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十三話 魔毒の森⑤

 屋敷が揺れた瞬間、嫌な予感はしていた。

 建物が揺れること自体が既に普通ではないが、しかしそういうわけではない。これが地震によるものではないことくらい、ゲオルにも分かっていた。どちらかというと、地面からではなく、屋敷の側面に何かがぶつかったような、そんなものだ。

 だが、考えて欲しい。建物が揺れるほどの振動を与えるなど、通常の魔物や人間がぶつかったところで起こるだろうか。いいや、そもそもこの森にそんな魔物や人間が存在するのか?

 答えは否。

 そして、だ。

 この森で、この状況下で、先程の条件に合うものと言えば一つしかない。

 もしや、と思いながらゲオルはエレナに「ここにいろ」と告げ、玄関へと駆ける。

 可能性があるとすれば、ゲオルの考えている通りだろう。だが、それはおかしい。何故なら自分は先程、その存在に一擊を与え、止めを刺したのだから。

 だというのに。


「……まさか、とは思ったが」


 玄関を開けてそこにいたのは、ゲオルが倒したはずであった巨大な蛇、紫のシュランゲだった。

 正直、紫のシュランゲが生きていたことには然程驚きはない。確かにあの時、剥ぎ取りをしたものの、生死を確認してはいなかった。それもあって、シュランゲが死んだふりをしていた、ということは否定できない。故に衝撃はない。

 だからこそ、ゲオルが驚いたのは別の点。


「数が増えているのは、流石に予想外だ」


 そこにいたのは、三体のシュランゲが地面から頭を出している光景だった。あれだけ巨大な蛇は一体でも珍しいというのに、それが目の前に三体いる。しかも全て先程ゲオルが剥ぎ取った跡がなく、また頭も潰されていない。

 つまりはこの三体は先程のものではないということだ。

 正直、『六体の怪物』の一体が複数存在することには驚きを隠せない。しかもこの巨体だ。普通なら有り得ない。だが、逆に考えればこれだけの巨体が数体も入れば、なるほどこの森から生きてでられる者がいないというわけだ。


「とはいえ。やることは変わらんがな」


 そう、結局のところそれは変わらない。

 いくら数が増えようとも、それは問題ではない。先程、数発殴り、蹴りを入れただけで大体の硬さは理解できた。どれだけの力を出せば吹き飛ぶのか、どれだけの拳をたたき込めば頭を潰せるのか。それが分かればあとは何のことはない。

 拳を作り、骨を鳴らす。

 そして―――跳んだ。


「ふんっ」


 一瞬の跳躍。既に目前にはシュランゲの顔があり、その顔に拳を叩きいれる。

 が、次の瞬間、その口が大きく開いたかと思うと、その奥から紫色の煙が一気に噴出された。


「なっ―――」


 放たれた矢の如き勢いの煙はもろにゲオルの身体を直撃し、そのまま屋敷の壁にまで吹き飛ばした。壁にはひびが入り、一部は崩れている。それだけで先程の噴射の煙がどれだけの威力なのかが窺える。

 けれどもゲオルは未だ余裕があった。確かに凄まじい威力ではあるものの、そこまで負傷はしていない。頑丈さに関しても問題なく作られた身体だ。それ故、ある程度の攻撃ではびくともせず、シュランゲの一擊も多少の負傷でおさまった。

 だからこそ。


「ごっ―――」


 自分が口から血を吐いたのが解せなかった。

 何が起こった……それが最初の疑問。普通の身体ならいざ知らず、この身体で今の一擊如きで血を吐くことは絶対にないはずだ。

 と、そこで気づく。これが外部からの攻撃で内臓等がやられたのではなく、内側から何かが浸透し、徐々に広がっていることを。


「毒、か……」


 先程の煙は、恐らく蔓延していた霧の大元。つまりは毒素の塊だ。それをゲオルはまともに受けてしまったというわけだ。


「毒の耐性もあるこの身体にも影響を出すとは……相当強い毒、というわけか」


 口にしながら苦虫を噛むかの如き表情を浮かべる。

 今のは確実にこちらの自滅行為だ。先程は手応えもなかったらかと勝手に思った油断。もう一度簡単に倒せると考えた傲慢さ。そしてそれらが混じり合って生じた隙。何もかもが腹立たしい。相手は『六体の怪物』。かつての勇者一行を苦しめたとされる怪物。それが、楽に倒せるわけがない。警戒心を解くなど魔術師失格である。


「ごほっ……これほど強力だと、普通の人間が浴びればひとたまりもないな」


 もしも先程の毒の攻撃を何の耐性もない人間が受ければ、まず吹き飛ばされ、その衝撃で死ぬだろう。そしてもしも生き残ったとしても毒の影響でどのみち即死だ。

 ここでエレナを置いてきたことが功を奏した。ここでもしも彼女がいて守りながら戦うとなれば、かなり不利であるのは言うまでもない。

 毒が身体の中に入ったからと言って問題はない。毒は確かに効いているが、その痛みによって身体が動かない、というわけではない。これくらいは慣れだ。

 だからこそ、問題は別のところにある。


「ちぃっ!!」


 舌打ちをしながら、ゲオルは次々と吐き出される毒煙を跳んで回避していく。一体が出す毒煙は一定の間が存在する。人の呼吸と同じようなもので、吸うタイミングも必要なのだ。故にそこを狙って反撃を試みようと考えたのだが、相手は一体ではなく三体。一体が息継ぎをする際、二体目が毒煙を吐き、その二体目が息継ぎをしようとすると三体目が、さらに三体目の次は再び一体目が……というように繰り返されている。

 これが襲いかかってきたり、尾っぽを出しての攻撃ならばまだよかった。それを受け流す、または殴り飛ばし、カウンターを食らわせる……そういうやり方でもできただろう。だが、流石に毒煙を受け流すことはできない。恐らく踏ん張れば耐えることもできるだろうが、毒の進行がさらに高まるだけであり、意味はない。

 故に回避しか行動は有り得ない。


(とはいうものの、何もしなければジリ貧なのも確かだ)


 さっきから回避を続けてシュランゲ達の攻撃を一度も喰らっていないが、しかし避けるとは即ちこちらも相手に攻撃をしていないのと同じこと。もしかすれば相手が苛立ちを募らせ直接攻撃をしかけてくるのを狙う、というのものあるが、ゲオルの見立てではそれはない。理由としては、毒煙の連続攻撃もそうだが、ゲオルとの距離を一定に保っている。地面に潜り、下から急襲するという手もあるというのに、まるでゲオルに近づいたら反撃されることを分かっているみたいだ。

 そして何よりも問題なのは体内に入った毒。耐性があり、毒の進行が遅いとはいえ、動き続ければそれも意味はなく、逆に促進させてしまう。


「ああ、全く、腹の立つことだっ」


 愚痴を零しながらも動きを止めない。

 正直なところ、ゲオルには一つだけ案があった。

 しかし、それは作戦といえるようなものではない。他の人間がいれば止めるだろうし、エレナならば絶対にやめろと言うだろう。だが幸か不幸か、ここには彼を止められる人間は誰一人としていない。

 避け続けるも、拉致があかない。時間を稼いだところで意味はなく、自分の首を絞めるだけ。

 ならば、迷う理由はなかった。


「―――っ」


 刹那、ゲオルは真上へと高く跳ぶ。

 それに呼応するかのように、連続して毒煙が噴出される。が、それらは尽く外れていく。そうして、ゲオルはシュランゲ達よりも高く跳び、やがては通り越してしまう。そして、反対側へと着地する。

 真後ろにきたことで、シュランゲ達は一瞬、ゲオルを見失った。そして、それが狙いだった。

 下半身に力を貯め、そうしてシュランゲの一体がこちらを向いた瞬間に、再び地面を蹴る。そして、ゲオルは今度は自分自身を放たれた矢のように突撃し、シュランゲの一体の頭をぶち抜いた。

 血まみれになりながら、貫通していったゲオルは勢いは衰えず、そのまま屋敷の壁に向かう。このままでは激突するだけのところ、身体を回転させ、壁に『着地』した。瞬間、壁が粉砕しかけるものの、それを後押しするかの如く、ゲオルは一瞬にして脚に力を入れ、再び跳んだ。

 二度目の突撃。またもやゲオルを見失っていたシュランゲがこちらを向くも既に遅く、大きな口の中に入り、そのまま拳を突き出し、大穴を出現させ、血しぶきを飛ばす。

 これで二体。今度こそ地面に着地したゲオルは三度目の特攻を仕掛けようとする。

 しかし、それは許さないと言わんばかりにゲオルの身体に毒煙が降り注ぐ。


「がっ―――」


 全身に衝撃と痛みが走る。

 噴射による圧と身体に入る毒、その両方がゲオルを襲った。

 その中で思う。三度同じ攻撃は通用しない……そんなことは最初から分かっていた、と。不意をつけば二度なら通用するかもしれないが、三度目となると相手も気づく。、ゆえにこうなることは予測済みで、当然の結果だ。

 けれども、魔術を使うつもりがないゲオルに使えるモノなど一つしかない。

 それは即ち、この身体。

 そしてその方法は力技のみだ。


「ふんっ!!」


 振り注ぐ毒煙に対し、ゲオルはその場で拳を突き出した。右手の拳に力を入れ、腰の入った渾身の一発だ。普通なら殴る対象もないそれは空振りに終わるはずだった。

 だが次の瞬間、その衝撃波によって、あろうことか煙は霧散していった。

 それだけではない。衝撃波は毒煙を無くした上でシュランゲの頭部にまで達し、顎に衝突した。あまりの出来事、予想もしない一擊にシュランゲはそのまま仰向けに倒れていった。

 そして、それは大きな隙。

 そんな好機をゲオルは見逃さない。

 何度目か分からない跳躍。空高く飛び上がると、ゲオルは落下していった。その先にあるのはシュランゲの頭。起き上がろうとしている大蛇めがけて落ちていく。

 こちらに気づいたシュランゲは起き上がるのが間に合わないと思ったのか、大きく口を開ける。

 しかし、もう時すでに遅し。

 ゲオルはそのまま落下の勢いを使い、シュランゲの頭を踏み潰したのだった。

 カエルが潰れるかのような音と共にシュランゲが貯めていた毒煙が辺り一面に広がっていく。そして、その中からゲオルは咳払いをしながら出てきた。


「げほっげほっ……まさか日に何度も血まみれになるとは思わなかった……げほっ」


 咳をするゲオルだったが、その度に少量の血を吐いていた。やはり動きすぎたことと毒を浴びすぎたことがいけなかったらしい。流石にこのまま放置しておくと危険なのは確かだった。

 とはいえ、だ。ゲオルにはこの状態を打開する方法があった。

 しかし、それは後にしておく。


「取り敢えず、さっさと屋敷に戻るとするか」


 この時、ゲオルはもう戦いは終わったと思っていた。

 三体も倒せば、流石にもういない……そう考えていたのだ。

 だが、考えて欲しい。

 最初に一体。次に三体、倒した。それはいい。

 けれども、だ。

 どうしてこの森にいるのが、それだけだと思えるのだろうか。

 その疑問を抱けなかったことが、ゲオルにとっての最大の隙。

 そうして、次の瞬間。


「―――っ」


 まるでそんな彼に怒りを向けるかのように大地が割れたのだった。

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