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十話 聖者ルイン②

お待たせしました!

遅くなって申し訳ありません!

 ルインが目を覚ますと、そこにあったのはユウヤの顔―――ではなかった。


「―――あら、お目覚めになりましたの?」


 おぼつかない視界がだんだんと晴れていくと、ヴェールで顔を隠しているヘルがこちらを見下ろしている状態だった。

 そこでようやく自分が彼女に膝枕をされていると理解する。


「ヘル、さん……」

「ええ、わたくしです。ユウヤさんではなく、申し訳ありません」

「いえ、そのようなことは……」


 ルインの言葉に、ヘルは「ふふ」と小さく言葉を漏らす。

 やはりどこか不思議な女性だと思いつつ、ルインは周りを見渡した。辺りは既に夜……といっても相変わらずここは時間の感覚がおかしな場所。ゆえに本当に夜なのかは分からない。だが、この場所は自分が倒れた時と同じ場所。移動はしていないようであり、時間がそれなりに経っているのは明らかだった。

 と、そこでルインは自分達以外誰もいないと気がついた。


「……ユウヤ様とあの男の姿が見えないようですが……」

「あの二人でしたら、鍛練に行ってますわ。最初はユウヤさんが看病をしていたのですが、わたくしが交代したのです」

「……そう、ですか」

「気持ちは分かりますが、そう残念がらないでくださいまし」

「残念なんて、そんな……わたしはただ、ユウヤ様とあの男が二人でいるのが気になって……また、無茶なことをやらされているのではと」


 ゲオル達と行動するようになって、数日が経つ。

 その数日、ユウヤはゲオルに共に剣の修行……というより、戦い方の基礎を叩き込まれている。剣に関してはゲオルもそこまで詳しくはないが、しかし戦い方となれば話は別。

 その修行というのは、単純にして明快。即ち、実戦。剣を持つユウヤとゲオルが立会いをすることだった。そして、いくら剣を持っているからと言って、素人同然のユウヤがゲオルに勝てるはずもなく、毎日のようにボロボロになって帰ってくるのが日課になっていた。


「その心配はご尤も。しかし何も、ゲオルさんもユウヤさんに悪意があるわけではないのですから。それに、あの方だって別にユウヤさんをどうこうしたいわけではありません。ただ、彼が強くなろうとしているのを少し手伝っているだけですわ」

「それは……」


 分かっている。理解している。

 ゲオルの行動が悪意あるものではないことくらい、ルインだって承知している。そして、ユウヤがこれまでになく、努力しているのも見ていれば嫌というほどわかってしまう。

 しかし……。


「一つ、よろしいでしょうか? どうして、貴方はそこまでゲオルさんを毛嫌いするのでしょう? 話は聞いていますし、貴方がたに何があったのかも理解しています。ですが、ルインさんがゲオルさんを毛嫌いするのは、少し見ていて異様だと思ってしまいまして」


 ヘルの言葉にルインは一瞬、視線を逸らした。


「……確かにそうですね。他の人からみれば、わたしの行動は説明がつきませんものね」


 それは、まるで観念したかのような、そんな声音。

 そして、そんな口調のまま、ルインは続けて言う。


「わたし達があの男に……あの男とジグル・フリドーにしたことは本来なら責められるべきもの。本当なら、毛嫌いされるのはわたしの方で、文句を言われるのもわたしの方。罵倒され、殴られても仕方のないことだと、理解しています」


 ユウヤの異常な行動。そして、それに付き従ってきた自分達。特に、ジグルに関しては、本当に最低なことをしてきたと思うし、馬鹿なことを口にしてしまったと自覚している。

 だが、その上でだ。


「それでも……それでも、わたしは、あの男がユウヤ様に勝ってしまった事実が、どうしても許せないのです」

「……それは何故?」

「ユウヤ様は勇者で、魔王を倒す存在。勇者とは世界の秩序を守る存在であり、正義の権化。そして、神の使い。ゆえに教会の者、とくに聖者は彼に常に寄り添い、共にあらねばならない……わたしはそう教わり、生きてきました。だから、ユウヤ様の言葉は絶対で、行動は全て肯定される。いいえ、肯定されなければならない。それが……たとえ、どんな理不尽なことをしていても」


 ジグルのことだけではない。記憶をなくす前のユウヤは数々の蛮行をしてきた。罵倒や暴力は無論、自分が正しいと思ったこと振りかざし、多くの人を傷つけた。しかし、ルインはそれを咎める、叱ることをしなかった。当然だ。勇者は神の使い。絶対であり、彼の行動を阻害することは、即ち神の意思を阻害すること。

 だから、ユウヤの行動は正しい。

 だから、ユウヤを止めることは間違っている。

 どんな理不尽だろうと、それらは全て神の意向。止めてはならないし、できるわけがない。

 それが当たり前。

 だから、叱らず、怒らず、止めなかった。

 だというのに。


「だけど……ユウヤ様をあの男は倒した。倒してしまった。わたしが絶対であると信じていたもの、信じようとしていたものを……木っ端微塵にしたんです」


 自分が今まで信じてきたこと……いいや、それ以前に、当たり前だと思っていたことを知ったことかと言わんばかりに、ゲオルはユウヤをボロ雑巾のように倒してしまった。その姿をみて、ルインは自分の常識を全て否定されたような気がしてならなかった。いいや、それ以前に自分という存在が間違っていると言われているようだったのだ。


「……分かってるんです。こんな考え方、間違ってるって。おかしいんだって。今の私は……いいえ、きっとずっと前から気づいていたんです。でも、捨てられない。捨てられるわけ、ないじゃないですか。それが今までのわたしの当たり前で、常識で、わたし自身なんですから」


 生まれてこの方十数年。ルインはずっと教会で育てられた。教会の教えこそが彼女の基礎であり、基盤。そして、勇者は絶対であり、正義であるという認識を変えることはできないのだ。

 たとえ、その教えがどんなに間違っていたとしても。

 故に、彼女は自分を否定したゲオルが気に食わないのだ。


「なるほど……だから、あなたはゲオルさんを嫌っていると。そして、同様の理由でジグルさんのこともあまり好んではいない」


 ジグルもまた、勇者に一番近いと言われた男であり、実際にユウヤはジグルに一度も勝ったことがないという。ルインにしてみれば、絶対の存在であるユウヤの立場が危うくなる存在だ。だから、気に食わなかった、というわけだ。

 無論、そんなものは傲慢以外の何者でもなく、ジグルからしてみれば、たまったものではない。


「……先程申しましたように、わたくしは事情を聞いております。しかし、わたくしは実際にはその場に居合わせなかった者。その上で言わせてもらいますが、ゲオルさんがとった行動は間違っていないと断言できますわ」

「……、」

「確かにあの方は色々と不器用な方です。口を開けば文句が出るのが当たり前。捻くれ者とは正しくああいった方をさすのでしょう。しかし、あの方は決して無闇矢鱈に人を傷つけるような方ではありません。貴方がゲオルさんを嫌うのは自由です。ですが、あの方がどういう人間なのかはきちんと理解していてください」

「……随分と信頼しているんですね」

「ええ。何せ、あの人は命の恩人ですから……いいえ、正確には、わたくしが生きる機会を与えてくださった、というべきでしょう」


 風が吹き、ヴェールが少し揺れたことにより、ヘルの口元が少し緩んでいるのが見えた。


「かつて、わたくしにはある目的がありました。それを果たすために全てを懸けて奔走した。そして、最終的には己の願いを叶えることができた。そして、その後は自らの存在を消そう。そう思っていたんです。そんな時、ゲオルさんはわたくしが死ぬのを一度止めてくれました」

「一度だけ、ですか?」

「ええ。あの方はわたくしが死ぬこと自体を止めるつもりはなかったんです。ただ、自分の目の前で死なれるのは好かん、と。それだけの理由で」


 なんだそれは。

 思わずルインは心の中でそう呟く。

 そして、それが間違いではなかったヘルの言葉で理解する。


「今から死ぬかもしれない人間に対して、それはどうなのかとあの時は思いました。けれど……そのおかげで、わたくしはもう一度自分の人生を見つめ直すことができました。ただ一つのことを……復讐を果たすがためについやしてきた数年。それを無くしてしまった自分に何ができるのか……何をしたらいいのか。その答えは今も出ていません。そして、だからこそあの方と旅をしているのですわ。もしかすれば、あの方と一緒にいれば自分ができること、やるべきことが見つかるかもしれない。そんな、淡い期待を持ちながら」

「ヘルさん……」

「まぁ、結局のところ、今のわたくしはただの抜け殻。やるべき使命も、叶えたい願いもない。それを探すために生きている女。そして、それはゲオルさんも理解していると思いますわ。その上で一緒にいることを許してくださっていることには、本当に感謝しています」


 流石のルインでも、ヘルの言葉が嘘ではないことは理解できた。

 だからこそ、思うのだ。


「……本当に信頼しているのですね。そして多分、あの男もあなたのことを信頼している」

「そうあってくれれば嬉しいです。けれど、それはあなた方もでしょう?」


 ヘルの言葉にルインは小さく首を横に振る。


「わたし達は……多分、違います。記憶を失ったユウヤ様に最初に顔を合わしたのがわたし達で、頼れるのがわたし達しかいないから。だから、あの人はわたし達に寄り添ってくれているんだと思います。生まれたばかりの鳥が初めて見たものを親だと思うような、そんな感じです」


 曰く、刷り込み。結局のところ、ユウヤが自分達に対して色々と頑張ってくれているのは、それが全ての要因だ。


「そして……わたしのは信頼ではなく、依存。勇者は絶対であるという教えを忠実に守り、縋りついている愚か者。それしか知らないから、それしかできないから、ずっと傍にいる。それが、彼にとって邪魔になることだとしても」


 強くなりたいと想っている者を戦わせない。何故なら彼に死なれては魔王を倒せないから。

 だが、魔王を倒すには勇者には強くなってもらわなくてはならない。けれど、戦いに出たら死ぬかもしれない。

 しかし、でも、いや、けれども……。

 そんな無限に続く矛盾が、ルインの中には確かに存在していた。


「あの男に言われたことは、全部的を射ていました。確かに、記憶を失った後、わたし達はユウヤ様が戦うことを避けてきました。あの人が影で努力して、強くなろうとしているのを知っていながら。それをわたし達は……いいえ、わたしは邪魔をしていたんです。もしも、ユウヤ様が傷ついてしまったら。もしも、ユウヤ様が今度こそ再起不能になってしまったら。もしも……ユウヤ様が死んでしまったら。そう思うと、どうしても戦わせることができなかった」


 過保護だ、とゲオルはルインに対して言い放った。しかし、それに対して違うとルインは言い返せなかった。当然だ。何せ、ルイン自身も同じようなことを思っていたのだから。


「結局、わたしはユウヤ様本人ではなく、勇者という存在を守ろうと……いいえ、失わないようにしていたんです。本当に、最低ですよね……」


 ユウヤを守りたかったわけではなく、勇者を失いたくなかった……その意味合いは似ているようで、大きく、いいや全く違うものだ。

 つまるところ、ルインはユウヤという個人を見ていなかったのだから。

 右腕で目元を隠すルインに対し、ヘルは静かに告げる。


「わたくしはルインさんではありません。貴方がどんな風に生きてきたのか。どんな気持ちでここまできたのか。それを完全に把握することなどできません。できる、なんておこがましいことなど言えるはずがありません。ただ……それでも、貴方は自分の間違いに気づいている。理解している。ならば、やるべきことは一つ。それとどう向き合うのか」

「どう、向き合うのか……」

「このままの自分でいくのか。それとも、自分を変えるのか。それは貴方の自由なのですから」


 それはかつての自分と同じ。

 復讐を遂げ、死ぬか生きるか。それを選択したあの時の自分と同じなのだ。

 このまま停滞し、今の状態を続けるか。それとも、何かの変化を求めるか。

 どちらにしろ、決めるのはルインであり、自分ではないのだ。


「ただ、個人的な意見を言わせてもらうのなら、わたくし、ルインさんがユウヤさんのことを大切にしているのは本物だと思っていますの。ユウヤさんにあれこれ言うのも、彼のことが心配だから。それは間違いではないでしょう?」

「その……つもりです。けど、それも最近、というか、あの男にユウヤ様が負けて記憶を失ったあとからの話で……以前のわたしはユウヤ様の言うことに従ってただけですし……」

「ええ。それも話の内容から察することができます。しかし、今は違う。少なくとも、今ここにいるルインさんは、ダメなことはダメと言えていますわ。では、何故記憶を失った後からは色々と言うようになったのでしょう。ユウヤさんが聖剣を使えなくなったから? 弱くなったから? 頼りないと思えるようになったから?」

「違いますっ」


 ヘルの言葉に、ルインは上半身を勢いよく起こしながら、返答する。


「確かに、ユウヤ様は聖剣が使えなくなり、以前よりも力が衰えているのは事実です。でも、頼りないなんてことはありませんっ。記憶がなくなってからのあの人は、それでも誰かを助けようと必死になれる人なんです。ここに来るまでだって、色んな人を助けてきました。やれることなんて少ないのに、命を張って、懸命に救ってきたんです。自分が誰なのか分からない状態で怖いはずなのに、それでも頑張ってきたんです。それで…………そんなあの人の姿を見ていて、なんだかこう、放っておけない気持ちになったりして……」

「ついつい口が出てしまう、と」

「……はい」


 小さく頷くルインに対し、ヘルは思わず小さな息を吐いた。


「なら、それが貴方の本心であり、ユウヤさんに対する紛れもない想いです。最初がなんであれ、今貴方は彼に対して心配している気持ちがある。大事だと想っている。たとえ、何があっても守りたいと願っている。違いますか?」


 ヘルの言葉にルインは少しの間、目を丸くさせながら静止していた。

 その言葉を聞いた上で、理解し、納得するまでほんの数秒。

 だが、その数秒後には小さく笑みを浮かべて、口を開いた。


「確かにその通りです。わたしは、ユウヤさんを守りたい。勇者としてだけではなく、あの人自身の助けになりたい。そう思っています」

「ならば、その気持ちを大事にし、忘れないことです。そうすれば、何かが変わるかもしれません」

「はい。ヘルさん……その、ありがとうございます。わたしに、大事なことを気づかせてくれて」

「いいえ。とんでもない。わたくしはただ、ルインさんのお話相手になっただけですわ。さ、もう少しだけ眠りましょう。明日の戦いに備えて」


 ヘルの言葉にルインは「はい」と答えて、再び横になった。

 そして、心の中で決意する。


(そうだ。わたしがユウヤ様を守るんだ)


 単純で、明快な、しかしだからこそ大事なことをルインは思い出す。

 自分が聖者だからではない。ユウヤが勇者だからでもない。

 ただ、彼を守りたいと自分がそう想っている。

 これは、それだけの話なのだ。

 だから、戦う。守る。救ってみせる。

 それがたとえ。


(たとえ―――わたしが地獄に囚われることになったとしても)


 きっと彼を助けてみせる

 そう、自分自信に誓ったのだった。

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