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七話 剣狼到来①

 翌朝、エレナは目を覚ました。

 本人曰く、身体の節々を動かすと痛いということだったが、それは所謂筋肉痛のようなもので、動けない、というわけではないとのことだった。


「ご迷惑をかけて、すみません」

「構わん。今回のことは、ワレの不手際でもある。貴様だけのせいではない」


 そう。黒のシャーフの正体をいち早く気づいたエレナがいなければ、自分達はここにはいなかったかもしれない。それを考えれば、彼女に感謝こそすれ、怒る道理などない。

 ゲオルとエレナは部屋で朝食を済ませると、話を再開させた。


「早速だが、これからのことについて、話がある」

「……黒のシャーフ、ですね」


 エレナの言葉にゲオルは無言で頷いた。

『六体の怪物』の一体、黒のシャーフ。あの巨大な怪物を相手に、これからどうするのか、それを話さねば、ここから先へは進めない。


「あれは一種の災害のようなものだ。以前の紫のシュランゲとは違い、宙に浮いていて、こちらの攻撃の範囲外にいる。もし、跳躍などすれば、届くかもしれないが、しかし、相手は雲。素手での一擊に、意味はないだろう。さらにいえば、あれは雷雲でもある。無闇に雲の中へと飛び込むのは、雷の地獄へ落ちるのと同じようなもの。自分が死ににいくようなものだ」


 ここまでの説明に、エレナは小さく頷いた。


「だから、今回は物理攻撃ではない手段で倒す……ということですか?」

「そういうことだ。しかし、何度も言うように、ワレは魔術を使えん。故に、使える手段はただ一つ。魔道具だ。本来、魔道具とは、魔術を使用する際にその工程を短縮したり、己の魔術を高めたりする場合に用いるが、改造をしてやれば、魔力が無くとも魔術を使用することができる。以前使った『爆石』もその一つだ」


『爆石』。以前、紫のシュランゲを倒した際に使った魔道具。

 その威力は絶大で、ゲオルの屋敷ごと、シュランゲの本体を吹き飛ばしてしまった。つまり、それだけの威力を持つ魔道具をゲオルは作れるということだ。


「今、知り合いに魔道具の材料を揃えてもらっている。二、三日後には用意できる、とのことだ」

「そうですか……って、あれ? ゲオルさん、帝都は初めてだったんじゃ……」

「その点については、追々と説明する。それよりも、貴様のことだ。今回、貴様を一緒に同行させるわけにはいかない。その理由は、言うまでもないな」


 はっきりとした言葉に、けれどもエレナは反論しなかった。

 前回、シュランゲとの戦いは、予想外のものだった。あの時の目的は、ゲオルの屋敷に行って、身体の所在について調べる、というものだった。だからエレナも同行していた。

 だが、今回は違う。目的そのものが、『六体の怪物』の討伐だ。シュランゲの時は、エレナは偶然一緒にいたに過ぎない。

 彼女も分かっている。目が見えない自分が、戦いにおいては、何の力にもなれない。

 日頃から世話になっているゲオルに対し、何かしら役に立ちたいという思いは無論ある。しかし、ここで自分も一緒に行く、と言っても意味はなく、足手まといになるだけだ。

 だから、彼女が口にするのは、謝罪の言葉だった。


「……すみません。ゲオルさんばっかり、大変な思いさせてしまって……」

「何を今更。面倒事など、これまでもいくつもあったことだ。今回もその一つに過ぎない。それに、ワレが『六体の怪物』を倒すのは、ワレの身体を取り戻すためでもある。言ってしまえば、これは自分のためでしかない。だから、その、何だ……貴様がそう落ち込む必要など、どこにもない」


 ぎこちないゲオルの言葉に、エレナは小さく笑った。


「ありがとうございます」

「……別に礼など求めておらん。それよりも、だ。ワレがシャーフと戦っている間、貴様は必然的にここで留守をすることになる……だが、目が見えない貴様では、行動に限りが出てしまうだろう」

「……そうですね。今までも、村の人やジグルさん、ゲオルさんに助けてもらっていました。でも、今回は自分で何とかします。気配とかも、何となく分かりますし……」

「阿呆か。何となく、で生活なんぞ、できるわけがないだろうに。確かに貴様は目が見えなくとも料理はできるし、一人で歩くこともできる。その第六感はワレにも目を見張るものがあるのは認めざるを得ない。だが、貴様が言ったように、これまでは他人がいたからどうとでもなっていた代物。本当に一人になってしまえば、外へ出ることすらままならんはずだ」


 エレナの第六感は、人や敵の気配を察知するだけではない。そこに何かがある、というのを何となくではあるが、理解できている。ここまでの旅で彼女は一人で歩いてこられたし、階段や段差、目の前にある障害物もゲオルが言うまえに何とかしている。

 しかし、だ。それはあくまで何となく。料理だって材料はゲオルが用意しているし、目の前にあるものの姿形がどんな風になっているのか、細かいことがわからない状態だ。

 そんな状態で一人、残しておくわけにはいかない。恐らく、彼女が病気になった時、ジグルが一緒に連れて行ったのも同じ理由なのだろう。


「そこで、だ……貴様には、『眼』を身につけてもらう」

「『眼』を……身につける?」


 意味不明な言葉に、エレナは首を傾げた。

 しかし、その反応はゲオルの予想通りのもの。

 彼は、ベッドの横に置いてあった一本の棒をエレナに渡す。


「取り敢えず、これを持て」

「これは……何ですか? 棒きれ、みたいな感じですけど……」

「人が作ったものを、棒きれと呼ぶな」


 とは言うものの、見た目はどう見ても棒きれそのもの。長さはエレナの身体の半分程。敢えて違う点があるとすれば、取っての部分と逆方向の先端は骨が付けられており、その部分には何やら文字が刻まれてある。


「す、すみません……」

「ふん。まぁいい。それより、それ両手でぎゅっと掴め」

「こう……ですか」

「そうだ。そのままじっと集中しろ。昨日の馬車と同じだ。自分の力を注ぎ込むようにな」

「え、でも私、昨日みたいに、薬とか飲んでないんですけど……」

「今回は薬は必要ない。魔術を使うのとは違うからな。所持者が自分であると、それに理解させるためのもの。故に、魔力もそんなには必要としない。そら、やってみろ」


 言われて、エレナは昨日と同じく、深呼吸をしながら棒に力を注ぎ込む。集中が増したのか、これまた昨日と同じく、彼女の身体から紫色の魔力が微かに溢れながら、棒へと入っていく。


(昨日もそうだが、この小娘、魔力を注ぎ込むのが上手いな……)


 普通、魔力を注ぎ込む作業というのは、自分に流れる魔力がどのように流れているのか、把握しておかなければうまく流れない。力を集中させる、とはいうものの、それを簡単にできる者は少ないのだ。逆に言えば、魔力を思うように流し、注ぎこむことができる者は、魔術師の才能がある、とも言える。

 とはいえ、今はそのことには触れないでおく。


「よし、そこまでだ。どうだ、感触は」

「えっと……手触りがよくなった、ような気がしますけど……」

「それはそうだろう。それが、杖が貴様のものになった証拠だ。その杖は、持ち主が扱い易いようになるよう細工がしてあるからな」

「そうなんですか……ありがとうございます」

「? 何故今、感謝の言葉を述べる?」

「だって、これ、ゲオルさんが目が見えない私に、物や人がどこにあるとか、分かるように作ってくれたんですよね?」


 その言葉に、ゲオルは数拍の沈黙の後、大きなため息を吐いた。


「貴様……まさか本当にワレが、そんなことのためだけに、それを作ったとでも?」

「え? 違うんですか?」

「違うわっ。そもそも、貴様は気配で人や物がどこにあるか、分かる体質なのだろうが。そんな者に、今更ただの棒を渡してどうする」


 言われてエレナは「そういえば」と小さく呟いた。


「では、この棒は一体……」

「まず一つ訂正しておくとだな、それは棒ではない。杖だ」

「杖……?」


 言われて気づく。

 そう言えば、先程からゲオルはこの棒のことを「杖」と口にしていた。


「いいから。取り敢えず、その杖で一度、床を叩いてみろ」

「床を、叩く……」


 言われて、エレナはその場で杖の底で、床を小さく叩いた。

 刹那―――彼女の世界が変わる。


「―――――――――えっ?」


 思わずきょとんとした声が漏れてしまう。

 それもそのはず。彼女が今まで見ていたのは、真っ黒な世界。そして、白い何か。その何か、というのは、人や物の気配。そこにあるのは分かっていても、それが何なのか、形すら細かく知ることができなかった代物。

 それが、今、形を成していた。

 そこにあるのは……いや、いるのは、男の人。背丈は自分よりも上であり、肩幅が少し広い。顔は見えないが、骨格ははっきりと分かり、手の先がどこにあるのかまで理解できる。

 それが、ゲオルだと理解するのに、時間はかからなかった。

 それだけではない。彼女は今、部屋にいる。それが窓が二つあって、ベッドも二つあって、長方形の机が一つあって、絵が一枚飾られてあって等……部屋の詳細が見えていた。

 その色合いは黒と白。黒の世界に白い輪郭を伴いながら、世界が姿を現したのだ。


「これは、なん、ですか……どういう……」

「何、難しいことをしたわけではない。その杖は、持ち主の感覚を研ぎ澄ませる能力を持っている。貴様は視覚を失ったことで、それ以外の全ての感覚が常人よりも鋭利になっている。それをその杖でさらに強化しただけだ。音や体温、風の流れ……そういった諸々から、どこに何があるのかを、何となく、ではなく、はっきりと分かるようにした。まぁ恐らく人の顔などは判別しづらいだろうが、それでも男か女かくらいは分かるだろう。……とはいえ、流石に色彩については判別はつかんはずだから、食材などを買いにいくときは十分注意することだ。あとは……」

「う……ぐっ……」

「……な、何故そこで泣く? どこか異常があるというのか? もしや、魔力調整を誤ったか? それとも強化が強すぎたか? くっ、まるで分からん。おい、小娘、ちょっと身体のどこか調子が悪いのかをだな……」

「違……うんです。これは、別にどこか、痛いとか、そういうんじゃ……ない、んです……」


 エレナは涙を流しながら、思う。

 きっとゲオルは片手間で作ってくれたのだろう。これがあれば、便利だろう……そんなノリで作ってくれたに違いない。彼にとっては、何も難しいことではなく、そして、凄いことでもないのだろう。

 だが、エレナにとっては違う。

 今まで見てきた世界が変わった……文字通りに、そうなったのだ。

 もう諦めていた。目が見えることなどないと思っていた。実際、今も目が見えている、とは到底言えない状況なのだろう。

 だが、それでもエレナは、涙を流さずにはいられなかった。


「ゲオルさん……本当に、本当に、ありがとうございます……」


 少女の涙、そして告げられる感謝の言葉。

 それに対し、ゲオルは、一瞬固まり、言葉が出ない状況だった。

 彼には分からなかった。自分がした偉業を。自分が、この少女に希望を与えたことを。ただ、便利になるだろうと思って作ったものが、ここまで感謝されるものだとは、思ってもみなかった。

 だから、彼がいつもの調子に戻るまでに、少しばかり時間が必要だった。


「ふ、ふん。何度も言わせるな。別に、大したことなどしておらん。それに、使用時間が限られている。貴様の今の魔力量からして、一日に、十二時間……半日が限度だろう。まぁ就寝時間や食事の時間は使わないとすれば、十分私生活に使える代物だが、いざという時のためにとっておくというのも……」

「―――ゲオルさん」

「何だ、まだ使用説明の途中だぞ」

「外に、誰かいます。それも複数、四人程度。多分、武装した男の人です」


 言われて、瞬時にゲオルは構える。もはや、この流れも何度目だろうか。

 しかし、今回は人数すらも口にした。感覚の精度を上げたおかげだろうか。

 などと考えていると、次の瞬間、扉が蹴破られ、男達がぞろぞろと入ってきた。

 その数は四人。全員武装した男達であった。

 エレナの言葉が正確になったのを確認しながら、ゲオルは疑問を口にする。


「貴様らは、何だ?」


 ゲオルの言葉に、男達の一人が怒鳴りつけるように答えた。


「我々は、剣狼騎士団の者だ。貴様達を国家反逆の罪によって拘束するっ」


 剣狼騎士団。

 それは、まさしくゴリョーが関わるなと言っていた騎士団の名前だった。

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