も何度も吹かれる中、それはようやくやってきた。

 刹那。

 巨大な複数の大樹が、唐突に森の中から姿を現した。

 いや、現した、というよりも、伸びていっている、という方が正しい。その勢いは、矢のごとくであり、先端は槍のように尖っていた。大樹、と言ったものの、姿形は葉が一つもない、枯れ木のようなものだった。けれども、その幹や枝には、禍々しい刺のようなものが存在しており、ただの枯れ木ではないとゼオンですら理解できた。

 そうして、複数の枯れ木は一気に成長していき、頭上に浮かんでいる黒のシャーフまで届く程に伸び、そして、その身体を貫いた。


『――――――――――――――――――――――――――――――』


 怪物の絶叫が森に響き渡る。

 それは、ゲオルも含めたここにいる全員を怯ませる程の代物。思わず、ゲオルも自分の耳を塞いでしまった。

 だが、既にもう遅い。この状況において、それはただの悪あがきでしかない。

 ふとここでゼオンはあることに気づいた。

 確かに絶叫が聞こえる。しかし、先程まで自分達を襲っていた雷鳴が聞こえなくなっているのだ。それだけではない。雷光すら姿を見せず、つまりは雷が落ちていない証拠でもあった。

 見ると、突き刺さっている部分から、枯れ木に雷が流れていくような、光景がゼオンの瞳に映っていた。


「これは……」

「どうやら、成功したようだ」


 同じく見上げるゲオルに、ゼオンは続けていう。


「成功したのですね、ゲオル殿」

「だからそう言っただろうが。しかし、吸血樹と避雷樹の合成樹が、こうも利くとはな」


 吸血樹と避雷樹。その二つは、魔術によって作られる、人工樹だ。

 吸血樹とは、その名の通り、血を吸う樹木。対象が樹木の刺に刺さると、一気に血を吸う、云わば人食い樹のようなものだ。普通の人間は一分として持たないだろう。無論、魔物にとっても脅威であり、ある国では、この樹木を柵の代わりに使っているところもあるらしい。

 一方、避雷樹は、雷を集中させ、吸収する樹木だ。よく、神殿や王宮の周り、歴史的な建物の近くにはこれがあり、建物を雷から守っている。この樹木の特徴は、吸収ということもあり、避雷しても焼け焦げることがなく、逆に成長する養分となるのだ。


「まさか、あの種が、ここまでの大きさに成長するとは……まるで、無数の塔のようだ」

「ふん。何を今更。そういう風に仕込みをしていたのだ。当然の結果だろうに」


 今回、ゲオルはその二つの種を合成した代物をウムルに頼んでいた。加えて、かき集めた水には、樹木の成長を促す魔薬を混ぜ込み、さらにはその成長を何十倍にも加速させる仕組みを加えてあった。

 樽の中にあった三分の一をゆっくり地面に馴染ませ、種に吸収させ、そして残りの三分の二を一気にぶちまけることで、成長速度が加速し、矢のような勢いが生まれた、というわけだ。


「あの合成樹木を、ただ成長させるだけでは、意味がない。それでは、ただの避雷針でしかないからな。奴の毛を突き抜け、内部に確実に突き刺さるような勢いをつける必要があった。そのための水だ」

「そう聞いてはいましたが……聞くのと目の当たりにするとでは、全く違うものです」

「当たり前だ。世の中には、百聞は一見にしかず、という言葉もあるからな……しかし、これで奴の身動きは取れた。そして、命もな」


 木々の先端を見る。そこには、雷を落としたいが、それが全て吸われている様子があると同時、突き刺さったことによって、流れるはずの大量の血もまた、木々に吸収されていた姿があった。


「吸血樹の力によって、奴は今、自らの血を内側から吸われている。要は、蚊のようなものだな。しかし、その勢いは比べるまでもない。それも、一本ではなく、複数……およそ十三本。加えて、避雷樹で自分の得意の雷も出せない状況だ。云わば、武器を取り上げられ、串刺しにされている兵士と同じ。できることなど、何もない」


 そう。この時点で、勝敗は決まっていたのだ。

 前回と比べれば確かに呆気ない。そう思える。しかし、今回は紫の時とは違い、相手が『六体の怪物』であること、その特徴を知っていること、道具の数や動員できた人数等、様々な点において、こちらが有利な状況にあったことが幸いした。だから、逆に勝てない方が、おかしい、と言われる程のものなのだ。

 そして、結果はご覧の有様。

 ゲオルはおろか、剣狼、そしてその長であるゼオンですら、討伐は成功したと思っていた。

 そのはずだったのだが―――。


「ゲオル殿……このままいけば、確かにあの怪物は倒せるでしょう。しかし、その後の処理はいかが致しますか? 今回は、この樹木のおかげでのようなものですが、森に危険物をそのまま放置するわけには……」

「安心せい。その対策もしてある。除樹薬という薬を持ってきている。それを使えば、この樹木を縮ませ、消すことができる。とはいえ、木々の先端には、黒のシャーフの死骸がある。一気に使ってしまえば、それが落ちてくるからな。故に慎重に作業を……」


 行え、と続けようとした刹那、それは起こった。

 ここでまずは言っておかなければならないことがある。

 今回の作戦、ゲオルには全く落ち度がなかった。少ない情報の中で、集めた魔道具と人員を駆使し、彼は見事、黒のシャーフに致命的な一擊を与えることができた。故に、勝敗からしてみれば、ゲオル達の勝ちと言ってもいいだろう。

 しかし、だ。ここで大事なことを忘れてはいけない。

 例え勝負に勝ったとしても。例え相手を瀕死の状態にしたとしても。

 その後、自分が絶対に死なない、という保証はどこにもない、ということ。

 例を上げて言うのなら、それは雪山での戦いだ。降り積もる斜面。そこで二人の男が戦っている。そして、一人の男がもう一方に止めをさし、勝利を収めた。けれど、その後、彼は急に起こった雪崩によって、命を失った。

 つまり、勝敗と生死は別物であるということを、ゲオルは忘れてしまっていたのだ。


『―――――――――っ』


 悲鳴にも近い、鳴き声が耳に入り、ゲオルとゼオンは空をもう一度見上げる。

 そして、気づく。


「なっ、」

「まさかっ!!」


 黒のシャーフの身体が傾き、急速に地面へと近づいている、ということを。

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