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幕間 裏側の闇

「―――どういうつもり?」


 塔の一室。

 いや、部屋というにはあまりにも何もない場所。というより、灯りもなく、光がない。暗闇だけが存在している。

 そんな場所で、しかし何故か白黒の少年とエドは互いを認識し合っていた。


「はて。どういうつもりとは、一体何のことでしょうかねぇ」

「とぼけても無駄だよ。何で余計な連中をいれてんのさ」

「いれただなんて、とんでもない。向こうが勝手に入ってきたのです。ワタシとしても困っているんですよ」

「ふん、ふざけたことを。君の力を使えば、他の連中を追い出すことなんて、簡単なはずだろうに」


 不機嫌な表情を浮かべる少年に、エドは笑みで返す。


「ええ、確かに確かに。追い出すことは可能でしょう。ですが、簡単にはいかないでしょうねぇ。少なくとも、あの妙な男の方は一筋縄ではいかなさそうですし」


 エドはゲオルの実力をよく理解していた。

 それは、ここまで彼が見せた成果が全てを物語っている。


「既に半数近くの魔術人形が、彼によって倒された。貴方が言っていた、魔術師とは彼のことなのでしょう? いやはや、本当に強い。魔術師だというのに、魔術を使わずワタシの人形を倒せるとは。もしかすれば、ワタシでも危ういかもですねぇ」

「だったら余計に邪魔だろ、アレ。このまま行けば、あいつがここにいる魔術人形を全部倒しちゃうじゃないか。ただでさえ、こっちの目的が全く進行していないのに、あれじゃ勇者達をここに連れ込んだ意味がない」


 少年としては、ここに勇者達を連れてくること自体、嫌だった。何せ、ここにはエドがいる。少年にとって、エドは気に入らない存在の一つであり、できることなら、永遠に顔を合わせることがなければよいとさえ思っていた。


「ええ、ええ分かってます。しかし、そろそろマンネリ化してきたところなので、何か新たな刺激が欲しいと思っていたところなのです。今までのやり方では『失敗』続きだったのは、貴方もご存知のはずだ」

「それは君のやり方が下手だからだろう」

「これはこれは、手厳しい」


 ぬらりくらりとした言葉を口にする。

 これだ。何を言っても、この男の反応はいつも同じ。まるで雲を殴っているような、そんな無意味さを感じさせる。人を小馬鹿にするような点では魔王と同じなのだろう。


「いいかい。これは君にとってもやり直すチャンスなんだ。だから、もう一度考えることだ」

「ええ、ええ。分かっておりますとも。しかし、やり方はこちらに一存してくださっているはず」

「ああそうだよ。けど、結果が出てないんだから、文句も言いたくなるのは普通だろう?」


 少年が嫌いな相手の手を借りてまでやろうとしていることは、至極簡単なこと。


「君がやるべきことは勇者達を戦わせ、記憶を取り戻させること。より正確には、聖剣を使えるようにすることだ。本来なら、こんな面倒なことはしないし、させたくない。けど、現状が現状だ。どうにかして改善しなくちゃいけないんだ」


 そう。つまるところ、彼らの目的はそれだった。

 勇者であるタツミ・ユウヤはゲオルに敗れた後、魔王の一擊によって記憶を失った。それは、敗北によるものなのか。それとも魔王が何かしらの仕掛けをしたためか。それを確かめるために、『部下』に色々と調べさせてはみたものの、結果は不明の一言。それも当然か。もしも魔王が何かしらの仕掛けをしていたとしても、それが調べて分かるようにはしていないだろう。

 何にせよ、今の勇者は記憶を失い、聖剣が使えない状況。それでは、話にならないし、使い物にならないのと同義だ。

 だから、ここへ連れ込んだ。

 ここの魔術人形を使い、聖剣をもう一度使えるようにする。それが、少年がしようとしていることだった。


「ええ、ええ。分かっておりますとも。彼らをここへ連れ込んだ理由も。そしてワタシの手を借りている理由も。しかし、それを理解した上で言わせてもらいますがね。彼、もう限界が近いんじゃあないんですか? そもそも、彼があんな風になったのは、魔王にやられたからだとか。魔王を倒すために用意した勇者だというのに、その魔王に倒されてしまったとなれば、もう無価値といっていいのでは?」

「そんなこと、君に言われるまでもなく分かっているよ。でも、彼は『六体の怪物』の一体を倒した。つまり、『あの場所』へ行ける資格を持ってる。ここでアレを破棄して、新しい勇者を用意したところで、そいつが『六体の怪物』を倒して、資格を得られる可能性は低い」

「でしょうねぇ。何せ、話を聞く限り、残っている怪物は二体。新しい勇者を用意したところで、あの魔術師が残りの二体を倒してしまうかもしれない。そうなれば、『あの場所』に行ける資格を持つ者は彼だけになってしまう」


 それは、何としてでも避けなければならないことだ。

『あの場所』にたどり着くには、腹立たしいことに魔王が作った『六体の怪物』を倒さなくてはならない。

 せっかくここまでお膳立てしてきたというのに、それでは全てが台無しになってしまう。


「まぁ事情はわかっていますし、こちらとしても彼には元通りになってもらう必要がありますから。ワタシの望みのためにも、ね……それより、貴方は大丈夫なのですか? 以前、魔王に嵌められて大怪我を負ったとか」


 刹那。

 エドの頬に何かが掠めた。

 それが何なのかは分からない。ただ、鋭利な何かであったのは間違いなく、頬から血が流れているのが感じ取れる。

 そして、それが誰の仕業なのかなど、言うまでもない。


「その話題、次に出したら、本当にくびり殺すよ」

「おお、怖い怖い。善処しましょう」


 やはり、というべきか。

 言葉とは裏腹に、エドの表情にはどこかとぼけたものが見えた。


「ふん……ところで、他の二人はどうしてるの?」

「勇者達とは別行動になるよう扉の出入り口を操作してあります。戦力が整いすぎると、勇者が戦う機会が減ってしまいますからねぇ。それでは意味がないですからねぇ」


 エド達がやっていることは、結局のところ、荒療治だ。

 勇者を窮地に立たせ、それによって聖剣を再び使えるようにする。ようは、火事場の馬鹿力といった、危機による覚醒を狙っているのだ。それも意図的に。そのためには、戦力をできるだけ削ぐ必要がある。猛者のメリサと賢者のアンナ。二人を隔離することによって、ユウヤが自力で戦わなければならない状況を作り出しているのだ。

 本来であれば、成功する確率は低い。現に、今ここに至っても尚、ユウヤは聖剣を使うどころか、記憶すら取り戻せていない。

 加えて、今はゲオル達も加わってしまっている。これではユウヤが戦う機会が減ってしまう。だから、少年はイラついているのだ。


「だったら勇者一人だけにすれば良かったのに。聖者も一緒にする必要性はないじゃないか。だって、君の力があれば、回復やら治癒なんて何とでもなるだろう」


 ルインはあくまでも後衛。そういう意味では、結局のところ、ユウヤは一人で戦うしかないわけだ。だが、後衛がいるという点だけで危機というのが回避されてしまう可能性がある。そもそも、この塔の中はエドの領域。もしもの時は、エドがなんとかすればいい。


「ええ、ええ。確かに仰る通り。彼女と一緒に行動させているのは、完全にワタシの趣味です。何せ、ワタシがやっていることは、同じことの繰り返し。勇者が記憶を取り戻し、聖剣を扱えるようになるまで追い詰め続ける。それだけでは、あまりにも面白みがないというものでしょう? 少しくらい『楽しみ』があってもいいではありませんか」


 エドの口調は変わらない。

 だが、その表情は今まで浮かべきたどの笑みより、不敵で、強烈で、禍々しかった。

 それに対し、少年はただ一言。


「……本当、そういうところは変わってないよね、君。気色悪い」


 心の底から、そう思ったのだった。

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