十四話 最後の魔術人形③
大変長らくお待たせしましたっ!!
先代勇者の復活。
それが、エドの目的だと聞かされたヘルは顎に手を当てながら、口を開く。
「……先代勇者の復活。そんなこと、可能なのですか?」
ヘルの疑問は尤もだ。
エドがしようとしていることは、つまるところ死者の蘇生。それは、魔術師としては禁忌中の禁忌とされていること。否、魔術師でなくとも、人としてそれはあってはならない事柄だ。
死者を想うことは大切だ。生き返って欲しいと願うことも罪ではない。
だが、それを実際に蘇らせることは、世界の理に反する行為なのだ。
しかし、そんなものなど知ったことかと言わんばかりにエドは笑みを浮かべて返答する。
「えぇえぇ。その疑問は当然のものでしょう。死人を生き返らせることなど、常人には不可能ですからねぇ」
しかし、と言いつつ、エドは両手を広げて言葉を続けた。
「生憎とワタシは常人の範疇を既に超えてしまっているのです。加えて、何百年という時間もありました。その時間を使い、彼女を蘇らせるため必要なありとあらゆるモノを揃えました。彼女を手に入れるために、ワタシはなんでもやってきた。たとえ、気に食わない相手と手を取ることになってでも、ワタシは今日まで彼女を蘇らせる実験をしてきました」
けれど。
「だというのに……ああ、だというのに、実験は失敗の連続。材料、場所、魔力、時間……どれもこれも足りているというのに、何故かいつも失敗してしまう。おかげで、五百体もの失敗作ができてしまいました」
五百体もの失敗作。
その一言は、ここまでの道中にいた者達がなんだったのか、察するにあまりあった。
「……そうか、あの魔術人形達は」
「えぇえぇ。その通り。彼女の魂を入れる身体として造ったモノです。ですが、どれもこれも成功しなかった。彼女の魂を呼び出そうにも、いつも失敗してしまったのです。恐らくは、どれもこれも彼女の魂を受け入れる程の強度が足りなかったのでしょう。おかげで、最後は醜い姿に変貌を遂げてしまう始末」
「……、」
狂っている。まさにその一言に尽きるのが、エドへの評価だった。
しかし、一方で理解できたこともある。魔術人形達が大きさや形は別々でありながら、ある程度、人の姿を保っていたこと。それは、元々は人の身体として造られたものだったからだ。
「つまり、わたくし達が倒してきたのは、先代勇者の成り損ないと仰るので?」
「成り損ない? いえいえ。あんなものは、成り損ないどころではありません。本来の彼女はもっと強く、激しく、輝かしいものです。恐らくは彼女の実力の百分の一にも満たないモノばかりでしょう。まぁ、そんな失敗作でも利用価値はあります」
「この塔の守護も、その一つだと?」
「えぇえぇ。先も言いましたが、ここは墓標です。故に、そこを荒らしに来る者も少なくありません。ワタシの魔術によって空間を捻じ曲げてはいますが、それだけでは頼りないですから。故に、連中に墓守を任せるのは不思議なことではないでしょう?」
百分の一にも満たない実力。確かに、ゲオルやヘルはここに来るまで、全ての魔術人形を壊してきた。しかし、それは別段、魔術人形が弱かった、というわけではない。ただ単に、ゲオルとヘルが規格外であっただけだ。本来ならば、一体を倒すことすら難しいだろう。
だとするのならば、本物の先代勇者がどれだけ並外れた存在なのか、言うまでもないだろう。
「まぁ、それもこれも、全部貴方によってほとんど壊されてしまいましたが」
「何だ。今更責任を取れとでも言うつもりか」
「いえいえ。そんなことはしませんとも。むしろ、ワタシは貴方に感謝しているのですよ。何せ、貴方のおかげで、ワタシの新しい実験が成功するかもしれないのですから」
成功? と口にしながら首を傾げるゲオルに対し、エドは説明していく。
「実はあの魔術人形達には、ある仕掛けを施していましてね。魔術人形が戦いによって破壊された場合、それに宿っていた魔力をある一体に宿る、といったものです」
「……確かに、戦闘中は魔力が活性化する。その最高潮の魔力を取り込むよう仕向けたというわけか」
「その通り。四百九十九の魔術人形の魔力、それを一番高性能のモノに溜め込めば、どうなるか。言うまでもありませんね?」
「より高度な魔力だけではなく、その魔術人形は強度な身体となる。貴様は、それを先代勇者の寄り代としようとしている、というわけか」
「その通りっ! 最初は魔術人形同士で戦わせることも考えましたが、それではあまりにも味気がなさすぎました。思考や意思を持たず、型にハマった戦いしか行われない。それではダメなんですよ。予想外の展開、圧倒的な力、そういった戦いの中にある熱量がなければ、意味がなかったのです」
エドの言う実験は、そこまで珍しいものではない。
虫や動物、あるいは魔物同士を閉じ込め、戦わせることによって、互いを喰らい合い、最後に残った一体を生贄や供物にする魔術儀式はよくある代物だ。
だが、それはあくまで生きている物でなければならない。魔術人形はあくまで人形。無機物に過ぎない。それをより強度かつ高性能なモノに昇華するには、生命力という熱量を持っている者に壊される必要があった、というわけだ。
「しかし、今までこの塔に来た者達は、一体目の魔術人形に全て敗北していました。そこで、あの勇者に魔術人形を壊させようとしたのですが、これがまた本当に弱くて、どうしようもなかったんです。まぁ、窮地に追い込んで記憶を取り戻させようという作戦だったのですが、勇者は一向に記憶を取り戻すことはなく、こちらとしては二重の意味で作戦は失敗したかに思えた矢先、貴方がたが現れてくれた。貴方がたが魔術人形を次々と壊していってくれたおかげで、ワタシ個人の目的はもうすぐ叶うところまで来ている」
笑みを浮かべ、心の底から嬉しそうに語るエドに対し、ゲオルはムッとした表情を浮かべていた。
自分の行動が、全て相手の目論見通りであり、尚且つその計画を円滑にしてしまっていた、となれば、誰だって苛立ちを覚えるものだ。
だが、今、問題なのはそこではない。
「貴様の言う通り、四百九十九体の魔術人形は既に壊した。あと残るは一体のみ。貴様の話から察するに、その一体こそが、先代勇者を蘇らす最後の魔術人形のはずだが」
「ええ。その通りです」
「ならば、貴様の目的はある意味かなったはずだ。これ以上、我らに何をさせるつもりだ?」
魔術人形が残り一体となれば、エドはそれを使って先代勇者を復活させようとするだろう。即ち、個人的な願いは、叶っていると言っていい。
彼のもう一つの目的、つまりは現勇者であるユウヤの力を取り戻すという点においては、ゲオル達は邪魔でしかない。当然だ。何せ、ユウヤの敵をゲオルが倒してしまうのだから。エド達が思い描く、窮地に立たせるという状況がそもそも作れなくなってしまうわけだ。
「仰る通り。まったくもって、仰る通りです。既にワタシの目的は叶っている。五百体の魔術人形の魔力は一つとなり、身体もこれまでにない強度になっているでしょう。故に正直に申し上げますと……ワタシ個人としては貴方がたにもう用はないのです」
予期していた言葉にゲオルは目を細める。
しかし、エドはそんなゲオルに対し、両手を振りながら、言葉を続けた。
「ああ、今のは言い方が悪かったですね。申し訳ありません。貴方がたは、ワタシの目的がやろうとしてくれた目的を手助けしてくれた。だからこそ、貴方がたにも何かお礼をしなければと思いましてね」
「礼だと?」
「確か、貴方は最初、こう仰っていましたね。『六体の怪物』を探しにここに来たと。そして、貴方がたは魔術人形を倒し、ここまで来た。ならば、それをお教えするのが筋と思いまして」
唐突な提案。
だがしかし、確かに彼は六体の怪物の居場所を知っていると最初に言っていた。
「……本当に、知っているとでも言うのか?」
正直なところ、あれはただゲオル達を翻弄するための嘘だと想っていたのだが、エドは笑みを浮かべながら、「勿論」と答える。
「ただし、ワタシが知るのは一体のみの居場所ですがね。そして、そこは人間ならば、誰しも行ったことのある場所。人によっては毎夜、目にするでしょう。加えて言うなら、そこはこの世界とは違う別の場所。しかし、世界の一部でもある場所」
謎掛けの如き言葉に隣にいるヘルは首を傾げてしまう。
しかし、ゲオルは眉をひそめながらも、エドの言葉に引っかかるものを感じた。
夜。別の場所。世界の一部……。
それらの言葉を掛け合わせた結果、ゲオルは一つの結論にたどり着く。
「―――まさか」
「どうやらお気づきになったようで。そう、その場所というのは―――」
と、エドがまさに答えを告げようとした刹那。
唐突に、塔全体が揺れたのだった。
*
ユウヤとルインが気がつくと、そこは絢爛豪華な宮殿の中だった。
「……はい?」
いきなりの出来事に、そんな言葉しか口に出せなかったのは仕方がないと思いたい。
先程まで、確かに自分達はゲオル達と一緒にいたはずだ。だというのに、今、彼らの姿はどこにもない。今まで、扉を通った瞬間、全く別の場所に移動することはあったが、全員同じ場所に移動してきたというのに。
周りを見渡すものの、ゲオル達はおろか、先程通った扉もその姿を無くしている。
ここは白砂漠の塔。今までだって、常識外なことはあった。だが、これは今までとは毛色が全く違う代物……いや、違うか。仲間の分断というのなら、メリサやアンナの時も同じだ。
しかし、だ。ユウヤの中で、何かがつぶやいている。
この状況は、まずい、と。
「ユウヤ様、これは……」
「ああ……多分、敵の罠だ」
警戒しながら言葉を発するユウヤ。しかし、一方では当然か、と心の中では呟いていた。
次の相手は最期の魔術人形。それを前にして、何も起こらないわけがない。むしろ、何か仕掛けてくるのが自然というものだ。故に、何が来ても、何が起こっても大丈夫なように覚悟はしていた。
していたのだが……。
(やばい……流石に、ゲオルさん達と離ればなれになったのは、本当にまずい……)
ここに来るまで、ほとんどの魔術人形を倒したのはゲオルとヘルの二人。ユウヤはその援護やちょっとした手助けをしてきたに過ぎないのだ。
この状況は云わば、主戦力を欠いた状態。もっと言うのなら、剣を取り上げられた剣士だろうか。
何にしろ、今、この状況で敵に襲われたりでもしたら―――。
「何やら、妙なことになっているようですね」
不意に聞こえてきた声。
振り向くと、そこにいたのは、鎧を来た女性が剣を地面に突き刺しながら、仁王立ちしていた。
豪奢な水色の髪を靡かせながら、顔には一切感情が無い。いや、この場合は読み取れないというべきか。無表情ではあるものの、しかし何故か目の前の女性からは生命力を感じ取れる。
容姿を一通り観察してみるものの、欠点らしいものは見つからず、有体に言ってしまえば、美しいの一言だった。
まるで氷像のような美しさを持つ女性は、ユウヤを見ながら続けて口を開く。
「そして更に妙なことに、また『貴方』と会うことになるとは。正直驚きです」
奇妙な物言い。
それはまるで、以前にもあったことがあると言わんばかりの言葉だった。
「あんたは……一体……」
「? 何ですかその反応は。まるで初めてあったかのような……」
言いながら、女性は目を凝らしてユウヤを見る。刹那、その両目が赤く染まったかと思うと、「なる程」と一人何か納得したかのような言葉を漏らした。
「そういう経緯ですか。これはまた、難儀な状況ですね」
「お、おいっ。一体なんだって言うんだよ!!」
「いえ、失礼しました。こちらの勘違いでした。少し知り合いに似ていたもので。申し訳ありません」
謝罪を述べる女性。その一つひとつが礼儀正しいものだったが、同時にどこか奇妙な感じを醸し出していた。
しかし、ユウヤ達からしてみれば、彼女は敵か味方かは分からない。
故に、それを問いただす質問をするのは、自然な流れと言えるだろう。
「あんた、もしかして、あのエドってやつの仲間かっ」
刹那。
ユウヤはエドという言葉を口にした瞬間、彼女の瞳が大きく開いた。かと思えば、これでもかと言わんばかりなため息と同時に、言葉を返す。
「……はぁ。その名前だけで、この奇妙な状況を察することができました。なる程。彼が関わっているのですね。だとするのなら、私がここにいる理由も納得がいきます。遺憾ではありますが」
首を横に振る女性の姿。どうやら彼女にとって、エドという名前を聞いただけでも、嫌なことを思い出してしまうのだろう。
「私が一体誰なのか。気になるのは当然のことでしょう。故に、まずは自己紹介をさせてもらうとしましょう」
女性は突き刺していた剣を床から抜き、その切っ先をユウヤに向けながら。
「私はヨナ・エルガルド。かつて、勇者などという傀儡をやっていた愚かな女です。どうぞ、お見知りおきを。二代目勇者殿」
そんな、あまりにも予想外な言葉を口にしたのだった。