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十四話 魔毒の森⑥

 ゲオルが出て行ってから暫く経った頃、エレナは言われた通りにゲオルの身体が保管されていた部屋の中にいた。

 振動から考えて、恐らく魔物と戦っているのだろう。それも巨大な何かだ。考えられるのは、先程の『六体の怪物』が生きていた、ということだが何やらそう簡単な話でもなさそうだ。

 本来ならゲオルに任せっぱなしにしたくはないのだが、エレナは自分が戦えないことを嫌という程自覚している。確かに自分は第六感がよく、相手の気配なども分かるがしかしそれは戦いの前に相手の場所を知るという点で役立つが、目の前に敵がいる場合は意味をなさない。故に自分は足手まといであり、ゲオルの傍にいれば邪魔になってしまう。だからこそ、動かずじっと待っていた。

 しかし、それでも様子を見に行きたくなるのが人間というもの。目が見えない自分が見に行くというのも変な話ではあるが、けれどもじっとしていられないというのも事実。

 そうして、エレナは部屋を出て、玄関ホールまでやってきた。

 その時である。

 玄関が勢いよく吹き飛ぶ音がした。


「がっ―――」


 破裂音と共に聞こえたのはゲオルの痛みに耐える声。恐らくは敵に玄関まで叩きつけられて玄関と一緒に吹き飛んできたのだろう。

 声がした場所、床に転がっていく音、そして彼の気配。それらからゲオルがいる場所を特定し、近づいていく。


「ゲオルさんっ」

「ごほっ……小娘か。何をそんなに慌てている」

「何をって……突然吹き飛んできたら誰だって同じ反応しますよっ! それよりどうしたんですか、敵は一体……」

「『六体の怪物』、紫のシュランゲだ。どうやらさっき倒した一体だけではなかったらしい。襲ってきた三体も倒したが……まさか、その後にもう五体、現れるとは、予測不可能にも程がある」


 五体っ!? と驚くエレナ。無理もない。流石のゲオルですら、地面から出てきた五つの首を前にした時は目を丸くさせる他なかったのだから。

 二度あることは三度ある、という言葉がある。同じことは何度も繰り返されるという意味なのだが、ゲオルは今日という日程、それを実感したことはなかった。

 そうして繰り出される毒煙の集中攻撃。先程と違って威力も倍増し、より一掃ゲオルを己に近づかせないようさらに距離を保ち、ゲオルが特攻をしかければすぐに地中へ逃げ、攻撃が外れた瞬間、再び集中攻撃……しかも先ほどよりも数が増えたせいで隙など全くない状態になりつつあった。

 もはや屋敷の周りは毒霧に包まれており、今も壊された玄関から毒煙や侵入してきている状態だ。

 それだけではない。先程から屋敷全体が揺れている。いいや、揺らされている。シュランゲがこの屋敷に毒煙を放射しているのだろう。


「取り敢えず、上の階へ行きましょう。ここに居ては毒の餌食になります」

「分かるのか?」

「僅かですが、匂いがしますから。さぁ、行きますよ」


 そう言って二人は二階へと上がっていった。そうして、中央に位置する窓のない部屋へと入り、そのままドアを閉める。窓のある部屋であれば、シュランゲの毒煙の放出で割れてしまい、毒が中へ入ってくるおそれがあった。

 けれど、この部屋にも毒がやってくるのは時間の問題。


「これからどうしましょうか」

「さて、な……ただの五体の魔物、となれば話は早かったが、相手は『六体の怪物』。特にあの毒煙が厄介だ。遠距離からの矢や投石なら弾き飛ばしたり、跳ね返すこともできたが……」

「それはそれで有り得ないんですが……とはいえ、流石に毒を弾き飛ばすことも跳ね返すこともできませんね」


 矢や投石に素手で対処できるというのは尋常ではないが、それでもそんなゲオルでも毒という触れれないものをどうこうすることはできないらしい。

 と、そこでエレナはあることを思いつく。


「あの……こういうのは無粋なのかもしれないんですけど、ゲオルさんの魔術ではどうにもならないんですか?」


 触れれない、つまりは非物理的な要因ならば、逆に非物理的な術で防ぐことはできるのではないか。

 そう思ってこその発言だったが。


「却下だ」


 エレナの考えは即座に否定された。


「確かに魔術を使えば防げるだろう。そして『六体の怪物』を倒せるだろう。が、それはできん。前にも言ったが、ワレが魔術を使えばワレを追っている『あの男』がやってくる。加えて言っておく―――あの男は紫のシュランゲよりも強く、厄介だ」

「『六体の怪物』よりも、ですか……、」

「ああ。もう一度言うが、あれがワレの目の前にやってくれば戦いは避けられん。そして、毒が回った今のワレでは確実に負けるだろう。そうなれば、貴様の大事なジグル・フリドーも死ぬことになる」


 それはエレナが尤も望まない展開だろう。

 彼女からしてみれば、ゲオルが殺される、というよりもこの身体、ジグル・フリドーが殺されるということが何よりも恐ろしいはず。


「……あの、ゲオルさん。もう一つ、いいですか?」

「何だ」

「この屋敷に、地下室のようなものはありますか? そこに何か大きな魔術の道具を入れてあるとか」

「? いや。この屋敷に地下室はないが……それがどうした」


 唐突なエレナの言葉に返答する。その言葉を聞いて「じゃあやっぱり」とエレナはどこか納得したように口を開いた。


「さっきから感じていたんですけど、この屋敷の下に大きな気配を感じます」

「それは、あのシュランゲの群れのことではないのか?」

「いいえ、シュランゲの群れも確かに感じ取れます。けれど、その……こんな言い方おかしいかもしれないんですけど、その先が一つになってるんです。いえ、一つになっているというよりは、そこからシュランゲ達が生えているような、そんな風に感じられるんです」


 突拍子もないエレナの考えに、ゲオルはまゆをひそめた。


「つまり、貴様はシュランゲ達は群れではなく、個体だと言うのか?」

「はい。でも、それなら納得がいくことがあるんじゃないですか? 例えばシュランゲ達は首から下を一切地上に出さないところとか」


 言われてみれば、確かにそうだ。ゲオルは戦っている最中にもその尾っぽを全く見ていなかった。加えていうのなら、連中は二度目の邂逅時からゲオルを遠ざけて戦うようにしていた。こんな人間を相手に初見で近づけさせないということは、初めから近づけば危ないと分かっていたから。そして、エレナの考えならば、納得がいく。


「まさか、自分の屋敷の真下にそんなものがいるとはな……だが、屋敷にやってきた瞬間に襲わなかったのは何故だ?」

「多分誘い込むためかと。屋敷に入る前に襲えば、逃げていくかもしれないと思ったのではないでしょうか」

「そして屋敷、自分の真上に餌を呼び寄せればあとは囲い込むだけ、というわけか……」


 考えてみれば、最初の一体からすでに罠をしかけていたのだろう。自分は既に死んだとするために敢えて剥ぎ取られても何もしなかった。そうして二度目の時にはゲオルを毒漬けにすることができ、三度目は完全に追い込み、今では袋の鼠状態だ。

 もしも、ゲオルが通常の状態ならば再び力技でねじ伏せることもできたかもしれないが、しかしもはやそれもできない状態だ。

 万事休す、とはまさにこのことなのだろう。


「……はぁ」


 ゲオルは大きく息を吐いた。それはどこか諦めたかのようなもの。

 けれど、勘違いしてはいけない。

 それは命を諦めたわけではなく、別のものを捨てる覚悟のものだ。


「……小娘。今一度聞くが、シュランゲの本体らしきものは屋敷の真下にあるのだな?」

「は、はい」

「それはどれくらい深いか分かるか?」

「具体的にはわかりませんけど……近くに感じ取れます。それこそすぐ真下くらいではないかと」


 瞬間、ゲオルはいけると確信する。

 作戦は既に決まった。ならばあとやることは一つ。


「小娘。少し作業をするぞ、手伝え」

「構いませんけど……一体、何をするつもりなんです?」


 ゲオルはその言葉にシニカルな笑みを浮かべながら答える。


「この屋敷での、最後の実験だ」


 *


 そこはもはや地獄だった。

 ゲオルの屋敷の周りは既に紫色の煙が蔓延しており、一切の視界が閉ざされている。

 だが、分かる。その中にいる巨大な動く影。霧と同じ色をしながら、蠢く蛇。人など一口で二人は丸呑みでるほどの大きさであり、牙は人の骨を一度で砕く。

 そんな怪物が今や二十は存在していた。

 そう。ゲオル達が戦っていたのはほんの僅かな数。本来の数はそれだけ多く存在しており、この森を完全に支配していた。人も動物も魔物も何もかも全てを襲い、殺し、喰らう。故にこの森にはもうほとんどの生物が存在しなくなっていた。

 だからこそ、久しぶりの餌は何がなんでも喰らう必要があった。

 だが、それは一筋縄ではいかなかった。最初の急襲を避けたかと思えば、襲った一体の頭をくだいた。普通の人間ができることではない。

 しかし、今までも力のあるものは何人もやってきては殺してきた。そして、美味だった。

 故に必ず喰らうと決めた。ただの餌としてではなく、ご馳走として狙うことにしたのだ。そのためにまずは油断をさそう。死んだかと思わせ、そしてじっくりと追い詰められる場所に来るのを待つ。そうしてやってきた連中を誘い込み、時間をおいた後、再び襲う。三体程犠牲が出たが、毒を与えることはできた。毒の耐性があるものでも毒の霧を直接浴びれば身体に毒が周り、やがては動けなくなる。

 その後も追撃し、そしてようやく屋敷の中へと追い詰めた。

 最早狩りは終わった。ここからは屋敷を壊してじっくりと頂く。

 そのはずだったのだが。


「―――聞いてるか、怪物よ」


 唐突に、男は現れた。

 全ての頭が声の方へと向く。屋敷の屋根に男は娘と並んで立っていた。先程よりも数が増えているというのに、けれども男は不敵に笑うだけだった。


「数にして、二十、といったところか。ここまでくれば、もう驚かん。だが、称賛は送ってやろう。流石は『六体の怪物』、紫のシュランゲ。ワレを毒で追い詰めたのは貴様が初めてであろうよ」


 称賛という意味を怪物は理解できなかった。しなかった、ではない。そんなことなど、怪物には不要のものであり、されたことなど一度もないのだから。

 だから、怪物は理解できない。

 わざわざその姿を現した男の行動は生き物の本能から外れたものだった。


「返礼として貴様に味わわせてやろう。この屋敷全てを使って成し遂げる、ワレの実験に付き合う名誉をなっ!!」


 この時、怪物は気づくべきだったことが二つある。

 一つはこのゲオルがわざわざ死ぬために姿を現すような男ではない、ということ。

 そしてもう一つは、彼の足元にある数々の瓶の存在。その中身は『爆石』と呼ばれる赤い光を放つ石だった。

 刹那、ゲオルはこの屋敷での生活を思い出す。

 魔術師として、自分が培ってきたものがここにはあった。研究し、実験し、作り出したモノも眠っている。が、それらの成果は、全て頭に叩き込んでおり、また一度作ったものならば、もう一度作り出すことは可能。

 だからもう必要ない……というわけではない。

 何故なら、ここは云わば、ゲオルの『家』なのだ。たった一人で過ごしてきたとはいえ、それでも想い出がここにはある。

 それでも、ゲオルはここで死ぬわけにはいかない。

 故に、今まで住んでいた自らの家に敬意と感謝の念を送り、彼は言う。


「小娘、死にたくなければ手を離すなっ!!」

「はいっ!!」


 瞬間、エレナに掴まられているゲオルはそのまま真上へと跳躍する。

 ゲオルは跳躍して二秒くらいの場所で手に持っていた小瓶を下へと投げつける。

 無論、その中にあるのは下にあったものと同じ『爆石』。

 爆石の特徴は衝撃を与えることで爆発するというもの。そして、この屋敷には『爆石』以外にも起動すれば同じような威力を持つ道具等が存在する。

 故に、どこかで大きな爆発があれば、それら全てが起動する。威力は屋敷が一気に爆発するのと同じであり、屋敷だけでなく、周囲のもの全てを吹き飛ばす。

 それは即ち、屋敷の真下にいる怪物もろとも消し炭にするということだった。


『―――――――――――――――――――――――――――――っ』


 それを怪物が理解した時には既に遅く、怪物は本体と複数の頭もろとも屋敷と共に吹き飛んだのだった。

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