十二話 最後の魔術人形①
とある草原にて。
「ふんっ」
その声と共に、ゲオルの拳が、魔術人形の胸に叩き込まれ、その衝撃によって、吹き飛ばさえるどころか、バラバラに四散した。
「これで、四九九体目か」
散り散りになった魔術人形の残骸を見ながら、淡々とゲオルは呟く。そこには達成感というものはなく、逆にどこか空虚なものを感じていた。
一方で、ユウヤは全くの無傷で魔術人形を圧倒したゲオルの様を見て、思わず言葉を漏らす。
「ホントすげぇな。ゲオルさんマジはんぱねぇ……」
「……ええ。本当に、苛つく事実ですが、あの男の実力は本物なのは確かなようです……まさか、本当にここまで来れるなんて」
ゲオルのことを毛嫌いしているルインですら、この時ばかりはゲオルの実力を賞賛していた。
けれど、当の本人であるゲオルには一切聞こえていなかった。
(あと一体で、終わり、か……)
ここまで来るのにかかったのは、恐らく一週間程度。時間感覚が少々狂っているため、正確ではないが、それでも誤差はそこまでないだろう。
五百の魔術人形。それらは全て、頑丈にできており、力も申し分ない。今までギルドの者達が誰一人として帰ってこなかった、というのも頷ける。
だが、それでも、だ。
(……やはり、手応えが無さすぎる。ここまでお膳立てをしておいて、これでしまいというのは、あまりにもあっけなさすぎる)
塔に張られた結界。そして空間を捻じ曲げた上で作られた擬似世界。どう考えても、魔術人形よりもこちらの方が手が込んでいる。
繰り返すようだが、この塔を管理している人間が、この程度の魔術人形しか作れない、というのはやはり疑問しか浮かばない。
「……やはり、何か気になりますか?」
考えこむゲオルに、ヘルが声を投げかける。
「ああ。だが、このまま進まないという選択肢はどの道ない。ならば……」
「進むしかない、ですわね」
そうだ。それしか自分達に選択肢はないのだ。
「―――行くぞ」
言いながら、ゲオルは草原のど真ん中にある扉を開けたのだった。
*
そこは、今までとは違った場所だった。
これまで、扉を開けると、街中だったり、砂漠だったり、氷山だったりと様々な場所に出て来た。だが、それらはあくまで屋外。
そして、今回はどこかの家の一室。壁や天井、床の装飾から考えて、どこかの貴族の家を模したのだろう。
そんな一室の中で、エドは紅茶を飲みながら座っていた。
「おめでとうございます。いやはや、本当にここまで来るとは。やはり、お強いですねぇ」
言いながら、エドは紅茶を啜る。
その姿にムッとした表情を浮かべながら、ゲオルはエドに訪ねた。
「……どういうつもりだ、これは」
それは、エドが紅茶を飲んでいることに対してでも、よくわからない場所に来させられたことに対してでもない。
先程まで一緒にいた、ユウヤとルインの姿がないことに対してのものだった。
「他の連中はどこにやった」
「心配なさらずとも、彼らには彼らがいくべき場所がありまして。そこに飛ばしたまでのことです。まぁ、無事かどうかは定かではありませんが」
エドの言葉に、ゲオルは眉間にしわを寄せた。
「ふざけた真似を」
「ふざけているなんて滅相もない。ワタシはいつも真面目だというのに」
「どこがだ。この部屋を見て、ふざけていないと思う奴がいるとでも思っているのか?」
「それは、この料理のことですか? 何、これは、ここまで来た貴方がたへのせめてもの気持ちですよ。長い間、この塔にいましたが、ここまで来れた者は誰一人としていませんでしたからねぇ。さぁ、席に座って食事をしましょう」
「それに応じると、本気で思っているので?」
ヘルの問いに、エドは不敵な笑みを見せながら応える。
「ええ。ええ勿論。思っておりますとも。貴方がたは馬鹿ではない。今、この状況で戦う無意味さを理解しているはずですからね。加えて、ワタシと話ができるということは、情報を聞き出せるという機会でもある。それを棒に振るような真似はしないと確信していますからねぇ」
その言葉に、ゲオルは一瞬、拳を握りしめるものの、それ以上のことはしなかった。
ここで暴れるのは簡単なことだ。だがしかし、相手の言う通り、情報を聞き出せるという状況でもあるのは事実。
ゲオル達がここに来たのは、あくまで『六体の怪物』の居場所を知るため。そして、目の前の男は、それを知っているかもしれない。
だとするのなら。
「……ここは、どうやら相手の話に乗るしかなさそうですわね」
「ああ。全くもって、腹立たしいことだがな」
その言葉を肯定しつつ、ゲオルはヘルと共に席に座った。
その様子を見ていたエドは、うんうんと頷きながら、口を開く。
「それでは、食事を始めるとしましょうか。何か、食べたいものはありますか?」
「いらん。というより、本気で我らが食事をするとでも思っているのか」
「毒が入っているかもしれないものを口にするほど、馬鹿に見えますでしょうか?」
「これはこれは。手厳しい。確かに、その通りですねぇ。では、何かお話でもしましょう。今なら、ある程度のことはお話しますよ」
「ならば答えてもらう。貴様……いいや、貴様らの目的はなんだ?」
刹那。
ゲオルの言葉にエドの動きが一瞬止まった。
「……貴様ら、ですか。その言い方ですと、ワタシ個人だけではなく、他にも誰かがいるような言い方ですねぇ」
「事実だろうが。貴様がやっていることは、矛盾だらけで、おかしな点が多すぎる。勇者を殺すのなら、もっと確実な方法があるはず。そして、それを貴様は実行できるはずだ。だというのに、あんな魔術人形を拵えて、少しずつぶつけるような真似など、不思議と思うなという方が無理だ」
「あんな魔術人形とは手厳しい。これでも、結構手間暇かけて作ったのですがねぇ」
「嘘を吐け。これほどの結界を作れる者が、あの程度の魔術人形に手間暇かけるわけがないだろうが」
「それはそれは。評価していただけて、光栄です」
大袈裟な口調は、まるで道化のそれだった。いいや、まるでではない。この男が発する空気はどこまでも道化そのもの。
魔王も相手を翻弄するような口調や雰囲気を持ってはいるものの、自分というものがある。しかし、エドにはそれがないのだ。まるで霧や雲のそれと同じだ。
「しかし、では何故ワタシはそんな手間をかけた真似をしているのでしょうか?」
「それを聞いているのだろうが。貴様らが、勇者に対し、何かしらの関係性を持っているのは分かっている。それも、ただ殺したい、というわけではないことも理解している。勇者に何かをさせたい、あるいは勇者を使って何かをしようとしているのは間違いない。それを理解した上で聞く。貴様らの目的は、何だ」
鋭い目つきで、ゲオルはエドを見る。
魔術師の視線、そして言葉を聞きたエドはというと「くくく……」と微笑を浮かべていた。
「貴方の言い分は少し無理やりな点が多い。特にワタシが個人的にではなく、誰かと協力しているという点の説明がおざなりすぎる……ですが、まぁ当たっているので否定はできないのが、痛いところなんですがねぇ。まぁ、ワタシ達の目的に関しても、お教えしても構わないでしょう。ここまで協力してくれた貴方がたには話す義務があるわけですし」
「協力だと?」
「はい。貴方の言う通り、ワタシはある者達から頼まれて、ここに勇者を閉じ込めています。その理由は勇者の記憶を取り戻させること。そして、聖剣を使えるようにすること。そのためには、荒療治ではありますが、命のやり取りというのが最も効果的だと判断したわけです」
予想的中。
ゲオルの想定した通りの内容。それが事実だと聞かされ、ヘルは小首を傾げながら口を開く。
「あの……それは、何とも雑な方法だと思うのは、わたくしだけでしょうか」
「安心しろ。我もそう思う」
「はははっ。やはりそう思いますか? いやはや、ワタシも同じ考えなんですがねぇ。どうにも上がそうしろと言ってきたものでねぇ。ホント、困ったものです」
首を左右にふり、苦笑しながら話を続けた。
「しかし、こちらにも色々と事情がありましてね。まぁ、その点についてはお話できませんがね」
「ならば次の質問だ……貴様、妙なことを言っていたな。我々が協力していた、と。それはどういう意味だ?」
「ああ、それですか。いや、大したことではないのです。貴方がたが四九九の魔術人形を倒してくれたおかげで、勇者は最後の魔術人形と戦うことができるのでね」
「……最後の魔術人形と戦わせることも、貴様らの目的だというのか」
「正確には、ワタシの目的、ですがね。しかし、それをお話する前に、ここが何なのか、という説明をしておきましょう」
言いながら、エドは机に両肘を突きながら、ゲオル達に言う。
「ここはですねぇ、墓標なのですよ。かつて、世界を救おうと剣を振るい、そして一度は魔王を倒した人物。そして、その先に悲惨な末路を迎えた一人の女性のね」
「……まさか」
世界を救おうとし、そして一度は魔王を倒した人物。
その存在を、ゲオルは知っている。会ったことも、見たこともないが、しかし六百年生きてきた彼は、その人物がいたことは聞いたことがある。
そして、ヘルもそれは同じはずだ。
あの魔王を倒した人物。そんなものは、歴史上、一人しかいないのだから。
つまり。
「そう。ここは、先代勇者であるヨナ・エルガルド。彼女の墓なのですよ」
予想外の答えに、ゲオルは目を見開くことしかできなかった。