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二十一話 嵐の後①

 後の話をするとしよう。

 魔王が去った後、ゲオルは勇者一行に手出しはせず、そのまま行かせた。エレナの言葉もあるが、しかしそれ以上に最早彼の中ではユウヤへの興味は薄れていた。何せ、自分の身体を盗んだ者が見つかったのだ。あのような小物に付き合っている暇などない、という考えだった。

 北部の者達もユウヤのボロボロな姿を見て、それ以上何かするつもりは無くなった……わけではないだろうが、魔王の登場等もあってユウヤに対しての追及はもう無かった。加えてアンナ曰く「明日の早朝にでも街を出て行く」という言葉もあって、もう関わり合いを持たないようにしている。勇者一行も『六体の怪物』がいなくなったのだからここには用はない、というのもあるだろうが、ここまでの事をしでかしたのだ。留まれば問題が起きるのは目に見えている。それを避けるためでもあるのだろう。

 ちなみに、彼に斬られた老人はすぐに治療されたおけげで一命は取り留めたらしい。その経緯を付き添ったニコがゲオル達に説明したのは、夕食での会話だった。


「お爺さん、見た目より傷は深くなかったんだって。だから治療はそんなに時間はかからなかったんだけど、お爺さん、斬られたことに頭きちゃってて、『あの馬鹿を殴らんと気がすまない』って言って暴れるから、それを押さえる方が大変だったよ」


 ニコの言葉にゲオルは内心納得していた。

 あの老人はそういう性格なのだ。ゲオルも最初の邂逅は色々と言われたものだ。


「無事で良かったですね、ゲオルさん」

「ふん。別にどうでもいい。あの老体のことだ。そう簡単には死ぬとは思っておらん」


 その言葉にエレナもニコもなにも言わず、ただゲオルを見ながら笑みを浮かべていた。何だその顔は、と言いかけたが、何を言っても無駄だと判断し、そのまま食事を続けた。

『六体の怪物』の討伐、勇者との対決、魔王の到来……この街に来てからというもの、騒動に遭いっぱなしだった。加えて未だ解毒薬の調合・配布と北部の人々の経過も見ていたため、まともに休む暇もなかった。

 しかし、それらも無駄にはならなかった。

 ゲオルの身体の在り処。それが分かっただけでもお釣りがくるほどの収穫だった。何せ、彼自身既に身体はこの世にはないと思っていたのだ。それが形はどうであれ、見つけることができた。ならば、やることは決まっている。

 が、しかしこのまま北部を経つわけにはいかない。解毒薬の効果を見るためにももうしばらくはこの街にいなくてはいけない。

 自分の身体の方が大事ではないのか、という問いが来そうだが、これはゲオルが始めたこと。ならば、問題なしと分かるまでは最後までやるのが責任というものだ。


「そら、食事が終わったのならさっさと片付けろ。薬の調合をしなければならな……」


 と、そこでふと気づく。

 窓の外から白い蝶が翔んできた。白、というより紙の蝶、というべきか。蝶はゲオルの机の上にやってくるものの、他の者は全く見向きもしない。気づいていない、のではなく気づかないようにしてあるのだろう。

 蝶は机の上に降り立ったと同時、その姿を一枚の小さな紙へと変化させる。そして、そこには文字が書かれてあった。


「……、」

「? ゲオルさん、どうかしましたか?」

「いや……少し食べ過ぎた。外を歩いてくる」


 そう言うと、ゲオルはそのまま家の外へと出て行った。


 *


 北部の街はその夜も静かなものだった。

 以前はそこら中に魔毒があったものの、今ではそれも無くなっており、空気もどちらかというと澄んでいる。家々や建物、風景に然程変わりはないが、しかし空気や雰囲気は確実に変わっていた。

 そんな北部のとある路地裏。

 そこでゲオルはある人物と会うこととなっていた。


「早かったわね」


 ゲオルが路地裏にやってきた時、そこには既にアンナが杖をもって立っていた。そして、その隣にはこちらに顔を向けず、別の方へと視線を向けているメリサだった。


「……一人で来る、と書いてあったと思うが?」

「それについては謝罪するわ。ちょっと貴方と話がしたい、といって聞かなかったから。まぁ彼女の話は本題の後ってことでお願いできないかしら?」


 知るか、といつものゲオルなら切って捨てるだろう。ゲオルはメリサのことを好ましく思っていない。加えて言うのなら向こうは約束を破った形になるのだ。ならばそれに応じる必要など、本来はない。

 が、しかし向こうがこちらの欲しいものを持っていることからして、今は多少の我が儘を抑える必要があった。


「……さっさと用件を済ませろ」

「了解したわ」


 そう言ってアンナは懐から一枚の羊皮紙を取り出す。丸まったそれを受け取るとゲオルはその場で開いた。それは地図であり、ある特定の部分に×印と名前らしきものが書かれてある。それは『六体の怪物』の名前だった。


「それがアタシ達が掴んでいる『六体の怪物』の居場所の情報。とは言っても、既に緑のシュバインは倒してるから、後は二体しかないけど」

「ゲーゲラに印はないようだが?」

「この街はたまたま見つけたようなものだからね。そもそも、正体が分からなかったから、本当に『六体の怪物』なのかって疑問もあったのよ。まぁそんなの言い訳にしかならないけど」


 苦笑しながら言うアンナ。

 そんな彼女にゲオルは疑問に思っていたことを口にする。


「貴様がこれを渡す理由は何だ?」


 そう。あの紙の蝶。彼女の魔術で作られたあの使い魔に書かれていた内容は『六体の怪物の居場所。その情報を渡す』というものだった。

 仮にも昼間、ゲオルは勇者を殺そうとした男だ。そんな人間に何故自分達が持つ貴重な情報を渡そうというのか。


「決まってるでしょ。貴方にも『六体の怪物』を倒してもらうため。それ以外はないでしょ? どうやら貴方にも魔王の下まで行かなきゃいけない理由があるみたいだし」


 アンナの言葉にゲオルは怪訝を顔に出す。彼女もまた、自分がジグルの身体を乗っ取っていること、ゲオルの本当の身体を魔王が使用していることを知っている。そして、ゲオルがそれを取り戻したいと思っていることも。

 本当に厄介なことを公言してくれたものだ。ユウヤの暴走を止めてくれたことには感謝するが、余計なことまでも言われると迷惑この上ない。しかも、あれは恐らくわざとであり、面白がっているのだろう。本当に疫病神である。

 と、そこであることが頭によぎった。


「あの男は知っているのか? 承諾したとは思えんのだが」

「勿論、知らないわ。っというか、彼今も意識失ってるのよ。昼間の事、かなり堪えたみたいね。貴方にボロカスにやられたこともそうだけど、魔王が出てきてお前は勇者じゃないって言われたのも精神にきちゃってるみたい。初めて自覚する他ない敗北ってわけ」

「ふん。無様なやつめ。しかし、だとするのならこの街にはまだ滞在するつもりか?」

「それは安心して。どんな手を使ってでも明日には出て行くから。治療するにしてもここじゃロクにできないだろうし。北部の人たちが何をしでかすか分からないから」


 そう。今日とてユウヤになにもしなかったのは、彼がこの街からいなくなる、という約束を取り付けたからだ。それが反故になれば、騒動になるのは目に見えている。


「貴様らはいいのか? ワレが他の『六体の怪物』を倒しても」

「アタシは別にそれで構わないわ。『六体の怪物』を倒して魔王を倒す。それが目的だから。実際のところ、それができるのなら、誰でもいいと思ってる。メリサも承諾済みよ。ルインには……猛反対するだろうから内緒にしてるけど。彼女、『勇者』を崇拝してるのよ。だからその役目を誰かに担うっていうのは冒涜に等しいとさえ思ってる」


 ユウヤではなく『勇者』を崇拝している。それだけで、ルインという少女に問題があるというのがゲオルにも理解できた。

 しかし、それは彼女の問題であってゲオルには関係のないことだ。


「そういうわけで、アタシがそれを渡したことはルインには内緒でお願いするわ」

「言われずとも言いふらすつもりなどない。話は終わりか?」

「ええ。アタシからはね。あとは二人でどうぞ……メリサ。話をするのはいいけど、明日は早いからあんまり遅くならないように。それから、間違えても彼と事を構えるなんてことはしないでね。はっきり言って、貴女が勝てる相手じゃないわよ」

「……分かってる」


 メリサの言葉に頷くとアンナは「それじゃ」とゲオルに告げると、そのまま彼の横を通り過ぎ、裏路地から出て行った。残ったのはゲオルとメリサの二人だけ。

 しばらくの間、沈黙が続いた。

 何か言いたいことがある……それはゲオルも理解している。だが、敢えてこちらから口を開くつもりはなかった。元々、メリサが話したいということでここにいるのだから、彼女が先に言葉を口にするのが筋というもの。

 そして、彼女がようやく話し出したのは、それからかなり後だった。


「あんたは……ジグルじゃないのね」

「くどいぞ。今更そんな問いをしてどうなる?」


 既に分かっている事柄を何度も答える義理はない。そう思っていたゲオルに対し、メリサはどこか乾いた笑みを浮かべていた。


「……ええ。そうね。あいつは、ジグルはそんな言い方しないもんね。……ねぇ、どうしてあんたは、ジグルの身体をしているの? アンナが言うには体を乗っ取ってるって話だったけど」

「それを貴様が知る必要はない。知ってどうする? 自分達が追い出した者の事を聞いてて何をするというのだ」

「それ、は……」


 言葉を詰まらせるメリサ。バツの悪そうな表情を浮かべながら、ゲオルから……いいや、ジグルの身体から視線をそらした。罪悪感でも感じているとでもいうのだろうか。

 だとするのなら、何ともふざけた話である。

 故に、そんな彼女に対し、ゲオルは追い打ちをかけた。


「心配、だとでも言うつもりか? ならば話にならん。かつて自分が好意を抱いていた男だからと言って、今更貴様にこの男を心配する資格などないだろうが」


 瞬間、メリサの大きく目を見開き、ゆっくりとその瞳をゲオルの方へと戻した。その表情から読み取れる感情はただ一つ。


「どう、して……」

「知っているのか、か? ワレはジグル・フリドーの記憶を読み取れるからな。そこには貴様に関するものもあった。それを見れば分かるというものだ」


 ジグルの記憶をゲオルはおおよそ垣間見た。彼が勇者を目指そうとしていたこと、そのために剣術を死ぬほど練習したこと、勇者候補に選ばれたこと、そしてメリサと共に競い合ってきたこと。それらは全てジグルから見た者。だが、人というのは不思議な生き物だ。見た光景から読み取れるものが人によっては違うことが多くある。夕焼けの空を紅という人もいれば黄色という人もいるように。誰かがわかってないことを、他の誰かなら分かるように。

 つまり、そういうことだ。


「ジグル・フリドーは唐変木……だったとはワレは思わんよ。そもそも貴様の分かりづらい接し方に問題があった。それだけだ。その最たるものが、貴様が奴に別れの際に言った言葉だ」


 メリサがジグルと最後に交わした会話の際、言い放った言葉の数々。あれは彼をわざと怒らせ、反発させるために言った言葉。発破をかけ、負けるものかと奮い立たせるためのものだったのだろう。これから頑張って見返してやる……そういう風に思わせるための言葉。

 だが、それは反発するだけの余力が残っている者だからこそ意味があるもの。

 あの時の彼は、既に心も身体もボロボロであり、メリサの言葉は追い打ちをかけるだけにすぎなかった。


「残ってほしければ、そう言えばよかった。頑張れと励ましたかったのなら、そう言えばよかった。だというのに、貴様は自分の体裁を壊したくなかったために、あんな言葉を投げかけた。言い放った……結局、貴様は自分のことしか考えておらず、ジグル・フリドーなど見ていなかったのだ」


 自分の気持ちを素直に言葉に出すことは難しいのだろう。それが好いている相手なら尚更だ。けれど、それにも限度というものがある。彼女は最後の最後まで自分の気持ちを伝えなかった。そのまま彼を追い出した。そして、再会した時もゲオルとジグルの違いを分からなかった。

 結局は、それが答えなのだ。


「貴様は奴に自分の気持ちを最後まで言わなかった。そんな臆病者に今更心配する権利も、憤る権利もない。さっさと消え失せろ」


 冷たく言い放つゲオル。

 そうしてゲオルが立ち去ろうとした瞬間。


「そんなの……そんなの、勝手よ!! アンタに言われる筋合いはないわ!!」


 メリサの心が爆発した。


「何よっ! 私のことなんてなにも知らないくせにっ。私がどんな気持ちだったのか、分かりもしないくせにっ。私には、勇者の仲間として使命と責任があったの!! だからユウヤを、勇者どうにかしなきゃいけなかったのよ!! あいつが問題を起こしてもそれを対処しなきゃいけない、あいつが機嫌を損ねると周りに迷惑がかかるから機嫌を取らなきゃいけない、付き合わなきゃいけない!! そんな状態で自分の気持ちなんて言えるわけないでしょ!! それを、どうして赤の他人であるアンタにそこまでいわれなきゃいけないのよっ」


 少女の憤怒の言葉にゲオルはなにも言わない。

 圧倒されているとか、気圧されているとかではなく、ただ単純にその光景を眺めているだけだった。

 メリサはゲオルに近づき、その胸元を掴む。その瞳には……涙が溜まっていた。


「ねぇ、返してよ……あいつを、ジグルを返してよぉ……私、あいつにまだ……まだ、好きだって……言ってないのに……」

「虫のいいことを口にするな。吐き気がする」


 メリサの懇願を、しかしてゲオルはきっぱりと切り捨てた。


「ああそうだ。貴様とワレは赤の他人。貴様がどんな気持ちだったのか、苦労をしたのか、知らぬし、知りたいとも思わん。そして、同じ様に、貴様はジグル・フリドーの気持ちを知らず、苦労を知らず、最後には見捨てた。これはそれだけの話だ。奴を返せ? 好きだと言いたい? ―――ふざけるなよ。ジグル・フリドーを愚弄するのも大概にしろ」


 メリサの激情に対し、ゲオルはそのさらに上をいく激怒で返す。

 あそこまで追い詰めておいて、あそこまで傷つけておいて、この女は未だ自分のことしか見ていない。

 あの時、あの瞬間、彼女が引き止めていれば。彼を慰める言葉の一つでもかけてやれば、もしかすれば違った結末になったのかもしれない。

 だが、それはもしもの話。そして訪れなかった出来事。

 目の前にいるのは自分の殻を破れなかった、身勝手な哀れな少女。

 故に同情することなどあり得なかった。


「加えて言う。この男には既に先客がいる。貴様が入る余地など、もうどこにもない」


 止めの言葉を言い放つと、ゲオルは今度こそその場を去っていく。

 そして。


「あ、ぁ、あああああああっ」


 後ろから、少女の泣き叫ぶ声が聞こえた気がしたが、しかし彼が振り返ることは一度もなかった。

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