幕間 救国
テスタント救国、王都ヴァハム。
勇者を輩出した国、その王城の一室。城の者は皆寝静まり、起きているのは近衛の衛兵くらいの者。あとはここにいる二人だけだった。
「結局、ボクらの駒はやられちゃったってことだよ。しかもそれが『六体の怪物』ではなく、全く関係のない魔術師に、魔術を使われず負けた。聖剣の一擊も物理的に消し飛ばされてしまった。さらに追い討ちをかけるように魔王が登場して、心の方もボロボロ。戦いでも敗けて、試合でも負けた、ってわけだ。『神器』についても知られちゃったし。あーあ、ほんと厄介なことしてくれたよ。その魔術師も、魔王も」
月明かりのみで照らされた部屋、視界が悪いはずだというのに一人はまるで問題ないと言わんばかりに話していく。
その姿は子供。背は低く、どう高く見積もっても十五、六といったところだろう。首元まである髪はかなり変わっており、右半分が黒、左半分が白といった具合になっている。容姿は子供ながらに整っており、中性的な顔立ちだった。が、体つきから考えて、男だというのはわかる。
そんな少年の真反対に座っているのは打って変わって高齢の老人だった。
「しかしな、余からしてみれば予想の範囲内だ。大体、余は最初から反対だった。あのような者に勇者の役割を任せるなど。事実、奴は半年以上もの間、敵と戦うことを拒否していた。はっきり言う。その魔術師や魔王の介入が無くともいずれ奴は敗北していたはずだ。『神器』を持っているからといって、奴は無敵ではないのだから」
「それが困るんだよー。その理由はキミも知ってるでしょ?」
「ふん。余に対して『君』呼ばわりか。随分な物言いだな」
老人の瞼が細くなる。
それをしただけで、周りの空気が重くなった。支配された、というべきか。恐怖、いや畏怖か。殺されるかもしれないというものではなく、自分が普通にしていることがいけないことだと思わせる。強引にでも相手を跪かせる、その類のもの。
しかし。
「いやいや、相手が救国の国王様だからって、ボクには別に関係ないから」
少年の態度に変化はなかった。
それがどうかした? とでも言いたげな口調。それによって先程まで漂っていた空気が一変、いや破壊される。
「君も分かってるでしょ? ボクにとって国だの王だのは意味ないって。ボクが仕えるのはただ一人。そもそも、敬意を払えっていうのなら、それボクの台詞でしょ? 年齢なら君の何倍も生きてるんだから」
「そうして欲しいのなら、態度で示せ。自分よりも幼稚な高齢者に払う敬意など持ち合わせておらん」
「あははっ。相変わらず言うね。ホント、ぶち殺したくなるくらい生意気だ。まぁそういうトコ、嫌いじゃないけど」
「貴様にどう思われようが知ったことではない。それよりも、これからの話だ」
駒が倒れた。ならば次の駒を……と言えるの盤上だけ。
実際こちらが勇者として用意した者はかの者だけであり、予備はない。
いや、正確にはあったはずだった。
「余は今でも後悔している。あの者なら……ジグル・フリドーなら本当の意味で勇者として活躍してくれたはずだと」
国王はジグルと会ったことがある。
その剣術は凄まじく、王宮内で彼に勝てる者はいなかった。また人望も厚く、彼ならば第二の勇者として活躍できる……誰もが思っていたはずだ。
けれど。
「でも、彼は聖剣に選ばれなかった」
「戯言を。そんなもの、貴様の一存でどうにでもできるだろうに。いいや、そもそもタツミユウヤが聖剣に選ばれるよう調整したのは貴様だろう」
笑みを浮かべる少年に国王は睨みながら続けて言う。
「何故、彼を勇者にしなかった」
「だって、アイツ嫌いなんだもん」
その言葉に国王の瞳は再び細くなる。
「冗談じょーだん。本気にしないでよ……まぁ彼の性格に問題があったのは確かだけど。彼、優秀だろ? だから勇者の本当の役割とか魔王の秘密とか気づいちゃうかもしれないと思ったんだよ。その先にあるものにも、ね。いやー、下手に優秀だと、使い勝手が悪いよね」
「逆にタツミユウヤは扱いやすいと?」
「言わなくても分かるだろう? 『聖剣』に選ばれて自分は勇者だと信じて疑わない……短慮で自己中で自分勝手。逆に言えば思考がそこで止まってる。これ程操りやすい人間はいないでしょ。まぁ……ボクがそういう風に調整したわけだけど」
まるで悪戯が成功したかのように笑みを浮かべる少年に国王はにらみ続けながら告げる。
「他の『神器』持ちに勇者に悪感情や疑いを抱かないようにしたのも、その一つだと?」
「しょうがないでしょー。彼、やんちゃだったからね。ああでもしないと、他の連中が反発しかねない。最悪離脱するかもしれなかったから。特にメリサ。彼女は凄腕の武術家だ。勇者の剣術に疑問を抱かないようにするにはちょっと骨が折れたね」
「悪趣味な。まるで洗脳だ」
「失敬な。あれは暗示だよ、暗示。洗脳するのなら、もっと上手くやってるさ。それこそ勇者の行動一つひとつを称賛する、くらいにはね。まあそれだと流石に違和感あるからやめたけど」
「その違和感はぬぐいきれてないように思えたが? 大体そんな手間など使わずに、勇者本人を強くすれば良かっただろうに。それに、ジグル・フリドーには見破られていたのだろう? だから追放した」
ジグル・フリドーが勇者パーティーから抜けたことについては報告があった。それは彼が自ら逃げた……のではなく、タツミユウヤが追放したということも把握している。その理由は『六体の怪物』との戦闘において役立たずだったから、というものだが、本当は違うことも国王は知っていた。
ジグル・フリドーはユウヤの剣術について疑念を持っていた。それに気づいたユウヤが秘密をばらされない内に追い出した、というわけだ。
「どれだけ強い武器を持っていようと、それを扱うのは人間だ。結局のところ、扱う人間が修練し、鍛錬し、努力をしなければ武器も本来の力を発揮できない。だから……」
「何それ」
少年は、呆れたように遮った。
「修練? 鍛錬? 努力? いらないいらない、そんなの。そんな、くっさい真似する必要なんでないの。『神器』はボクの主が授けた武器。云わば、恵みものだ。それを持つ者は誰であれ、あの人の代理でもある……ならその時点で勝利者なんだ。逆なんだよ。どれだけ鍛えても意味はない。努力なんてもの必要ない、いいや、してはいけないんだ。だってそうだろ? 努力するってことは足りないってことだろ? ならする必要はない。だって、ボクの主が作り出したモノに欠点なんてないんだから」
「だが、今回奴は負けた」
この際、少年の言葉の否定はしない。したところで無意味だというのは当の昔に理解している。努力の必要性。それを真っ向からいらないと言い張る少年とは性格的に相容れないのは分かっていたことだ。
だから、国王が口にするのは単純な事実。
変えようがない、実際にあった事象だ。
「ああそうさ。ボクが腹を立てているのはそこさ」
だからこそ、否定しようがないために少年は認めざるを得なかった。同時に、その事実は少年にとって怒りを覚えるものだった。
「絶対負かしてはいけない勇者を倒した……それってつまり、ボクの主を愚弄したってことだ。どこの誰かは知らないが、本当舐めたことしてくれたよ。しかも、それがジグル・フリドーの身体をしているなんて。人の神経を逆なでするのが上手い奴なんだろうね」
「それを貴様が言うか」
けれど、言い換えれば、それだけ苛立だっている証拠なのだろう。
しかし、本当に皮肉なものである。少年が否定した青年の身体を使って勇者を倒したとは。
因果とは不思議なものだ。
「魔王にしてもそうだ。言いたい放題言ってくれたらしいじゃないか。しかも、聖剣をガラクタ呼ばわりとは、あの男も随分いいご身分になったもんだよ。ふざけた態度は相変わらずだったらしいけど」
「事実、奴はそれだけの力を持っている。世界を壊すだけの力をな」
だから、自分達は何としてでも魔王を倒さなくてはいけない。
例えそれが、人道や尊厳を踏みにじる行為であったとしても。
「しかし、今はどちらとも放置だ。魔王はこちらからは手出しはできん。『六体の怪物』を倒さなければ、奴への道は開かれない。だが、タツミユウヤは暫くは使い物にならないと聞く。故に他の戦力を投入する必要があるが、今の我らに勇者の代行者はいない。いや……いなくなってしまった、というべきか」
「まさか、ジグル・フリドーがそうだったって言いたいの?」
「少なくとも余はそのつもりだった。勇者の代行者になれる、そう思って彼を勇者の仲間に入れた。まさしくこういう時のためにな……他の連中、特に『聖者』は曲解していたらしいが。それも、貴様の差金か?」
「違う……と言いたいところだけど、そうとも言い切れないかな。彼女達に施した暗示が自動的に悪い意味で捉えたってところだと思うけど」
勇者の代行者。つまり、勇者にもしものことがあった時、代わって『六体の怪物』を倒し、魔王を倒すということ。
だが、勇者以外に勇者の役割などできない、という暗示をかけられていた彼女達は、ジグルの事を雑兵だと思い、勇者が死ぬかもしれない時は身代わりにする、という解釈をした、ということだ。
曲解の極みである。
「とにかく、幸か不幸か、ジグル・フリドーは別人となって帰ってきた。そして『六体の怪物』を倒したという実績もある。その魔術師にも一役買ってもらうのは当然だろう。故に手出しは一切無用。いいな?」
「ボクに命令しないでよ……まぁ、それが一番得をしやすいのは分かるけど。でも、面白くないなー。つまんない。まるで自分が書いた物語を乗っ取られた気分だ」
少年の物言いは、玩具を取られた子供のそれだった。
「でもいいや。どうせ最後に勝つのはボクらだ。敵がどれほど策を練ろうと、どれほど努力しようと、そんなもの、最後には全部無意味になる。何故なら―――この世界でボクらの勝利は絶対なんだから」
言葉が言い終わるとそこには既に少年の姿はなかった。
国王は先程まで少年がいた椅子を見ながら息を漏らす。
「勝利は絶対、か……」
ゆっくりと立ち上がり、窓を見る。そこには雲ひとつない夜空が広がっていた。
「果たしてそうかな。油断をしていると、余も貴様も、そしてあの方ですら、足を掬われるかもしれんぞ」
自分以外誰もいない部屋の中で、国王は静かに呟くのだった。
これにて一章完結です。
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