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十五話 憤怒の魔術師①

 結論から言うと、ゲオル達はあの爆発に巻き込まれずに助かった。

 ゲオルの超跳躍によって、爆破の影響を受ける範囲からさらに高く跳んだことによって巻き込まれずに済んだ。普通なら、それだけ高い場所から落下すればただではすまないが、そこはゲオル。尋常ならざる身体と脚力によってエレナを抱えたまま、普通に着地した。とはいえ、エレナはあまりのことで気絶したが。無重力という状態は、流石に応えたらしい。

 しかし、問題はそこからだった。

 ゲオルの身体に回っていた毒は紫のシュランゲを倒したから消えた……などというご都合的な展開はなく、残り続けてゲオルの身体を蝕み続けた。しかし、それでもゲオルは死ななかった。毒の耐性がある、というのもあるが、彼の精神力もまた尋常ではなかった。何せ、血を吐きながらも顔色一つ変えずに動いていたのだから。

 しかし、それでも身体に支障があるのは事実。放っておけば死ぬということも分かっていた。だからこそ、彼は紫のシュランゲの血から解毒薬を作り出した。元々、そのためにゲオルはシュランゲの血を大量に採取していたのだ。

 そうして薬を投与してから半日もした頃にはいつも通りの身体に戻った。

 本来ならば、屋敷で手がかりを探す続きをしたかったのだが、屋敷はシュランゲと共に吹き飛んでしまった。もう何も残っていない、もし何かあったとしても、見つけることはできない。だから二人はその足でゲーゲラの街、その北部に帰ることにしたのだ。

 そして。


「―――馬鹿者がっ。いくら薬を投与しかたらと言って毒が抜けない間に酒を飲み続ける者がどこにいるっ。いいか、完全に毒が無くなるまで貴様は禁酒だっ。貴様の妻にも言っておくからなっ。次の者!!―――何? 薬が苦くて飲めないだと? 子供か貴様はっ。いや子供だったな。ええい、そんなことはどうでもいい。いいか、薬を飲まないのであれば貴様の腹に穴を開けて直接投与してやるっ。無論絶叫ものの痛みだがな! それが嫌ならさっさと帰って薬を飲め!! 次の者!!―――昨日から腰を痛めて思うように動かない? 知るかっ。ワレは魔術師であって整体師ではないっ!! 貴様には二人程孫がいただろう! そやつらにでもさすってもらうか叩いてもらえっ!! 次の者!!―――」


 ゲオルの怒号が飛び交うのはニコの家前だった。そこには簡易的な露店が作られており、北部の多くの人々が並んでいた。

 彼らの目的はゲオルの作った解毒薬。この北部の人々からしてみれば、喉から手が出るほどの代物。それをゲオルは北部の人々に配っていたのだ。無論、投与した後どのような状態になっているのかなどの報告をしにくる人もいるのだが……何故か余計なことまで話しているように感じるのは気のせいではないだろう。

 その傍らでは、ニコが手伝いをしながらゲオルに聞いてきた。


「ゲオル、もう疲れた?」

「呼び捨てにするなっ。そしてとっくの昔に疲れている!! くっ、いくら研究のためとはいえワレがこんな苦労をするとは……」

「じゃあちょっと休んだら?」

「できるかっ。この長蛇の列を処理しなければならんというのに、一々休んでいられるかっ。とっとと次に行くぞ!!」


 そう言いながら、ゲオルは魔術師として魔毒に侵された患者の診察を続けていった。

 一方のエレナはニコの家の中でシュランゲの血を使った解毒薬を作っていた。

 元々薬を作ることは前からしていた。ジグルは剣士であり、傭兵だった。それ故に傷を負ったり、毒をもらうことも多かった。それ故にエレナが傷薬や解毒薬を作ることもしばしばあった。目が見えなくても材料と方法さえ分かっていれば、できるのだ。

 そんな彼女に、ニコの母親が水を差し出した。


「エレナさん。飲み物です」

「あっ、すみません。ありがとうございます……ニコさん、何だか楽しそうですね」


 ニコの姿は見えないものの、その声からニコが今までにないほど楽しそうにしているのは、エレナでも分かった。


「ニコのあんな姿は久しぶりに見ました。父親が亡くなってからは人前で笑うことも少なくなってましたから」

「そうですか……」

「だから勇者を殴り、且つ魔毒の解毒薬も作ってくれたゲオルさんになつくのも無理はないと思います。ニコだけじゃありません。私や北部の皆も、ゲオルさん達には本当に感謝してるんです。解毒薬を投与したおかげで私も身体が動くようになりましたし」

「それはなによりです」


 本当に良かった、とエレナは思う。

 この北部に再びやってきた時、ゲオルはニコの家へと行って母親に薬を投与した。さらに、もっと薬の記録が欲しいと言って、北部で魔毒にやられている人々に薬を飲ませるようにした。それもタダで。

 彼曰く「連中はワレの実験台に過ぎない。その身体をワレに提供しているようなものだ。故に金銭などは求めん」という言い分らしい。

 その言葉の真意が分からないエレナではない。

 けれど。


「本当に、面倒な性格をしてますね」


 どこか呆れたような、けれども微笑ましいその捻れた在り方に彼女は笑みを浮かべながら、作業を再開するのであった。


 *


「よ、ようやく終わったぞ……」


 全ての患者に薬を渡し、近況を聞いたところでもう昼は当の昔に過ぎていた。

 ぐったりとしているゲオル。それもそうだろう。何せ、数にしてみれば百を超えていた。中には薬を渡せばそれで終わり、という者もいたが、身体の調子を確認しなければならない者もいたのだ。それらを全て相手にすることは、ゲオルにとっても疲れが溜まるものだった。


「ご苦労様です、ゲオルさん」


 露店の机に顔を埋めているゲオルにエレナは水を出しながら声をかけた。


「くっ……連中め。長話や余計な話をしよって。おかげでとんだ時間の無駄だった」

「その割りには一人ひとり、ちゃんと話してましたよね」

「当然だ。これは解毒薬の実験だ。故に今の状態がどういうものかを聞いておく必要がある。でなければ、薬の効力を確かめることができんからな」

「それで、皆さんどんな具合なんですか?」

「……良好だ。恐らく、この北部で魔毒にやられた者のほとんどに解毒薬を投与した。今のところ、後遺症などの問題は見受けられない。まぁワレが実際投与して何も起きてはいないのだから、当然だがな」


 それなら実験なんて必要なかったのでは……というのはやめておく。それこそ、無粋だというのは、エレナにも分かっている。


「それにしても、皆さん喜んでましたね」

「ふん。実験台になっているとも知らずに、能天気な奴らだ」

「そうですねー」

「……なんだ、その含みのある言い方は」

「いえ、別に何でも」

「ふん……貴様といい、あの童といい、目上の者に対しての礼儀というものがなっておらん」

「それはゲオルさんも人のこと言えないと思いますけど……まぁニコさんの場合は、それだけ貴方に懐いている証拠ですよ。良かったじゃないですか」

「どこがいいものか。子供に好かれてもいいことなど一つもない。どうせ、あれも自分の母親を助けてくれたと勘違いしているだけだ」

「でも、実際ゲオルさんのおかげで助かっているのは事実です。それがどんな理由であれ、皆さんが貴方に感謝するのは当然のことだと思いますよ」


 例えどんな目的があったとしても、自分を助けてくれたことには違いない。それがどれだけ嬉しいことなのか、エレナはよく知っている。

 彼女の言葉に、ゲオルは何も言わなかった。反論しようとも思ったが、それも無意味だと既に理解している。

 だから、彼が告げたのは別のことだった。


「それで? これからどうするのだ」

「これから、ですか?」

「そうだ。解毒薬を投与したとはいえ、後遺症が本当にないか、しばらくの間観察する必要がある。そのため、幾許か、この街に留まることにはなるだろう。だが、その後はどうする? そこから先は、貴様が決めることだ」


 そう。彼らの旅の目的はゲオルの身体である。

 紫のシュランゲを倒すことでも、北部の街の人々を助けることでもない。それらは確かに他人のためになることかもしれないが、だとしてもゲオルの身体が見つかるわけではないのだ。

 一年。その間にゲオルの身体が見つからなければ、ジグルの魂は完全にゲオルのものとなり、二度と彼が生き返ることはない。それは、エレナも重々承知していた。

 だが、今回屋敷に向かっても新たに得た情報と言えば、当時の犯人、またはその知り合いが危篤状態であり、すぐにでも身体が必要であったという事実のみ。それだけで五百年前、どこの誰がゲオルの身体を盗んだか、そして今はどうなっているのか。分かるはずはなかった。


「……、」


 ゲオルの言葉に、エレナは言葉が出なかった。今まで色々あったせいで整理できていなかったが、結局のところ、今回自分達は何の成果も得なかったのだ。

 これでいよいよ手がかりは無くなってしまった。

 それはつまり、ジグルを救う方法が途絶えてしまったことに他ならない。


「……すみません、けど、私は―――」

「言うな。どうせ貴様のことだ。こんなところでは諦めたくないとか抜かすのだろう? 別にそれで構わん。まだ期限は過ぎていない。ならば、付き合ってやるまでだ。それが契約だからな」

「ゲオルさん……」

「ワレは人より長生きができるからな。丁度いい暇つぶしだ」


 そうだ。これはゲオルにとっての暇つぶし。自分の身体を見つけれられるかもしれないという博打なのだ。初めから期待はしていないし、もしも見つかればそれはそれで運が良かった。それだけの話だ。

 ゲオルの言葉にエレナは何も言わず、頭を下げた。

 その姿にどこか戸惑いながらも「ふん」と鼻を慣らしながら、言う。


「そら、手が空いたのなら解毒薬を作れ。そろそろこちらの分が無くなってきたのでな。今日はもう誰もこないだろうが、今のうちに―――」


 と、その時である。

 ゲオルの顔面にめがけて短剣が迫っていた。

 それをまるで分かっていたかのように、軽々と指で挟んで受け止めた。


「――何の真似だ、貴様」


 もはや、そこにいるのが誰なのか、確認するまでもなかった。

 この気配、この空気、そして唐突にこんなことをしかけてくる者など、この街で一人しかいない。

 視線を向けるゲオルに対し、その男は言う。


「よう、ゴミクズ。正義の味方がテメェに裁きを下しにきたぜ」


 そこには、こちらを見下しながら笑みを浮かべる勇者の姿があった。

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