一話 喪服の女①
ゲオルは自分の身体が誰の手にあるのかを知った。
正直、もう絶対に見つからないと思っていた代物。はっきり言って、既に諦めていた。だからこそ、彼は身体を何世代にも渡って、他人の身体を乗っ取りながら生きるという方法を使っていた。故に、見つかったことへの喜びは無論あった。
だがしかし、盗んだ人物が魔王だという、とんでもないオマケ付きだったのが厄介この上ない。
何故、魔王だとは考えなかったのか……恐らく、そういった意見もあるだろう。ゲオル自身、魔王なら確かに有り得る、と思ったくらいだ。だが、考えて欲しい。自分の身体を盗んだ者がまさか世界を破壊しようとしていた者だと、誰が思う? これが魔王と知り合いだったとか、血縁関係があったとか、そういった繋がりがあるならまだしも、ゲオルにあんな飄々とした魔王に心当たりはなかった。いや、魔王どころか知り合いそのものが少なかったのだが……それは今は置いておく。
認めたくないことではあるが、あの魔王は相当な力の持ち主だ。本体ではない分身で聖剣の輝きを止め、勇者の動きを封じ、そして最後には気絶させた……それだけの技術を持っているのなら、ゲオルの結界を破ることもできるだろうし、またゲオルに気づかれないように隠蔽することも可能だろう。
つまり、何が言いたいかと言うと、だ。
「身体を見つけられなかったのは、奴の魔術が優秀だっただけのことで、決して、けっして、ワレが間抜けだったというわけではない」
「もう分かりましたって。それ聞くの、これで二十回目ですよ」
揺れる馬車の中で向かい側に座りながら、自らが間抜けではないと言い訳……もとい、語るゲオルに、エレナはため息を吐いた。
二人は今、駅馬車というものに乗っている。都市と都市を行き来する馬車である。とはいっても、未だ未開発な道が多く、行き来できる場所も少ない。何より料金が馬鹿みたいに高いときた。そのため、使用する者、使用できる者が限られている。
今回、二人がそんな駅馬車を利用した理由としては、移動速度。彼らはこれから『六体の怪物』を退治するという目的の下、旅をしている。しかし現在分かっている『六体の怪物』の居場所はバラけており、しかも遠い。徒歩しか使えない場所も無論あるが、しかしずっと歩きっぱなしというのは時間がかかりすぎる。だからこその駅馬車。歩くよりかは断然楽だし速い。
ならば自ら馬を使えばいい、という話になるのだが。
「でもびっくりです。ゲオルさん、馬に乗れないなんて」
「だから乗れないのではなく、使わないだけだっ。連中、ワレが背に乗ろうとすると必ず暴れだすのだっ。全く、何が気に食わんというのだっ。大体だな、自らの馬を持つということは、面倒を見なければならないということだ。餌や飲み水、毛並みの手入れ、病にかかった場合の治療、その他もろもろの手間を考えれば、馬車を使う方が金がかからな……」
「とはいいつつも、結局使えないことにはかわりないんですよね?」
ぐうの音もでない事実に、流石のゲオルも返す言葉が見つからない。
イラつきながらも鼻を鳴らし、そのまま窓の外に視線を向けるその姿は、まるで子供である。
全く、と思いつつも彼を怒らす話題を振ったのはこちら。ならば、話を変えるのもエレナの役目だろう。
「それにしても、駅馬車の利用者が私たちだけだったのは意外です。確かに料金は高いですが、それでもあと一人や二人は乗っているものかと……」
この馬車は最大八人は乗れるようになっている。が、実際搭乗しているのはゲオルとエレナの二人だけ。いくらかねがかかるとはいえ、利用する者は大勢いる。だというのにこの伽藍堂は一体どういうことなのか。まぁそのおかげでゲオルが身体のこと云々を言っても大丈夫なのだが。
これが田舎などに向かうのなら分かるが、しかし今回向かっている行き先が行き先なだけ、気になってしまう。
「レムナント帝国、帝都ジーズ。観光に向かう人や仕事で行く人とか、もっといると思いました」
レムナント帝国。この大陸の二大国家のひとつと言われる国。救国テスタントと肩を並べる列強であり、大陸の北部に位置する。国土は広く、人も多い国だと言う。そして多くの知識・技術が生まれ、帝都ジーズはその集大成と言われている。それを見るために観光に行く外国人や知識や技術を学びに行く学者なども大勢いると聞く。
そんな場所へ向かっているというのに、人が少なすぎるというのは一理ある。
が、ゲオルは、また鼻を鳴らしてエレナに言う。
「ふん。何をいうかと思えば。ワレらが向かう理由を忘れたか」
そう。自分達はなにも観光のためにジーズに行くわけではない。彼らの目的は、あくまで『六体の怪物』。それを退治し、魔王の下へと向かい、それをも倒し、ゲオルの身体を取り戻す。それがこの旅の目的。
ゲオルはアンナからもらった地図を取り出す。そこには確かにジーズに×の印がされてあった。
「あの連中の調べだと、ジーズにいるのは『黒のシャーフ』らしい」
「どんな怪物なんですか?」
「さてな。わかっていることは宙に浮かぶ見たこともない黒い怪物が帝都近くの草原や山、森に現れては暴れている、ということだけだ。恐らくそれが関係しているのだろう。危ないものがいる場所に、わざわざ観光に行こうだなどと思う奴はいるまい……それにしても、連中め。ロクに調べてもないものをよこしおって。これでは本当に『六体の怪物』なのかどうか、分からんではないか」
「まぁまぁ。なにも手がかりがないよりはいいじゃないですか。それにしても、宙に浮かぶ黒い怪物、ですか……もしもそれが『六体の怪物』なら厄介そうですね」
「ふむ。魔術を使えば飛行など簡単だが、今はそうもいかん。が、何問題ない。木の上からでも跳躍し、一擊入れればそれでしまいだろうさ」
不敵に笑いながら、余裕の表情を浮かべている……のだろうとエレナには分かった。
しかし、それが逆にエレナにとっては不安だった。ゲオルは悪人ではない。が、調子に乗ると失敗するクセが見受けられる。以前の紫のシュランゲの時も、油断したせいで強力な毒にやられていた。相手が規格外だったから、というのもあるが、もう一度同じような相手と戦うのだから、慎重になるべきなのは当然のこと。
エレナは戦い関してはなにもすることはできないが、しかし指摘することは大切だろう。
「そうやって自信を持つのはいいですけど、それで油断をしては―――ゲオルさんっ」
叫ぶエレナ。彼女がこういう反応をする時は大体どういうことなのかは決まっている。
刹那、馬車が大きく揺れたかと思うと、そのまま停車した。
何が起こったのか……それ御者に問うまでもなかった。
窓の外を見てみると前方に、いかつい顔をした連中が四人がかりで通行止めをしている。そして、周りの森の木々の奥から複数の人影が馬車を囲うように迫ってきていた。無論、全員その手には武器を持っている。
馬車を止め、武器を持ち、周りを囲む。
挙句。
「そら、さっさと降りやがれ!! 金目のものを出しゃ命はとらねぇよ!!」
などと叫ぶ連中。
どう考えても盗賊以外の何者でもなかった。
「全く、どこの国、どの場所でもこういう輩はいるものだ」
面倒くさそうにつぶやくと、「貴様はここにいろ」と言い残し、ゲオルはそのまま下車する。
見ると若い御者は震えあがっており、両手を上げて降参の姿を晒している。一方、下車してきたゲオルを見て、髭の濃いリーダーらしき男が口を開いた。
「はっ。素直じゃねぇか。話が分かるようで助かるぜ。さぁ、さっさと金目のものを出しやがれ!!」
その言葉に内心ため息を吐きながらゲオルは拳を握る。
相手の数は十五……いや二十か。全員が武器を持ってはいるものの、全て剣や槍のみ。弓矢の類は一切ない。つまり遠距離からの攻撃はできないということ。まぁあったとしても叩き落とすだけの話なので問題はない。
などと考えていると。
「あの―――少し、お待ちになってもらってもよろしいでしょうか」
ふと、女の声が聞こえた。
それはここにいる皆に聞こえたらしく、全員が声がした方へと視線を向ける。
森から出てきたのは、やはり女……なのだろう。何故断言できないかというと、その顔が色の濃い黒のヴェールで覆い隠されていたためだ。長い髪は後ろで二つにまとめられた形になっており、服装も黒いドレス……というよりは、喪服そのものだった。両手にしている手袋も黒であり、まさに黒一色。
しかし、手袋と服の間から見える二の腕や露出した肩、そして開けた胸元は反対に色白であり、対照的な色合いであった。
不思議である。顔が見えていないとうのに、清楚な雰囲気の中にある妖艶さ……対照的なものが混ざり合ったかのような空気を醸し出していた。
盗賊のほとんどが、彼女に魅入っている中、リーダーの男は顔を横に振り、正気へと戻りながら、女に向かって言う。
「だ、誰だテメェはっ」
「ああ、すみません。あなたではないんです。そこの、御者の方」
「ひゃい!?」
唐突に呼ばれた御者は奇妙な声を上げる。
「な、ななな、なんでしょうか?」
「すみませんが、その馬車はどこへ向かうものですか?」
「て、帝都のジーズに、行く、よ、予定なんですが……」
「まぁそれは良かった。わたくし、帝都に用事がありまして。徒歩で行くのも良いとおもっていたのですが、少々疲れてしまいまいて。よければ一緒に乗車させてもらっても構いませんか? 勿論、料金も払いますわ。席は空いているでしょうか?」
「あ、空いては、いますが、その……」
「空いているのですか? それは幸運ですわ。では早速……」
「おいこら!! 何勝手に話進めてんだテメェ!!」
流石に無視され続けるのに頭にきた男は、喪服の女の言葉を遮る。
「テメェ、ふざけたこと言ってんじゃねぇ!! 滅茶苦茶美人そうな声しやがって!! 状況分かってんのか!! 俺たちゃ女は傷つけないって決めてんだよっ。だからさっさと……」
どこかへ行け……そう男は続けたかったのだろうが、そこから先、言葉続くことはなかった。
何が起こったのか、簡単に言うとだ。
女は盗賊のリーダーへ一気に間合いをつめ、懐に入り、左手で剣を持っている腕を掴み、右手で顎に掌底を叩き込みながら、そのまま頭を地面へと叩きつけた。
無論、言うまでもないが、男は白目を剥いていた。
「……、」
盗賊達が唖然とする中、ゲオルは一人目を細めていた。
女の顔は相変わらず分からない。どうやらあれは、ただのヴェールではなさそうだ。
しかし、だ。
「まぁ、お優しい盗賊さんですこと。けれど、ごめんなさいね。わたくし、その馬車で帝都に行くと決めましたの。ですから―――早めに片付けさせてもらいますわね?」
顔は分からないが、そのヴェールの下に小さな笑みを浮かべていることは、見えなくても理解できたのだった。
*2018/8/16 日刊総合ランキング一位になりました。
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