十六話 黒のシャーフ②
数日後。
剣狼騎士団は、帝都近辺を荒らす怪物退治へと出向いていった。
騎士団の半分程の人員、そして騎士団長自らが指揮を執る今回の作戦は、剣狼騎士団の団員は気合が入っていた。
無論、それは一団員であるケリィも同じ。
彼は最初、舞い上がっていた。
初めて門番以外の仕事、それも怪物討伐の仕事に参加できると言われた時は、ようやくこの時がきた、と思ったものだ。
今まで門番ばかりで、それ以外の仕事はあまりしたことがない。故に馬鹿にされてきたこともあったし、悔しいと思ったこともしばしばあった。
だから、ここに来ての大仕事は、願ったり叶ったりだった。
今回の怪物討伐は、剣狼騎士団全員が行けるわけではない。全体の半分程の人数だ。他は帝都を守る仕事があり、残ることになっていた。故に、ケリィはまた、自分は残るものとばかり思っていたのだが、意外なことに、討伐メンバーに選ばれたのだ。
理由は聞かされていない。たまたまだったのかもしれないし、団長が選んでくれたのかもしれない。無論、中には行きたくても選ばれなかった者もおり、そういった連中に色々と言われたが、ケリィは気にしなかった。
何せ、初任務、それも皇帝陛下から下知された討伐命令。それに参加できるだけでも名誉なことであり、ここで手柄をあげることだってできるかもしれない。そして何より、怪物を退治すれば、帝都の人々の役に立てる。
ケリィは自分が成り上がりたい、という思いで剣狼騎士団に入った。だが、帝都の人達のために何かしたい、という信念も持っていた。残念ながら、今の剣狼騎士団は、その信念どころか、街の人たちに信頼してもらえてないのは知っている。
故に、今回の作戦は、その信頼を取り戻す好機でもあるのだ、と考えて気合を入れていた。
いたのだが……。
「…………はぁ」
思わず、大きなため息をその場で吐いた。
今は、昼時。場所はとある森の中。
既に怪物討伐の作戦は始まっており、ほとんどの剣狼は、他の場所で準備をしている。無論、ケリィもその準備を、今まさにしているのだが……。
彼がやっているのは、土に水を撒くといった単純な作業だった。
それは、花に水をやるようなものであり、実際そうだった。彼が水をやっている場所には、とある種が埋めてある。そして、この水もゲオルによって、ただの水から特殊な作用を施すものと変化していた。
ケリィは、既に作戦の概要を聞かされている。だからこそ、この水撒きにも意味があるとは知っていた。確かに、作戦通りにいけば、あの宙に浮かんでいる怪物も倒せるのだろう。
しかし、だ。
「これで、本当に大丈夫なのかなぁ……」
「あら? どうかしましたか? 門番さん」
ふと、女の声がする。振り向くと、そこには喪服姿の女性……ヘルがいた。
ヘルの登場に、ケリィは慌てて、姿勢を正した。
「へ、ヘルさんっ!? 聞いてらしたんですか!? っていうか、どうしてここに!?」
「ごめんなさい。盗み聞きするつもりは無かったのですけれど。どうにもわたくし、他の方には嫌われているようなので」
「そ、そうですか……」
それはそうだろう。何せ、彼女とゲオルは、剣狼の仲間をボコボコにしたのだ。その仇……というより、自分達の名前を穢した、という理由で怒っている連中は未だに多くいる。団長の命令がなければ、闇討ちでも何でも仕掛けていたに違いない。
特に、ヘルは女だ。女に舐められる、というのが、剣狼騎士団の中でも特に嫌悪されること。全くもって馬鹿馬鹿しいが、そういうことに拘る連中なのだ。
「ゲオルさんと団長さんは、他の場所の確認に行っています。一方のわたくしは、暇を持て余してまして。何せわたくし、この討伐では、やることがあまりないもので。作業なさったままでよろしいので、話相手になってもらえませんか?」
「じ、自分なんかでよければ……」
むしろ、こちらから願いたいことでもある。
ヘルは確かに剣狼達に嫌われているが、ケリィは違う。ゲオルもそうだが、この人も凄く強いというのは聞いているし、実際そうなのだろうという雰囲気がある。そして何より、美人である。いや、顔とかではなく、体つきとか、雰囲気とか、だが。
元々、女性と話す機会がないケリィにとって、こんな美人……であろう女の人と一緒にいられるだけで、ある種の幸福を感じている。顔は見えず、他の団員達からは「あれは顔が醜いから隠している」などと言われていたが、自分はそうではないと思う。絶対に綺麗なのだと根拠のない確信をしていた。
「それで、先程愚痴を零していましたが、門番さんは、この作戦に疑問をお持ちで?」
「そ、そういうわけではありません!! ただ……自分は、その、魔術の類に詳しくないもので。本当に大丈夫なのか、とどうしても思ってしまって……」
「ふふ。確かに。今回の作戦は、魔術に精通しているものでも、首を傾げる者もいるでしょう。魔術に詳しくなければ、当然の反応です」
魔術はこの世界では確かに存在する力だ。だが、それを知らずに一生を終える人間もいる。それだけ、広まっておらず、使えない者もいる。この程度では、魔術師が少ないというのだから、詳しくないのも無理はない。
「しかし、そこは安心なさってもらってよろしいかと。あの方は本物の魔術師。わたくしが見て来た中でも、相当な実力の持ち主でしょう。知識や今回の作戦からしてもそれは明らか。以前、わたくしも魔術と関わったことがございまして。まぁ体質の問題で使えないと分かったのですが、知識としては理解しています。そして、そのわたくしが保証します。あの方の作戦は、理にかなっていると」
「そうですか……ヘルさんは、ゲオルさんを信用しているのですね」
「……どうでしょう。なんというか、分かり易いお方ですから。信用というより、行動が読みやすいので、警戒する必要がない、というべきでしょう。その辺を言ってしまえば、あの方は魔術師らしくないのですが」
「魔術師らくしない、ですか……?」
「わたくしは、魔術師と何度かお会いしたことがあります。そして、その大方は人を騙し、裏をかき、策謀を重ね、最終的には利益を得る……そういった者達ばかりでした。だというのに、あの方は、自信過剰で間が抜けていて、愚直な生き方をしている」
だから、魔術師らしくない、と彼女は言う。
ケリィは魔術師というものを知らない。だから、その言葉にどう返していいのか、分からなかった。
そんな困っているケリィを見て、ヘルは続けていった。
「まぁ、短くまとめれば、あの方は『面倒くさい根が良い人』、なのでしょうね。だから、信用しても問題はないと思いますわよ」
言いながら笑みを浮かべて……いるのだろうか。そう思えるような口調と言葉に、ケリィは口元を緩ませて返した。
「そう言えば、一つお聞きしたかったのですが、どうしてケリィさんは、剣狼騎士団に?」
「あー……やっぱり気になります?」
「ええ。申し訳ありませんが、ケリィさんは、他の方々と少々毛色が違うように思えましたので」
「別に弱々しいって言っても大丈夫ですよ……まぁ、最初は単純に、剣で成り上がりたいと思って、入団したんです。剣くらいしか、取り柄がなかったもので。その剣も、剣狼騎士団の中では、大したことはないんですけどね」
「……そうですの」
「とはいえ、騎士団の評価は、あまりよくないのは知ってます。街の人から嫌われてることも。ゲオルさんやヘルさんにも迷惑かけたことには、同じ騎士団の人間として、申し訳ないって」
でも、という言葉を口にして、ケリィは続ける。
「失礼かもしれないんですけど……自分は、今回の討伐作戦が、好機なんじゃないかって思ってます」
「好機、ですか?」
「はい。今回の作戦を成功させれば、街の人たちの危機をなくすことができる。そしたら、帝都の人たちも少しは見直してくれるかなって。成り上がりたいのは事実ですけど、人を守りたくて騎士団に入ったってのもありますから。それで……これは、その、恥ずかしい話、なんですけど……」
「?」
「その……いつか、自分が昇進して、騎士団をもっと良い組織にしたいなって思ったり、思わなかったり、なんて……」
苦笑するケリィ。それは、他人に自分の夢を語る、好青年の姿だった。
そんな彼に対し、既に剣狼騎士団が解散すると知っているヘルは、「そうですの……」とどこか悲しそうな言葉をぽつりと呟く。
「……良い目標だと思いますわ。そうなる日が、いつか来るといいですわね」
「ありがとうございます……あっ、そういえば、噂で耳にしたんですけど、ヘルさんは人を探しに帝都に来たんですよね? もしよければ、この作戦が終わったら、協力させくれませんか? 自分、こう見えて帝都に知り合いはそれなりにいるんで」
ゲオルやヘルのことは、既に剣狼騎士団の中では噂となっている。故に、ヘルが人探しをしていることも、ケリィは元より、他の連中も知っていた。
彼の言葉に、けれどもヘルはゆっくりと首を横に振る。
「お気遣い、感謝いたしますわ。けれど、大丈夫です」
「でも、帝都は広いですし、人を探すのは大変だと思いますよ?」
「心配には及びませんわ。何せ、この作戦が終われば、きっと会えると思いますので」
「? それは、どういう……」
と、ケリィが疑問を口にしようとした刹那。
突如として、彼らの近くで、雷鳴が轟いたのだった。




