十五話 先代勇者①
大変長らくお待たせしました!!
「先代、勇者……?」
「そんな馬鹿な……先代勇者といえば、何百年も前の人間のはず……しかも、それが女性だなんて……」
ヨナの言葉に、ユウヤもルインも驚きを隠せずにいた。当たり前だ。唐突に現れて、先代勇者だと言われても、即座に信じる者などいるはずもない。
そして、それは向こうも理解していることであった。
「その意見は尤もです。そして、いつも言われてきたことです。故に、信じるかどうか、それはそちらの判断に委ねますが……なる程。そういう価値観は、この時代においても未だ健在のようですね」
淡々とした口調。しかし、それが彼女の凛とした空気を漂わせていた。だというのに、一方でどうにも近寄りがたい雰囲気も纏っている。圧、とでも言い変えようか。それのせいで、ユウヤ達は今、まともに動くことさえできない。
けれど、ヨナの方はというと、一人で何やら自分の状況を呟いていた。
「この身体……どうやら魔術人形のようですね。それに私の魂を入れ込んだ、と。全く、当人が死んでいるというのに、魂すらも呼び戻すとは。前々から行き過ぎるところはありましたが、ここまでとは予想ができませんでした。粘着気質もここまでくれば、ちょっと感心です。が、恐らく多くの人にご迷惑をかけたのでしょう。その点を確認するためにも、やはり彼には問い詰めなければならないことが多いですね」
何やら訳の分からない独り言を零しているも、それでも逃げられる気が全くしない。まるで、蛇に睨まれた蛙のようだ。
一体全体、何がどうなっているのか、ユウヤはほとんど把握できていない。
そんな中、はっきり言えることはただ一つ。
彼女は強い。少なくとも、自分達では絶対に勝てない。圧倒的な力の差は歴然であり、戦うことすら無謀と言えるだろう。
だというのに。
「しかし、その前にやらねばならないことを、先に終わらせましょう」
まるで、話題を変えようと言わんばかりな口調で、そんなことを言い出すヨナ。
何を、などと言うまでもない。先程からの圧。それが、殺気に変わったことは、ユウヤでも分かった。そして、だからこそ、彼は待ったをかける。
「ちょ、待ってくれよっ!! 何で戦う方向になってんだよっ。あんた、あのエドってやつの仲間なのかっ!?」
「違います。それは違うと断言します。それだけはないとはっきりと言わせてください。お願いしますから」
「拒否の仕方が凄いっ!?」
その言葉で、なんとなく彼女が迷惑しているのは伝わってきた。ヨナとエドがどんな関係なのかは、ユウヤは知らない。だが、それがロクでもないモノであることは、なんとなく理解はできた。
しかし、ならばこそ。
「だ、だったら、尚更おれと戦う理由なんてないだろう!!」
「理由? そんなもの、簡単ですよ。貴方が勇者である。それだけで、私が貴方を殺す動機としては十分すぎます」
ユウヤが勇者だから。
それだけの理由で、ヨナは彼を殺そうとしていると言う。
「何を言っているのですかっ。ユウヤ様が勇者であるから殺すなど、全く理由になっていませんっ」
「でしょうね。貴方がたからすれば、私の行動は理解不能であり、意味が分からない。筋が通っていないものだと判断するのも無理からぬことでしょう。そして、その上で敢えて言います。貴方は何も知らないまま、死ぬべきです。その方が、きっと貴方のためになる」
「おれの、ためだって……?」
「ふざけないでくださいっ!!」
刹那、ルインの怒号が飛んだ。
「何も知らないまま死ぬことが、ユウヤ様のためになる? そんな馬鹿げた話がありますかっ。ましてや、ユウヤ様には魔王を倒すという使命があります!! そんなお方がこんなところで死ぬことなど、あってはなりませんっ」
「魔王を倒す勇者……ですか。やはり、そういう状況になっているのですね。ならば、尚のこと。貴方はここで果てるべきです。恐らく、そういう運命ではないのでしょう。きっと望まれた展開ではない。しかし、だからこそ、貴方が解放される瞬間でもある」
何を言っている?
意味が全くわからない。
いや、そもそも会話が噛み合っていない、というか一方的過ぎる。ヨナの言い分から察するに、彼女は何かを知っている。それも、勇者に関することを。
そして、それが彼女がユウヤを殺そうとする理由となっているらしい。
「ま、待ってくれ!! 信じられないかもしれないが、おれは今、記憶喪失で、以前のことを全く覚えてないんだ。だから、勇者のこととかも、ほとんど知らない状態なんだよ!!」
「記憶喪失―――まぁ、『その状態』ならそういう事になるのでしょう。ですが、それが私が止まる理由にはなりません」
ユウヤの言葉などお構いなしに、ヨナの両手に剣がどこからか出現する。二刀流。それが、彼女の戦い方なのだろう。
そして、そんな二つの凶器を構えながら、彼女は言い放つ。
「恨んでくれても構いません。憎んでもらっても結構。その上で、断言します―――貴方はここで私が殺しましょう。それが、きっと私がここにいる意味でしょうから」
言葉が言い終わると同時、強烈な殺意がユウヤを襲ったのだった。
*
「―――は」
唐突に席を立つエド。
その瞳は最早、ゲオル達の方を向いていない。天井、否、虚空。どこかここではない場所へ、彼の意識は向かっていた。
そして。
「ハハハ、はははは、あははははははははははははははははははっ!!!」
これでもかと言わんばかりの狂喜、狂喜、狂喜。
エドの笑い声は、部屋中に響き渡っており、それこそ周りのことなど気に求めていない。本当に、今の彼にはゲオル達など視界にすら入っていないのだろう。
「まさか、まさかまさかまさかっ!! この気配、この気迫、この昂ぶりっ。あぁあぁ、間違いない。間違いようがない。これは正しく、彼女の、あの方のモノッ!!」
待ちに待った。まさに、エドの状態はその言葉が相応しい。
「長かった。ああ、本当に長かった! 彼女がこの世を去ってから、六百年。何度も何度も行った実験は失敗の連続。もうダメだ、もう無理だ、不可能だと、何度思ったことか!! ああ、それでもワタシは諦めなかった。諦めきれなかった。あの魂を、あの輝きを、忘れられるなどどうしてできようかっ!!」
「……、」
「あの日、あの時、彼女が死んだあの瞬間、ワタシは全てを失った。生きる気力を何もかも無くした。それでも、そんな中でも生き続けたのは、この時のため!! 彼女と再会し、我が物とするがため!! ああ、早く会いたい、あの清廉で純粋なあの方に!!」
完全に自分の世界に入っている状態だ。
こうなった人間に、普通の人間は言葉を投げかけない。当然だ。自分の世界に入っているということは、外界を遮断しているようなもの。そんなものに声をかけるなど無意味であり、そもそも普通の人間ならば、したくないと思うのが常。
しかし。
「―――それで? 貴様のそれはいつまで続く?」
幸か不幸か、ここにいるのは、普通の人間ではなかった。
ゲオルの言葉に、はっと我に返ったエドは二人に対して、謝罪の言葉を告げる。
「あぁあぁ。これはすみません。お恥ずかしいところをお見せしました。何しろ、長年の夢がようやく叶ったようなので、つい興奮が抑えられず」
「そんなことはどうでもいい。それよりも、だ。さっきの話の続きを聞かせろ」
先程の話。つまり、残りの『六体の怪物』の居場所について。
ゲオルに言われて、エドは「あぁ」と思い出したと言わんばかりな反応を示しながら、言葉を返す。
「度々失礼しました。しかし、先程の答えですが、貴方は既に気づいているはずだ。なら、それをわざわざ言葉にするのは野暮というものでしょう。それに、生憎とここにいるよりも、重要な案件がやってきたもので。なので、そろそろお開きにさせてもらいたいのですが」
はぐらかすようなエドの言い分。しかし、その実、彼は本当にどこか急いでいる様子でもあった。それだけ、先代勇者が蘇ったことは、彼にとっても予想外のことだったのだろう。故に、こんな暇つぶし程度のことをいつまでも続けるわけにはいかない。
しかし、ゲオルもここまで来たのだ。もう少し、情報を得る必要がある。
「……いいだろう。ならもう一つ。貴様の先程からの言動からすれば、先代勇者の復活は成った、と考えるが」
「ええそうです。それが何か?」
「なら我らを先代勇者に会わせろ」
唐突な申し出。しかし、これは少なくともゲオル達には理にかなったものである。
先代勇者であるならば、魔王について何か知っている可能性は高い。いや、それだけではない。そもそも勇者とは何なのか。それを問いただすこともできるだろう。
……まぁ恐らくは一緒にいるであろうユウヤ達のことも、一応確認しなくてならない、というのもあるのだが。
とはいえ、だ。どんな理由があれ、先代勇者に執着しているエドが、自分達を先代と会わせるかどうかは、微妙なところだ。むしろ、本来であるのなら、会わせたくない、となるのは自然な流れ。
故に、まずは目の前にいるエドをどうにかして説得するしか―――。
「構いませんよ」
即答だった。
あまりにも呆気なさすぎる回答に、思わずヘルは言葉を漏らす。
「あの、エドさん? こちらから提案しておいてなんなのですが……よろしいので?」
「えぇ勿論ですとも。さっきも言ったように、ワタシは貴方がたに感謝しているのです。そして、先程先代勇者の復活がなされました。故に、なるべく要望があるのなら、叶えて差し上げたい。それこそ、先代に会いたい、という気持ちは十分理解できますとも。まぁ……その後の事は、どうなるか保証は致しかねますがね」
つまり、先代勇者と邂逅はいいが、その後に何が起こっても一切責任は取らない、と。
罠、という可能性は低くない。むしろ、限りなく、何かがあると考えるべきだろう。
けれど、先代勇者と話す機会などそうそうありはしない。むしろ、今後のことを考えれば、何かヒントのようなことでも探る必要はある。
ゲオルはヘルの方を向くと、彼女は小さく頷いた。
それに返すかのように、ゲオルも頷くと同時、口を開く。
「いいだろう。それを承知の上で、先代勇者のところへ案内してもらおうか」
「えぇえぇ。分かりました。それでは―――」
と、エドが案内を始めようとした刹那。
『そうはいかないよ』
どこからか少年の声がした。
同時に。
「がっ……」
突然と、エドの腹から無数の剣が溢れ出したのだった。




