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十話 魔毒の森②

 異変は一瞬の内に起こった。

 まず見えたのは無数の牙。白く、鋭いそれは人一人分の大きさがあった。それが、地面からまるで生えてきたかのように姿を現し、二人を取り囲んだ。それがつまるところ、自分達を食べようとしているということも即座に理解する。

 そうして、まるで狼が獲物の首筋を仕留めるかの如く、無数の牙は閉ざされ、そこにあった地面は跡形もなく喰われた。


「―――間一髪、というところか」


 自分達がいた場所を十数メートル上の木の上から見ながらゲオルは言葉を漏らす。

 あの時、エレナが地面が動いているという言葉を聞いた途端、脳裏に浮かんだ事。それは、『六体の怪物』が地面の中を動いているということだった。そうすれば姿は見えないし、地面から人を引きずり込めば人が突然いなくなったというのも頷ける。確証は無かったが、しかしエレナの言葉がなければ死んでいた恐れもあった。


「……あの、今のって……何、ですか?」

「ん? そうだな……ワレの目には紫色の蛇に見えたが」

「紫……じゃあ、あれが紫のシュランゲですか?」

「だろうな……見たところ、魔毒はあれの周りから出ている。間違いない」


 シュランゲの口から紫色の霧が吐かれている。それはすぐに透明となり、目には見えなくなるが、魔術師であるゲオルは濃度が高い魔毒がそこらじゅうに蔓延しているのを見逃さなかった。

 餌を失ったシュランゲは周りを見渡すとそのまま地面の中へと頭を戻していった。


「それにしても、『六体の怪物』は大きい大きいとは聞いていたが、まさかあれほどまでとは。口の大きさだけでも人二人を丸呑みできる程だったぞ」


 だとするのなら、本体はどれだけ長く、大きいか。

 しかし、一方で納得できたこともある。あまりの大きさだったからこそ、ゲオルは気配に気づかなかったのだ。いうなれば相手は地面そのもの。それが動いているとは、流石に感じ取れなかった。

 けれど、そんな中、エレナは正体に気づかずとも、異変を察知したのだ。

 相変わらず、彼女の第六感は鋭い。


「地面から一気に人を襲う……だから、誰もあれの正体を見ることができなかったんですね」

「普通の獣や魔物なら足音や鳴き声から居場所が分かるが、地面の下となればいつ襲われるか分からない。襲われた時点でそやつは死んだも同然だからな。そして、逃げたところでそれは同じだ」


 ふと、ゲオルは周りを見る。森の木々が並ぶ中、太い枝に何かがあるのを見つけた。長い手のようなものががっしりと木の幹を抱えており、落ちないようにしがみついている。それが人の死骸であるとわかるのは然程時間はかからなかった。恐らく、地面から襲ってくる敵から逃げるため木上に登ったのはいいものの、降りることがかなわず、そのまま餓死してしまったのだろう。

 そんな死体が一つだけではなく、ちらほらとそこら中に見える。


「さて、どうしたものか……」


 腕のある剣士や戦士ならば、目の前に魔物が入れば手傷を負いながらも大概のものは倒せるだろう。しかし、それは対等な条件下での話。例えば、相手が無数に存在し、味方は一人もいない場合なら不利なのは言うまでもない。また、水中の中に引きずり込まれた場合もまともに戦うことはできないだろう。魚が地上でまともに動けないのと同様に、人間は水中の中では息すらできない。つまり、地の利、というやつだ。

 そして、この場合、地の利はどう考えても向こうにある。

 あの巨体が地面から姿を現せば何とかなるかもしれないが、敵は『六体の怪物』の一体。馬鹿ではない。自分の有利な地中という場をわざわざ捨てるわけがない。

 地中の中に潜られては居場所も分からず、また潜っていれば相手の攻撃を喰らわないと分かっていて地上に姿を出すなど、それこそ餌を食べる時、または襲う時以外、有り得ない。

状況はどう考えてもこちらが不利。

 しかし、それはこちらが戦って勝つことに固執した場合、だ。


(木々を飛び越えて行けば、地面を使わずに移動ができる。そうすれば、屋敷につくことはできるだろう)


 そう。自分達は何も、この怪物と戦いに来たわけではない。ゲオルの屋敷に用事があるだけであり、シュランゲと戦う必要は正直ない。木々を伝って移動するのも問題はない。エレナの身体を背負いながら跳ぶことなど、ゲオルには造作もないことなのだから。

 けれど、とゲオルは思う。

 もしもこの怪物は自分が思っているよりも優れていたら、どうするか。

 例えば、だ。木々を伝って逃げる振動を追ってこれたら、どうする? 屋敷についたとしても、その屋敷の床を壊して襲える程、強力だったらどうする? そして、この怪物の性格が予想以上にしつこく、木々がない森の外まで追ってきたらどうする?

 そう、これは結局今か後になるかの話。戦う可能性があるのなら、面倒事は早めに潰しておく必要がある。

 故に、ゲオルは逃げないことを選択する。

 今一度言っておくが、これはあくまでゲオルが後々厄介なことにならないための処置。

 故に、ニコやその母親、北部の連中のためにこの怪物を倒すわけではない。


「全くもって面倒だ……」

「ゲオルさん……?」

「何でもない……それより、貴様はここでしばらく大人しくしておけ。ワレは少し、掃除をしてくる」

「掃除って……ゲオルさん、まさか―――」


 そこから先の言葉を聞かずに、ゲオルは木から飛び降りる。

 そして鈍い音をたてながら、地面へと降りた。人が木から飛んで降りた衝撃なら十分に居場所はわかったはず。ならばあとはタイミングのみ。

 最初はあまりの大きさで地面と見分けがつかなかったが、エレナが教えてくれた今なら気配の見分けは簡単である。

 ゲオルが地面に降り立って、数分後。

 先程と同じ様に、真下から毒蛇の蛇が口を開いた。


「―――っ」


 声を上げることもなく、ゲオルはその場を跳ぶ。シュランゲはまるで間欠泉の勢いがごとく、地面から飛び出してきた。

 一方のゲオルはギリギリのところを跳んで避けたが、今度は木の上には乗らず、未だ地面に足をつけていた。

 それは本来、自殺行為そのもの。地面に着地したということは、相手もそれを把握している。現にシュランゲはその瞳をゲオルの方へと向けていた。

 蛇の瞳に映るのは己の餌であり、敵であり、殺す者。どれだけ命乞いをしても、どれだけ言葉を並べても、この怪物には一切無意味であり、それ故その前に出たものは一切合切食い殺されるのが定め。

 そうして、シュランゲはいつもの通り、餌を敵を殺すべき対象をその牙で襲いかかる。


「ゲオルさんっ!!」


 木の上からエレナの声が響いてくる。けれどもシュランゲもゲオルも一切耳を貸さなかった。

 大きく口を開けてそのまま突っ込んでくる。しかし、その勢いは地面から出てきた時と同じで巨体とは思えない程、速い。恐らく通常の人間ならば逃げる間もなく一瞬で喰われるだろう。それこそ、地面からだった場合なら自分が食べられたことにすら気づかないかもしれない。

 しかし、今のシュランゲはこうして目の前に姿を現し、そしてそのまま突っ込んできている。

 それはつまり。

 ゲオルからしてみれば、大きな的が自分から殴られに来てくれているようなものだった。


「ふんっ」


 言いながら放つのは真下からの拳。大きく口を開けていたシュランゲは敵の手によって、その口を閉ざされ、そのまま上へと吹っ飛んでいく。

 だが、それだけで死ぬとは無論思っていない。

 ゲオルはさらに自らも飛び、シュランゲの頭上までやってくる。すると、今度は大きく脚を上げて、踵を武器とし、そのままシュランゲの頭部に放った。下からの拳の次は上からの踵。シュランゲは頭部に踵を食らうと、勢いよく地面へと頭を激突させた。

 今のですでにシュランゲの視界は全てがぼやけてどろどろ状態だろう。

 ならばこそ、ここでとどめをさす。

 落下するゲオルはその速度と自らの拳を合わせて、シュランゲの頭部に狙いを定める。

 そして―――放つ。

 ゲオルがシュランゲの頭部に激突したと同時に放った拳は最初のもとは違い、シュランゲの頭部を貫通し、破裂させた。

 噴水の如く湧き出る血しぶきとシュランゲの一瞬の断末魔。それらが収まった頃、ゲオルは全身を血塗れにしながら、シュゲンゲの口から出てきた。


「げぼっ、げぼっ……くっ、これだから血まみれになるのは好かんのだっ」


 そんな言葉を吐きながら、そして全身が血にまみれながらも、その身体に一切の傷はなかった。

 数発。そう、たった数発だ。

 一擊とはいかないが、たった数発、殴る蹴るをしただけで、ゲオルは『六体の怪物』を倒してしまった。


「『六体の怪物』とはいっても、この程度か……呆気ないにも程があるな」


 それは『六体の怪物』が期待はずれだった……ということではなく、ちょっとした違和感。

 確かに地面からの攻撃や奇襲は凄まじい。だが、だからといって、当時の勇者達がこの程度の相手に後れをとったというのだろうか? 

 それは即ち、それだけ連中が弱かったということか? それとも別の……。

 と、そこでゲオルは一旦思考を止める。


「考えても仕方ない、か……それより、今は上にいる小娘を下ろしてやらんとな。後でまた色々と言われそうだ」


 血まみれで迎えにいけば、鼻も利く彼女に何か言われそうだが、それは我慢してもらう他ない。

 そう思いながら、木の上へとぼうとした瞬間。


「おいおい、まさかと思って来てみればよ。これはまた、オレ様が予想した以上に面白いことになってんじゃねぇか」


―――刹那、聞き覚えのない声が後ろからした。

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