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序 ジグル・フリドー②

 ジグルが勇者パーティーから去り、三ヶ月が経過した頃。

 彼は魔物退治の傭兵として歩き回っていた。

 本来ならばギルドと呼ばれる組織に属さなければならないのだが、一応これでも勇者パーティーに属していた人間だ。そんな人間がパーティーを抜け、ギルドに入った、などと知られれば残してきた彼らに悪影響を及ぼすかもしれない。それは国元に帰ったとして同じこと。まぁ、勇者を目指すことで家族からは勘当されているような身なので、帰るとこなどないのだが。

 ともかく、ジグルは大きな組織には属せない。かといって、何もしなければ金は尽きる。そして、彼には剣しか能がない。結果、傭兵という結論に至った。

 傭兵はギルドとは違い、個人でもできる。後ろ盾がなく、それ故にギルドと比べて仕事を選ぶことがあまりできないが、それでも自由気ままにやれるのはいい。

 そして、彼はとある村にやってきていた。


「……これはひどいな」


 辺り一面、人の血が巻き散らかされている光景を前に、そんなことを呟く。

 この村は以前から魔物に襲われているという報告があった。それゆえ近くのギルドに依頼を嘆願していたのだが、内容の割にあまりの金額の低さに誰も依頼を受けようとはしなかった。それ故、傭兵であるジグルの元にまで依頼が来るようになった。そして、ジグルはそれを受けた。確かに金額は低いが、それでもジグルの腕なら問題ないし、なにより魔物関係で困っているのなら見過ごせない。

 そう思ってやってきたのだが。


「手遅れ、だったか」


 村の惨状を前に苦い顔をしながら周りの痕跡を見る。


「足跡から考えて、アラシベアの仕業か……いや待てよ。こっちのはジャガルのものだし、落ちている羽根はクルコードのものだ……」


 残っている痕跡は魔物一匹の仕業ではないと教えてくる。

 確かに村一つが壊滅するなど、魔物が一匹二匹でできることではない。ジグルが依頼を受けたのはつい二日前。少なくとも、それ前後は村はまだ無事だったのだ。その限りなく少ない日数で村人を全員殺すとなれば、考えられるのは魔物の大群だろう。


「足跡から考えて、もうこの村にはいないな……とにかく、生存者を探すか」


 危険がない、と決まったわけではないが、それでも生きている者を探すことに決めた。

 壁を破られ家の中で食い殺された者、戦おうと農具を持って抵抗した者、家族と一緒に逃げようとした者……死体の有様だけで何が起こったのか、想像は容易かった。

 勇者パーティーにいた時もこういったことはあった。その度に探索や捜索はジグルの仕事であり、他の者達は気分が悪くなるから、という理由で何もしないことが多かったか。その気持ちは分かる。誰だって死体を見たいとは思わない。けれど、死体だとしても生きていた人間なのだ。故にいつもジグルだけでも供養はしていた。

 その経験から考えて、この村はやはりダメだろう。ここまで荒らされているとなると生存者がいるのはほぼ無に等しい。

 そう諦めかけていたその時。


「―――ぁ、―――け、て―――」


 それは、壊れかけた一軒の家の中から聞こえてきた。

 聞き間違い……などという可能性を捨て去り、ジグルはすぐさま家の中へと入り、声がした方へと向かう。そして見てみると、瓦礫に埋もれた人影が見えた。

 駆け寄り、瓦礫をのけていくと姿が見えた。少女だ。年齢は十四、五といったところか、紫色の特殊な髪色をしており、どこかやせ細っていた。身体にはそこまで損傷はないものの、衰弱しているのか、身体が震えていた。

 しかし、それよりも気になることが一つ。

 少女の目が包帯で覆い隠されていたことだ。


「……ぁ、だ、れ……」


 かすれた声で少女は訊ねる。

 生きていた。こんな状況下で、死んでもおかしくない場所で、それでも彼女は生きていた。生き残ってくれていた。

 それが、ジグルにはたまらなく嬉しかった。


「神、様……?」

「―――いいや違う。僕は……ただの傭兵だ」 


 これが彼女―――エレナとの出会いだった。


 *


 やはりというべきか、エレナは目が見えていなかった。

 魔物に襲われた後遺症……ではなく、生まれつきのものだったらしい。最初はただ視界がぼんやりしていただけだったのだが、十を過ぎた頃から完全に見えなくなってしまったという。

 そんな彼女をしかして家族は受け入れてくれていた。

 家族だけではない。村人全員もまた、彼女を我が子のように扱ってくれたのだ。

 故に、家族を含めた村人全員が殺されたことが、彼女にとってはショックなことだった。


「―――あいつらを、殺してください」


 だからこそ、少女の願いは当然のものなのだろう。

 治療を終え、まともに言葉が喋れるようになると彼女は事情を話した後にそんなことを願ってきた。


「お金はありません。けど、何でもします。貴方のためなら何でもするようにします。なので、どうか、どうか―――」


 その言葉を聞いた途端、ジグルは少女の頬を叩いた。


「……せっかく助かった命を、無為にするようなことを言うな。それは、君の家族や村の人たちの尊厳を奪うことになるんだぞ」


 家族を殺され、知り合いを殺され、全てを無くしたことに同情はする。何ももっていない、という点においてだけは一緒なのだ。

 けれど、だからと言って自棄になってもいいという理由にはならない。

 泣き崩れるエレナを前にして、ジグルは少しだけ考えたあと、決心する。


「安心していい。前金はもう貰ってある。―――心配しなくても、君の村を襲った魔物たちは退治するさ」


 既に貰ってある報酬はあまりにも少なく、全く割に合わない料金だ。

 だが、それでも目の前にいる少女のためにできることはそれだけだった。

 何せジグルが唯一得意とするのは剣を振るうのみなのだから。


 *


 魔物との戦いは丸一晩かかった。

 村を襲った魔物たちはその近くの森に移っていた。どうやら先導するリーダー的な魔物がおり、そのせいで普段は一緒に行動しないような魔物が共に村を襲ったのだ。

 相手は多数。こちらは一人。はっきり言って戦力差がありすぎる。しかし、そこは勇者パーティーで数多の雑魚敵と渡り合い、屍の山をつみあげてきたジグル。己の力量を把握した上で無理をせず、確実に魔物を殺すことだけに専念する。いくら相手が小型や簡単に倒せるからといって無理をしたりするのはあまりに高慢であり、油断となり、隙となる。その一瞬が死に直結するのだ。その恐怖を嫌というほど知っているジグルはまるで作業をするかの如く、魔物達を切り伏せ、時には逃げ、誘い込み、そして再び切り込む……それを続けていき、そうして魔物の群れを撃退した。

 そして明朝。

 ジグルは魔物達を率いていた猿の魔物の首をエレナの前に持ち帰った。


「君の仇は全員殺した。だから……もう安心していい」


 血塗れの状態のままで、ジグルはエレナに告げた。

 エレナはというと、呆気にとられたような表情を浮かべた後、「……ありがとうございます」とまた涙を浮かべていた。

 だが、問題はそこからだった。

 村が無くなり、エレナは行き場を失った。誰もいない村で一人過ごしていくわけにはいかない。しかし、話を聞く限り、どうやら村の外に親類も頼れる知り合いもいないという。

 そんな彼女が出した答えは。


「私を、従者にしてください」


 唐突な提案だった。


「迷惑なのはわかってます。目の見えない私なんかが、何かの役にたてるかって思うのは当然です。でも、お願いします。このまま何もしないでいるなんて、それこそ死んでいった皆に申し訳が立たないんです」


 それは行くところがないから縋る、というものではなかった。

 最初の頃より、彼女には確かに生きる意思を感じたのだ。

 だからジグルもそれを了承した。

 そして、ここからジグルとエレナの旅が始まったのだった。


 *


 ジグルにとって旅の目的はなかった。

 ただ、魔物を狩る傭兵として各地を転々とし、剣を振るう。それだけだった。いいや、それしかできなかった、というべきか。

 それはエレナが加わっても変わることはなかった。

 彼女は聡明だった。目が見えないというハンデを負いながら、様々な知識を吸収していった。薬の作り方、罠の設置、人との交渉、その他諸々……戦うことはできないが、それ以外の事を難なくこなしていく。剣以外不得手だったジグルにはとてもありがたかった。

 だが、一方でこう思うこともある。


「君には、やりたいことはないのか?」


 ジグルは傭兵だ。傭兵はどこまで言っても傭兵。一人でしかない。

 これがギルドなら、ランクをあげたり、地位をあげたり、大物を狩ったりと色々と目的があるのだろう。そうやって夢に向かって生きていく。そんな人生を送るのだろう。

 けれど、ジグルにとって、もはや夢は潰えた。

 異世界からやってきた『タツミ ユウヤ』は勇者の資格があるというだけで聖剣に選ばれた。彼は元いた世界では剣をロクに握ったことすらないと言っていたが、聖剣の力によって今では達人並みの力量を持っている。それこそ、ジグルが生まれてこの方培ってきた技術と並ぶ程に。

 ……いいや、これは負け惜しみだ。聖剣に選ばれた云々という理由をつけて、自分には落ち度はなかったと言い訳をしているだけに過ぎない。聖剣に認められなかった、それだけで、もう十分ジグルに落ち度はあるのだ。

 最早自分には未来はない。けれど、彼女は違う。エレナの頭脳や才能があれば、商人でも何でもできる。それだけの才を彼女は持っているのだ。

 だというのに。


「私は、ジグルさんの傍にいられれば、それで良いんです」


 この答えの一点張りだ。

 何とも物好きな少女だ、と思う。

 一応、彼女にはジグルの事情を全て話している。自分が元勇者パーティーの人間であること、力が足りなくてパーティーから去ったこと、そして一人になって傭兵を始めたこと。

 ジグルには何もない。かつて勇者に一番近かった男であったとしても、それはもう過去の話。何の意味もない称号だ。そんな自分といても何の意味もない。だからちゃんと将来のことを考えて欲しいと何度も言っているのだが、彼女は首を横に振るだけだった。


「君は……どうして僕と一緒にいたいんだ? 僕は……仲間を見捨てて逃げた男なんだぞ?」


 そう。逃げた。逃げたのだ。

 あのパーティーにとってジグルはオマケで、お荷物で、邪魔な存在だったかもしれない。だが、彼らには魔王討伐という使命があった。どんな形であれ、自分もその一端を担ったのだ。だというのに、メンバーから使い物にならないと言われたからはいそうですかと言って何の抵抗もせず、出て行った。

 誰かに言われたから? そんなもの言い訳にすらならない。ならばそれを補えるくらいの実力を身につければよかったのだ。やっぱりお前は必要だったと言われるくらいの活躍を見せればよかった。それをせずに、ただ逃げたのだ。

 ユウヤに出て行けと言われたとき、ジグルは潮時か、と思った。

 悔しいと思った。怒りだってあった。けれど、一番はもういいや、という諦めだったのだ。

 だからメリサに言われた言葉は図星であり、心が抉られた。

 お前はその程度だったのかと。お前はもう諦めるのかと。

 そんな男にどうしてついて来るのか。


「でも―――ジグルさんは私を助けてくれました」


 エレナは、迷うことなく答えた。


「ジグルさんが勇者を目指していて、それが叶わなくて、それでも勇者の仲間として戦って……でも力がなくて仲間の下を去ったとしても、そのおかげで私は助かった。ジグルさんがいたから、私は今ここにいる。生きている。それが理由です」

「じゃあ……君は、僕に命を救われたから、僕の傍にいる、と? ……それじゃあまるで奴隷だ。助けられたからといって一生恩を返すなんてことはする必要はない」

「何を言ってるんですか。一生恩を返すことを、ジグルさんはしてくれたんです。それに……別の理由もありますし……」

「? 最後何か言った?」

「っ、いいえ別に。と、とにかく! ジグルさんと一緒にいることが今の私の幸せなんです。それだけ覚えてくれればいいんです」


 旅をしているうちに気づいたが、彼女は元々明るい性格だった。目が不自由などと感じさせないくらい、心の中は光で溢れているのだ。


「君は……どうしてそこまで」

「だって、ジグルさんが優しい人だって、私知ってますから」


 だから、彼女の笑みは例え瞳が見えなくても、明るいものだったのだ。


「逃げてしまった、去ってしまったってジグルさんはいいます。残してきた人の事を心配して、そして去っていった自分を許せずにいる……そのことに罪悪感を感じるのは仕方ないかもしれない。忘れて前を向きましょう、なんてことは口がさけても言えません。過去に起こったことは、どうあがいても無かったことにはできないから」


 それは決して想像からの言葉ではない。家族を失い、友達を失い、知り合いを全て無くした少女の言葉は、ジグルの心に深く刺さる。


「でも、それを踏まえて進むことはできる。さっきも言いましたが、助けてくれた恩を返す、というのが私の目的の一つです。でもそれだけじゃない。ジグルさんといて、楽しいから私は一緒にいたいと思うんです。生きていると感じられるから、共にいるんです。確かに貴方は逃げたかもしれない。諦めたかもしれない。でも、あなたに助けられた人間がいるということを、助けられている人間がいるということを、どうか忘れないでください」


 エレナの言葉にジグルは息を詰まらせた。

 貴方のおかげで助かった。貴方がいたからここにいる。

 それは、まるで、自分がいて良かったと言われているようで、そんなことを今まで言われたことが無かったから。

 故に。

 

「あれ……ジグルさん、どうしたんですか? もしかして……泣いてるんですか?」

「……ああ。何でもない。何でもないんだ……」


 少女を前にして涙を流してしまう自分に呆れながら、ジグルは言う。


「エレナ。これから先、迷惑をかけるかもしれないけど……どうか、よろしく頼む」

「はい。よろしくお願いします!」


 少女は口元に笑みを浮かべながら告げる。

 そして、この時。

 ジグル・フリドーという一人の青年は、確かに救われたのだった。

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