三話 喪服の女③
ヘル。それが喪服の女の名前だという。
恐らく偽名だろう……というのは雰囲気で何となく分かる。というか、あちらは隠すつもりが全くないようだった
しかし、そこを敢えて追及するつもりはない。元々ゲオルとて偽名を使っている。失礼だとか、人としてどうなのかとか、そんなことを言うつもりはさらさらなかった。
「では、お二人は、帝都は初めてというわけなのですね?」
「はい。ヘルさんは行ったことがあるんですか?」
「ええまぁ。そうは言っても、もう随分と前の話ですから、色々と変わっていると思いますけれど」
エレナはヘルと世間話をしていた。なら、ゲオルは何をしていたかというと、少し離れた場所で一人腕を組み、睡眠をとっている。
「あの、もしかしてなんですけど、ヘルさんって実は貴族の方だったりします?」
「あら、よくお分かりになりましたね」
やはりそうか。
言葉遣いや声音から、どこか気品のある雰囲気が感じ取れるため、普通の身分の人間ではないとは思っていたが、まさか本当に貴族だったとは。
「す、すみません。貴族の方に気安く話しかけてしまって……」
「別に構いませんわ。正確に言えば、貴族ではなく、元貴族。色々ありまして、家から除名された身ですの。ですから、今のわたくしはただの旅好きの女。畏まる必要などありませんわ。先程までと同様、ヘルと呼んでくださいな」
「は、はい……」
言うものの、未だ緊張が解けないエレナにヘルはふふっと笑った。
「では、こちらも一つ聞いてもよろしくて? エレナさんとゲオルさんは、どういった仲なのでしょう? 親娘、ではないでしょうし、兄妹とも思えません」
「そうですね……複雑なので、一言で言い表すのは難しいですが……強いて言うのなら、目的が重なった旅の仲間、といったところですかね。私は足手まといで、迷惑とかよくかけちゃってますけど……」
流石にゲオルの身体のことや、ジグルのことは口にできないため、エレナはかなりぼかした表現をした。
しかし、旅の仲間、という点は間違っていない。そして、自分が迷惑なことをしていることも事実だ。
それをいつも助け、そしてなんだかんだで受け入れてくれているゲオルには感謝している。
その言葉にヘルは少々拍子抜けな声を出す。
「そうでしたの。わたくし、てっきりお二人は恋仲かと」
ヘルの言葉に、エレナは真っ向から否定せず、苦笑を漏らした。
まさか、ゲオルが使っている身体の持ち主に恋慕している……などとは言えない。
それを察してか、先程まで寝ていたであろうゲオルが口を挟む。
「くだらん事を口にするな。それよりも、貴様……そのヴェール、魔道具だな?」
「あら、お分かりになるのですのね。そうですわ。昔、友人に作ってもらったものでして、相手には顔が見えませんが、こちらからは見えるようになってるんです」
ヘルの言葉にゲオルは、視界の悪い色濃いヴェールをしていて、何故あそこまで動けたのか、納得した。
「このヴェールが魔道具と気づくなんて……ゲオルさんは、もしかして魔術師か何かで?」
「何か、ではなく魔術師だ。そういう貴様は拳闘士か何かか? その細腕でよくあの人数の男をさばけたものだな」
「そんな大層なものではございませんよ。ただの護身術です。昔、東の方へ出向いた時、知り合った老人に習った程度のものですわ。女の一人旅は、何かと危険ですので」
「ただの護身術、か」
それはない、とゲオルは心の中で呟いた。
確かに女の一人旅が危険だというのは分かる。だから護身術を習うのも分かる。が、先程の攻撃は、習った程度で身につくものではない。人体の構造や、人がどの動きをした時どこが弱点となるか、弱点をつく時はどれだけの力を叩き込めばいいのか……知識は無論、技術や鍛錬は絶対に必要不可欠。
ゲオルの場合はこれと対極。
彼の場合は所謂喧嘩殺法。度重なる戦いの中で得た経験とその結果身につけた腕力。無論、拳を鍛えることはしているが、技術としてはかなり下位のものだ。
剛と柔。それがゲオルとヘルの戦い方の違いである。
どちらが上なのか、それは実際やってみないと分からないだろう。ただ、確実に言えることは、目の前の女はか弱い旅好きの女ではない、ということだ。
「けれど、所詮は護身術。人やただの魔物相手なら大丈夫ですが、今、帝都の周りを騒がせているという巨大な魔物には通用しないでしょう。何でもその正体は『六体の怪物』の一体、黒のシャーフという噂ですし。しかも空を浮遊していると言う話です。飛び道具があるならともかく、素手で倒せるとは思えません。木の上から跳躍して届く距離にしたとしても、巨体を弾きとばす腕力や脚力は、わたくしにはありませんから。とはいえ、そもそもそんな無謀な事をする方はいらっしゃらないと思いますけど」
「そ、そうですよねー。あはは……」
悪意など全くないヘルの言葉に、エレナは乾いた声で相槌を打つ。
まさか、それを実践しようとしている人間がここにいるとは言えない。
「そういえば、お二人は帝都へどのような御用で? やはり、観光ですか?」
「えーっと、まぁ、そうですね。そんな感じです」
今、話題になっていた『六体の怪物』を倒しに来ました、などと言っても信じてもらえるはずはないし、頭のおかしな奴だと思われるだけだ。
「ヘルさんも観光ですか?」
「ええ……と言いたいところですけれど、それとは別に目的がありまして。人を探しておりますの」
「人探しですか? その人が帝都にいると?」
「ええ。居場所はわかりませんが、十中八九、帝都にいるはずですから、いずれ会えるとは思います」
その言葉にゲオルは先程の言葉を思い出す。
それが、彼女がどうしてもやらなければならないこと、ということなのだろうか。
まるで古い知人に会いにいくような口調だが、ゴリョーに言っていた言葉から感じられたのは明らかにそんな生易しいものではない。
もっと別の何か。そう、例えば―――
刹那、そこで閃光が走った後、雷鳴が轟いた。
「雷ですわね」
言われて窓の外を見てみると、先程まで晴天だった空を暗雲が支配しており、ゴロゴロと小さな雷音が聞こえてたかと思えば、また轟音が鳴り響く。どうやら落ちたらしい。雷光と雷音の誤差から考えて、そこまで遠い距離ではない。
「変ですわね……先程まで、晴れていたというのに」
「ふん、どうせ通り雨であろう。気にするようなことでは……おい小娘、何故耳を塞いでいる?」
見るとエレナは両手をしっかりと両耳にあてた状態で、いつの間にかその場に蹲っている。しかし、耳を手で押さえているとはいえ、完全に遮断できているわけではなく、一応はこちらの声も聞こえているらしい。
「き、きき、気にしないで、ください……」
言葉とは裏腹に声は震え、身体も小刻みに動いている。
「……小娘、貴様まさか、雷が怖いのか?」
「こ、怖いというか、苦手というか……私、目が見えない分、音にも敏感なんで……特に、雷の音はどうにもびっくりしてしま……ひぃ!!」
再び雷の音と同時にびくつくエレナ。その姿に「あらあら」と言いながら、ヘルが落ち着かせるようにそばへ行く。
震えるエレナに、ヘルは宥めるかのように背中をさすりながら、ゲオルに尋ねた。
「帝都まではあとどれくらいかかるのでしょうか?」
「さぁな。御者の話では、今日の夕方にはつくとのことだが、正確な時間は分からん」
「では、しばらくこの状態が続くということですの? エレナさん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。どうせ通り雨ですし、そのうちおさまると……あれ?」
「ん? 今度はどうした」
「いえ、その……雨音が、全然しないなって思って……」
言われてみればその通り。空を見上げたが、確かに雨は一滴たりとも降ってはいなかった。見えるのは暗雲と雷、そして聞こえてくるのは雷音だけだ。
どうせ今だけだ。そのうち降り出すだろう……そう言いかけたゲオルに、エレナは先に言葉を言う。
「あと、その……妙なんです」
「妙? 何がだ」
「えっと、ですね……さっきまで雷のせいで気づかなかったんですけど……物凄く、大きな気配を感じるんです。動きはゆっくりで、でも巨大で、まるで雲そのものが生きているような、そんな感じに」
その言葉に似たような言葉をゲオルは一度、聞いたことがある。
そう、あれはゲーゲラの近くの森。あそこでも、エレナは今と同じようなことを言ってはいなかったか?
地面の下で何かが蠢いている……その言葉通り、紫のシュランゲは地面の下に身を潜ませていた。そして、それ以外にも今までエレナの直感が、外れたことは一度もなかった。
と、いうことは、だ。
「っ!? まさかっ」
ゲオルは目を見開き、空を見上げる。同時に黒のシャーフの情報を思い出す。
黒の単色で、巨大で、浮遊しており、帝都の近くの場所を襲っている。
加えて、今のエレナの発言に、一滴も雨を降らせない暗雲。
人は成長する生き物だ。一度失敗したことを、二度もやるなど愚の骨頂。それは成長していない証拠そのものだ。そして、ゲオルはその愚の骨頂を何度も味わい、体験した。故に、間抜けだの、慢心だのと言われたことも多々ある。
だが、しかし。敢えて言わせてもらう。こんなもの、誰が想像できるというだろうか。
暗雲そのものが、『六体の怪物』の一体だと。
「そんな馬鹿な……」
確証はない。証拠もない。ただの憶測。
そのはずなのに。
まるで、ゲオルの考えを裏付けるかのように、馬車の真後ろに雷が落ちたのだった。




