十一話 疑念と疑問
かなり疲れていたのか、練習から帰ってきたユウヤはすぐに眠りについた。
ルインに関しても既に就寝しており、焚き火の近くで起きているのはゲオルとヘルだけだった。
「……、」
「ゲオルさん。どうかしました?」
「ああ……少しな。魔術人形について、考えていた」
神妙な顔つきのまま考え込んでいるゲオルに、ヘルは問いを投げかけてきた。
「何か、気になることでも?」
「……弱すぎる。いいや、この場合、単純すぎる、と言うべきか。確かにここの魔術人形の装甲は並外れだ。それも、ここまでに徐々に段階を上げるかのごとく、強固になっていっている。加えて、戦闘面においても同様だ。恐らく、少し腕の立つ程度の実力では話にならんだろう」
最初は一擊で倒せていた魔術人形も、今では何発も拳を叩き込まなければ倒せないくらいには強くなっている。そして、それが毎回複数体おり、それぞれに固有の力を持っている。厄介なのは間違いないだろう。
しかし。
「だが、結局はそれだけだ。倒せない敵ではない。能力に関してもそこまで強いものではない。地面から槍を出現させたり、身体から矢を放ったり、背中から斧を無限に作り出したりなど、便利ではあるが、そこどまりの能力にしか思えん」
「それは、ゲオルさんが強いから……というのは楽観的ですわね」
「ああ。そもそも、強力な魔術人形にするのなら、もっと別の能力を付与するべきだろう。例えば、物理攻撃を一切受け付けない、攻撃を反射する、凄まじい再生能力などといった具合に」
「そのような技術を相手が持ち合わせていない。だから、質ではなく、量で攻めている、という考え方は?」
「なくもない、と言ったところか。だが、ここまで精巧な擬似世界を作り出す輩が、作れないのはいくら何でもおかしすぎる」
森に氷山に砂漠に洞窟……ありとあらゆる場所を事細かく再現できる能力を持っている者にしては、魔術人形の造りがあまりにずさんだ。手を抜いているとしか思えない。それもわざと。
「やはり、ゲオルさんはここの主である、あのエドという男には、何か目論見があるとお考えで?」
「ああ。勇者をわざわざこんな場所に閉じ込めながら、一気に殺しにかからない時点で、何か思惑があるのは間違いない。そもそも、小僧どもは我々と出会う前にも魔術人形と戦っているという。だが、その時に一体しか出てこなかった。それが、我々と合流してから数が複数になった。まるでこちらの状況に合わせて魔術人形を配置しているとしか思えん」
「ええ。それは間違いないでしょう」
「魔術人形の配置ができるのなら、何故最初から複数体にしなかった? そもそも、いくつもの場所に分ける必要はどこにある? 殺すことが目的なら、用意してある魔術人形を全て投入すればよかった。それをしなかったのはなぜだ?」
疑問が次から次へと湧いてくる。
それだけ、今の状況は不可解、というか不思議なのだ。
ゲオル達は結局のところ、相手の手中にいるようなもの。絶対的に不利な状況に陥っているはずなのだ。だというのに、今のところ敵に妙な動きは見受けられない。
それが返って疑念を呼び起こすのだ。
「奴は言った。自分の目的は我々には関係がない、と。もしそれが本当だとするのなら、少なくとも奴の目的に我と貴様の生死は関わっていない」
「となれば……やはり、ユウヤさん達でしょうか」
最早、それしか考えられない。
そもそも、エドは勇者をおびき寄せるために『六体の怪物』の噂を流したと言っていた。ならば、彼は勇者であるユウヤがここに来ることを望んでいたということになる。だが、それがユウヤを殺すことであるのなら、先のように疑問がいくつも生じてしまう。
となれば、相手の目論見はユウヤの死、以外のもの。
「もしかすると敵の目的は、ユウヤさん達と戦うことではないでしょうか」
「ほう。その理由はなんだ」
「殺すことが目的ではないにしても、敵はユウヤさん達に魔術人形を差し向けています。少なくとも平和的な考えではないのは明らか。だとするのなら、相手は戦うことを欲していると考えたのですが」
「そうだな。恐らく、それが奴の目的の一端であるのは間違いない」
エドは勇者達をこの塔に閉じ込めている。塔の結界が外よりも中からの攻撃に耐性があるという時点で間違いない。そして、閉じ込めるという行為から考えられる可能性は二つ。殺すか、捕まえるため。だが、今回の場合、そのどちらとも違う。殺すつもりはないし、捕まえるつもりもない。本当に戦うことが目的としか思えないのだ。
「しかし、自分で言っておきながら何なんですが、戦うことが目的とはどういう理屈でしょうか。それで、相手に何が得られるというのでしょう」
「さてな。だが……この状況は小僧にとって、都合がいいものだとは思わんか?」
「都合がいい、ですか?」
「今の奴は戦闘経験が少なすぎる。聖剣も使えない状態だ。だが、それも周りの連中によって戦うことを止められていた。だが、ここではその連中とも離れ、自力で戦う必要に陥った。これなら、嫌でも経験は積める。加えて、窮地に陥ればもしかすれば奴の記憶が蘇り、聖剣も使えるようになる可能性もある」
「つまり、相手はユウヤさんに強くなってもらうためにここに呼び寄せたと? けれど……」
「ああ。そんなことをして、一体なんになるのか。それは見当もつかん。そもそも、もしも強くしたいというのなら、何故わざわざこんな状況を作り出す必要があるのか」
記憶が無く、聖剣も使えない。そんな彼を元の強さを取り戻させる連中がいたとして、何故閉じ込める真似などするのか。普通に協力すればいい話だというのに。
(正面切って協力できない事情がある……いいや、そもそも誰かに協力してもらっていると認識されたくないのか?)
それはつまり、誰かが裏で糸を引いているということ。そう考えれば、あのエドという男も恐らくはその誰かが用意した代理人に過ぎない。
これはあくまで推測であり、予想であり、悪く言えば妄想だ。
どこぞの誰かが勇者に強くなってもらうために、この塔に呼び寄せ、魔術人形を差し向けている。
……はっきり言おう。妄想よりもタチが悪い想像だ。そんな非効率的なやり方で強くしてどうなるというのか。そもそも、どこにもそんな証拠はなく、あくまで状況から考えられる一つの想定に過ぎない。
だがしかし、だ。
そもそもにして、勇者に関しては根本的におかしな点が多すぎる。
聖剣に選ばれた者が勇者になるという選別方法は魔王によって否定され、必要であるはずの『六体の怪物』に関しては極端に情報が少なすぎる。そもそもにして、何故魔王討伐が今の時期になってようやく再開されたのか。
魔物が活発化したから? そんなもの、前からあったことではないか。
魔王が復活したから? 確かに魔王は生きていたが、しかし一体どうやってそれを知ったのか。
(やはり……裏には誰かがいるのは間違いない)
そうでなければ、辻褄が合わない。
そして、その誰か、もしくは何かは、勇者達に自分の存在を知られたくないらしい。
考えられるのは、勇者を輩出した国の誰か……なのだが、ことはそんな簡単なことではないだろう。
加えて、あの魔王についても疑問が多くある。
中でも一番は、本当にあの魔王は世界を滅ぼすつもりでいるのか、という点。あの飄々とした態度からは何を考えているのか分からない。いいや、そもそも存在そものが、理解不能な男だ。考えるだけ無駄かもしれない。
しかし、だ。
それでも、あの男は何かをしようとしているのは間違いない。それだけは確かだ。
とは言いつつ、やはり今分かることは何もない。
故にやれることはただ一つ。
「何はともあれ、このままでは絶対に終わらん。何が起こってもいいように、警戒だけは緩めるな」
「ええ。勿論ですわ」
ヘルの返答を聞きながら、ゲオルは思う。
もしも誰かの思惑があったとしても関係ない。自分がやるべきことに変わりないのだから。
そして、だ。
仮にその誰かが自分達の前に立ちはだかるか、敵対することになったとしても問題はない。
自分はそれを全力で潰す。
それだけなのだから。




