表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/148

幕間 六体の怪物

『六体の怪物』。

 それは、魔王が世界を滅ぼすために作り出したという存在。かつて多くの人々を殺戮し、蹂躙し、殲滅した上で、討伐に行った勇者達も苦しめたと言われている。

 しかし、その容姿や弱点などは一切伝えれられておらず、大まかな情報しか後世には伝わっていない。

 曰く、『六体の怪物』は強大である。

 曰く、『六体の怪物』は恐怖である。

 曰く、『六体の怪物』は脅威である。

 ……後に魔王が復活する際、これらも同じく蘇り、人々を再び苦しめるというのに、その情報がこの程度しか残されていないというのはどういうことなのか。それに疑問を持った多くの魔術師や学者が各地を回り、『六体の怪物』について調べたが、しかし結果は惨敗。どこにも残されていなかった。

 ある一人の学者はこう語っている。『六体の怪物』の正体は災害だったのではないか、と。地割れや洪水、落雷や噴火、そういった天変地異を怪物として見立てたものではないのか。それ故に誰も怪物の正体を知らず、それ故にどこにも詳細な事が記されていない。

 しかし、これに異を唱えたのは『救国』だった。かの国は勇者を輩出した国であり、自分達を『世界を救った国』を豪語している。それは今でも変わらず、故に勇者の存在を否定する意見には全て反論していた。

 彼ら曰く、勇者は魔王を倒した。その過程で『六体の怪物』も倒した。そもそも怪物が六体いると確認しているのだから、いなかったわけがない、と。そして勇者が残した怪物の名前も示している。

 緑のシュバイン。

 紫のシュランゲ。

 黒のシャーフ。

 白のフクス。

 紅のフェニカス。

 蒼のレーヴェ。

 それらは全て身体が単色であることも勇者が証言している。

 けれど、後世の者達は疑問視していた。そんなものは勇者とその仲間たちしか証言していない。つまり、証拠が何一つないのだ。『六体の怪物』の死骸やその残骸があれば話は別だったかもしれないが、それもないときた。そもそも、戦ったというのなら、何故その姿形、特徴、弱点を知らないのか。知らせなかったのか。

 だからこそ、救国がどれだけ勇者のことを謳っても他の国では表にはしなかったが、その存在を疑問視する声は少なくなかった。

 しかしそれも現代に蘇った『六体の怪物』によって覆されることとなる。

 巨大な身体、単色の全身、そして驚異的な力……それらから『六体の怪物』が再来したと人々は言った。確認されたのはたった三体であり、憶測に過ぎないと言う者も多くいたが、魔物の暴走化もあり、『六体の怪物』の復活は人々にとって真実となったのだ。

 だからこそ、『神器』に選ばれし勇者と仲間を集め、『六体の怪物』の討伐が始まったのだ。

 しかし、それはただ単に『六体の怪物』を倒すためではなかった。

 そう。勇者が残したもう一つの伝承。

―――『六体の怪物』を倒した時、魔王への道は開かれる。

 その言葉を信じ、そして魔王を倒すために、勇者一行は旅をしているのだった。

 ……例え、その勇者がどんな人物であったとしても。


 *


「一体いつになったら討伐に向かうのよっ」


 机に両手を叩きつけながら、メリサは一人、声を荒らげて言う。

 ここはメリサの部屋だ。だが、借りている場所でもある。いつもの彼女ならばそんな場所でモノに当たるなどということはしないのだが、しかしそんな彼女でも我慢の限界だった。

 ここに来て半年。そう、半年だ。最初の『六体の怪物』を倒してから言えば、一年。それだけの期間があって、自分達は一度もあの森に入るどころか、向かったことすら無かった。

 最初は情報収集という名目の下、一番近くのこの街に拠点をおいたところまでは別に良かった。問題はそこからだ。敵が分からないから、攻めれない。そんなものは愚策だ……その言葉は一応の意味で間違ってはいなかった。だが、それがどうだ? 半年以上いても何の情報もないどころか、被害はどんどんと増える一方。メリサも北部に住んでいる人間が毒にやられていることは知っていた。だからこそ、早く行くべきだと何度も言ったが、勇者は首を縦に振らないどころか、別にどうでもいいと言わんばかりに毎日街出てはやりたい放題だ。そして、勇者が了承しなければ、他の二人はそれに従う。いや、反対しない、と言った方がいいか。

 けれど、最早現状は無視できない状況になってきているとメリサは見ていた。

 きっかけは北部の人々の遠征。戦い方など知らない彼らが、それでも家族のためにと言って森へ向かった時は、メリサも一緒に行こうとした。が、それは断固として勇者に止められた。

 彼らがやるのは調査だけ。命のやりとりじゃないんだから……その言葉を少しでも信じた自分を今でも恥じている。

 結果、帰ってきたのはたった二人。一人は重傷で、もう一人は心が壊れていた。けれども森の様子を知るためにも彼らの言葉を聞くしかなかった。

 だが、勇者は命をかけて戻ってきた彼らの言葉を「無駄だ」と言って切って捨てた。

 そのことに、流石のメリサも怒鳴らずにはいられなかった。

 けれども、勇者には全くこちらの声は届かなかった。彼はこちらの話を全く聞いていない。自分のいいように解釈されてしまう。まるで空虚だ。

 そして、それ故に歯がゆい。


「そんなに声を荒らげるもんじゃないわよ」


 ふと、後ろから声が聞こえた。

 振り向くと、三角帽子を被ったアンナがやれやれと言わんばかりな表情でそこに立っていた。


「アンナ……」

「気持ちは分かるけど、戸締りくらいはきちんとしなさい。ドア、開いてたわよ?」

「……ごめんなさい」

「ま、今度から気を付けてくれればいいわ。ま、開いてなくても中には入れてもらうつもりだったし」

「それは、どういう……」

「森で妙な動きがあったわ」


 その言葉にメリサは目を見開いた。

 それを見て、アンナは小さく笑みを浮かべた。


「久しぶりね、貴女のそういう顔。興味湧いた? とはいっても、『六体の怪物』についての手がかりってわけじゃないんだけど」

「何でもいいわ、教えて頂戴」

「りょーかい。まず一つ目は、ここ数日で誰かがあの森で歩いていた形跡が見つかったわ。最初は間違って入ったんじゃないかって思ったんだけど、どうにも入っただけじゃなくて、森から出た形跡も見つかってる。今まで入った者は決して戻らないと言っていた森なのに」


 それは確かにおかしい。森から出た形跡があるということは、つまり生きているということ。『六体の怪物』に遭遇しなかった、ということなのか?


「それから、数日前に森の奥で強烈な爆発があったわ。使い魔を使って見に行ってみたら、まぁものの見事に大地が抉られていたわ。恐らくは強力な爆発によるものだけど、威力が尋常じゃないのよ。範囲もこの街の半分くらいはいくんじゃないかしら」


 それはまた物凄い範囲だ。

 けれど、今の世界でそれだけの威力を発揮できる技術は一つしかない。


「……もしかして、誰かが魔法を使ったってこと?」

「というか、それしか考えられない。とは言っても、あれだけの威力の魔法は相当な実力者でしか無理。だけど、その気配を感じ取れなかった」

「気配を殺してるんじゃないの?」

「多分、そうだと思うわ。けど、問題なのは誰が、どんな目的で使ったのかってこと」


 正直なところ、目的については大体予想がついている。あの森で強力な魔法を使うとなれば、それは『六体の怪物』に向けて以外はないだろう。

 問題は、誰が、という点。

 通りすがりの強い魔術師が誤って森に入り、『六体の怪物』と接触し、戦闘となった……そういう展開が自然だろう。

 しかし、だ。メリサには別の考えが浮かんでいた。


「もしかして……ジグル?」

「それだけは絶対に有り得ない」


 けれどもその推測はすぐ様アンナに否定される。


「メリサ、それは、それだけは有り得ないわ。確かにあの男は剣の腕はそこそこだった。日数から考えても、あの男が来たって日にも被ってる。それは認める。けど、あの男は魔術については素人同然だったじゃない。魔力は最低限しか無かったし、才能もなかった。一年という月日があったとはいえ、それだけであれだけの大魔術を会得できるわけがない」


 アンナの言い分はしかして間違ってはいなかった。

 ジグルの剣術は皆、一応は認めている。だが、魔術に関しては彼自身も含めて才能がないと理解していた。だからこそ、彼は剣術に全てをつぎ込んでいたのだ。かつて、そんなことを教えてくれたことをメリサは僅かにだが、未だ覚えている。


「メリサ、アンタはあの男と昔、一緒に力を高めあった仲だってことは知ってる。けど、それは昔の話。あれは使い物にならなかった。それは真実よ。そして、ただの臆病者に成り下がった。その証拠に貴女の前から突然と消えた。逃げたのよ。その事実から目を背けちゃダメよ」

「……ええ、わかってるわ」


 返答しながら、メリサは右手で拳を作っていた。

 悪いのはあの男。悪いのは勇者じゃない、自分達じゃない。

 だから―――。


「た、大変ですっ」


 部屋の前で大声を出したのはここに仕えている衛兵だった。


「どうかしましたか」

「勇者様が突然に出て行かれましたっ」


 その言葉にメリサは大きなため息を吐き、アンナは小さく笑った。


「それは、いつものことでは?」

「いえ、それが……何でも北部にいる人々を騙している悪党を退治してくると言っていまして……」

「悪党? それは一体……」

「恐らく、噂になってる薬師の事かと。最近、北部にある薬を人々に配っている男がいるらしいという話です。何でもその薬は北部に蔓延している魔毒の解毒薬ということで、毒に侵された者が多く募っているとのことです」

「……アンナ、知ってた?」

「知ってたら当の昔に報告してるわよ」


 その言葉をメリサは疑わなかった。確かに彼女は勇者に入れ込んではいるものの、仕事を疎かにすることは決してない。


「どう思う?」

「ほとんどの確率で偽物ね。解毒薬にはその毒の元になった生物の血などが必要になる。それはつまり『六体の怪物』から血を抜き取らなければ作れるわけがない。そんな芸当、『六体の怪物』を倒せるぐらいの力がないとできない。……ただ」

「さっきの件ね」

「あの巨大な魔術を起こした魔術師なら、可能かもしれないわね。アタシも会ってみたいわ」

「とはいえ、ユウヤのことだから、偽物だと思ってすぐに成敗したがるはずよ。彼は、そういう人よ」


『六体の怪物』の毒の解毒薬。そんなものがあるはずがない……と思うのは無理な話ではないだろう。もしもアンナの報告が無ければ、メリサも同じく疑問を抱いていたに違いないのだから。

 けれど一方で思うこともある。もしもその誰かが『六体の怪物』を倒したとするのなら……いいや、そもそもそんなことができるのか。

 だってそうではないか。

『六体の怪物』は『神器』を持つ者でしか倒せない。そのはずだ。そのはずなのに、『神器』を持っていない誰かが倒したなんて……。


(そんなこと……あるはずがない)


 有り得ないこと。それを確かめるためにもメリサはアンナと共に北部へと向かったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ