幕間 剣狼騎士団
ゲオルとヘルが剣狼騎士団から去って、しばらくした後。
「何であんな真似をしやがった……!!」
左目を包帯で手当をした団長に、リストンは机を叩きながら団長に言う。
ここは団長・ゼオンの執務室。先程の件について、未だ収まりきれていないリストンは、その怒りを顕な状態にしていた。
そんな彼に対し、ゼオンは表情を変えず、答える。
「その話は終わったはずだ。蒸し返すな、リストン」
「終わってなんかいねぇ!! あいつらがしたことは、どう考えても犯罪だろ!!」
剣狼騎士団は、帝都を守る騎士団。
その剣狼を十数人倒した上で、屯所まで押しかけてきた……確かに、普通に考えれば、犯罪以外の何でもない。剣狼騎士団は、彼らを捕まえる正当な理由ができたことになる。
だが、ゼオンは右目を瞑り、首を横に振った。
「そうさせてしまったのは、我々だ。彼らの行いは正当防衛。確かに、やりすぎだと私も思うが、しかし、それをやられる程のことを、我らはやってしまった。あちらに責められることはあれ、こちらが一方的に捕まえることなど、筋が通らん」
「筋云々の話じゃねぇ!! あのクソ野郎共は、うちの顔に泥を塗ったんだぞ!! このまま無事に済ませちまったら、示しがつかねぇだろうが!! 剣狼騎士団が他所者にやられて、何もしない臆病者だと思われてもいいのかっ!! そんなんじゃあ、他の連中も納得しねぇぞ!!」
「納得しようがしまいが、関係ない。これは決まったことだ。いくら副団長で、幼馴染みのお前の言でも、私はこの決定を覆すことはない」
憤怒の怒りに、ゼオンは凍える程の冷静な言葉で対処していく。
炎と氷。二つの睨み合いの中、間に入ってきたのは、やれやれと言わんばかりな表情を浮かべたスロットだった。
「確かに団長の言うことも尤もです。けど、団長。僕は、どっちかっていうとリストンさんの意見寄りですよ。ただの部外者に、あそこまで調子に乗せるのは、どうかと思います。他の連中が、何をしでかすか、わかりませんし」
「そのために、先程の命令は確実に全員に回せ。加えて言っておく。命令を知らなかった、という言い訳は一切通用しない、と。例え本当に知らなかったとしても、その者は処罰する……それが例え、誰であっても」
それは全騎士団員は無論、リストン、そしてスロットにも向けられた言葉だった。
「……何で、そんなにあいつらを庇うんだよ」
「庇う、か……私は、逆にお前たちの方を庇っているつもり、なんだがな」
は? というリストンの言葉を耳にしながら、ゼオンはスロットに向かって問いを投げかける。
「スロット、一つ聞く。お前は……あの二人に勝てると思ったか?」
スロットは剣狼騎士団の一番隊隊長を務めている。
彼はゼオンやリストンと同じ、昔馴染みだ。故に古参の一人でもある。が、彼が一番隊の隊長を務めているのは、彼の剣の強さ故。
一番隊の隊長になれるのは、剣狼騎士団で一番剣が強い人物。つまり、剣でいうのなら、彼が剣狼最強なのだ。
そんな彼は、難しい顔をしながら答えた。
「当然……と言いたいところですけど、どうでしょうねぇ。どちらか一人とサシでならってところですか。ああ、勿論本気でって意味ですよ?」
「……つまり、本気で戦ってもあの二人と同時なら、勝てない、と」
「勝てないとは言ってませんよ? ただ、あの二人、どっちとも、僕より強いのは確かでしょうし、舐めてかかれば、一瞬でやられますね。っていうか、さっきのも正直冷や汗ものでしたよ。剣に手をかけたはいいものの、どこを突けばいいのか、分からなかったくらいでしたから」
「……お前が、そこまでいうほどか……」
スロットは、自分の剣に自信を持っている。だから、彼が相手が自分より強い、というのをスロットは初めて聞いたかもしれない。
リストンも、あの二人がただ者ではないことは理解していた。十数人の剣狼を倒して、あの二人は全くの無傷。故に警戒はしていたし、強者であることは分かっていた。
だが、剣狼最強のスロットが、そこまで言う程のものとは思ってもみなかった。
しかし、それで納得のいくこともある。
「……なる程。団長、つまりあんたはあの連中にちょっかいを出しても、うちが被害を出すだけで終わる、と。そう言いたいわけか。だが、御者の件はどうするつもりだ?」
「それなんだがな……そもそも、あの御者が怪しい、ということになったのは何故だ?」
「何故って、そりゃうちの密偵が調べて……まさか」
リストンの言葉に、ゼオンは頷く。
「そのまさかだ。あまりに早すぎる密偵の報告に疑問に思ってな。少々調べた。すると、その密偵が皇后様の側近と繋がっていることが判明した。これが、どういう意味か、分かるな?」
「つまり、皇后様がうちを利用して他の貴族を陥れようとした、と……で、その貴族が」
「サシュト伯爵だった、と。確かに、皇后様は最近、政治にも口を出すようになって、それに対してサシュト伯爵が意見したっていうのは聞いてましたけど、まさかそこまでするとはねぇ」
つまり、これは政治的な問題ということだ。
自分が意見をいうことをよしとしないサシュト伯爵を、皇后が側近や密偵を経由して剣狼騎士団を使ってサシュト伯爵を蹴落とそうとした、というわけだ。
実際、今回御者が怪しいということになれば、その手紙の届け先であるサシュト伯爵が疑われるのは必至。恋文などといって、実はそれが何らかの密書だった、という筋書きだったのだろう。
しかし、これはあくまでゼオンの推測に過ぎない。
「まだ、確証を得たわけではない。側近の独断という可能性もある。が、調べるにしても、その密偵も側近も数日前から姿を消しているらしい。何にしても、今回の件が、誰かの工作であることは確かだ。ならば、これ以上捜査を進める必要は―――」
「何言ってやがる。だったら尚更俺達がやるべきだろうが」
そこで、リストンが再び口を挟む。
「リストン、お前……」
「皇后様は俺達を拾ってくれた亡き公爵様の一人娘だぞ? その人のためになるってんなら、これ以上の恩返しはねぇだろ。むしろ、泥を被ってでもやるべきだと俺は思うが?」
「私はそうは思わん。確かに公爵様は我々を拾って下さり、剣狼騎士団の結成に尽力してくれた。その公爵様も三年前に無くなり、公爵婦人はあの事件の折に病死なさっている。だから、その一人娘だった皇后様に恩返しをしたいという気持ちも分かる。だが、我々はあくまで騎士団。街の平和を守るのが責務だ。政治的な問題に使われる駒ではない……それに、今の我々には新たに課せられた任務がある」
「任務……?」
「この度、皇帝陛下から新たな下知がくだされた。帝都周辺を荒らしまわっている怪物を退治せよ、とのことだ。かの怪物が、帝都周辺を襲っているせいで、帝都の活気が失われつつある。帝都の治安を守るのなら、これを排除するのも我らの使命。よって、剣狼騎士団はこれを最優先事項として扱うことになった」
「つまり、怪物退治に行くってことですね。久々に暴れられそうだ」
「馬鹿かお前は。あれは雲だぞ。どうやって雲を斬るんだよ。っつか、そこら辺はどうするつもりだ? あれが帝都にやってこねぇのは、昔の皇后様が作った結界のおかげだって話だが……うちにあの雲に対処できる魔術師なんていねぇぞ」
剣狼騎士団でも、黒のシャーフについての被害は知っていた。そして、それが最近、帝都周辺を荒らしまわってることも。そして、その怪物が帝都にやってこない理由も知っていた。
かつて、この国の皇后が作った結界。それによって、この帝都には魔物が寄り付かなくなっているという話だ。それがどこにあるのか、というのは分からないが、こうして実際怪物が近寄らないようにしているのだから、結界が機能している、と考えるのが妥当である。
とはいえ、だ。それくらいの魔術は剣狼騎士団はおろか、この帝都には存在しない。いれば、とっくに対処している。だから、剣狼騎士団に怪物退治の命令がくだされたのだが。
「私もそのことで頭を悩ませていたのだ。この帝都にいる魔術師には、一応声をかけてみようと思うのだが……」
「無理でしょうねぇ……あっ、でもこの街以外の魔術師なら、どうでしょうかね」
スロットの何気ない言葉に、先に反応したのはリストンだった。
「どういう意味だ、スロット」
「いえね。昨日、あの御者がポロッと口にしてたんですけど、どうやらさっきの男、魔術師みたいなんですよ。もしかしたら、何か知っていることがあるかもしれませんよ?」
「おいこら、スロット。ふざけるのもいい加減にしろよ。あの連中に手を貸してもらおうってのか? 冗談じゃねぇ。というか、俺は女の方は何とかした方がいいと思ってる。何せ……あの女を毒殺したことを知ってやがったからな」
「……それは本当か?」
それは初耳だと言わんばかりな表情を浮かべるゼオン。
しかし、リストンが何故、あの二人に拘るのか、その理由は分かった。確かに、クラウディアの件について知っているのは、ごく限られた者だけ。
それが別の誰かが知っていた。
その可能性があるとすれば、それは……。
「―――正直な話、俺は、さっきの奴が、あの女なんじゃねぇかって疑ってる」
それは、あまりにも突拍子もない発言だった。
「本気で言っているんですか、それ」
「それ以外に考えられねぇだろ。何らかの原因で、あの女が実は生きていて、逃げ延びていた。そして、俺達に復讐するために帰ってきた。そうとしか思えねぇ。顔を隠しているのも、本人だと知られないためだろうよ」
「それはあまりにも強引でしょ。声や体つきなんか、全然違いましたよ? それに、あのクラウディア様が、男相手に素手で圧倒できるとは、僕は到底思えませんけど」
「馬鹿。五年も経てば、声や身体なんかは変わるんだよ」
「えー。それはあんまりな推測でしょ。第一、あの人が死んだかどうか、確認したの、リストンさんじゃないですか」
「そうだ。だからこそ、解せねぇんだよ。さっきの女がどうしてあの事を知っているのかってな」
自分が手を下し、そしてその秘密を知られないようにした。
そのはずだった。
だというのに、秘密が漏れていた。
これを解明しない限り、リストンはおろか、剣狼騎士団そのものの危機となる。
「だとするのなら……方法は一つ、か……」
「? 団長、何か策でも?」
「いや何。よく言うだろ? 友は近くに置け。そして敵はもっと近くに置け、とな」
ゼオンの言葉に、二人は顔をしかめるのだった。




