九話 聖者ルイン①
どんなものにも相性というものがある。
特に人間関係で、これは重要なものだ。正直なところ、ゲオルは今の仲間、特にエレナとの相性はかなり恵まれていると言えるだろう。そもそも、傲慢かつ自己中な彼と相性が良い人間など、少数派だ。それを言ってしまうと、ヘルやロイドと出会えたのもかなり幸運だと言える。
しかし、だ。それで彼の人間性が早々変わるわけでもなく、故に相性が悪い相手が大勢いることもまた同じこと。
そして、だ。
ゲオルとルインの相性は、最悪な部類である。
「……あの。ちょっと、宜しいですか」
それは、魔術人形を倒した後のことだった。
話しかけてきたルインに対し、ゲオルはムッとした表情を浮かべながら、言葉を返す。
「何だ、似非聖女」
「え、似非とは何ですか、これでもわたしは歴とした聖職者で……いいえ、それは置いておきましょう。それよりも貴方、ユウヤ様を前に出しすぎですっ。何かあったらどうするんですかっ」
「阿呆が。何かあったらなど、我が知ったことか。自分の身は自分で守るくらいできるだろう」
「それでもですっ。あの方は勇者なのですよ? 万が一何かあったら……」
「ハッ。笑わせるな。奴が勇者だろうが何だろうが、知ったことではない。それは、以前にも言ったはずだ」
いつもの口論が始まった。
ゲオルとルインは常にこんな感じである。どちらかが口を開けば、言い争いになってしまうのは、やはり相性が最悪だからだろう。
より正確には、ルインの方がゲオルのことを毛嫌いしている節があり、ゲオルもまた性格面からそれに対抗しているような形だ。
水と油とはまさにこのことだろう。
「……ええ、そうですね。あなたは世界がどうなろうと関係なく、自分勝手に行動する。そういう性格であることは百も承知で、それを直せとは言いません。言っても無駄ですからね。ただ、貴方がどう思っていようと、ユウヤ様が勇者であることには変わりありません。そして、あの方は魔王と倒し、世界を救う使命を背負っている。個人的な理由で戦っている貴方とは違うんです」
ルインの言葉に、ゲオルは眉間にしわを寄せながら耳を傾けていた。
ゲオルがどう思っていようと、ユウヤは勇者として選ばれた存在であり、魔王を倒し、世界を救うという使命を背負っている。それは事実なのだろう。そして、一方でゲオルが魔王を倒そうとしているのは、自分の身体を取り戻し、ジグルを元に戻すこと。世界を守りたいだの、救うだのとは考えていないし、するつもりもない。
そういう見方をすれば、確かにルインの言い分は間違っていないようにも聞こえる。
しかし、だ。
一方でゲオルはある種の納得をしていた
「なる程……そういうことか」
「何ですか、その含みのある言い方は」
「いや何。どうりであれが努力している節があるというのに、戦い方が身についていないわけだと思っただけだ」
「何を……」
「一つ、当ててやろう。貴様ら、小僧が聖剣を使えなくなった後、あまり前戦に出さないようにしていたな?」
「……、」
ゲオルの指摘に、ルインは口を閉ざす。
しかし、それは肯定という意味合いのものだった。
「やはりな。聖剣が使えなくなった奴はただの剣士だ。いや、剣士というにも程遠い。一般人に毛が生えた程度の実力しか持ち合わせていない。そんな人間を、前に出して戦うなど、確かに愚の骨頂だ。だから貴様らは、あれを守りながら戦ってきた、と」
魔王の言葉を信じるなら、ユウヤの強さは聖剣に備わっていた機能によるもの。それを使えなくなってしまっては、ただの剣士以下。それを死なせないようにするには、確かに後方に下げて守ればいい。そうすれば、ユウヤが死ぬ確率は大幅に減る。
その判断は、ある意味においては間違っていないと言えるだろう。
だが、それはユウヤが死なないようにするため、という点に限っての話だ。
「正直、貴様らのことなど、我はどうでもいい。あれがどんな風になろうと、関係がないからな。だが、それを理解した上で敢えて言わせてもらうがな。貴様、自分の行動が矛盾していることに気がついているのか?」
「……、」
「勇者だから? 魔王を倒す存在だから? 馬鹿馬鹿しい。だったら尚更あれは戦わなくてはならないだろうが。大事な役目を背負っているから死なせないよう努力する? 阿呆が。そんなことを口にするのなら、もう少し奴自身に戦わせろ。少なくとも、あれはそのつもりで、強くなろうとしている。だというのに、それを貴様自身で邪魔をするとは本末転倒もいいところだろうが」
「そんなつもりは……ただ、わたしはユウヤ様をお守りするのが役目。それを全うして何が悪いというのですか」
「貴様の役目など知らん。我はただ、あれを強くさせたいのなら、もっと実戦経験を積ませてやれと言ってるだけだ。それを危険だなんだというのは、あまりにも過保護にすぎるというもの。そんなものは守っている内には入らんぞ」
刹那。
ゲオルの言葉に、ルインは大きく目を見開きながら、唇を噛み締めていた。それはまるで、何かを暴かれたような、指摘されたくないことを言われたような、そんな顔。
お前が言うな、お前にそんなことを言われる筋合いはない、と表情は語っている。
そして、それは顔だけではなく、言葉として吐き出されそうになった途端。
「貴方に……貴方に何が分かるというのですかっ。何も知らないで、わたしがどんな気持ちで―――」
刹那、ルインの身体が雷にでも打たれたかのように、停止した。そして次の瞬間、その場に崩れおちてしまう。
「はぁ……はぁ……」
唐突な出来事に、ゲオルは思わず顔をしかめた。
先程の戦いでルインはそこまで激しい動きはしていない。確かに後方での補助はしていたが、それも無理のない回復程度のもの。
別段、ゲオルはルインがやわだとか、そういうことを言いたいわけではない。
純粋に様子がおかしかったのだ。
いや、それ以外にも、今ゲオルは確かに奇妙な気配を感じた。
しかし、それを察したのはゲオルだけだったようである。
「ど、どうしたルインっ。大丈夫か?」
「ええ……大丈夫……です。気にしないでください」
心配そうにかけつけるユウヤに言葉を返しつつも、ルインの額には大量の汗が出ていた。
「そんな声音で言ったところで何の説得力もないわ、阿呆が」
「……っ」
ゲオルの言葉に、しかしルインは何も返さない。それだけで、相当きているのが分かった。
これには流石のゲオルも見かねてしまう。
「……ここらで休憩だ。文句はないな、小僧」
「も、勿論ですっ。ありがとうございます!!」
「ふん。貴様に礼を言われる筋合いはないわ。喪服女、野営の準備だ。手伝え」
「了解しましたわ」
「お、おれも準備手伝いま……」
「貴様はその似非聖女のことを見ていろ。その方がそれのためだ」
言いつつ、ゲオルはヘルと共に野営の準備をしていく。
そんな中、ふとユウヤの膝を枕にしながら横になるルインを尻目に見ながら、ゲオルは思う
(今のは……まさか……)
唐突に起こったルインの異変に、違和感を覚えるゲオル。戦いの不調から、というのは考えづらい。とは言いつつも、見たところ命に別状があるわけでもない。
ならば、考えられる可能性は限られてくる。
そして、先程感じた気配から察すると、結論はさらに絞られていく。
(だが……そうだとするのなら…………)
全ては未だ憶測の領域。故に誰にも話すことはできない。
だが、言えることが一つだけある。
もしもゲオルの想像通りならば、この塔での騒動は未だ収まりそうにない、ということだ。