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十一話 魔毒の森③

 声がした時、もしかすれば勇者が来たのか、と思った。

 何せ連中はこの森にいる『六体の怪物』を倒しに来ているのだ。ならば、ここにいても何の不思議はない。

 しかし、実際にそこにいたのは全くの別人だった。

 振り返ると、まず見えたのは包帯だった。上半身が包帯に巻かれており、顔すら見えない状態であり、唯一見えるのは蒼い瞳くらいだ。軽快そうで動きやすそうな服装であり、包帯からでも見える筋肉質な体つきは相手がそれなりに鍛えているのが伺える。


「……、」

「んだよ、そのいかにも怪しそうな男見ちゃった的なノリはよぉー。そうじゃなくて、ここはもっと『お、お前は誰だっ!?』みたいな展開を求めてるんだが?」

「……、」

「かーっ、ノーリアクションッ。そこまで無視されるとこっちも色々と傷つくんだけど。まぁオレ様みたいなイケメンを前にしたら、しどろもどろになるのも分かるけどよぉ、別にナンパしてるわけじゃねぇんだから。っていうか、オレ様男口説く趣味はねぇよ。だからそろそろ会話のキャッチボールしようぜ?」


 口調が軟派な男は、意味不明な言葉をつらつらと並べる。その態度や体つきから、二十代半ばの男、といったところか。

 しかし、言っていることは大体理解できたのだが、間に挟まれる単語のいくつかが理解不能だ。

 正体不明で意味の分からない言葉を使う。そんな輩を警戒するな、というほうがいささか無理難題というものだ。

 しかし、だ。ここで警戒してばかりで話が一向に進まないとなれば、それはそれで何の解決にもならない。


「……取り敢えず、一ついいか?」

「お? ようやく喋ったな。いいぜ、何だ」

「上に連れがいるんだが……下ろしてきても構わないか?」


 上に指を差しながらいうゲオル。

 その方向を見上げ、目を凝らしながら男は「あー」と言葉を口にする。


「あそこにいるやつか……。別にいいが、わざわざ下ろしにいくこともないだろ。ほれ」


 と、指を鳴らした瞬間。

 唐突に、ゲオルのとなりにエレナが現れた。


「……あれ? 何で、ゲオルの気配がこんなに傍に……? えっ、というか、何で私、地面の上に……」


 困惑するエレナ。当然だろう。彼女は先程まで確かに十数メートル上の木の上にいたのだ。それが一瞬のうちに、ゲオルの隣に移動してきたとなれば、慌てるのも当たり前だ。

 一方のゲオルはまゆをひそめながら、男に向かっていう。


「転移魔術か」


 転移魔術。自分や対象がいる場所を瞬時に変えてしまう、高等魔術。大量の魔力が必要であり、且つ気力と呪文がなければならないため、普通の魔術師の中では難易度が高すぎると言われている。

 それをこの男は、道具も呪文もなく、指を鳴らすだけでやってのけた。


「正解。何だお前さん、魔術について詳しいのか」

「ワレは魔術師だ。それくらいのこと、知ってて当然だろう」

「へぇ……そうなのか。それにしちゃ、さっきの戦いじゃあ魔術を使ってなかったみたいだが?」


 見ていたのか……と今更そんな言葉は口にしない。

 変わりに鼻をならしながら、問いの答えを言う。


「阿呆が。あの程度の相手に魔術を使う必要などない」

「はっ! 『六体の怪物』に対して、あの程度の相手とは。オタク、相当の自信家だな。うぬぼれ屋といいたいところだが、実際倒してるんだ。自信に合った実力を持ってるってことなんだろうな。まぁ……別の理由があるのかもしれねぇが」


 顔まで包帯をまいているせいで正直表情が全く読めない。が、こちらに視線を向ける眼にはどこかこちらを観察しているようなものがあった。

 飄々としながらも、この男、様子を窺っていると見える。


「……あの、ゲオルさん」

「何だ」

「その……確認したいんですが、そこに誰かいるんですか?」


 困惑したかのような表情を浮かべるエレナ。それはおちょくっているわけでも、冗談を言っているわけでもなく、ただ本当に不思議な現象を目の前にしているかのようであった。


「分からないのか?」

「いえ、その、声は聞こえていますし、そこに誰かいるというのは分かるですけど……その、気配が全く感じられないんです」


 それは、ゲオルも思っていたことだった。

 最初、男に話しかけられた際、ゲオルは後ろを取られてしまった。転移魔術を使われたのもあるだろうが、声をかけられるまで全くその存在に気がつかなった。それだけ気配を殺している……というより、無いのだ。エレナですら感知できなかったのがその証拠。

 ゲオルは今一度、男を睨むように観察した。


「おいおい、そんなに凝視してくれるなよ。さっきも言ったが、オレ様男には興味ねぇの。あっ、けど勘違いしてもらっちゃ困るが、そっちの嬢ちゃんも対象外だ。顔はいいんだが、もうちょっと歳を取ってからだな。ああ、あと胸と尻もな。そしたら口説いてやるから」

「……何故でしょう、ゲオルさん。私、顔がいいと言われて、これほど馬鹿にされたような気分は今までにないんですが」


 それはそうだろう、とゲオルも思う。この男、言葉の一つひとつが怪しく感じてしまえる。故にそれが真実だろうと虚言であろうと、どこか馬鹿にされた感があるのだ。本人が意図的にやっているものなのか、それとも自然なのか分からないが、他人をイラつかせるのが得意らしい。

 だが、それだけ話をしていれば、分かることもあった。


「貴様……本物の身体ではないな。分身魔術か。それに隠蔽魔術と妨害魔術……他にも色々と加えているな?」

「お? そこまで分かるのか。この身体にかけた魔術を言い当てたのはお前さんが初めてだ。まっ、そもそも今の時代じゃ魔術師そのものが少ないってのもあるが……もしかしてオタク、見た目によらずどこぞのお偉いさん?」

「それはこちらの台詞だ。貴様こそ何者だ。分身をここまで本物だと思わせるとはな。手練の魔術師でも初見では見分けがつかないだろうよ」


 本来、分身魔術とはその名の通り、自らの分身を動かし、囮や離れた場所を調査するために使う魔術。とはいえ、使い慣れない者が使うと顔が崩れていたり、幽霊の如く姿がすけていたりする。が、男の分身は歴とした実態を保っており、さらにはそこに気配を遮断する隠蔽魔術や魔術的要因を弾く妨害魔術を加えることでよりその正体が分からないようになっている。

 現代の魔術は昔よりも進歩している。だが、これだけ巧妙な魔術を重ねがけできるものはそうはいないだろう。

 それ故に、油断はできない。

 しばらくの間、静寂が森の中を支配する。風が吹き、木々が揺れる音すら聞こえるほどの沈黙。

 が、それは男の言葉で唐突に破られた。


「やめだやめだ。知り合って間もない連中と睨み合いっこなんて時間の無駄だ。別にオレ様はお前さん達とやりあいにきたわけじゃないんでな」

「ほう? それはまた面白いことを言う。この森の中、『六体の怪物』を倒した直後に貴様は現れた……これが偶然だとでも言いたいのか?」

「おーおー、疑い深いねぇ。流石は魔術師。まっ、魔術を使うオレ様が言えた義理じゃないが……まぁ確かに、偶然ってわけじゃあないな。何せ、オレ様の狙いも『六体の怪物』だったんでな」


 何? というゲオルの言葉に男は不敵な笑みを浮かべた。


「おいおい、説明するまでもないだろ? 『六体の怪物』は魔物のさらに上の存在、そこから採取できる牙や角や唾液や内蔵……それらは魔術師にとっては宝みたいなもんだ。それを狙わない手はないだろ? お前さん達もそうじゃないのか?」

「……まるで、どこかで聞いたような話ですね」


 言われるが、ゲオルは無視し、男の問いに答える。


「別にワレらはそんな目的のために来たわけではない。この先にあるワレの屋敷に用があるだけだ。その途中に怪物と出くわし、仕方なく倒した。それだけだ」

「この先の館? ……ああ、確かにあったな。あの古びた館か。あれ、オタクのなの?」

「ああ、そうだが、何だ?」

「いや、何だって……あれどう考えても何十年も放置されてたように見えたんだが。っつーか、その歳で館持ちってどんなワケありだよ」


 その言葉は何も不思議なものではなかった。というより、それが普通の反応だろう。

 ゲオルの身体はジグル・フリドーのもの。その見た目は十代後半、それだけ高くみても二十代前半ということだろう。そんな人間が何十年も放置されている館の主だと言っても疑うのは当然だ。


「それを一々貴様に言う必要はない」

「つれないねー。ま、野郎の事情なんて首突っ込んでまで知りたいとは思わねぇから別にいいけどよ。にしても、『六体の怪物』相手に素手で倒した時は、オタクらが勇者一行とやらかと一瞬思ったぜ。ま、噂じゃ勇者一行は四人組って話だったからすぐに違うとわかったけどよ」

「あんな愚か者と一緒にするな。虫唾が走る」

「お? その反応だと勇者と会ったことがあるっぽいな。ちなみにこれは興味本位で聞くんだが、そいつ何やってんだ? 聞いた話じゃゲーゲラって街にいるってことだが」

「さてな。『六体の怪物』の正体が分からないため、討伐をしようとしないとは聞いたが」

「そうかい。随分と余裕のあるこった。とは言っても、目的の獲物が別の奴に取られたって分かれば良い笑い話になるな」


 苦笑する男に、ゲオルも心の中では同意する。


「さて……そろそろオレ様は行くとするか。目的のものは手に入ったしな」


 そういうと、男の手には牙の一部が出現した。

 いつの間に……とはもはや思わない。この男のことだ。恐らく、魔術によって怪物の牙を抜き取ったのだろう。


「それじゃな。またどこかで会ったら、そん時はよろしく頼むわ」


 言うと男はまた指を慣らすと同時、その姿を消した。

 まるで嵐のような男がいなくなった後、ゲオルとエレナはしばらくの間、言葉を失っていたのだった。

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