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序 ジグル・フリドー③

 一年。

 それがエレナとの旅の日数だった。


 彼女との旅は目まぐるしさの連続だった。依頼された魔物よりも強力な魔物を倒すハメになったり、依頼を口実に盗賊が襲ってきたり、魔物とは関係ないところで貴族のお家騒動に巻き込まれたり、と。それ以外にも様々な出来事があった。

 その度にお互いに力を合わせてやってきた。時には喧嘩もしたり、仲違いもしかけたが、それでも最後は一緒に頑張って困難を掻いくぐってきた。

 勇者パーティーとしての旅よりも、もはやエレナとの旅の方が長くなっていたが、それでも過去のことは未だに忘れられない。しかし、逆にそれが活きている場面もある。魔物や盗賊との戦いは勇者パーティーにいた頃の経験則のおかげで生き長らえている場面も多くあるのだから。

 そして一方でパーティーにいたころよりも想い出に残ることは多くあった。それは全てが明るいものではない。無論、暗く胸を突かれるようなことだってあった。それでも、多くの人と触れ合った。多くのことを知った。それはただ剣を振るっていただけでは掴めなかったもので、それこそエレナという少女がいてこそのもの。

 いつしかジグルの中では、旅が手段ではなく、目的となっていた。傭兵稼業もただ魔物を倒すだけではなく、困っている人を助ける、という名目に代わりつつあった。おかげで夫婦喧嘩の仲裁やら迷子探しなど、傭兵などがする仕事ではないこともやるようになり、それが結局大きな事件に巻き込まれる要因になったのも少なくはない。

 けれども、それを楽しいと思えるようになっていた。

 未だ自責の念は消えず、残してきたパーティーに対して罪悪感はある。それは例え、彼らが魔王を倒したとしても一生消えないものだと理解しながら、それを踏まえた上で彼は今を生きていた。

 そうして思うのだ。

 こんな旅がいつまでも続けばいい、と。

 エレナと一緒に波乱万丈ではあるが、国を、世界を回り、色んな人と出会い、触れ合い、時にはぶつかり合って生きていく。かつては勇者になることしか頭になかったジグルが初めて持った新しい生きがい。昔の自分では考えられなかっただろう。

 だが、それこそ彼が成長した証拠でもあった。

 しかし、だ。

 物語に始まりと終わりが必ずあるように、旅というものにも始まりと終わりがある。

 エレナとの旅の始まりは彼女の村。

 そして―――旅の終わりはとある日の夜の森だった。


 *


 エレナが高熱を出した。

 これがただの熱や風邪の類だったらよかったのだが、困ったことにこの土地に伝わる風土病みたいなもので特殊な薬草とキノコを調合したものでなければ治せないものだった。普段なら簡単に治せるらしいのだが、今その薬草とキノコがある森は魔物が多く出没するようになっていて、採取することができなくなっていたのだ。

 既に街医者には何人もあたった。だが、全員が首を横に振るだけだった。それもそのはず、ジグル達が街にやってくる前にも高熱を出した者が多く出て、彼ら彼女らに使ってしまい、既に街やその周辺では薬草とキノコが売られていなかったのだ。

 このままではまずい……そう思ったジグルは魔物がいる森の中へとエレナを連れて向かった。この時、エレナは置いていくべきだったかもしれないが、彼女があとどれだけ耐えられるかが分からなかった。もしも自分が傍にいない時に……と考えてしまうだけで恐ろしかった。幸い、医者から薬草とキノコの調合の仕方を教えてもらい、何とかジグルにもできそうだったのが救いか。

 森に入って約半日。薬草とキノコを見つけたジグルは早速調合を始め、出来上がった薬をエレナに飲ませた。

 すぐに回復するわけではなく、薬を飲ませてから数日は熱が下がらないが、それでも危機は脱した。

 これでもう安心だ。

 そう思えたのは、事がうまくいっていたからだろう。

 そう、うまくいっていた。行き過ぎていた。

 別に油断していたわけではない。警戒を怠っていたわけでもない。

 それでも薬草とキノコを手に入れ、調合が完了し、エレナに飲ませたことで気が緩んだのは確かだ。

 そこを魔物に襲われた。

 連中は待っていたのだ。ジグルが隙を見せるのを。すぐに襲えば逃げられてしまうかもしれない。だから待って待って待ち続けて、森の奥地まで行くのを確かめ、そして仕掛けたのだ。

 魔物にそんな知性があるわけがない……きっとユウヤならそう言うだろう。

 だが魔物だって生きている。考える力は人間に劣るかもしれないが、それでも獲物を狩るという本能を持っているのだ。どうやれば相手を追い込めるのか、どうやれば上手く相手を殺せるのか。そんなことをいつもしている彼らは、だからこそ人間の脅威になり得るのだ。

 そして、その脅威が一斉にジグルに牙を向ける。


「はあぁっ!!」


 エレナを背負いながら剣を振るう。今ので二匹程、胴体を切り裂いた。どんな魔物なのかすら確認する間も無く、ジグルは森の中を駆けめぐる。

 数が多すぎる。しかも種類が一つではなく、複数だ。これはまずい。一種類なら行動パターンも読めるのだが、複数あるとするのなら、それも通用しない。現にジグルが仕掛けた罠も数が足りず、既に意味をなくしていた。

 だが、今もっとも問題なのはこの状況。エレナを背負いながら戦うなんてハンデはあまりにもキツすぎる。身動きがとりづらいのもあるが、なにより激しい動きを続けてしまえばエレナの身体にも影響が出てしまうだろう。

 そして、最も問題なのは。


「うぐっ……」


 腹部に走る激痛に一瞬足が止まりかけるも、何とか抑えて走り続けた。

 最初の一擊。猪の魔物による角が見事にジグルの腹を抉ったのだ。すぐさま反撃し、その魔物は倒したものの、治療する間もなくこの状態である。

 毒はないようだったが、それでも重傷にはかわりない。このままいけば確実に待っているのは死。

 けれど、ジグルにはエレナもいる。彼女のことを見捨てることはできないし、するつもりはさらさらない。

 そんな彼に助け舟を出すかのように、目の前に洞窟が見えた。

 ジグルは即座にそこに入り、魔物がいないことを確認するとエレナを洞窟の奥で寝かせた。

 もうすぐ魔物達がやってくる。何もせず、洞窟の中でひっそりと身を隠す、というわけにはいかないのは百も承知。

 故にやることはただ一つ。

 ジグルが簡易的な治療を終え、そのまま洞窟の外へと出ようとした時。


「いかないで……」


 ふと、小さく震える少女の声が聞こえた。

 見るとエレナが弱々しくこちらに出していた。

 目が見えないはずなのに、まるでジグルがそこにいると分かっているかのように。

 その姿を見て、ジグルは小さく笑う。


「大丈夫。僕はちゃんと戻ってくるから」


 そう言い残し、今度こそ洞窟の外へと出る。

 やはり、というべきか。外には既に魔物の群れが待ち伏せていた。その数は百を優に超えている。ここに来るまでの魔物を全て合わせたら二百はいるのではないだろうか。

 まるでこの森全てがジグルとエレナを殺しにかかっている。

 いや、もしかすると世界が、か。

 しかし、だ。ジグルは思う。

 それがどうした。

 例え魔物が、森が、世界が自分達の生存を許さなくても知ったことか。

 自分は戦う。そしてエレナを守る。

 何故なら彼女は。

 その想いを胸の中にしまいながら、告げる。


「さぁかかってこい―――全員まとめて殺してやるっ」


 瞬間、ジグルの視界が魔物によって埋め尽くされた。


 *


 どれほどの時間がたったのだろうか。

 どれほどの魔物を殺しただろうか。

 分からない。分からない。分からない。

 最早思考がおぼつかない。今、自分が生きているのか死んでいるのか、戦っているのか殺されているのか。それすら自覚ができない。

 目の前は真っ暗。感覚はなく、剣を握る感触すら無く、そもそも痛みすらロクに感じない。恐らくは麻痺しているのだろう。

 ……いいや。もしかしたら、自分は既に本当に死んでいるのではないだろうか。

 だとするのなら、それは困る。恐らく魔物は全部倒した、そのはずだ。だが、それでもエレナは目が見えない。自分が力尽きてしまえば、彼女を森の中で一人にすることになる。熱が下がったところで、それは死を意味する。

 それはダメだ。何がなんでもそれは嫌だ。

 けれど、もうジグルには何もすることはできなかった。

 だから彼は、誰かを求めた。

 誰か、誰か、誰か。

 誰でもいい。誰でもいいから、あの少女を助けてくれ。

 偶然でも、奇跡でも、何でもいい。

 だから、だから、だから……。


「―――これは貴様がやったのか」


 そうして、声がした。

 まるでジグルの願いが天に届いたかの如く、そこに誰かがいたのだ。


「中々に大した腕前だな。見るからに魔物の数はおおよそ二百、といったところか。たった一人でよくもまぁこの数を相手に……」


 声は男のものだった。恐らく二十代後半、といったところか。視界が真っ暗で何も見えないため、その姿を捉えることはできなかった。

 だが、それでもジグルはこの奇跡を逃すわけには行かなかった。


「……だれ、か、いるんですか……」


 掠れた声。もうロクに舌も回らない状態で何とか言葉を紡ぐ。そして数拍空いた後「ああ、ここにいるぞ」と男の声が返ってきた。


「そう、ですか……あはは、すみません。夜だからか、暗くて何も見えないもので……」


 苦笑した、のだと思う。

 自分がどんな顔をしているのか、既にジグルには確かめようがなかった。


「率直に言うが、貴様の命はあと僅かだ。何か言い残すことはあるか?」


 男は何の遠慮もなく、死の宣告を口にした。

 非情……ではない。ここで気休めな嘘などつかれても意味はない。それよりも現実を口にした上でこちらの思い残しを聞いてきた……それだけで、恐らく目の前にいるであろう男が悪い人間ではないというのが、何とはなしに伝わってきた。


「あの……すみません。洞窟の奥に、女の子がいるんですが……彼女のことを、頼めないでしょうか」

「貴様の親類か?」

「旅の、仲間、です……今は熱が出ていて眠っています。彼女、目が見えなくて……だから、このままだと森の中で死んでしまうかもしれない……」


 だから、という理由ではないが、ジグルは男に頼むしかなかった。


「今日、しかも今ここに来たばかりの、赤の他人に、そんなことを頼むのか」


 それは当然の言葉だった。本来なら、自分の大切な人間を知らない男に預ける、なんてことはできないし、したくない。非常識云々よりもそれはしてはならないことだと理解している。

 けれど、だ。最早それ以外の道はなかった。


「図々しいことなのは、わかってます。けど、それでも……貴方にしか頼めない」


 言うとジグルは懐に手をいれる。手が震えているのがよく分かり、それでも金貨が入っている小袋を取り出した。


「ここに、僕の全財産があります……これで、どうにか……」


 言うと小袋が手から離れていく感触がした。

 そして少しの沈黙の後、男の言葉が続いた。


「……いいだろう。ただし、条件が一つある」

「じょう、けん……」

「ああ。何そんな難しいことじゃない。ただ―――」


 そこから男は条件の説明をし始めた。

 正直、その内容には驚かされた。有り得ない、とさえ思う。もしもこんな状況でなければ信じていなかったかもしれない。

 けれど、だ。こんな状況で話す男の言葉に嘘は感じられず、それ故ジグルは男を信じることにした。


「……分かりました。それで、お願いします」

「よかろう。ならば、ここに契約はなった。貴様が払う代償により、我がその娘の安全を保証しよう。故にもう休め、貴様はよくやった。眠るが良い、名も知らぬ誇り高き剣士よ」


 誇り高き剣士。

 その言葉に少し、心がすくむ気分になった。


「はは……そんなことを言われたのは、初めてです……でも……ありがとうございます……これでようやく……」


 そこからはもう何も言えなかった。

 安堵したせいか、全ての力が抜けきるのを感じる。朧げだった意識がだんだんと遠のいていくのを実感する。

 その中で思うことはただ少女の安息と彼女への謝罪。


(エレナ……約束、守れなくて、ごめん……)


 そんな言葉を心の中で呟きながら、ここに一人の青年の意識は完全に途切れたのだった。

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