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二十二話 嵐の後②

 後の後の話をするとしよう。

 勇者一行は約束通り、騒動の次の日には街を出て行った。その時に何やらひと騒動あったと聞くが、詳細をゲオルは知らない。騒動と言っても勇者一行が街の人間に罵倒されたとか何とか。その程度だ。ユウヤが暴れたとか、街の人間に危害を加えたというわけではないらしい。

 とにかく、勇者一行はこの街を去った。それは紛れもない事実だった。

 しばらくすると、ゲオルの下に街を牛耳っているデリッシュ家の当主が直々にやってきた。

 今更何を、とゲオルは無論、北部の人々が見守る中。


「街を救ってくれたこと……本当に、本当に感謝する」


 ただひたすらに彼は感謝の言葉を口にした。

 自分達がなにもしなかったこと、勇者達を好きにさせていたこと、その他諸々の責任を放置していたことについて、当主は何の言い訳もしなかった。ただ、ゲオルだけでなく北部の人々にも頭を下げていたのは事実だった。

 当主にも立場というものがあったのだろう……などという理由で納得する者は無論おらず、大勢が怒りの声を上げていた。けれど、当主はそれから逃げることはなかった。聞いた話では、当主は何度も勇者に討伐の依頼をしていたらしいが、あの勇者には受け入れられなかったという。

 これから当主とこの街の人間がどういう関係になるのか、それはゲオルの知ったことではないため、深くは聞かない。それはこの街の人間が解決することだ。ゲオルがどうこう言うことではないのだから。

 解毒薬については順調に進んでいた。薬を投与した者の中から副作用が出たという者は誰もおらず、薬が合わない、という者もいなかった。空気中も魔毒も『六体の怪物』がいなくなったおかげか、この街に流れ込んでくることもなくなっており、今ではもうほとんどないに等しかった。魔毒が空気中から無くなれば、自然と侵される者もいなくなり、結果解毒薬を必要とする人間も減っていった。

 そうして、騒動から二週間もしない内に、北部の人々は魔毒の苦しみから解放された。少なくとも、ゲオルが診た者は全員良好となり、問題なく元の生活に戻っていた。

 魔毒という病は無くなり、薬を必要とする者もいなくなった。加えて薬を投与した者の中にも問題が発生した者は誰もいないと確認が取れた。

 だとするのなら、ゲオル達がここにいる理由はもうない。

 本当なら、もっと長い期間をもって解毒薬の投与に問題が無かったかを調べる必要があるかもしれないが、ここまでなにもないのなら大丈夫だろう。それに、ゲオル達にはあまり時間は残されてはいない。だとするのなら、一つの場所に留まっているわけにはいかなかった。

 だから街を出発する……というところまでは良かったのだが。


「……それにしても、よくこんなに集まったものだな」


 街の出口。そこに多くの人々が集まっていた。お目当て、というより目的はゲオルとエレナの見送りだ。ゲーゲラの街の全員……とはいかないだろうが、北部の人々はほとんど集まっていた。見たことがある顔がちらほらとあった。


「連中、よほど暇と見える。たかが見送りをするために集まるなどと……」

「もう、そんなこと言わないでもっと喜んだらどうです? ゲオルさん、こういうことされるの、あんまりないんでしょう?」

「なっ、だから何故貴様はワレの人生を見てきたかのようなことを口にするっ。大体だな、ワレは別に見送りしてくれなどと頼んだ覚えは……」

「阿呆っ。見送りなんぞ、頼まれてするもんではないわ」


 その時、ゲオルの言葉が聞き知った声に遮られた。

 ゲオルは視線を声をした方へと迎える。

 やはり、勇者に斬られた老人が笑みを浮かべいた。


「お爺さん。来てくれたんですね。お体の具合は大丈夫ですか?」

「おうおう。心配せんでも大丈夫じゃ。この程度の傷、何でもないわい」

「ふん。だから言っただろうが。この老体が、そう簡単には死ぬわけがないと。まぁ、ワレは心配などしてはいないがな」


 ゲオルの言葉に「そうかいそうかい」と老人は呟き、次いでエレナに言う。


「……エレナちゃん。これから大変だと思うが、頑張っておくれ」

「はい。大変だと思いますが、頑張ります」

「……おいコラ。貴様ら、何故こちらを向きながら会話をする?」


 ゲオルの言葉に、二人は返答せず、ただ微笑を浮かべるだけだった。

 それからもゲオルが魔毒の解毒薬を投与した北部の者達が彼に最後の挨拶をしに来た。面倒くさいことが嫌いなゲオルは、やはりと言うべきか、面倒くさそうな顔をしながら一人ひとりの挨拶を聞き、顔を見て、言葉を交わす。難しい顔をしながら、それでも彼は誰一人として適当な言葉を投げかけることはなかった。

 そうして、最後にやってきたのは。


「ゲオルッ!」

「……だから呼び捨てにするなと何度も言っているだろうが、童」


 いつものようにゲオルの名前を呼ぶのはニコだった。

 その隣には母親がおり、二人に対して一礼する。


「お二人には本当に感謝しています。本当に何とお礼を言っていいのやら」

「別に礼など求めておらん。ワレはただ、自分がやりたいようにしただけだ」


 そう。結局ゲオルは自分のやりたいことをしただけ。それが今回はたまたまこの街の人々のためになっただけのことだ。云わば、偶然のようなもの。常に彼が善人として行動するわけではないのだから。

 だというのに、ニコも、母親も、エレナもくすくすと笑っていた。


「ねぇゲオル」

「ん? 何だ」

「ちょっとここにしゃがんでくれる?」


 ニコの申し出に疑問を抱きながらも、ゲオルは言われた通りに彼女の前でしゃがみ込んだ。


「何だ童。ワレにこんな体勢をさせるなど、何がも―――」


 次の瞬間。

 文句を言おうとするゲオルの頬に柔らかいものが触れた。


「………………は?」

「今日までのお礼。お母さんや皆を助けてくれて、ありがとう!」


 一瞬、ゲオルの頭が完全に停止した。

 いや、何をされたのか、何を言われたのは理解しているし、頭に入ってきている。しかし、ニコの行動があまりにも唐突すぎたために、思考が追いつけなくなっていた。

 しばらくした後、ゲオルは大きな息を吐き、顔に手を当てた。


「貴様……こういうことを簡単にするな。仮にも嫁入り前の『女』だろう」


 呆れた口調でゲオルは呟く。

 けれども打って変わってニコは笑みを浮かべながらゲオルに言う。


「大丈夫! もしもの時はゲオルにお嫁さんとして貰ってもらうつもりだから!」

「貴様のような奴は断固として御免こうむる。そら、小娘。さっさと行くぞ」

「あっ、はい。それじゃ皆さんお元気でっ」


 それが合図となって、ゲオル達はゲーゲラの街を出発した。

 エレナは皆に一礼し、ゲオルはなにもせず、ただ足を進めた。大勢の見送りの声を背にしながら、彼らは歩いていく。

 その中でもひときわ大きく聞こえたニコの声が聞こえなくなった頃、自分達が街を離れたことを理解した。


「いい人たちでしたね」

「ふん。お人好しの間違いだろう。全く、揃いも揃って警戒心がない奴らめ。今回、たまたまワレの目的と連中が望むことが一致したらかいいものの、もしかしたら騙されていたかもしれないというのに……」

「それはそうとゲオルさん。さっき、顔赤くしてました?」


 話の腰を折るどころか木っ端微塵にしながらの爆弾発言。

 しかしてゲオルは鼻を鳴らしながら余裕をもって答えた。


「何をいうかと思えば。貴様、ワレがあのような娘に頬へ唇と付けられた程度で赤面するとでも?」

「思います」

「……よし。貴様とは本当に一度、ゆっくり、じっくり、話し合う必要があるらしいな」

「それについては賛同します……ただ、一ついいですか? これからのことについてです」


 エレナの言葉にゲオルは足を止める。

 これからのこと。ゲオルは自分の身体を持っている者を見つけた。しかし、その相手は事もあろうに魔王。その魔王の下にたどり着くには『六体の怪物』を倒さなくてはいけない。

 残りの期限の間にそれだけのことをしなければならない。過酷で且つ苛烈な旅になるのは必至だろう。


「私たちは『六体の怪物』、そして魔王を相手にすることになりました。けど、私はこの通り戦闘には役に立ちません。迷惑もいっぱいかけると思います。足手まとい……と思われても仕方ありません。だから、それ以外のこと、やれることを全力でやります」


 そう。どれだけ彼女の第六感が鋭くても、結局、彼女は目の見えないただの少女に過ぎない。いざ戦いとなれば、何をすることもできるわけもない。それを、彼女は重々理解している。そして、そのことを悔しがっていることもゲオルは知っていた。

 そんな彼女が、ゲオルに向かって言う。


「図々しいのは百も承知です。でも今の私には貴方しかいない。ですからどうか……貴方を、頼らせてください」


 それは、ある種の宣誓に近いものだった。

 エレナは自覚している。自分の無力さを。理解しているからこそ、彼女はゲオルに頼るのだ。身勝手だと分かっていて、自分自身の身すら守れない自分の弱さを憎みながら、小さな少女は言うのだ。

 助けて欲しい、と。

 そんな少女に、ゲオルが返す言葉はただ一つ。


「……ふん。最初からそのつもりだ、阿呆」


 いつものように、魔術師は無愛想に答えたのだった。

あと一話で一章は終わりです。

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